第三話 納品に参りました
「ふう~、どうやらここのようですね。それにしても彼らは凄い所へ引越しましたねぇ~」
秋の深まる涼しい季節だが、巨漢であるマルーン商会の会長マルーン・ディゾーンは自身に生じた汗を拭いながら、目的としている所までようやく到着できた事を悟る。
エクセリア国の王都エクリセンの南部郊外の広大な敷地、立派な塀に囲まれたここが現在サガミノクニの人々が移り住んだ土地に間違いない事は新たに設定された納品指定書に示された住所と同一であると認識する。
南側の門には誰も居ないが、魔法の呼び鈴が設置されているのが解った。
恐る恐るそれを押してみるマルーン。
直後に呼び鈴の金属音が鳴り、しばらく待てば女性の声による応答があった。
「こちらはサガミノクニ生活協同組合でございます。何か御用でしょうか?」
「あ・・・私はマルーン商会のマルーン・ディゾーンと申します。納品に参りましたのですが・・・」
「門のところでしばらくお待ちください。今、案内を向かわせます」
屋敷側の女性からそんな応答があり、ここでしばらく待たされる事になるマルーン。
そして、十分ほど待てば、マルーンの見知った顔が門の向こう側より走って現れた。
「はぁ、はぁ、はぁ。マルーンさんですよね。遠路遥々、お疲れさまです。お待ちしておりました」
「ハルカさん!」
マルーンの声のトーンが一段階上がる。
それは研究所時代より見知った女性。
しかも、マルーンにとって『ハルカ』とは好みの女性であったりする。
「お久しぶりです!」
「こちらこそ、米の消費が思ったよりも早くて、納品を心待ちにしていました」
商隊の到着を歓迎するハルカ。
門のところで彼女がざっと確認したところ納品の馬車の隊列は百ほど続いており、そのほとんどが米穀物の筈である。
これによって、しばらくは米穀物の在庫切れに怯える事も無くなりそうだと安心できた。
「納品場所を案内しましょう。こちらの拠点は初めでしょうから、馬車に乗せて貰ってもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
マルーンは背筋を伸ばしてハルカの乗車を歓迎した・・・
「いや~、ここは凄い所ですなぁ~」
マルーンは新たなサガミノクニ人の拠点を目にして、称賛と羨望の言葉を贈る。
それもそうだ。
郊外とは言え王都という立地に二キロメートル四方の広大な敷地の土地を所有するなど、王族の荘園かと思ってしまう。
「ここはハルさんの所有していた土地です。ボルトロール王国ではいろいろあって研究所から出て行くしかなくってしまって・・・それならば、こちらに移ろうって話になったんですよ」
ハルカは軽くそう述べるが、そんな拠点を移動する行動はこの世界でも異例の中の異例。
ここで馬車に同乗していた別の女性から感嘆の言葉が漏れる。
「まったく・・・ハルさんはいつも規格外ですよね」
馬車の後ろの席からそんな感想を述べるのはリューダであった。
ハルカは今までリューダと直接話した事は無かったが、それでも研究所設立時より関係のあるリューダ。
この女性の顔は知っていた。
「アナタは・・・ボルトロールの魔術師!」
名前までは解らなかったが、ボルトロール王国にいた魔術師がこの馬車に乗車している事を今更に解り、警戒するハルカ。
しかし、リューダは首を横に振る。
「大丈夫です。別に私はアナタ達に危害を加えるつもりはありません。ハルさんとアークさんに用事あるだけです。会わせてくれますよね?」
優しくそう述べるリューダであったが、相手に有無を言わせない強い意志がそこには込められていた・・・
「ここがエザキ魔道具製作所ですか・・・」
納品場所となっていた共同食堂と購買部に物資を荷下ろししている間、リューダとマルーン会長がエザキ魔道具製作所へ案内された。
