第四話 使者の謁見
リューダがサガミノクニ協同組合でハルと交渉している頃、時を同じくして今回の旅団のトップであるマチルダ王女はエクセリア国王と会談を果たしていた。
「ライオネル国王様、本日は会談に応じて頂き、誠にありがとうございます」
「顔をお上げください、マチルダ王女。現在、私達エクセリア国は其方の祖国ボルトロール王国とは友好関係を築いておりますので、遜る必要はありません」
ライオネルは柔らかい言葉でそう述べるが、謁見の間の周囲はピリピリとした空気が張り詰めている。
それもそうだ。
数箇月前までボルトロール王国とは敵国関係で戦争もしていたのだから・・・
そのボルトロール王国の姫が特使として来訪したのは不意打ちに近い所業である。
ボルトロール王国との街道は山岳街道で険しく、道中に魔物や山賊が闊歩する危険地帯。
当然そんな危険地帯には反国王派も潜伏している可能性もある。
ボルトロール王国側がマチルダの暗殺を恐れて、ギリギリまで情報を伏せていた結果がこれであろう。
しかし、それでも会談を受け入れる側のエクセリア国も突然の来訪には混乱するのも当たり前である。
ボルトロール王国の第一王女が突然エクセリア国に現れて謁見させて欲しいと要望を受けた時は大いに疑ったものである。
この一団は正式なボルトロール国王からの親書を持っていたし、エクセリア国が持つ軍事情報からもマチルダ王女の容姿の特徴と一致していた。
結局、彼女を特使として認めるしかなく、急遽、ライオネルとの会談が実現したのであった。
「まずは、私めと急な会談を設定していただき、御礼を伝えます。早速、本題に入らせてください」
「一体何でしょうか? 『やっぱり和平はなし』とか言わないでくださいよ」
ふざけたライオネル国王からのそんな冗談にプッと小さく噴き出したのは隣に座る王妃エレイナだけだ。
彼女以外の人間はこの時のライオネルの笑えないジョークに顔が引き攣っていたが、この王妃が王妃たる所以を垣間見えた瞬間でもある。
「一度、我が父セロ国王の名の元に締結したエクセリア国との和平。それを簡単に齟齬などできる筈もありません。もし、私の一存で否定でもすれば、私はボルトロール王国に帰る事もできなくなってしまいます。それほどに国主どうしの締結事項は神聖なものです」
「・・・なるほど、和平が決裂してしまえば、和平締結の後ろ盾を宣言している銀龍さんも我々が否定した事になってしますねぇ・・・あーー怖い、プライドを傷つけられた銀龍さんはさぞ怒ることでしょうねぇ」
ライオネルは多少大げさに言うが、それこそ今回の和平で最も懸念されている事でもある。
銀龍の怒りを買う――それはこのゴルト大陸で破滅を意味していた。
ボルトロール王国側もこの場で言及こそしないが、最も恐れているのはそこだろう。
ライオネルはこの場で暗にそんな事実を示しており、会談に臨んだマチルダ自身も銀龍の存在を思い出してしまった。
「左様でございます。銀龍スターシュート様の名にかけても我々は和平を破棄する事は許されないでしょう。我らボルトロールとエクセリア国はこの先の未来、一蓮托生の国家となります」
淀みなくそんな台詞を述べるマチルダはこの時の自分は饒舌だと思う。
だから自信につながる。
自分達の願いをストレートに伝えるボルトロール王国らしい流儀がこの場の交渉でも良いものにつがなると決断させた。
結果的にマチルダの交渉術はリューダと似る事になる。
「今回、この地に特使として来たのは、ひとつのお願いがございます」
「お願いですとな?」
「はい。それはサガミノクニの力を、英知を貸して貰いたいのです」
「・・・具体的には彼らに何をさせたいのでしょうか?」
ライオネルはマチルダのこの言葉だけでは真の意図が理解できず、そんな事を聞く。
「それは・・・兵器工廠で扱う特殊な魔法陣の部品を供与して貰いたいのです」
そんなマチルダの要望に謁見の間は小さいどよめきに包まれる。
姿は見せないが、今回の会見を物陰でひっそりと聞いていたエクセリア国の幹部達が懸念の意思を示した。
