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白い魔女と敬愛する賢者たち(ラフレスタの白魔女・第三部)  作者: 龍泉 武
第十二章 ボルトロールからの使者
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第十二話 皇女と王女・・・


「ゆっくりしてくれ」


 シルヴィア皇女は招いたマチルダ王女にそう述べるが、その場所とはサガミノクニ生活協同組合内の敷地内、白エルフのシルヴィーナに貸し与えられた一軒家である。

 小さな屋敷だが、元貴族が建てただけあり、それなりに豪華で清潔感ある室内だ。

 シルヴィア皇女はシルヴィーナを気に入っているのか、既に何度かここを訪れていて、もう勝手知ったる我が部屋となっている。

 

「確か上の棚に入っていた筈・・・んん? 目当ての酒が無いな」


 厚かましく酒を探すシルヴィア皇女だが、彼女が目当てとしていた酒は無かった。

 その理由はこの家の本来の使用者であるシルヴィーナには解っている。

 

「シルヴィア皇女。『乙女の(たしな)み』は前回アナタが全て飲んでしまいましたよ」

「うむーそうかぁ・・・確かにアレは旨い酒だったからなぁ。ついつい開けてしまうのだ」


 酒を嗜む・・・と言うよりも飲酒愛好家であるシルヴィア皇女とシルヴィーナは一般的な女性よりも飲酒量が多い。

 しかも、目当ての『乙女の(たしな)み』と言う銘の酒はエストリア帝国東北部で摂れる良質な葡萄を発酵させた口当たりの良い発泡酒。

 所謂、女子ウケする酒であり、彼女達が『乙女の(たしな)み』ボトルを開けるなど日常であった。

 

「うーむ、困ったな・・・あの酒はエレイナ王妃が仕入れている。今から貰いに行くのは少し面倒だ・・」


 悩んでいると別の棚からシルヴィーナが新たな銘の酒を出してきた。

 

「むむ? それは何だ?」

「生活協同組合のゲンさんと言う方から貰ったサガミノクニの酒だそうです」

「味はどうなのだ?」

「まだ開けた事はありませんが、美味しそうな気はします」

「うむ。勘の鋭いシルヴィーナがそう言うならば期待できる。銘は・・・ジュンマイダイキンジョウ『竜王』か・・・まあ良い、開けてみよう」


 シルヴィア皇女は『竜王』を開けるように指示を出す。

 

ポンッ!


 景気の良い音がして良質のアルコール臭が室内に充満する。

 

「マチルダも当然、飲むだろう? 多少口を湿らした方がいい」

「ぐ・・・ここで断れば、ボルトロールの国権に関わる気がする・・・解った、受けて立とう! 帝国の皇女よ」


 負けず嫌いのマチルダ王女はシルヴィア皇女からの誘いを自分に対する挑戦だと受け止める。

 

「これはまだ飲んだ事ないが、香りからして美味そうだ!」


 日本酒の香りを嗅ぎ、酒飲みの直感を刺激する。

 この時のシルヴィア皇女の直感は間違ってはいなかった。

 この日本酒『竜王』はサガミノクニ生活協同組合の社会維持部食糧課に所属している西田(ニシダ)源治(ゲンジ)が仕込んだゴルト産のコメを発酵させた最高自信作の日本酒だった。

 大吟醸と書かれているとおり、芳醇な香りは嘘をつかない。

 そんな名酒をマチルダ王女にも勧めた。

 ローラが食器棚より綺麗なワイングラスを五つ用意する。

 それはシルヴィア皇女、マチルダ王女、レヴィッタ、シルヴィーナ、そして、ローラが飲む分である。

 シルヴィア皇女はここに一名足らない事を思い出した。

 

「・・・ハルめ。まんまと逃げよって!」


 少しつまらなそうにそう述べるシルヴィア皇女。

 それにはレヴィッタが答えた。

 

