第五話 フーガ魔法商会の転機
「まったく、これは盲点だった。アイツら、コレを作り出すとは・・・」
驚きの声が響くのはフーガ魔法商会の会長室からだ。
今、カザミヤが手に取っているのはサガミノクニ生活協同組合の製作された『電卓』。
その便利さなど改めて調査するまでもない、現代世界で電卓の有用性など当たり前過ぎる。
「これ、チョー便利なんだけど」
カザミヤの隣で『電卓』をピコパコと弄るのはエリ。
彼女は研究所時代に経理処理の仕事に就いていたので、この世界の計算作業の面倒さについては身を以て体験していた。
「本当にあの人達が持つ技術は素晴らしいわ。この魔道具の魔法陣を開発したのはトシオ博士らしいわね。しかもこの魔法陣の使い方についても技術公開しているらしいわ」
カミーラも手放しでこの『電卓』に使われている魔法陣技術を称賛した。
この『電卓』の詳細情報をフーガ魔法商会に齎したのはダラス商会からである。
ダラス商会はフーガ魔法商会に加えてサガミノクニ生活協同組合とも商いの関係を持つ。
そのダラス商会の会長ダラス・ケイニックの判断によって、フーガ魔法商会が兵器以外の魔道具に興味持つようにと情報開示をしてきたのである。
「この電卓を見てどう思う? ミスズ??」
「・・・」
カザミヤは技術的な意見を聞くため、ミスズに問うが当の本人からは反応がない。
ミスズはボゥとしており、眼の焦点がいまいち合ってない。
やがてしばらくすると自分に何か聞かれているのをようやく察する。
「ハッ!?・・・今、私に聞いていたのでしょうか?」
そんなミスズの反応に呆れているのはカザミヤとエリだ。
「何をやってんのよ! 重要な会議で居眠りなんて、大した度胸ね!」
「まったくだ。最近のミスズは弛んでいるぞ!」
「す、すみません」
反射的に謝ってしまうミスズだが、本来ミスズがこんな状況に至ったのもカザミヤから無理難題を押し付けられた事が原因である。
彼女は魔法が専門ではないが、研究所時代トシオの傍で研究していた技術者だったという実績だけでフーガ魔法商会の魔道具開発を一手に引き受けている。
勿論、ミスズは魔法を扱う事ができない。
実際の魔法施術に関してはカミーラや現地魔術師がサポートしているが、指示系統はミスズに集中してしまうため、どうしても無理して働かなくてはならない状況になっていた。
彼女の眼の下には隈が入り、髪毛もボサボサ、睡眠不足も否めない。
そんなミスズの苦労を少しだけ解るカミーラがフォローに入る。
「ミスズさんは連日の徹夜続き、致し方ありませんわ」
優しいカミーラのフォローに目を潤ませるミスズだが・・・
「でも、明後日には試作型の魔剣の魔法陣の設計図面の期日です。期日をしっかりと守って貰わないと日程に遅れが生じますよ」
「ひぇぇ~」
カミーラからのブラックな指摘を受けて、現実の辛さを思い出してしまうミスズ。
「しっかりと働きなさいよ、ミスズ。技術でアナタはこのフーガ魔法商会のトップなのよ」
「そうだな。冒険者向けの武器製造はここでカネになる仕事だ。事業計画に遅れを生じさせる訳にはいかない」
エリやカザミヤからは偉そうにそんな事が述べられる。
我らは経営者気取りであり、技術に関して自分達は専門外であるという立場を貫いていた。
まったく以て無責任な発言なのだが、彼らは根が真面目なミスズに厄介事を押し付ける事を常習化していたので、自らの行いに疑問なんて一切感じていない。
そのようなブラック企業にありがちな会議の一幕に割り込みが入ってくる。
「フーガ会長、お客様がお見えです」
職員のひとりが会議室のドアをノックしてそんな事を伝えてくる。
「煩いぞ! 今は重要な会議をしている最中だ。予定のない客と打ち合わせする余裕は無い。追い返せ!」
カザミヤは不機嫌にそんな怒鳴り声を発する。
しかし、ドアの向こう側から女性の声が聞こえた。
「ほーう、童の会談を拒否するというのか?」
どうやら失礼な客はドアの向こう側に既にいるようだ。
そんな様子にカザミヤは怒りを増長させたようだが、その声が記憶残るカミーラはハッとなる。
「も、もしや、この声・・・マチルダ様、ボルトロール王家の第一王女!」
上擦ったカミーラのそんな呟きで、この場が一時騒然となるのであった・・・
「まさか、姫様が直々にご来訪されるとは・・・」
平身低頭な姿に転身するカザミヤの姿は正に商人そのもの。
先程までミスズに対して見せていたような傲慢な態度は微塵も出さない。
彼としても未だボルトロール王家の威光は通じている。
「余計な世辞はよい。童は面倒な手続きなど好まぬ」
マチルダは余計な恭順を示す姿や儀礼は不要だと伝える。
彼女の言葉どおり、面倒な手続きは嫌いな性格だが、それ以上にこのカザミヤと面と向かって長時間会話するのは生理的に嫌だった。
それはマチルダの直感。
