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第三話 それぞれの思惑

 弟を探すためボルトロール王国に侵入したハル達であったが、こうしてあっさりと再会を果たし、次に家族と会うため王都エイボルトに移動する事となる。

 移動は山岳地帯となるため、事前準備が必要である。

 そんな旅の準備をするために、勇者パーティとハル達は一旦別行動となり、それぞれの宿に戻ってきた。

 

 リズウィ達はフロスト村で一番の宿へ戻り、そこで今後の事について仲間たちと相談を始める。

 

「お前達、どう思う?」

「どうって、ハルさんは最高じゃないか! リズウィ、お前の事を義兄と呼んでいいか?」

「ガダル、お前莫迦か? 俺が聞いているのは姉ちゃんの感想じゃねぇ!」


 リズウィからの指摘にハッとなるガダル。

 周りの仲間を見ると自分に非難の視線が注がれているのに気付いたガダル。

 

「ぐっ! す、すまない・・・ハルさんがあまりにも美し過ぎて・・・」


 浮かれる自分に気付き、ここで言い訳するガダル。

 ただ、ここでガダルの気持ちを代弁するならば、ハルという女性は自分の好みピッタリの理想の女性。

 彼にとって人生で初めての恋だ。

 そんな感情に一番戸惑っていたのはガダル自身であったりする。

 

「俺が聞きたいのは、あいつらが敵国としてどうかって事だよ」


 まだぼんやりしているガダルに解らせるように、リズウィが勇者パーティのリーダーらしく会話の目的について敢えて口に出して確認を促す。

 

「リズウィさんって意外に冷静ですよね。肉親に会えたと言うのに・・・」

「ああ、シオン。俺だって姉ちゃんと会えて嬉しいさ。でも俺はボルトロール王国の勇者だ。我が国の不利益になるかも知れねぇー事をそのまま見過ごす訳にもいかねーんだよ」


 ここでリズウィは自らが公的な立場である王国の勇者としての責務を優先させた。

 

「リズウィ、アンタちゃんと国の利益の事を考えていたのねー」


 意外だと感心するアンナに、リズウィは「当たり前だろ」と彼女の頭を小突く。

 アンナも勇者リズウィとのそんなコミュニケーションを楽しんでいるようだ。

 

「尋問をしているとき、ハルさん達は嘘をついているように見えませんでしたが・・・」


 シオンから改めて真偽を調べる神聖魔法の結果を告げられる。

 

「でも、何か引っ掛かります。確信はありませんが、結果的に我々が騙されているような気もします」


 神職であるシオンが悪い予感がすると言っていた。

 これでもシオンの予感は良く当たるのだ。

 

「なるほど。俺もなんだが嫌な感じだ。特に姉ちゃんの男からは・・・何だろう・・独特の存在感があるんだ。隙があるように見えて隙が無い・・・そんな変な感じだ」


 リズウィは戦いの中で培った感覚で、アークと言う男の隠しきれない実力を感じていた。

 

「ええ、私もあのときに悟られないようにして全員に敵意を探る魔法を掛けてみましたが、その反応が異常なほど薄かったのです」

「シオンすげぇな。ひょっとして無祈祷神聖魔法も使えるのか?」


 無祈祷魔法とは魔術師で言う無詠唱魔法の神聖魔法使い版である。

 心の中で祈祷するため、無詠唱魔法よりは難易度は低いとされるが、それでも高等技術に属している。

 シオンは軍属の神聖魔法使いなのでボルトロール軍において特別な訓練を受けているのだろうとリズウィは思った。

 

「ええ、これは私の奥の手ですので、秘密にしていましたけれども使えますよ。相手には悟られていないと思うのですが、その魔法の結果が『自分達は無害である』と言っています。それが出来過ぎた結果だと思い、引っ掛かっているのです」


 シオンは今回の自分の魔法の結果を感覚的にあまり信用していないようであった。

 その意見に追従するのはフェミリーナだ。

 

「そうですね。特に肌色の黒いスレイプさん。私達にはあまり良い印象をお持ちでなかったように感じられましたが、シオンさんの敵意を探る魔法と結果が合っていません。これはちょっと違和感がありますね」

