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第四話 空飛ぶ交渉者


「ふぁー、今日も眠いなぁ~」


 ボルトロール王国のエイボルト城の若き衛視が欠伸(あくび)をひとつ。

 冬の寒空に晴天の続くボルトロール王国の王都エイボルト。

 少し前に大規模な反乱はあったものの、現在は平和そのもの。

 同じ状況のエイボルト城の警備など刺激の少ない日常、飽きっぽい若き衛視にとっては退屈な日々だ。

 誰も見ていないのを良い事に、大きな伸びをして再び盛大な欠伸(あくび)をする若者。

 不幸にも彼が本日の騒動の第一体験者となる。

 

「ほぁ?」


 欠伸(あくび)混じりに細目で眺めていた王城の中庭の景色が一瞬歪む。

 初めは欠伸(あくび)のせいで視界が歪んだのかと思ったが、直後に不自然さを感じた。

 歪は水面に映る像が波で乱れるように全体へ広がる。

 そして・・・

 

ハザリッ


 風を切る羽音と共に突然、巨大な銀龍が現れた。

 ギロリ・・・細くて鋭く巨大な爬虫類の瞳と目が合う。

 

「う、うわぁーーーっ!」


 思わず呻き声を挙げて、後ろに尻餅をついてしまう若き衛視。

 その滑稽な姿が羞恥に染まらなかったのは、現在この中庭に注意を払っていたのがこの衛視以外にいなかったからでる。

 しかし、彼のうめき声がその他の衛視の注意を集めて、結果的に若き衛視は警戒と発報という衛兵として最低限の働きをする。

 

「敵襲! 敵襲ーっ!・・・銀龍だとっ!?」


 異質な侵入者が突然現れた事で衛視達はそう叫んでみたものの、銀龍の姿を見たその直後、声を失う。

 そして、銀龍の足元にはひとつの馬車が置かれていた。

 その扉が開かれて中から出てきた人物とは・・・

 

「ワハハハ。皆の者、驚かせて申し訳ない。客人を連れて来たぞ!」


 愉快とも捉えかねない尊大な陽気さで第一声を発したのはこの国の第一王女マチルダ・カイン・ボルトロール。

 当然、衛視達は皆、その顔を知っている。

 そして、その王女に続き現れたのは白と黒の仮面の男女。

 半年ほど前、この地で起きた大反乱を鎮めた英雄だった。

 

「白魔女・・・様に、漆黒の騎士殿かっ!?」


 ようやく現場に到着した王城防衛の責任者がふたりの姿を見て、ある意味で銀龍の存在を納得する。


(突然の出現!? いや、隠密魔法で姿を消して侵入したのか?)


 優秀な衛視隊長は素早く正解を導き出しが、だからと言って納得のできる状況ではない。

 この圧倒的な戦力をここまで接近を許してしまったこの状況に、人間の能力の限界を感じた。

 まるでそれを察したかのように銀龍が口を開く。

 

「私がこの姿でここに留まるのは、人間達に必要以上の脅威を感じさせるようだな」


 人の言葉で皆にそう伝えた銀龍はパッと飛び立つ。

 風圧も感じさせないスムーズさがあった。

 

「その辺を飛んでおこう。帰る時に呼べ」

 

 地上に残された人間達にそう伝えると銀龍は雲の彼方に飛んで行った。

 一瞬にて巨大な銀龍が去ってしまったため、自分達は幻を見ていたのではないかと自己の体験を疑いたくなるが、地上に残された馬車と来訪者の姿を見て、これが現実だったと思い直す。

 

「客人達をお父様の所に案内したい」


 マチルダ王女から短く要件が伝えられた。

 そして、その願いは最優先で叶えられる事になる・・・

 

 

 

 

 

 

「まったく、お前達は突然にやってくるな!」


 気分悪く来訪者を出迎えたのはこの国の代表、セロⅡ世・カイン・ボルトロール国王。

 これに対するのは今回訪れた面々。

 白仮面に変身したハル、アクトに加えて、今回の訪問に同行したライオネル・エリオス国王が代表して詫びを入れる。

 