「ハルちゃんは妊婦ですから、お酒を控えているのですよ」

「あ奴め! 忌々しい、自分だけ幸せになりよって!!」

「ふん。シルヴィア皇女は現在、幸では無いのか?」

「ここには碌な相手がおらぬ! 私と釣り合う男などなかなか出会えぬものだなぁ・・・」


 シルヴィア皇女はしみじみそんな事を述べる。

 その話題になるとレヴィッタの居心地は悪い。

 何故なら過去のシルヴィア皇女の想い人が現在の自分の夫でもあるからである。

 

「・・・おい、こら! レヴィッタよ。今、絶対、自分が勝ったと思っているだろう!」

「へ!? 何をおっしゃいますか、皇女様」


 そんなやり取りなど、もう何百回やったことだろうか・・・

 それでも皇女のこんな様子を初めて見させられたのはマチルダ王女。

 それはいかにも低俗な人間の思考回路であり、皇族が滑稽に見えた。

 

「ふふふ。帝国の皇女ともあろうお方が、一般人相手に嫉妬とは情けない」

「わ、私は・・・一般人じゃ」

「そうだ。レヴィッタは一応、貴族の端くれ・・・田舎の中の田舎、下の下の貧乏貴族だがな・・・」

「シルヴィア様、そこまで言われるのは酷すぎます」


 落とされまくりのレヴィッタはこの酒の席に参加した事を後悔し始めた。

 尤も後悔したところで、初めから彼女に選択肢は存在しない。

 レヴィッタとは皇女が言うとおり所詮は下端の末端貴族だ。

 シルヴィア皇女の暴挙に逆らえる筈もない。

 ここでレヴィッタの援軍はローラだけとなる。

 

「そんな酷い事を・・・レヴィッタさんの夫はあの英雄ウィルさんじゃありませんか。アナタはウィルさんに選ばれた英雄の妻です。もっと自信を持ってください」

「ローラさんっ!」

「グッ、厳しい事を言うよな、ローラよ。私が貶められているようだ・・・」

「男性が女性を好きになるのは権力の大小ではありません。その相手にどれだけ惹かれるかです。レヴィッタさんはシルヴィア皇女よりも魅力的だったのだから英雄ウィルさんに選ばれたという事実が、客観的な結果として示されただけのですよ」


 ローラは恋の勝負に勝ったレヴィッタにもっと自信を持てと言う。

 しかし、この情報はマチルダ王女を喜ばせるだけだった。

 

「なんだ、シルヴィア皇女はそのレヴィッタと恋敵(ライバル)だったのか、ククク。皇族のお前でも負ける事もあるのだなぁ~」

「グッ、過去に私がフラれた事がそれほど面白いか?」


 シルヴィア皇女は自分の過去の失点がマチルダにバレて顔が真っ赤になる。

 しかし、陽気に笑うマチルダは逆の印象。

 

「いゃあ~。悪い、悪い。帝国の皇女であろうお方も、上手くいかない事があるのだなと思っただけじゃ。失敬」

「世の男どもは私の価値が解っていないなのだ。こんなにも美しく、男に尽くし、金や権力を持ち、聡明な女性など他にいないと思がなぁ~」

「ハハハ」


 そんなことを白々しく述べるシルヴィア皇女をマチルダ王女は面白いと思った。

 逆にシルヴィア皇女は自分の過去だけが露呈して面白くない。

 

「グッ、なんだ! これでは私の黒歴史を暴露しただけではないか。貴様の恋歴も教えろ!」

(わらわ)の事か・・・残念だが、私も今まで本気の恋など熟成した事が無い」

「ほう? 詳しく聞かせて貰おうか」

(わらわ)の話を聞いても面白くないぞ。どうせ、(わらわ)は王にとっても四番目の子。第一王女と言われても、それほど期待されて育った訳でも無い」


 そう口に出してみて、マチルダ王女は今まで自分の人生を振り返ってみる。

 異性に興味を持った事もあるが、それほど執着した恋など今まで経験していなかったことに気付く。

 

「・・・(わらわ)にとって気になる男性・・・敢えて挙げるとすれば、(わらわ)を地面に埋めてくれたアーク殿ぐらいか」

「ブッ!」


 レヴィッタが噴いた。

 

