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第二話 失意の元総司令


「代表、代表・・・グラハイル代表!」


 馬車内でウトウトしていたグラハイルはそんな呼びかけで目を覚ました。

 

「おや、・・・すまない。うたた寝をしてしまったようだ」


 グラハイルからは少し緊張感の欠けた反応だが、部下のシャルガルタはそんな彼を咎めない。

 

「い、いえ。おくつろぎの所、誠に申し訳ありません。もうそろそろ、目的のエクセリンに到着いたします」


 律儀にそう応えるのはシャルガルタのかつての上司であるグラハイルに対して未だに高い尊敬の念を維持している。

 しかし、永年グラハイルに仕えていた直属の秘書はそんな甘い評価をしなかった。

 

「本当にグラハイル様は弛んでいますわ。かつての西部戦線軍団の総司令という立場だった時は人前で居眠りなどする方では無かったのに・・・」


 辛辣な意見だが、これにグラハイルも怒る事なく、まったくそのとおりだと思ってしまう。

 まさに燃え尽き症候群・・・

 現在のグラハイル・ヒルトを一言で説明するならば、それが最も正しい。

 かつてのボルトロール対エクセリア国になった『境の平原』での激闘。

 それは壮絶――と言うより圧倒的な負けであった。

 自分の指揮に問題があったのではない。

 敗戦に陥ったのはたったふたつの存在によるもの――銀龍と仮面の男女の存在だ。

 銀龍の圧倒的な攻撃力、それによって秘密兵器の列車砲と消滅弾は崩壊。

 そして、その銀龍の背に乗り現れた謎の男女の仮面魔術師――あのバケモノを単なる魔術師と表現して良いのかは疑問だが・・・

 彼女達の登場により、あっと言う間に西部戦線軍団の全員が制圧・無力化された。

 あの時、どう対処すれば良かったのか、その後いろいろと考察してみたが、まったく以て正解が得られない。

 全ての想定されるパターンを脳内で検討しても負けを自覚してしまう。

 グラハイルも経験豊かな軍人だ。

 数少ないが彼にも過去に負けを経験した事がある。

 しかし、ここまでの圧倒的な負けなど初めてであった。

 普通、これほどの負けを経験すれば、自ら命を失う可能性もあっただろう。

 しかし、今回は生き残ってしまった。

 だから、どうしていいのか解らない。

 どうすれば自分の過去の威厳を取り戻せるか、どうすれば過去の尊厳を取り戻せるか。

 そんな不安が渦巻く中、敵国エクセリアで生き永らえてしまった。

 既に禁固罰は終わり、エクセリア国に奉仕労働を継続する事で自由を得ている。

 もし、グラハイル本人にその気さえあれば、逃げ出してボルトロール王国に帰る事も可能である。

 

(・・・いや、それもできていない。だから、私はこの地で吹き溜まりのように停滞しているのだ・・・)


 そんな事を自分の心の中だけで自問自答している。

 

(今日も意味の無い一日が過ぎて行くのだろうか・・・)


 覇気無くそんな事を考えるグラハイル。

 しかし、今日は普段の変らぬ日々とは少し違っていた。

 

「宿泊予定のスケイヤ特区開発のご一行ですね?」


 宿の番頭がグラハイル達の集団にそんな事を聞いてくる。

 秘書のカロリーナが代表して頷き、対応しようとすると・・・

 

「お手紙を預かっております。そちらの代表のグラハイル・ヒルト様に直接渡すよう伺っております」

「・・・私がグラハイル・ヒルトだ」


 少し間を置いて、グラハイルはそう返した。

 宿屋の番頭は手紙の付属書類にある人相書きを確認して、グラハイル本人に間違いないと判断すると、受け取りのサインを求めてきた。

 

(随分と厳格だな?)