「なるほど、その特殊な魔法陣とは研究所の元職員・・・つまりサガミノクニの人々がかつての研究所という施設で生産していた魔法陣の事ですね?」
「ええ、そうです。お恥ずかしい事で我々の技術ではかつての性能が確保できずに困っているのです」
図々しくそう述べるマチルダ。
「自分達の国から放逐しておいて、困ればそれですか・・・」
さすがのライオネルもマチルダのこんな言い分に呆れる。
「追放したのは、私達が失敗をしたからです。彼らが真の原因ではありません。それに今回は先程も言ったように銀龍様介入によるごく政治的な側面が強く働いています。本来ならば、彼らはボルトロール王国内で今も暮らせていました・・・」
「つまり、ボルトロール側は泣く泣くサガミノクニ人という賢者達を手放したのだと言いたいのでしょうか?」
「そのとおり・・・と言いたいところですが、既に彼らがこちらに移住することをセロ国王が許可しています。それに口を挟むのも憚れる事です・・・」
「まったく、アナタの要望はボルトロール王国の論理で進めていますね」
ライオネルはマチルダの要求をそうやって低評価した。
「尤も、その論理で進めても、彼らは兵器供与を承服しないでしょう。自分達を捨てた国をどう思うかは想像できるでしょう?」
ライオネル国王は民の心が解らないマチルダにそう諭す。
しかし、マチルダの心はぶ厚かった。
「それでは、ライオネル国王。我々がサガミノクニの人々に直接交渉して、彼らから許諾を得られれば、部品供与を認めてくれますか?」
「私は彼らがとてもそんな判断をするとは思えませんが、もし、認めたとしても私としては『ハイよろしい』とは言えないですね。その兵器を何に使いますか? 絶対に戦争ですよね。他国を侵略する道具として使われるのでしょう?」
ライオネルが感じた更なる懸念をマチルダに伝える。
「そうです。それは否定しましせん。しかし、これだけは言えます。その力をエクセリア国には向けません。何せ、ここは友好国なのですから」
いけしゃあしゃあとそう述べるマチルダ王女。
とても胆力のある女性だと評価もできるが、それ以上にこの女性は危険だと思ってしまうライオネル。
ライオネルがここで選択したのはマチルダを拒否する事だ。
「エクセリア国の友好国はボルトロール王国だけではありませんよ。宗主国であるエストリア帝国、南の神聖ノマージュ公国も先代の法王がこのエクセリア国を訪れた事がありますので当然友好関係を持つとも言えましょう。加えて、国として体を持つ訳ではありませんが、辺境の亜人達とも最近は交流が増えています。これらの国すべてにその暴力を使わないと宣言できますか?」
「それは・・・」
マチルダは即答できなかった。
それもそうだ。
現在、ゴルト大陸に残る健在な国家などこれぐらいであり、ボルトロール王国が次に牙を向ける可能性が大いにあった。
「そのような迷惑行為に我が国が手を貸す事など、とても容認できません」
「ですが・・・武器は意思を持ちませぬ。自ら防御の為に使われる事もあるではないでしょうか?」
「マチルダ王女、諦められよ。兵器製造に関してはサガミノクニ人自体が忌避していますよ」
「それでは・・・だから、彼らさえ認めれば、製造と輸出を許可してくれますよね? 魔法陣などは一般的な輸出品目と考えられますから、他の魔道具と同じように自由な経済活動の範囲でしょう?」
「一般的かどうかは、かなり議論の余地が残るところではあります・・・アナタはなかなか諦めない人だ。この場でこれ以上話していても平行線ですね。サガミノクニ人が作ると同意を得られれば、私も一考する事にしましょう」
ライオネルはそんな妥協案を示す。
マチルダ王女とここで話しても埒が明かない・・・ならば、製作主であるサガミノクニ人から協力否定の意思を示して貰う方が早いと考えた。
(そうすれば、マチルダ王女も諦めてくれるでしょう・・・)
そんな状況で、ボルトロール王族とエクセリア国王の会談は終了となってしまう。