「なっ、何を言っているの! アークってのはアクトさんの事でしょ? あの人を狙うのは止めておきなさい。ハルちゃんの旦那よ」

「解っておる。安心せい。これは恐らく恋ではない。しかし、(わらわ)を立場に関係なく地面に埋めた・・・結果的にそれによって(わらわ)はアーク殿に命を救われたが、これが媚びへつらう他の男性と違うと感じておるだろう。アーク殿がハル殿の夫だと言う事も解っておる。そこに手を出すほど私も愚かではない」

「その方が良いです。この事がハルちゃんにバレると、ぶっ殺されますよ!」


 レヴィッタはハルとアクトの強い愛の絆を解っている。

 そして、普段はあまり見せないがハルがアクトに深い執着心を持つ事もだ!

 

「なるほど、敵国ボルトロールの王女の心も手玉に取るとは・・・ブレッタ家の者は罪な男達よのう」


 シルヴィア皇女は彼らをそう評価した。

 結論は変えないが、ローラはそんなブレッタ家の男達を更に評価できると思う。

 

「あら、アクトさんは素敵な男性だと思いますわ。同じく兄のウィルさんも強くて誠実な人です。人としてもっと評価されるべきだと思いますよ」

「おお? ローラもアクトに好意を持っているのか? エルフの不倫というのも色恋話としては面白いのう」

「いいえ、私にはスレイプがいます。彼を裏切る事などあり得ません」


 シルヴィア皇女は煽ったが、そこにローラは乗ってこなかった。

 面白くない奴・・・とシルヴィア皇女はローラの真面目さにこれ以上の深堀を続けられない。

 

「ぐっ・・・駄目だな。どうしてこんなくだらない話題に・・・」


 自分から恋話を振っておいてそんな口調になるシルヴィア皇女。

 いつも以上の実直な対応に、今の皇女は早くも酔いが回っていると認識するレヴィッタ。

 

「ボルトロール王国側の王女と会話するならば、もっと政治的な話題にしなくてはならんなぁ・・・知的な私が互いの難しい外交問題などスパッと解決してやるらぁ」

「シルヴィア皇女様? 口調がおかしい・・・まさかもう酔いが回って?」

「煩い! レヴッタァ、私は酔ってはおらぬぞ!」


 目が座り、そんな否定をしてくるシルヴィア皇女。

 明らかに酔っ払いの吐く常套句を吐いてる皇女。

 

「あ・・・あの、急用を思い出しまして」

「レヴィッタ! いいからそこに座っていろ。我々の話を聞けよっ! 東西大国同士の姫の会合ぞ!!」

「ふぉああ!? 嫌やぁ~」


 勘弁してくれと涙目になるレヴィッタ。

 そんな姿はマチルダ王女から見ても喜劇だ。

 

「あら? もう酔われたのですか? 帝国の皇女ともあろうお方が情けないですねぇ~ ホホホ」

「何を!」

「ならば、どんな難しい外交問題の話でも今すぐしてください。(わらわ)が完璧に応えてみせましょう」


 自分は酔ってないと主張するマチルダだが・・・

 彼女の眼もトロ~ンとなっており、顔も赤い。

 

(こっちも酔っとるやんけ!)


 そう思うレヴィッタ。

 

「『竜王』、恐るべし!」


 客観的に感嘆を零すレヴィッタだが、自分もその酒に飲まれている事に気付けないのが、レヴィッタ自身も酔いが回っている証拠。

 ここでシルヴィア皇女が意を正す。

 

「それならば、問うてやろう! ボルトロール王国は何故にラフレスタを攻撃した?」


 酔っ払いのシルヴィア皇女がここで問うたのはある意味で今回の争いの核心部分。

 実直、なかなかボルトロール王国に正面から聞けない話題でもある。

 しかし、ここは酒の席、互いに(たが)が外れていた。

 

「我らボルトロールが他国を攻撃する理由、それは・・・簡単に言うとボルトロールの版図(はんと)を拡げる事・・・優れたボルトロールの治政システムを世界に広げる事により世界の人々が幸せになる。それが我が父の願いだ」