「申し訳ありません。なにぶん、今回の案件は事前に御国と連絡するパイプラインがありませんでしたので、無理やり訪れる事になりました。非礼を詫びます」


 頭を下げるライオネル国王。

 そんな腰の低い態度は滑稽であり、セロ国王の毒気を抜くのに成功する。

 

「仕方がない事は解った・・・しかし、銀龍を使って突然現れるのは頂けない。我が国が恫喝されているようにも受け止められかねん」


 セロ国王はそう述べるが、実はその意図が少しある。

 

「フフフ。スターシュートが安全に着陸できる広い敷地なんて、建物ひしめくエイボルトでは王城以外に無かったのよ」


 白々しくそんなウインクして応える白魔女の姿は愛嬌に飛んでいたが、それには騙されないセロ国王。

 今回持ってきた案件を断られないようにするために銀龍を使った威圧をしたのだとしか思えない。

 

「何が望みだ? 手短に言え」


 いろいろな挨拶を飛ばして、結論を求めるようとするのは実利を優先するボルトロール王国らしいやり方だ。

 その流儀に便乗する形でライオネル国王が応える。

 

「それでは手短に・・・我がエクセリア国を初めとした西側諸国と貿易をしませんか?」


 今回、ハル達がボルトロール王国に交渉に行くと聞き、ライオネル王とエレイナ王妃は同行する事を希望した。

 突然の提案であり、エクセリア国内でも家臣達から大いに反対されたようだが、ライオネルはほぼ無理やりねじ込んできた。

 そんなライオネルは今回の交渉で役に立とうとしている。

 このように自ら先頭に立ち交渉しようとする姿勢はセロ国王も嫌いではない。

 

「貿易か・・・経済圏が広がるのであれば、特に反対しない。我が王国が利益を得られるのであればな」

「ボルトロール王国側に損はありません。勿論、我々も儲けさせて貰います。今回の提案は互いに利点があります」

「ほう、面白い・・・詳しい話を聞こうじゃないか」


 セロ国王も交渉に乗ってくる。

 ライオネルはここで今回の具体的な交渉内容を説明した。

 相手への説明は彼の得意分野だ。

 その内容とは、エクセリア国とボルトロール王国間に列車の往来可能な軌道(レール)を整備する事。

 その列車で運ぶのは、エクセリア国側からは『電卓』と『汎用型魔法陣』を主に輸出する。

 非公式だが、フーガ魔導商会とマチルダ王女間で取り決めた軍事用魔法陣も取引する予定だ。

 ボルトロール王国側からはハル達サガミノクニ生活協同組合が消費する米穀物を初めとした食糧を運ぶ事。

 商人目線で、どれぐらい利益を上げられるかを具体的にまとめて説明する。

 要領を得た説明であり、セロ国王には解り易い内容(プレゼンテーション)であった。

 

「・・・それでは、その蒸気式機関車スチーム・ロコモーションはボルトロール側の所有物にしていいのだな?」

「ええ、よろしいかと。すでにボルトロール王国の研究所内に存在する機械を改造する計画です。こうするならばエクセリア国内で初めから造るよりも時間が短縮できる見込みです。ならば、ボルトロール側で仕上げてボルトロール王国の資産にしてしまえば良ろしいでしょう」

「なるほど。それならば、新たな移動手段を開発できたとして民にも示しがつく」

 

 セロ国王も世界初の列車製造という実績を譲られて、悪い気はしない。

 

「それだけではありません。この軌道(レール)網の話はエストリア帝国側にも続きます」


 マチルダ王女がここぞとばかりにその先の展望について説明を引き継いだ。

 その展望に驚愕するセロ国王。

 