「フェミリーナ、どうしてスレイプさんに敵意があると思ったんだ?」

「私が興味を持って視線を送ったんですよ。ほら、スレイプさんてちょっと格好良いじゃないですか?」

「呆れた。アナタって格好良い男性ならばなんでもいいのねー」


 アンナはフェミリーナを尻軽だと揶揄する。

 

「あら、アンナさんは格好いい男性に興味はありませんか? それでも、彼から返された視線は『俺に構うな』って軽い拒絶が混ざっていました」


 洞察力が鋭いのか、それがフェミリーナの感覚による評価だ。

 きっと彼女は異性の機微に鋭い感覚を持つのだろうとリズウィは思う。

 

「なるほどな。それならば、スレイプさんから軽い敵意を感じてもおかしくねーって訳か。しかし、シオンの魔法にはなにも掛からなった・・・それは不自然だな」


 リズウィはここで結果をまとめる。

 

「現時点では相手の真意は解らず不明である・・・と、俺も自分の姉が敵国のスパイだと思いたくはないが、それでも注意しておこう」


 そんな認識で勇者パーティの各々は気持ちを新たに引き締める事にした。

 だからこそ、彼らはボルトロール王国の勇者パーティ足り()るのだ。

 勇者と名は付くが、その実体はボルトロール軍の特殊部隊のひとつであり、王国の民意高揚の役割も担っているが、戦場を生き延びてきたのはそれなりの実力が備わっているが故。

 だから彼らは軍隊的な思考で行動しており、ボルトロール王国の利益を第一優先に考えて今まで働いてきた。

 今回もその使命を彼らが忘れる事は無い。

 

 

 

 一方、そのハル達はというと、彼女達も自分達の宿に戻り、今回の遭遇について意識共有をしていた。

 

「で、あっさりと隆二に出会えたわね・・・次は私の両親に会うため、王都エイボルトに行くことになったけど、それでいいわよね?」

「今更だな。俺は全く構わないさ」


 とはアクトの弁。

 アクトとハルは心の共有で常に意思統一しており、反対意見など出る筈が無い。

 

「我も構わぬ。ハルの両親・・・同族に会うのが其方の目的ならば、そこに向かって行動するのは意思にブレはない。最後までハルを見届けようとする私の意思にも変更はない。それでいいだろう? スレイプとローラよ」


 エルフ一家に確認するのはジルバからである。

 彼らはハルとアクトの共に行動する仲間である事に加えて、銀龍スターシュートに忠誠を尽す身でもある。

 自らの主からそう問われれば、否定の言葉など出る筈が無かった。

 尤もそんな従属の使命などなくても、ハルとアクトについて行く覚悟が彼らにもある。

 それは子供のサハラも同じである。

 彼ら全員が納得してくれているのを再確認したハルは冒頭の勇者パーティとの出会いについて情報共有を始める。

 

「それにしても、あの勇者パーティって集団は曲者ね」

「そのようだね。君の弟の隆二君はどうやら結構ボルトロール王国の思想に強く染まっているようだ」


 今のアクトは正しく『隆二』と発音している。

 それは彼の脳の中にサガミノクニで標準言語である東アジア共通語がインプットされているからだ。

 だが、アクトは勇者パーティ前ではその事を秘密にしていた。

 それはアクトなりに彼らを警戒しているからだ。

 アクトがこのように考えているのはリズウィの心の内面についてハルを介して解ったからである。

 あの瞬間もハルの『相手の心を透視する魔法』は無詠唱の威力を遺憾なく発揮していた。

 ボルトロール側は『真偽の魔法』でこちらの心を探っていたようだが、実はこちら側はその上を行っている。

 ジルバによる龍魔法が向こう側の魔法を妨害し、偽装により偽の情報を相手に与え、こちら側は出力全開で向こう側の心を探っていた。

 心を探る魔法はハルと共にジルバも発していた。

 初戦の情報戦は圧倒的にハル側の勝ちである。

 