「ふん、正に侵略者の理屈だな。貴様らの食指をラフレスタに伸ばしたところで我々は迷惑していたのだぞ。貴様に弟の未来を奪われた私の悔しさが解るか?」


 シルヴィア皇女がここで述べるのはラフレスタで傀儡に担ぎ上げられた彼女の弟ジュリオ・ファデリン・エストリアの事である。

 

「弟?」

「そうだ。貴様らの派遣した獅子の尾傭兵団――イドアルカという組織だったか――に利用されて、心を壊してしまった我が弟の事だ」


 一瞬で剣呑な雰囲気に変るシルヴィア皇女。

 彼女にしてもこの恨みは本当の気持ちである。

 果たして一体これにマチルダ王女はどう答えてくるか・・・そんなある種の興味が沸く中、マチルダ王女がここで示したのは・・・

 反論、嘲り、開き直り・・・シルヴィア皇女の予想した何れの反応でも無かった。

 

「・・・その話、詳しく聞かせて貰おう。わらわは王族と言えども、その時は所詮下端じゃ。詳しい軍事情報など聞かせされておらぬが故に」


 マチルダ王女の表情は真剣だった。

 少なくともこの時シルヴィア皇女が感じた苦しみを真面目に聞いてやる・・・そんな気概が感じられたりする。

 軍事機密情報に値するラフレスタの真相の情報、普段はそう易々と漏らせない皇女なのだが、今回はすべて話すべきだと思った。

 そこには酒の影響があったのかも知れない。

 

「ならば聞かせてやろう。ラフレスタの乱の顛末を・・・」


 シルヴィア皇女は自ら知り得る戦役の情報をここですべてマチルダ王女に伝える。

 ジュリオ皇子が敵の魔法薬に支配されて、破滅に陥ってく様を・・・

 それを真剣に聞くマチルダ王女。

 

「・・・となり、ジュリオは今、皇城の奥に幽閉されている。心を破壊された彼の姿を公に晒す訳にはいかないだろう」


 少し長いシルヴィア皇女の話はこうして終わる。

 ここまで聞いてマチルダ王女の反応は・・・

 

「フフフ、ムハハハ、ハハハハ」


 吹っ切れたように笑った。

 

「ムッ! 何が面白い! それほどジュリオを貶すのか、ボルトロール人には人の心が無いのか!」


 笑われたので、今、話した事を少し後悔するシルヴィア皇女。

 

「いや、すまぬ。わらわも奇遇な運命だと思ったのだ。自らの肉親に傷を受けた王族が他にもいたのだと、わらわのような不遇は世界でひとりだけではないと・・・しかも諸悪の根源にイドアルカが関わっておる。これもボルトロールの因果応報かのう?」

「何の訳の解らぬ事を」

「説明してやろう。(わらわ)も内乱で実の兄を失った。それも(わらわ)の手でふたりの敬愛する兄を殺したのじゃ。その時には(わらわ)の心も魔法で支配されていたとは言え、相当ショックじゃぞ!」

「何の話だ?」

「エストリア帝国の皇女よ。次は(わらわ)の話を聞かせてやろう――」


 マチルダ王女は次に自分の体験談を話す。

 それはエイボルトでの大反乱。

 自らシャズナの支配魔法を受けて、策略に嵌り、ふたりの敬愛すべき兄を撲殺してしまった事実。

 生々しい話であったが、シルヴィア皇女もその悲惨な顛末に眉を(ひそ)める。


 こうして皇女と王女は不遇な運命を共に体験していることを互いに知った。

 悲惨な話に口が乾き、それを潤すためにまた酒を飲む。

 まったく以て楽しい飲み方ではないが、それでも互いに互いを深く知るという目的は達せられた。

 この飲み会以降、皇女と王女は互いに相手の見方が少し変わったりする。

 

 ちなみに、一緒に付き合わされたレヴィッタは次の日、激しい二日酔いに見舞われたのは言うまでも無い・・・

 

 

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