 

 少し疑問を感じながらも、受け取った手紙の送り主の名前を確認するグラハイル。

 

(・・・妻からか・・・)


 送り主の名前を見てグラハイルは納得した。

 来るべき書類が遂に届いたのだと思う。

 この場で中身を確認する事なく、封を切らずに手紙を懐へ素早く仕舞う。

 そこに部下達が誰何してくる猶予は無い。

 何故ならば、この手紙とは別にグラハイルを迎えに来た客がこの宿で待機していたからである。

 屈強な男性がひとりソファーから立ち上がり、グラハイルの存在を確認してくる。

 

「ボルトロール軍西部戦線元総司令グラハイル・ヒルト様とお見受けします」


 その戦士風貌の顔はグラハイルを初めとした西部戦線軍団員達に見覚えはあった。

 

「シュナイダーか・・・」


 ボルトロールで一番の武勇を持つ戦士の存在は有名過ぎた。

 彼がどうしてここにいるのかは疑問であったが、それよりも今聞かれているのはグラハイルだ。

 

「貴殿の到着を待っていた。マチルダ王女が面会を希望されている」

「・・・何?・・・いや、まぁいい・・・解った。すぐに向かおう」


 グラハイルは一瞬悩むものの、判断は早かった。

 『面会希望(・・)』と言われても相手は王女である。

 これは命令に等しい。

 それまで覇気を無くしていたグラハイルだが、それでも王族からの招聘に対する反応は早い。

 

「シャルガルタ、カロリーナ、皆を休ませておけ。食事は私の帰りを待たなくてよい」

「ですが・・・」

「私は少々マチルダ王女と面会してくる。帰りが遅くなっても気にしないように」


 手短に部下へ指示を飛ばすグラハイルはかつての総司令のようであった。

 条件反射的にボルトロール式の敬礼で返すシャルガルタとカロリーナ。

 この姿を見せられた周囲の人々は、彼らがボルトロール出身の生粋の軍人である事を解らせてしまう。

 喜々な視線を向けられるがそれをいちいち気にせず、グラハイルはシュナイダーに向き直った。

 

「待たせた」

「うむ、マチルダ王女様はここから近い宿所に滞在している。案内しよう」


 こうして、シュナイダーに連れられてグラハイルは移動するのであった。

 

 

 

 

 

 

「おお、久しいのう。あまり元気では無さそうじゃが・・・まあ、生き残ったのは及第点じゃ。再び会えて嬉しいぞ」


 グラハイルと会うなり、特に彼を咎めるでもなく、そんな挨拶をしてくるマチルダ王女。

 実利を重視しているボルトロール王国らしいやり方だが、グラハイルは戦犯に等しい存在、マチルダ王女のそんな言葉にいろいろ勘ぐってしまう。

 

「マチルダ王女。こちらに来られていたのですね。そうとは知らず・・・」

「まあ良い。其方はエクセリア国との戦争に負けて捕虜になり、その責から奉公労働をさせられている身だ。そもそも自由に行動できる身分でもあるまい」


 マチルダ王女はそう述べたが、実は現在のグラハイル、かなり自由に行動できた。

 形ばかりの監視はあったが、それでも誤魔化そうと思えばできる範囲だ。

 エクセリア国側がこれほど柔軟になったのは、やはりボルトロール王国と和平が成立した事が大きい。

 グラハイルを始めたとした捕虜全員に帰国しても良いと通達が出された事が一度あった。

 しかし、それに応じた西部戦線軍団幹部は少ない。

 それもそうだ。

 下級兵ならば、それほど責任は重くないが、上級兵・幹部となると敗戦に陥った責任は母国に戻ってからも続く。

 ボルトロール軍の層は厚いため、一度失敗した者が二度目のチャンスを与えられる事はまず無い。

 最悪、軍に損害を与えたと責任を取らされて軍法会議にかけられる可能性もあった。

 ボルトロール王国はそれほど敗者に対して厳しい国家である。

 だから、帰国しても再起のチャンスが見込めない彼らは、いっそうの事こちらに留まって一旗挙げた方が得だと思うようになる。

 幸い、現在のエクセリア国は人手不足である事に加えて、エルフとの交易が始まっているためスケイヤ特区では建設ラッシュがあり、好景気であったりする。

 そんな状況ならば、個々の能力が高いボルトロール軍人が活躍する場などいろいろとあったりするのだ。

 それに加えて、グラハイルはいろいろな理由で母国にあまり帰る気もない。

 

