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第三話 秘密の新事業

 寒さの増す冬のとある日。

 サガミノクニ生活協同組合の一室にクマゴロウ博士とハルが詰めている。

 本日会議の予定で来訪者を待つ彼らだが、その人物はまだ到着しておらず、束の間の空白時間を手持ち無沙汰で雑談を始めていた。

 

「そろそろ、予定していた研修生への教育が終了しそうだな」

「ええそうね。優秀な人達が集まった事もあるけど、予想より習熟具合は良いわ」


 ハルは手応えを感じていた。

 各々の研修生達の汎用型魔法陣の理解は進み、この新しいソフトウェアという概念も受け入れられているようである。

 

「エストリア帝国側はアストロを初めとした元々能力の高い人達が集まったから初めから心配はしていなかったけど、あの中でも能力が低いと思っていたレイチェルやレヴィッタさんでも、ある程度汎用型魔法陣を扱えるようになったのは大きいわね」

「うむ、ミスズ君もそうだが、我々重工業の連中も汎用型魔法陣にソフトウェアを記述する事で魔法がコントロールできるようになったと喜ぶ者も多い。我ながらアレは革新的な製品だと思う」

「そうね。魔法素養を持たない人でも汎用型魔法陣とソフトウェアを利用する事で魔法を行使できるようになるからね」


 ハルは納得を示す。

 それこそがこの汎用型魔法陣の出発点である。

 普段は魔法の使えないサガミノクニ人だからこその発想である。

 

「その中でもクレスタ一家は面白い成果を出せているわ」


 ハルが面白いと言うのはフィッシャー達だ。

 汎用型魔法陣の機能のひとつに空気を一定周波数で振動させる機能がある。

 つまり、音波を出す機能だ。

 これをソフトウェアで上手く制御すると音楽が鳴らせる事に興味を持ったフランチェスカ。

 それを夫のフィッシャーがコード上手く書いて自動演奏のできるソフトウェアを作った。

 貴族で元領主の娘であるフランチェスカとヘレーナは音楽の造詣が深い。

 彼女達の知る音楽を、汎用型魔法陣を利用して再現しようとする試みはエンターテイメント性に優れた芸術品としての可能性も感じさせるものであった。

 フランチェスカとヘレーナ、フィッシャーのクレスタ一家はこの成果をとても気に入っており、自分達の長所を見出せたようだ。

 音楽を発せる魔道具として、汎用型魔法陣の新たな商品性を思い付いたようである。

 

「そして、やはりバリチェロとエリ―、ビヨンド。この三人の才女は優れた技術者になるわね」

「うむそうだな。やはり若いうちに新しい技術に接すれば、吸収と理解は早いな」


 クマゴロウ博士も彼女達が伸びる可能性がある若者として評価している。

 研修生の中でもひとつ抜き出た存在の彼女達だ。

 学びを始めて二週間ほど経過しているが、この三人は既にソフトウェアの概念を完全に理解できており、現在は自由課題を熟している。

 

「だが、バリチェロ君は魔法技術に加えて物理学にも興味あるようだ」


 クマゴロウ博士は自分にいろいろ質問してくるバリチェロを気に入っていた。

 技術に対して真摯に接してくる若者を無碍にはできない。

 

「あら? バリチェロを気に入った? 何なら次のプロジェクトを手伝わせる? ボルトロール王国との良好な関係を築くのであれば、悪くない人選だと思うわね」

「さて、どうするかな? 次の事業について構想はしているが・・・それが実現できるかはまだまだ未知数だぞ?」


 クマゴロウ博士はそう述べて、まだ詳細を決められないと答える。

 しかし、その顔は笑顔であり、バリチェロを掘り出し物の技術者として認識しているようである。

 

「まあ、その話はこれから始めましょう。ほら、先方が来たようよ」


 ハルは窓から見る風景に建屋へと近づく馬車の存在がひとつ。

 それはマチルダ王女を乗せた馬車である。

 しばらく待つと、そのマチルダ王女が部屋に入ってきた。

 

「待たせたな」

「いいえ。それよりも出迎えなくて申し訳なかったわね」

「いいや、構わない。其方達は(わらわ)よりも上位者を魔法通信で出迎えていたのだろう」


 マチルダ王女がそう述べるようにこの部屋には複数の水晶玉が輝き、既に魔力が込められて起動している事が解る。

 そして、その光の映像のひとつに不敵な笑みを浮べた人物が堂々と立っていた。

 

「其方がボルトロールの第一王女か?」


 王族に対して尊大な口調の男だが、それは問題にならない。

 何故なら、この場に魔法通信で呼ばれていたのはマチルダ王女よりも更に格式が上となるエストリア帝国デュラン帝皇その人だったからである。

 