この男と関わると碌な事にならない・・・そんな直感もあるが、現状を打破するにはこの男を利用するしかないと思ったので、仕方なく会話している。
「それで、兵器工廠の部品で困っていると?」
「そうなのだ。研究所でかつて其方達が製造していた兵器用魔法陣と同等の物を生産しているのだが性能が芳しくなくて、あとでグスタフとレイチェルを向かわせる。相談に乗って欲しい」
「承りました。このフーガ伯爵。ボルトロール王国のため、一肌脱ぎましょうぞ・・・して、成功の暁には我々を王国の研究所に戻して頂きたく・・・」
揉み手をするカザミヤ。
そんな彼の姿を見たマチルダはより一層卑しく見え、内心鳥肌が立った。
「・・・すまぬ。国外追放の決定は我が父セロ国王の判断。現状でそれを覆す事は簡単にできぬ・・・しかし、それ相応の褒美で報いてやるのは可能」
「そ、そうですか・・・」
カザミヤは明らかにガッカリとなる。
それもそうだ。
彼にしても研究所に居た頃はそれこそ一国一城の主。
気持ち的にも大きな態度で暮らす事ができたからだ。
このエクセリア国はカザミヤにとって不便すぎる場所。
彼にしてみれば、僻地に島流しにでもされたような気分だ。
「申し訳ないな。童が王位を継いだ暁には帰国も考えてやらん事もないが・・・今すぐには無理だ」
マチルダにしても本気でそこまで考えているかは別にして、いま彼女の話せる範囲の妥当な模範解答のひとつである。
「して、その機械は何だ? 随分と話し合っているようだが・・・」
机の上に広げられた資料と『電卓』に注目が行く。
マチルダとしては話題逸らしの意味もあったが・・・
「こ、これは『電卓』という魔道具でして、ハルの奴らが新たに開発した魔道具にございます。本当にしょうもないものを作る奴らですな。アハハ」
誤魔化すカザミヤだが、机の上に置かれていた資料には「簡単に正確な計算できる便利な魔道具」と大きく書かれていた。
その資料はこのフーガ魔法商会に『電卓』を持ち込んだダラス商会の販売広告の一部だ。
当然そんな解り易いキャッチコピーはマチルダの目に入る。
「なんほど、計算できる魔道具か、面白いのう。ちょっと貸してみろ」
置かれていた魔道具と資料を手に取り、勝手に操作を始めるマチルダ。
彼女の覚えも良く、数分後には『電卓』を使い熟す事ができた。
「これは面白い物だ! 我々も『電卓』を購入させて貰おう。意外なところで利益に出会えたぞ。この資料を読めば、電卓の心臓部には汎用型魔法陣と呼ばれるものが使われているようだ。その使い方についても技術供与すると書いてあるではないか?」
「そ、それは・・・エクセリア国限定かも知れませぬ」
「そうかも知れんな・・・詳しくはこれを開発したサガミノクニ生活協同組合に問い合わせる必要もありそうだ」
「・・・」
マチルダからハル達を称賛する言葉が聞かされたが、カザミヤは当然面白くない。
「そ、それならば、我々も技術者を出します。我々を窓口にして貰えませんか?」
「・・・うむ、先方に政治的な柵もあるだろう、我々に直接技術供与が難しい場合はそうするしかないか」
カザミヤの言い分にも一理あるとマチルダは認めた。
しかし、彼女の中でサガミノクニ生活協同組合側とこの件で一度会談する必要ありそうだと考える。
そして、ここでもカザミヤは自分達の存在感を示すことに必死だ。
「おい、ミスズ。お前がそのハルの所へ行って教えて貰って来い」
「え? 私が行くのですか? では、こちらの開発は誰が進めるのですか?」
一瞬、仕事の山から解放されると思い、思いがけない出向のチャンスに笑みを零す。
しかし・・・
「何を言っているんだ。一週間三日は出向して、四日はこちらの仕事を進めればいいだろう。良かったな、技術者として見識を広められるぞ」
「そ、そんなぁ~」
王女のいる場であるにも関わらず、鬼の上司の言葉で打ちのめされてしまうミスズであったりする・・・
そんな不憫な技術職員を見て見ぬふりをするマチルダはフーガ魔法商会をあとにする。
宿に向かう途中の馬車で幾分雰囲気は幾分好転していた。
好転した理由は懸案事項になっていた魔法陣の入手の糸口が掴めたからである。
そんな雰囲気もあったのだろう、護衛のひとりからこんな要望が出される。
「マチルダ様、明日は一日お休みを頂きたい」
「どうしたイアン・ゴートよ?」
「いや何・・・旧友がこの町で剣術道場を始めたらしく、久々に会ってみたいと思ったのです」
「ボルトロール王国が誇る剣豪イアン・ゴートの認める友人か・・・面白い、私も同行しよう」
マチルダが笑みを浮かべて休日の許可をするが、自分もそれに同行するという。
発案したイアン・ゴートは「まったく何にでも興味を示す人だ・・・」と心の中で少し困った顔になるのであった。
ミスズはブラック企業から脱出できませぬ(泣)