「はぁ」


 気が乗らない返事。

 それはマチルダ王女がかつて知る西部戦線総司令グラハイル・ヒルトの顔ではなかった。

 

「なんじゃ。其方に似合わず落ち込んでおるのか?」

「い、いえ・・・しかし、少々状況に疲れまして・・・」


 グラハイルはそう述べて懐に忍ばせていた手紙を取り出す。

 

「まだ、開封しておりませんが、本日、このような封書が私の手元に届きました。しかも受け取り者の確認のサインまで求められる厳格な封書です。その差出人とはシェリル・ヒルト――我が妻。この時期にこの手紙・・・王女様ならばこの意味は解りますよね?」

「・・・」

「あそらく、これは離婚通知書。敗戦の将となった私はヒルト家にとって汚点。ボルトロール軍人の良家でもしばしば起こる縁切り。私は婿養子です。妻にとって・・・私はもう価値のない不要な存在という意味でしょう」

「・・・」


 悲壮感たっぷりのグラハイルに掛ける言葉がなかなか見つからないマチルダ王女。

 マチルダ王女からしてグラハイルとは軍人の鏡、仕事一辺倒な男だと評価していた。

 家族を蔑ろにしているようには見えなかったが、それでも家族と仕事を天秤にかければ、まず間違いなく仕事を優先する男だ。

 そんな男が、こうも脆くなってしまったのは、やはり今回の敗戦がグラハイルにとって衝撃的な結果だったのだろうと感じていた。

 

「じゃが、(わらわ)は其方に仕事を用意しておるのだ」

「・・・私にこれ以上ボルトロールの為に働けと・・・私は家族から捨てられようとしているのに・・・それを国も認めた・・・だから離婚決定書が発行されたのではありませんか?」

「再戦の機会を与えよう」

「は?」

「今の(わらわ)は何の力も持たぬ只の第一王女じゃ。しかし、将来、国を率いる可能性もゼロではない・・・その暁にとはなるが・・・其方をボルトロール軍の総司令に復権させてやろう」


 まったく以てあやふやな約束であり、普段の聡明なグラハイルならば鼻で笑うような冗談だと受け止めただろう。

 しかし、この場のマチルダ王女からはどこか真剣さを感じられるものがあった。

 グラハイルも今更復権を望むものでは無いが、それでもマチルダ王女の話ぐらいは聞いてもいいかと思ってしまう。

 

「・・・私めに、何をやらせるつもりですか?」

「それは・・・エクセリア国に駐在するボルトロール王国の大使じゃ。王国とエクセリアの窓口。其方がこちらで率いてきた奉公工兵の仕事ぶり『スレイヤ特区開発』はまずまずの評判だと聞く。我々も今後フーガ魔法商会とエザキ魔道具製作所から得られる魔道具をボルトロール王国との貿易としてやりとりする事になっている。国家間の調整役として其方を大使役として命じるつもりじゃ」


 大使の任命・・・本当にそこまでの任命権がこの王女には無い筈である。

 グラハイルはいろいろと考えて、回答するのにしばらくの時間が必要であった。

 

「・・・」

「・・・」


 無言の重苦しい雰囲気が経過する。

 やがて・・・

 

「解りました。具体的に何をやらされるかは不明ですが・・・請けましよう。このグラハイル、まだ少しボルトロール王国のために働きます。ただし、軍に復権をすぐに望むものではありません。私とヒルト家の離婚は既に決定事項の筈。復縁を主目的としているように見えるのは嫌です。私にも些かのプライドがございますが故に」

「・・・うむ、解った。まずは請けてくれた事に対して礼を言おう。悪いようにはせん」


 マチルダ王女は当初描いていた筋書きどおり仕事を引き受けてくれたグラハイルにホッとする。

 

「追って指示を出す」

「・・・解りました」


 こうして、本日の会談は終了となった。

 マチルダ王女はグラハイル・ヒルトを帰すと、次の調整のために新たに考えを巡らせる。

 

 この会話を隣室で盗聴していたイルダが居たのを知らずに・・・

 

 

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