「エストリアの帝皇よ。初の顔合わせとなる。(わらわ)がマチルダ・カイン・ボルトロール。ボルトロール王国の第一王女じゃ」


 マチルダ王女も胆力を見せて堂々と挨拶に応じた。

 

「ふふふ。若い娘なのに堂々としておる。ま、予のところの第一皇女と良い勝負しているがな・・・」


 シルヴィア皇女を引き合いに出す。

 マチルダ王女としても先日の飲み会の死闘(?)を共に乗り越えたシルヴィア皇女とは戦友とも呼べる仲だ。

 引き合いに出されても悪い気はしなかった。

 そして、ここにはもう一組の人物が魔法通信で呼ばれている。

 

「はい、皆様揃いましたようですね。これよりサガミノクニ生活協同組合の提案する新事業について、話を進めて貰いましょうか」


 ライオネル・エリオス国王夫妻の像が少し離れたところに投影されていた。

 今回、ライオネル国王は司会進行的な立場だが、元商人と言う事もあって違和感は無い。

 

「ありがとう、ライオネル国王。それでは三国の代表が集まったところで、我々の新しい事業の提案をさせていただくわ」


 ハルはそう前置きして新規事業の話を進めていく。

 当然、各国の代表――マチルダは名代という立場だが――を集めて・・・しかも秘密裏に進めるのはこの提案が秘匿性の高い内容だからである。

 ここでクマゴロウ博士が動く。

 彼は設置されていた汎用型魔法陣の(ボタン)を押すと、予め仕込まれていた映像が投影された。

 それは黒く巨大な金属の塊を本体とし、煙を出す煙突、大きな車輪を持つ車体の映像だ。

 

「これは蒸気式機関車スチーム・ロコモーション。次の事業で提案する乗り物だ」

「・・・鉄の馬車か? 動力は馬では無いようだな・・・何かを運ぶものか?」


 聡明なデュラン帝皇はクマゴロウ博士が投影した映像だけですぐに的確な回答を導き出してくる。

 ハルもやはり聡明な帝皇だと改めて評価できた。

 

「そうね。概ね間違いはないわ。ただし運べるのはモノだけではなく、人も運べる。馬車と似たような存在だけど、その馬車より何倍も早く速度が出せる。そして、移動できるのは軌道レールの上だけ」


 映像は車輪部分をクローズアップする。

 そうするとその車輪が鉄レールの上を走っているのが解った。

 この存在にいち早く理解を示したのはマチルダ王女。

 何故ならその鉄軌道(レール)は既にボルトロール国内に設置されており、旅の道中で見た事もあったからである。

 

「なるほど、かつての秘密兵器『列車砲』と同じものか・・・それでボルトロール王国とエクセリア国を結ぶのだな」

「ご名答。しかし、将来的に軌道(レール)はエストリア帝国まで伸ばしたいの。この鉄道によって貿易を活発化できる。貿易が進む事で経済も活発に動くわ。それによって得られる経済効果は計り知れない。多大な利益を生む可能性もある・・・我々の次の提案はこれよ。この鉄道網をゴルト大陸中に張り巡らせたいの」


ゴクッ

 

 誰かから唾を呑み込む音が聞こえた。

 それが誰だかは解らなかったが、少なくともこの提案をしているハルやクマゴロウ博士ではない。

 クマゴロウ博士はそんな反応に満足し、話を続ける。

 

「マチルダ王女もご存じのように、既にエイボルトとエクセリア国の国境付近の『境の平原』まで軌道(レール)は整備されている。それは戦争の痕跡だが、ただそれを捨てておくのも勿体ない。初めは戦争で産まれた物でも次は平和利用すればいい。そうすれば、戦いで死んでいった者も浮かばれるのではないかな?」

「なるほど・・・手始めにエイボルトとエクセリンを結ぶ訳だな」

「そうよ。私達はボルトロール側の米穀物を初めとした食料品を今後も輸入するつもり。ここに安定した交通網を整備する事に利益あるわ。エクセリア国だってボルトロール王国に汎用型魔法陣や電卓を輸出するのならば、安全で労力のかからない輸送路の確保は利益ある事だと思うわ。この鉄道網はやがてエストリア帝国側に伸ばす予定。そうなればゴルト大陸東西で人・物の往来が活発になる。互いに新たな需要が産み出されるのではないかしら?」


 ハルの提案に少し考えるデュラン帝皇。

 

「なるほど。確かに今までボルトロール王国を初めとした東側に行くにはゴルト大陸中央の山岳地帯を超える必要がある・・・」


 互いの行き来を阻害していたのはゴルト大陸中央部にある山岳地帯だ。

 これによって東西が地理的に分断されていた。

 だから文化や経済の交流はほとんど無い。

 今のところ東西で貿易するには険しい山岳路を進むよりも海路を利用するのが主流である。

 しかし、海路となるとこれもゴルト大陸の南海側を回るか、北海側を回るか。

 (いず)れにしても手間がかかるので、あまり自由に往来してこなかった背景もある。

 だから、互いに交流が少なく、相手を信用しなくなり、無言の軋轢が生まれたりしていた歴史的な背景もあったのだ。

 