「ホントに参ったわね。あの子は私の家族だから最終的にボルトロール王国とは縁を切らせて、意地でもエクセリア国へ連れて帰るわ。しかし、それは万が一の場合だけど、結果的には力尽くになるかも知れないわね」


 ふぅーと息を吐くハル。

 

「彼のパーティメンバーはどうする?」

「そうねぇ。あのアンナって娘はそれなりに隆二の事が好きみたいだから、今後、彼女の意思を確認して、どうしてもって場合は一緒に連れて帰りましょう。もし無理ならば、引き剥がすしかないわ」

「他の女性、フェミリーナさんとシオンさんは?」

「フェミリーナは駄目ね。あの娘はただのセックスフレンドよ。隆二の身体はそれなりに好きみたいだけど、それ以上ではないわ。まったく隆二も変な遊びを覚えて・・・」


 ここでハルの不躾な言葉にその場にいたローラが顔を顰める。

 

「ハルさん、申し訳ないですが、子供のいる前であまりそのような発言は・・・」

「あらっ! そうだったわね。ゴメンね、サハラちゃん。今のオバさんの言葉は無視して頂戴ね」


 口元に手を当ててオホホと笑って誤魔化すハル。

 

「ハルさん、大丈夫です。サハラは何も解りません」


 問題ないとサハラは言う。

 絶対に喋っている内容を解っている口調であったが、もうこうなって仕舞えば笑って誤魔化すしかない。

 自分の発言に失敗したと思ってしまうハルであるが、今更である。


「とりあえず、フェミリーナの事は無視でいいわ。曲者なのはシオンさんの方ね」

「あの神聖魔法使いか・・・」

「ええ、あの娘はただの聖職者じゃないわ。今のところ隆二とは深い関係を持っていないようだから、しばらくは静観でいいとは思うけど。行動は注意しておいた方が良いと思う」

「解った。それにしても隆二君は君と会ってもそれほど驚いていなかったね」

「そうね。どうやら、隆二に私との出会いをお告げした存在がいたようよ」

「ほう。そのお告げって、神様とでも会ったのかな?」

「違うわよ。ほら、昔、神聖ノマージュ公国で『マリアージュ』って女性と戦ったじゃない?」

「えっ? 彼女が隆二君の前に現れたのか?」

「どうやらそのようよ。そして、マリアージュが隆二に『西に行けば、姉と会える』と告げたようよ」

「ふーむ。ファンタジーだね・・・」


 奇遇な出会いと神憑り的なお告げをするそのマリアージュという女性に、アクトはそんな表現で例えた。

 そのマリアージュとはジルバにも思い当たったようだ。

 

「その女の正体とは『亜神』だな」

「亜神?」


 ハルは初めて聞く種族の名前の意味を知識豊富なジルバに問う。


「成りそこないの神という意味だ。高い信仰心と多大なる生贄の先に神の推薦を得て到達できる進化の先とされる」

「そうなの? あの公国で大層暴れしていた彼女だからねぇ」


 ハルは呑気にそんな事を述べるが、当時の状況は神聖ノマージュ公国史上最悪の出来事に等しい。

 悪意を持ったボルトロール軍の神父により、悪神の使徒として肉体と心を改造された悲劇の司祭女性・・・それがマリアージュという存在であった。

 彼女は冥府の欲望の神ハドラの使徒として利用されたノマージュ教の司祭。

 それまではノマージュ教の聖女として崇められていた神意の素養が高い女性であり、悪意を持つ者に利用されて、悲劇の結末を迎えた筈である。

 

「どうやら生きていてようだね」

「アクト、顔が喜んでいるわよ!」


 ハルの指摘で襟を正すアクト。

 悪神の使徒となった彼女に最後の止めをしたのはアクトであったが、それでも彼女が憎くて止めをしたのではない。

 あの時、悪神ハドラの意思により心が乗っ取られていたマリアージュを止めるにはそれしか手段がなかったのだ。

 マリアージュ自身もアクトを気に入っていたようであり、それを思い出したアクトにここでハルが釘を指したわけである。

 