「それでは、これにて会談は閉会とします」
「ち、ちょっと待って・・・」
まだ話がついていないと訴えるマチルダであったが、エクセリア国側が会談を打ち切ってしまい、これで呆気なくこれで閉会となってしまった。
帰りの馬車では重い雰囲気。
マチルダが悔しさを隠そうともしない。
「ぐ・・・何が、何がいけなかったのだ・・・」
会談の失敗を後悔するマチルダ。
初めはもっと上手くいくと彼女は安易に考えていた。
(エクセリア国王がもっと欲深い人物だったら、権力と上昇志向の強い人物だったならば攻略手段も用意していたのに・・・)
マチルダがそう考えるように、エクセリア国のライオネル国王は善良人物過ぎた。
そして、無欲である。
彼が願うのは地域の安定と秩序。
一国の君主としては鏡のような人物だが、無欲過ぎるとはマチルダの本日の評価である。
無欲過ぎるから、いろいろと用意していた餌には意味が無かった。
「食欲のない魚ほど釣り難いと言われるが、あれ程とは・・・」
そんな独り言も自分を戒める言葉。
政治の舞台で己の経験不足を呪うマチルダ。
魔法陣輸出の許可を貰うために、ライオネル王の顔を立てるのはここエクセリア国がボルトロール王国と正式な和平協定を締結して施政権を認めている以上、必要な事だ。
そんな背景もあり、強引に事を進めるのは絶対にできない。
もし、強行に進めてしまえば、それこそ、和平協定を結んだボルトロール王国の面に泥を塗る行為に当たる。
マチルダもそこまで愚かな姫では無かった。
(欲深くなければ、その欲を掘り起こしてみるか・・・最悪、私の身体を差し出して・・・いや、止めておこう。まったく上手く行く気がしない・・・)
早速、己の色仕掛けを諦めたのは今日の会談で国王の隣にいた王妃の存在。
会談中、彼女は一言も発しなかった――唯一は一瞬笑えないジョークに反応したぐらい――だが、それでも細い目の奥で自分を密かに威嚇しているのが解った。
証拠はないが、ここでマチルダは自らの女の勘に従う事にする。
『国王に手を出せば、只ではおかない』
そんな予感が彼女からヒシヒシと感じられた。
マチルダは自分自身が絶世の美女とは思っておらず、そもそも男女の営みは経験不足。
エクセリア国の王妃がどれほどの者かは解らないが、それでも閨で自分が勝てる気がしない。
(きっと、あの王妃は・・・)
不意にエクセリア王家の睦み相いを想像してしまい・・・何故か自分が負けると感じてしまう。
そんな自信があの王妃より感じられた。
(年取っている、おばさんのくせに!)
自分が唯一勝てるパラメータを引き合いに出す。
まったく以て失礼な話だが、それがせめてもの反撃だ。
「まったく、今日は完敗だったわ」
マチルダは自らの負けを素直に認めて、そう息を吐く。
それで幾分かは馬車の雰囲気は改善した。
彼女の護衛役に徹していたシュナイダーが、ここで自分の発言の機会を得たと感じる。
「マチルダ様、姉の交渉が上手く行く事を信じましょう」
シュナイダーは本日別行動しているリューダに望みをかける。
しかし、マチルダは首を振った。
「そうね・・・だけど、その望みは薄いと思うわ。これで上手くいくならば、今日のライオネル王のように自信ありげに拒否はしていない筈よ」
マチルダの予想は間違っていない。
現にリューダはこの時ハルから「兵器開発は協力できない」と拒絶を受けており、落胆しているところであった。
そんなマチルダだが、幸運の女神は彼女に囁く。
宿に戻る途中の馬車の車窓から、とある看板を偶然見つけてしまう。
「ん? ちょっと馬車を止めて!」
彼女が馬車に停止命令を出すと、無駄に優秀な御者が馬車を急制動させた。
「うぉ!?」
同乗していた護衛のシュナイダー達は一瞬驚くが、マチルダの指さす看板が視界に入り、彼女が何故ここで馬車を止めたのか理解する。
マチルダの示した先には・・・『フーガ魔導商会』の看板の文字が高々と掲げられていたからであった・・・
マチルダさ~ん。困った人達を見つけちゃったね!