「それを打破する交易か・・・面白い」


 デュラン帝皇はそう述べて鉄道事業に反対はしなかった。

 

「デュラン陛下。それは賛同して貰ったと解釈していいのね?」

「ハルよ。よかろう。その事業、許可しよう。そして、エストリア帝国とボルトロール王国の軌道開通はどれぐらいを見込んでおる?」

「・・・まだ、ざっくりとした計画だけと十年以内につなげる予定よ。とりあえず、エクセリア国とボルトロール王国を結んで、しばらく様子を見てからになるわね」

「そうか・・・私が生きているうちに軌道がつながると嬉しいのだが・・・」


 デュラン帝皇としてはこの事業の成立が、ひとつの歴史の成果となると予想している。

 自分の代で熟成とはいかなくても着手はしておきたいと思った。

 

「エクセリア国とボルトロール王国で検証を済ませれば、できるだけ早い時期にエストリア帝国側につなげるわ。少なくともアルマダには直ぐにつなげたい」

「うむ、エクセリア国に近い都市アルマダとつながっていれば、エストリア帝国領内だ。歴史的にもボルトロール王国と帝国の新たな行路ができたとも言えるだろう」


 デュラン帝皇は納得を示す。

 

「そんな感じで本来は軌道の主役であるエクセリア国の意思確認を飛ばしたけど、ライオネルは賛成でいいわよね?」


 ここでハルはライオネルの立場を思い出し、今更にそんな事を聞いてくる。

 エクセリア国にとっても悪い事ではない。

 しかも、ボルトロール王国とは既に和平が成立しているので、断る話でもないと思っていた。

 だが、ここでライオネルは少し回答に詰まる。

 彼は少し考えた後に結局は肯定の意思を伝えてきた。

 

「・・・解りました。デュラン帝皇が乗り気の状態で、元より我々に反対の意思はありませんが・・・」

「あれ? ライオネル、あまりいい返事を貰えないわね? 何か気掛かりな事があった?」


 ライオネルは少し言い難そうにして、次の懸念点を伝えてくる。

 

「実は国内に反ボルトロール派と言うか・・・反民主主義者の勢力があって、この事業はデリケートな側面もあるため、(おおやけ)にするのは少々待って貰いたいのです」

「・・・そうなの・・・まぁ、国王様がそう言うのならば、政治的な懸念点があるのでしょう。秘密裏に進めるしかないわね・・・大丈夫よ、いったん開通してしまえば、エクセリア国に利益ある事だと解らせる自信はあるから」

「面目ない・・・」


 ライオネル国王は己が国内の政治的な事案を掌握仕切れていない事を詫びた。

 

「大丈夫。上手くやるわ・・・最終確認だけど、エクセリア国とエストリア帝国は賛成でいいのね?」

「勿論です。ハルさんが上手くできなくても、最終的には私が責任取ります」

「帝国も賛成じゃ。経済の活性化に反対などない。国民感情を考えるとボルトロール王国と直接取引開始はしばらく時間が必要になるが、我々としてはエクセリア国と取引するだけでも魅力が感じられる提案・・・あとはボルトロール王国側の意思確認だな?」


 デュラン帝皇とライオネル国王はハルの提案に対し賛同を示し、その視線はマチルダ王女に集まる。

 マチルダ王女はこの瞬間、ボルトロール王国の上位者でもあるが、王国として決定できる立場ではない。

 しかし、彼女は・・・

 

「面白い話じゃ。最終的には父の考えを聞ければならぬが・・・(わらわ)としては賛同するに一票じゃな」

「少なくともマチルダ王女は反対ではないのね?」

「うむ。その蒸気式機関車とやらは面白そうじゃないか。開通の際、是非とも一番に乗ってみたいものじゃ」


 好奇心からそう述べるマチルダ王女。

 その気概に悪気はない。

 

「解ったわ。賛同と興味を示してくれてありがとう。それじゃ、アナタのお父さんに意見を聞きに行こうかしら?」

「そうじゃな。最終的には王国の判断が必要になるじゃろう。ただし、今の季節は冬。王都エイボルトまでの道中の山岳路は氷に閉ざされておるが故、春の雪解けには・・・」

「いいえ、明日行きましょう!」


 マチルダ王女の会話をハルは途中で切った。

 

「ハルよ、(わらわ)の話を聞いておらぬのか? 冬の道中は馬車の移動が困難なのじゃぞ!?」

「それは心配しなくてもいいわ。陸がダメなら、空から行けばいいじゃない。銀龍ジルバに頼んでみるわ!」


 銀龍を気軽に足使いするハルの発言に、唖然となってしてしまう一同であった・・・

 

 

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