「彼女が活動していると言う事は、まだ悪神バドラの使徒として存続しているのだろうか?」

「アクトよ。心配する事はない。リズウィの記憶から見た彼女は自らの意思で行動している。彼女がもしハドラ神の使徒として活用しているならば自我が無い筈。そういう訳ではないようだ。そして並外れた攻撃能力と淀みない魔力の気配からすると、彼女は亜神へと進化したようだ」

「亜神?」

「ああ、先も言った様に強い信仰心と多大なる魂の生贄の先に到達できる存在、それが亜神である。当然、彼女を『亜神』として認証する神の存在が必要になるが、彼女の気配から察するとバドラ神に属する亜神ではないようだ。亜神になると神の意志にアクセスできる。運命と言う名の神意(レコード)を通じて、リズウィにそんな神託を伝えたのだろう」

「本当にファンタジーな話ね・・・」


 ハルとしてもそれ以上の言葉が出てこない。

 信仰心のない彼女にとって神とは未知の存在なのである。

 しかし、この世界では確実に神は存在すると言われている。

 宗教国家である神聖ノマージュ公国では地上に降臨しかけたハドラ神の片鱗を目にしているので、存在自体は疑っていない。

 そんなハルにジルバが言葉を続ける。

 

「その『亜神』の存在が、現時点で我々に害を及ぼすことはないだろう。これ以上はあまり気にしても意味が無い」

「解ったわ。ジルバ、教えてくれてありがとう」


 ハルも取り敢えずはこれで納得し、この議論は終わりとした。

 神の存在など彼女には興味が無い。

 彼女が興味あるのはこの先どうするかと、どうやってサガミノクニの人達と出会うかである。

 

「どうやら他の人達も王都エイボルトにいるようね・・・隆二の心を観ると彼らと良い関係では無いようだけど、『研究所』って場所に囲われているのは確かなようよ」

「『研究所』か。それはイドアルカの者が言っていた『研究所』と同じ意味なのか?」


 アクトがここで出す『研究所』とは、過去に自分達が対決した悪の組織イドアルカが頼りにしているボルトロール王国の特務機関の通称である。

 先のエクセリア戦争の際に『列車砲』と呼ばれる敵の切り札的な兵器を造ったのもこの組織『研究所』による。

 

「現時点で確証は無いけど、恐らくそうだと思うわ。『列車砲』の技術者もクマゴロウっていかにもサガミノクニ人の名前だったからね」

「そうなると、隆二君以上にその人達の説得が大変になりそうだね」

「そうかも知れない・・・だけど現時点ではどうするかは解らない。これは直接会ってみてからの判断になるわね」

「解った。ハルが潜入捜査するならば、しばらく僕は大人しくしておいた方が良さそうだ」

「そうね。アクトにしろ、ジルバにしろ、仮面の力にしろ、切り札は最後まで取っておきましょう」


 こうして、ハル達の方針は定まった。

 しばらくは大人しく雌伏して、敵国の中枢へ潜入する事にした。

 最近のアクトは愛剣の魔剣エクリプスを彼専用の魔法袋の中へと黒仮面と一緒に隠している。

 その為、彼が普段使うのはただ丈夫なだけの銀色の剣のみである。

 それでもアクトに不安は無い。

 彼には己の鍛錬で備わったブレッタ流剣術がある。

 免許皆伝の兄ウィルほど技量を極めた訳ではいないが、それはあくまで師匠であり父であるレクトラからブレッタ流剣術の免許皆伝の称号を得られていないだけの話である。

 一般の剣術士の基準からすれば、アクトが既に高い技量に到達している事はこれまでの彼の実績が物語っている。

 しかし、それさえも封印して手加減しようと決めていた。

 雌伏する、それがハルの潜入捜査に役立つ事であるからであめ。


「ジルバさん、スレイプさん。僕は只の剣術士『アーク』としてしばらく実力を隠します。申し訳ありませんが支援をよろしくお願いします」

「うむ。解ったアークよ。万が一の時は、我ら辺境の研究者の扱う『未知の魔法』でなんとかしよう」


 ジルバのそんな白々しい言い訳の籠った言葉にスレイプも静かに頷く。

 こうして、彼らは雌伏してボルトロール王国の中枢へ潜入する事となる。



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