第七話 王女の訪問
数日後、マチルダ王女はサガミノクニ生活協同組合を訪問する事になった。
「性懲りもなく、また来たようだけど、ボルトロール兵器工廠への魔法陣の納入ならば請けないわ。前回、リューダに言ったとおり」
訪問するなり代表のハルからはそんな拒絶の言葉が出る。
そんな回答になる事も既に想定しているのか、マチルダ王女本人は驚きもしなかった。
そして、ハルのこんな対応は一国の王女に対して不遜に当たるのだが、ハルの性格と態度を知っているリューダやシュナイダーも予想の範疇なのか、特に咎める声を出してこない。
尤も、このふたりはハルの白魔女としての実力も解るので、暴力や権力で何とかできる相手ではない事を既に悟っているのだが・・・他のボルトロール人の付き人は気が気でならないのは言うまでもない。
そんなあまり友好的ではない雰囲気でも、当のマチルダ王女からは粘り強い交渉が続けられる。
「それは前回のリューダから聞いておる。童も何度も同じ話を同じ条件で交渉できるとは思っていない。今日、童がここに来たのは汎用型魔法陣の技術供与に関する交渉・・・いや、お願いだな・・・」
マチルダは最後にそう言い変えた。
彼女にしても未知の技術に対しては遜って教えを乞うぐらいの儀礼を持つのだ。
「ボルトロール側から技術者を出すという意味?」
「うむ、ご名答じゃ。汎用型魔法陣を購入するのであれば誰であっても教えてやると聞いたぞ?」
「確かに言ったわ。ただし、汎用型魔法陣を兵器転用するのは禁じるつもりよ。我々、サガミノクニ生活協同組合は金輪際兵器は造らないと決めているの」
ハルはせめてもの制約でそう付け加える。
マチルダも一瞬考えたようだが結論は変えなかった。
「ほほう、考えよったな~。まあいいじゃろう。兵器以外でもこの汎用型魔法陣の技術は役に立つ」
それはマチルダの勘。
この時点で、彼女自身にまだハッキリとした活用のイメージがあった訳でない。
しかし、この判断は数年後のマチルダにとって吉と出る。
世紀の発明と呼ばれるこの汎用型魔法陣の初期型の取り扱いにここで携われたのは幸運であった。
そんな将来の事など現在では解らない。
マチルダにとってハル達とつながりを持つ事自体が大切だとこの時判断した結果だった。
「兵器以外の使用だったら逆に私達が拒絶できる理由が無くなるわね。教育を受けたいならば、許可するわ。ただし、汎用型魔法陣を買って貰う時には兵器転用しないと契約の念書を書かせるからね」
それがせめてもの反抗。
ハルがボルトロール側に課す首輪である。
勿論、契約などただの紙切れ、いろいろな手段によって抜け道などありそうである。
ハルは精々その抜け道を少なくするため、契約書に基準の高い条件を設定しようと思った。
(契約書の専門家が必要ね。エクセリア国の官僚に協力して貰おうかしら?)
そんな事を心の中で考えるハルであったが、対するマチルダは本日訪問の目的のひとつが達成できてご満悦である。
「よし。こちらからの人選はフーガ魔法商会のミスズ・フーガ博士、元研究所職員のレイチェル、それともうひとりバリチェロという女性魔術師を派遣しよう」
「へぇ~、フーガ魔法商会のミスズさんをねぇ~。ここから出て行った人なのに・・・」
ボルトロール側からフーガ魔法商会のナンバーワン――研究職員という意味で――を推薦してきた事で、すでに風雅達と何らかの接触をしたと勘繰る。
(大体想像はできるけどねぇ・・・)
大方、フーガ魔法商会から兵装魔法陣の製作協力を取り付けたものだと思う。
(彼らが作るのであれば、我々がとやかく言える立場にないわ)
カザミヤ達が兵器を作りたがっているのは解っている。
今回は互いの要求がマッチしたのだろう。
彼らがサポートするのであれば、魔法陣の性能はいいところ現状維持か少し落ちる程度。
それであれば、あまり脅威にならないと思う。
ハルが本気になれば、ボルトロール側の現兵装よりも更に高性能な魔動兵器を供与できると思っていたし、実は陰でライオネル個人に対して『月光の狼』時代より続く兵器供与を続けているハルだったりする。
表では綺麗事を言うハルだが、正義を守るために最低限の暴力は必要だと考えている。
そのため、皆に内緒でライオネル個人に対して『月光の狼』で使われていた魔法の腕輪、首飾りなどの兵装供与を現在でも続けている彼女。
そこには少しの後ろめたさもあったりする。
そんな良心の呵責から、今回のマチルダから要望された技術供与の申し出を許可する背景にもなっていたし、フーガ魔術商会の兵器製作に関しても多少は目を瞑る事にした。
「まぁ、いいでしょう。だけど我々は兵器への関与を認めないからね」
「解っていますわ。オホホ」
優雅に笑うマチルダはワザとらしかったが、それでもハルは咎めない事にした。
「そして、レイチェルはよく知っているけど、バリチェロって聞かない名前ね」
「それはそうだろう。バリチェロは最近我々の陣営に入った新人魔術師だ。弱冠十六歳だが天才魔術師の才能を持つ逸材。研究所の技術に対しても興味深々な奴じゃ」
「へぇ~。私達の技術と教授内容について来られればいいけどね」
とハルは嫌味で返す。
誰が来ようとも平等に教えるつもりだ。
若いという理由だけで特別丁寧に教える気も無い。
「それで構わない。成果が出ぬのであれば、面子を替える。それがボルトロール王国では当たり前のやり方。より厳しくしても構わぬぞ」
マチルダはそう返してくる。
(よほど、そのバリチェロって子は自信があるようね・・・)
厳しくするのは構わないが、そうすると一緒に派遣されるレイチェルが可哀想になると思ってしまう。
彼女は魔法陣よりも魔法素材が専門の人間だ。
そんな彼女に魔法陣をはじめソフトウェアの話をしても頭がチンプンカンプンになるだけだと思う。
心の中でレイチェルには少し優しく教えてやるかと前言撤回するハルであった。
「まぁ、いいわ。来週にはエストリア帝国からも汎用型魔法陣の技術を学びたい希望者が来る予定よ。その人達と同じタイミングで教育をしましょう」
ハルはそう結論を出して、ボルトロール側からの研修生の参加を認めるのであった。
「あ・・あの、ハルさん・・・」
ここで申し訳なさそうに手を挙げて発言を求めるリューダ。
「何? リューダ?」
ハルはリューダの発言を許可する。
「あの・・・少しの時間で良いので、時々様子を見に来てもよろしいでしょうか?」
小さい声でそんな要求をするリューダ。
彼女の魂胆など心の読めるハルならば解っていた。
ハルは小さく溜息を吐き、次のように答える。
「別にいいわ。来るときは事前に連絡を頂戴。案内役にアクトを付けてあげるから」
そんなリップサービスで、リューダに笑顔の花が咲く。
「はい、ありがとうございます」
そんなリューダの反応にマチルダが意地悪な顔をする。
「なんだ。アクト氏もいるのであれば、童も来させて貰おうか。いつぞやのわらわを地面に埋めた言い訳をまだ聞いておらんからのう」
そんなマチルダの悪戯心に頭を抱えたくなる周囲の人達であったりする・・・