「何? それは本当か!?」

「ええ、西のデュラン帝皇から承諾の返答を直接聞きました」


 ここで得意げになるマチルダ王女。

 実のところ直接の対談ではなく、魔法通信によるものであり、それに加えて、その交渉自体はハルやライオネルが行っていたものだ。

 しかし、それは細かい話であり、今回の会話のタイミングで重要な情報ではない。

 それを良い事に、あたかも自分の成果のように強調して報告するのはボルトロール人らしいやり方だ。

 

「デュランが・・・そうか・・・」


 何かを考え込むセロ国王。

 そこには将来この国の在り方を見据えた東の国の覇王としての姿もあった。

 

「・・・解った。その事業、許可しよう。加えて、我々の国内にその軌道(レール)網とやらを整備したいのだが」

「勿論、それが望ましいわ。工事はボルトロール人が進める、で良いわよね。もし無理そうならば銀龍に頼むから」

「それだけは勘弁して貰いたい。ゴルト大陸の人にとって銀龍とは畏怖と恐れの対象だ。それが国内を自由に闊歩されては我が王家の威信が揺らいでしまう」


 セロ国王が憂慮しているのはそこにあった。

 セロ国王を初めとした国王と言う存在はボルトロールで一番の存在でなくてはならない。

 そうでないと、戦で版図を拡げた王国としてのまとめ役が成り立たないのである。

 ボルトロール王家が銀龍に恐れを成す姿など国民にあまり知られたくない。

 以前の大反乱ほどではないが、小さい反乱は国のあちらこちらで起こっている。

 それらの組織的活動を優位に働かせる要因はできるだけ排除したいと思っていた。

 

「解ったわ。ボルトロールで進められるのならば、任せるわ。我々は研究所に残された車両の改造を指導する・・・それでいいでしょう。クマゴロウ博士?」

「・・・うむ。計画どおりの内容だ。改造はグスタフ工場長を初めとした兵器工廠に協力して貰う予定だ。兵器工廠も我々がいなくなった後に造る物が激減して困っていると聞いたから、新たな儲け頭を作ってやらんといかんからな。ワハハハ」

「・・・」


 豪快に笑うクマゴロウ博士とこの場で委縮しまくっているグスタフ工場長が対照的な姿であった。

 

「そうと決まれば、早速、研究所へ移動しましょう。銀龍を呼んでいいかしら?」

「・・・待て。移動手段はこちらが用意する」


 セロ国王はまた銀龍を呼ばれて王城内が混乱する事は避けたかった。

 これ以上に王族の威厳を傷つけられるのをなんとか阻止するセロ国王・・・

 その後、ボルトロール王国が用意した最新式の魔動ゴーレム馬車で元研究所へ移動したハル達は、現在の列車砲の状態を確認して、改造箇所をグスタフ工場長へ指示する。

 改造に関してクマゴロウ博士が残る事も当初は検討していたが、それでも公にサガミノクニ人は国外追放されているので、この場に残り作業を直接指示するのは難しい。

 そのため、魔法の通信手段を備え、エクセリア国側からクマゴウ博士が遠隔で指示する方式にした。

 この地での作業はグスタフ工場長率いる兵器工廠が担う事になる。

 こうして話がまとまり、帰国の途になると、ここでグスタフ工場長とマチルダ王女のふたりと別れるつもりであったが、これにはマチルダ王女だけがそれを断ってきた。

 

「どうしてと聞くか? わらわは馬車でエクセリア国側に交渉に向かったと公式記録に残っておる。それを馬車で帰らず、銀龍の背を借りたとなれば、国内で大問題になるじゃろ? 銀龍とはエクセリア側の立場についておる怪物と認識されておるのじゃぞ? という訳で少なくとも春まではエクセリア国に残るつもりじゃ。 ワハハハ」


 勝ち誇ったように笑うマチルダ王女に、正直、迷惑だと思うハル達であったが、結局のこの道理が通じて、帰りの便にもちゃっかりと同乗するマチルダ王女だったりする・・・


 いろいろ慌ただしい交渉だったが、こうしてハル達は思惑どおりの交渉結果を得るのであった。

 

 

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