第十話 ソフトウェア実習と冬の到来
研修生達が学び始めて一週間が経過した。
「・・・であるから、この要件定義書に従い各システムのアーキテクチャー図を配置してみると・・・」
トシオ博士の講義が進む。
初めはついて行けない感じの研修生達であったが、それでも地が優秀な彼女達は一週間も経てばサガミノクニ方式の授業に少しずつ適用してくる。
その中でも若いバリチェロとエリー、ビヨンドの三人は特に優秀だった。
「トシオ博士。質問!」
「バリチェロさん、博士が一連の説明を終えるまで質問を挟むのは失礼ですよっ!」
「そうですわ。ボルトロール人は拙速過ぎるの!」
技術に対して前のめりなバリチェロに対して、エリー、ビヨンドが注意するのはここ最近の恒例となっていた。
「いいですよ。バリチェロさん。どの部分を疑問に感じたのかな?」
それでもトシオ博士はバリチェロの質問を優しく受け付ける。
彼も教育者というよりは生粋の技術者であり、フリー・ディスカッションは嫌いではない。
「その処理を態々ソフトウェアで実行しようとする意義が解らない。魔法陣そのもので実現させた方が効率的」
「・・・なるほど、それは一理あります。入力された刺激に呼応させて魔法陣回路を形成する方が応答も早く、結果的に分散処理させるので計算機の負荷を下げられるメリットもありますね」
トシオはバリチェロが指摘する事を認めた。
バリチェロが指摘したのは釦がオンしたときに、構造物の蓋を開けるという簡単な処理だ。
「しかし、要件仕様が変更となった時、どう対応しますか? 例えば、釦を素早く二回押したときにだけ蓋を開くとした場合、どう対応すればいいのでしょうか?」
「それは・・・」
既にその問いの答えが解ってしまったバリチェロは口籠る。
「実装した部分を含めて魔法陣全体の書き直しが必要となりますね。魔法陣とはバランスが必要になるので当然全体へ影響するため、大幅な見直しが必要となります。しかし、ソフトウェアでこの処理を担った場合、その部分だけの変更で済む」
「・・・確かに」
「このように、ハードウェアで実現できる事を態々ソフトウェアで実現する意義はここにあります。『ソフト』だから柔軟に対応できるのです」
ここでトシオの喋る東アジア共通言語は翻訳魔法でゴルト語に変換されているが、そもそも元々のゴルト語に「ハードウェア」、「ソフトウェア」の単語は存在しない。
固有名詞としてそのままの発音で伝えられるので、聞き手にはいまいち深い意味が伝わらなかった。
それでも頭の良いバリチェロは何となくトシオの言わんとしている事を理解する。
「なるほど。ソフトウェアとは柔軟な水のような存在。簡単に形を変えられるということか!」
「ソフトウェアの『概念』という意味で解釈は間違っていないです。バリチェロさん」
トシオは聡明なバリチェロを褒めた。
確かに汎用型魔法陣の主幹部分である『ソフトウェア』とは情報の塊である。
その技術は既に魔法と呼べるものではない。
実は、ここで魔法が必要な所と言えば、入出力装置に対応する魔法陣が担っているだけだ。
「フフフ・・・教育一週間目にして重要な事がひとつ解ったな。汎用型魔法陣に必要なのは魔法の技術では無いという事だ」
早くもその結論に気付いたシルヴィア皇女もまた優秀である。
「ですが、皇女様。魔法陣の起動と操作には魔力が必要ですよ」
一応、レヴィッタからそんなフォローを述べるのは集められた魔術師達を白けさせないためでもある。
しかし、頭の良さは他の研修生達の方が一枚上手だ。
「レヴィッタよ。それではメリットが薄いぞ。ハル達の開発した魔力バッテリの技術。それを用いれば、この汎用型魔法陣を使うのに魔術師の存在は本当にいらなくなるぞ!」
ナローブがそんな事実に気付く。
その重要な事実に驚くのはシルヴィア皇女。
「魔術師が必要ない世界の可能性・・・恐ろしい発明だ・・・この汎用型魔法陣とは」
今更に汎用型魔法陣の先進性に気付いてしまった。
「いや、それは行き過ぎた結論です。確かにソフトウェアの重要性は増していますが、それでもまだ大出力の汎用型魔法陣は実現できていません。まだまだ高い技量を持つ魔術師が廃れる事はありませんから、ご心配なく」
トシオはそうやって少しフォローする。
ここで集められた魔術師達のヤル気を無くしてしまえば、折角の授業が無駄になってしまうと思ったし、何よりもこれで第一期の研修生がここから去ってしまえば、汎用型魔法陣に悪い噂が立つのを恐れた。
「いや、トシオ博士、そんな事を言うものではないぞ。これは素晴らしい発明じゃ。魔法とサガミノクニの技術との融合。複雑な工程の魔法もひとつひとつこれで定義すれば実現可能となる。とても大きな可能性を秘めておる技術じゃと思う」
好意的な意見が出されたのはセイシルからである。
ベテランの魔術師である彼女は新しい技術にも偏見無く、この汎用型魔法陣の価値と活用性を正しく見抜いた。
「そのとおり、セイシル様の言うとおり、デメリットよりもメリットが増します」
「ハルお姉さまが造った発明品に駄作はありません。このエリーは全面的に支持します」
「精霊魔法とまた違った活用方法がありそうですね」
「これならば、魔法の使えない私でも魔法が使えるようになるのかな?」
などなど好意的な意見が続いた。
やはり優秀な人材が集められた第一期研修生達だ。
彼女達の中に後ろ向きな発言をする者はいなかった。
ひと安心したトシオは授業を続ける事にする。
「少し話題が逸れましたね。実習授業を再開しましょう・・・皆さんは各班に分かれて、この設計書に基づいたソフトウェアの詳細設計をしてみてください」
こうして当初課題にしていた各班に分かれての実習へ進む。
「ここをこうして、この順番で処理をすれば・・・」
バリチェロはよく考えてソフトウェアのフローチャートを設計する。
それを受け取ったレイチェルが、フローチャートに従って命令を配置して、大きな表のように描かれた紙に命令を書く。
完成した命令の紙の束を機械に読み込ませると、小型の金属プレートが一枚排出された。
これがプログラムであり、金属プレートをよく見ると細かい凹凸があって、そこに二進法で命令が記録されていた。
「できた!」
この中で最も早くプログラムを仕上げたバリチェロとレイチェル組がガッツポーズを示し、早速、動作を試すことにする。
汎用型魔法陣に金属プレートをはめ込み、実行の釦を押す。
そうすると・・・
「おっ! 起動した」
操作用の釦を押すと仕様どおり蓋が開く。
もう一度釦を押すと・・・
「あれ?」
反応しない。
そして、しばらく待つと・・・
ドンッ!