ここがこのサガミノクニ生活協同組合で組合長をしているハルが昼間詰めている場所だからだ。
「こちらです」
ハルカは案内役として製作所の扉を開ける。
それに続き、リューダとマルーン会長が建屋の中に入るが、ここで店番をしているリズウィの姿を発見した。
「まぁ! リズウィさん!」
リューダは懐かしい顔を見かけて友好的な声を掛ける。
リズウィもリューダが入ってきたのが解り、笑顔で対応した。
「おおっ! リューダさんじゃねーか、懐かしいなぁー! 元気していたか?」
機嫌良くそう歓迎を示すリズウィの左手の薬指には銀色の指輪が輝いていた。
勿論、女性としてそのアクセサリーの意味に気付くリューダ。
「あれっ? リズウィさん。その指輪って?」
「ああこれか。実はこっちでいろいろとあって・・・オイ、リーザ。お客だぜ!」
たまたま店のバックヤードに下がっていたリーザの名を呼ぶ。
「どうしたのですか、リズウィ?」
リーザは何事かと姿を現した。
ハルが妊娠したので、代わりにリズウィとリーザで店番をしていたのだ。
長身の真っ赤なローブ女性は目立つ姿であり、加えて端正な顔付きの彼女の特徴は情報部であるリューダにも既にインプットされていた。
「何っ!? 炎の悪魔ですか?」
ボルトロール・エクセリア戦争で有名になった敵の重要人物の名前を口にして、警戒感を露わにするリューダ。
そんなリューダよりもリーザの方が冷静であった。
「嫌な名前を出してくれますわね。アナタ、もしかして、ボルトロール軍族の魔術師かしら?」
余裕があると言うよりも不敵な態度。
相手を敵かも知れないと認識した。
そんな緊張の空気に水を差したのはリズウィ。
「おいおい、ここで暴れたら、姉ちゃんに怒られちまうぜ・・・紹介するよ。俺の妻のリーザだ」
「つ、妻ぁ!?」
「アハハハ、リューダさん、止めてくれよ。そんな驚いた顔は、まるで鳩が豆鉄砲喰らったって顔だぜぇ~」
「そ、そう・・・ご結婚なされたのですか・・・それもよりによって相手は炎の悪魔であると・・・」
あまり納得のできない様子のリューダだが、リズウィは気にしなかった。
「そうなんだ。まっ、いろいろあってよう。これがまた良い女なんだよ~」
そんなお道化た様子が場を和ませる。
リューダは息を抜いたし、リーザは静かに高めた緊張を解く。
「それで、ここまで来て、どうしたんだ?」
「リューダさんはハルさん達に用事があるようです。あと、マルーン会長は納品の挨拶に」
同行したハルカが彼らの目的を伝える。
「俺達のメシを運んできてくれたのか・・・それは姉ちゃんに会わせないとなぁ。ボルトロールの商会とは他にも取引したいものがあるって言っていたし。今、丁度、姉ちゃんは母ちゃんと奥の部屋で話をしていたから、会わせてやるよ」
そう言い客をバックヤードへ案内するリズウィ。
彼らはリズウィに続いて、店の奥へと進む。
そうすると奥のドア越しにリューダにとって懐かしい女性達の声が聞こえてきた。
そこにハルが――そして、アークも――いるものだと期待が高まる。
コン、コン
「入るぜ」
相手の応答を待たずにドアを開けるリズウィらしさは変わっていなかった。
部屋の中のハルも、そんなリズウィに慣れた様子でもうあまり怒らない。
中にはハルとユミコが何やら会話している最中であり、そして、アークはいなかった。
一瞬ガッカリするリューダだが、それでもハルとユミコは懐かしい顔だ。
ハルはそんなリューダがやってきたとすぐに解った。
「あら、リューダさん? それと・・・」
「マルーン商会の会長さんです。ハルさんに納品の挨拶をしたいと」
ハルカがハルとは初対面であるマルーン氏を紹介する。
ここでマルーン会長は一流の商会らしく、滞り無く頭を垂れる丁寧な挨拶を行う。
ハルもいきなりの来訪に嫌な顔ひとつせずに挨拶を返した。
「こんにちは。マルーン会長。初めましてになるのかしら?」