「わわっ!」
激しい音と共に煙が出た。
明らかに仕様とは違う挙動だ。
魔法陣のどこかが過負荷になって、おかしな反応をしたのであろう。
「フフフ、間違えている! バリチェロって莫迦よね・・・アナタの事を今後、バカチェロと呼ぶことにするわ」
エリーから嘲る声が漏れた。
勿論、バリチェロの顔は真っ赤。
それは恥ずかしさよりも怒りが支配している。
「駄目ですよ、エリーさん。人の失敗を笑っては・・・ソフトウェアのなんて初めは失敗の連続。今は失敗を恐れずにどんどんと自分のアイデアを試してください。皆さんに渡した汎用型魔法陣は低出力型です。これぐらいでは壊れませんから」
トシオは失敗を笑わず、どんどんチャレンジしろと言う。
こういうところでトシオは柔軟であった。
ソフトウェア技術とはトライアンドエラーで学んで行くものであるという考えが彼の流儀だ。
「それでは、次は私ね。完璧に仕上げたので、一発で成功させて見せるわ」
二番目に完成させたエリーの組が次に試す。
彼女が汎用型魔法陣に金属プレートを差し込んだ直後・・・
ドンッ!
小さな爆発が起きた。
「キャッ!」
明らかに失敗である。
その失敗を一番喜ぶのは勿論バリチェロ。
口では何も言わないが、それでも目の奥で「エリーは莫迦!」と思っているのがよく解る。
ある意味で子供だ。
対するエリーも・・・
「あれっ、おっかしーなぁ??」
恥はかき捨てでバリチェロからの悪意の籠った視線をスルーできているのは彼女の才能でもあった。
その後も研修生達が次々と動作を試すが、爆発までは行かなくても仕様どおりに動くかない、失敗続きである。
そして、最後に試したのがミスズ。
そのミスズが動かしてみると・・・
パカッ・・・ピカッ!・・・タン
仕様どおりに釦操作で蓋が開閉し、光も出て正確に動いた。
「おおーっ!」
動作検証は問題なしであり、一発で完成である。
見事に成功させたミスズは研修生全員から尊敬の眼差しを受ける。
「い、いや・・・これぐらいはまだ簡単なソフトウェアですから・・・」
皆の注目を謙遜で応えるのがミスズらしい。
しかし、トシオもミスズはこれぐらいできて当然だと思う。
彼女は元国立素粒子研究所の職員。
エザキ研究室で研究員のリーダだったエリートだ。
当然、コンピュータの操作やソフトウェア作成だって初めてじゃない筈。
この汎用型魔法陣に必要なのは魔法技術ではない。
情報処理の技術が重要なのである。
彼女の今回のソフトウェアの製作工程を見ていて、しっかりとチェックしながら作っているのがトシオにも解っている。
失敗はあり得ないと思った。
「流石、ミスズさんですね。ソフトウェア作成のコツを掴んでいる。皆さんもミスズさんの作業を参考にして、再トライしてください。ソフトウェアは習うよりも慣れろ。他人の行った成功例をどんどんと盗む事が成功への近道です」
トシオはそう述べて実習を進める。
その後、失敗は続くが、それでも最後には皆が成功した。
各自は自分のどこに問題があったのかを理解し、有意義な実習だったと感じたのは言うまでもない。
そんな充実の時間を過ごしていると、窓から見える風景に白いものが混じる。
「おお、雪だ。今日は寒いからそろそろ降るんじゃないかと思っていたんだ」
研修生の誰かがそう呟く。
冬の到来――これによりボルトロール王国へ続く平原は雪に包まれる。
これで、雪解けする春になるまで帰れなくなるボルトロール人達。
しかし、ここにいるボルトロール人は誰一人として今すぐ帰りたいと思う者はいない。
なぜなら、ここで学べる機会がとても貴重なものであるためだ。
彼女達はこうやって経験を積む事になる。
ここで学んだ一期生が次の世代につなげ、そして、この汎用型魔法陣を普及させ、魔法策業の主力となる技術に育てていくのは言うまでも無かった・・・