「これは、これは、お美しい方ですな。私はマルーン商会の会長マルーン・ディゾーンと申します」
「私はサガミノクニ生活協同組合の組合長ハルよ」
握手を交わすふたり。
彼の為人はハルカやススムから既に聞いていたハルであったので、友好的に接する。
しかし、マルーンは少々緊張気味だ。
その理由は・・・マルーンは少し言い難そうにして言葉を選んだ。
「あのぉ~、今回のお代は・・・」
「支払いは購買部のハルカに任してあるわ。見積書どおりの金額ならば、ハルカに請求して頂戴」
「え? あの・・・金額そのままを認めて頂けるので?」
「当然よ。南方から米を運んで貰って、しかもここは中央ゴルトよ。ここまでの道程は山岳路。警護も含めて運搬費用がかかるのは理解している。妥当な金額だと思うわ」
「あ、ありがとうございます」
マルーンはホッとして頭を下げる。
今までの研究所時代ではエリの率いる経理部から散々価格を叩かれていた。
ハルの言うとおり、今回は輸送路が伸びたので、結構ギリギリの価格で見積もり回答していた。
これ以上値切られれば、完全に赤字になるところであった。
「もしかして、今まで相当値切られていた? 安心しなさい、これからは適正価格ならば特に値切り交渉をしないわ。特に米穀物は私達にとってモチベーションを保つための必須物資よ。これが調達できなくなってしまえば、大きな問題に発展してしまうから・・・」
ハルはそう述べて遠路遥々米穀物を運んできてくれたマルーン商会の働きを労う。
そんな一言でマルーンのハルに対する評価は爆上がりした。
「あ、ありがとうございます。今後とも変わらぬお付き合いを、よろしくお願い致します」
「勝手に感激している所で大変申し訳ないのだけど、次の商売の話をしたいの。良い?」
ハルは冷静に次の仕事の依頼を進める。
「ハ、ハイ。何なりと、マルーン商会で準備できる物でしたら・・・」
マルーンは意を正した。
目前に居るのは若き女性だが、しっかりとしており、気を抜くことなく次の交渉に臨むことにした。
「南方で摂れる『ロジアン』って魔法素材はご存じかしら?」
「え・・・えっと、魔法植物を乾燥させた緑黄の葉の事でございましょうか?」
「そうよ。その特級品をできるだけ安い値段で買いたいの。エクセリアの魔法素材屋から入手すると高価で、しかもあまり量が確保できなくて」
そんなハルの要望に少し試案を巡らせるマルーン。
(そう言えば、南方でロジアンの相場が急騰していると噂に聞いた事がある・・・それはハルさんがここで買い漁っているからか?)
ロジアンとは、とある魔法植物の葉を乾燥させてできる魔法素材。
食料品を主に扱うマルーン商会にとって本来魔法素材は専門外だが、ロジアンは一部の先住民族が魔除けと健康のために食用品として扱っている実績もある。
なんとか入手できる伝手もありそうだと考えた。
「なるほど・・・それなりの発注量を頂けるのでしたら準備できなくもないです」
「一トン、千キログラム単位で買うわ。輸送費も含めて、百グラム一万クロル以下ならば買いましょう。価格よりも最近エクセリアでは入手が難しくなってきて困っているのよ」
ハルは滞りも無くそう伝える。
価格としては相場値であり、ハルの注文は申し分ない。
(調達がネックになりそうですが、一トンもの需要・・・これは儲けられますかね)
素早くマルーンはそう計算した。
「解りました。何とか手配しましょう。次の商隊にその商品も追加します」
「と言う事は、一年後ぐらいになるの?」
「いいえ、なんとか雪解けした六箇月後には納入できるかと」
「上出来よ。それでお願いするわ。ハルカさん、ロジアンも発注品目に追加しておいて、発注量は一トン以上。オーバーすれば、同じレートで買い足すわ。まったく、ススムさんがジャンジャン消費しちゃうから」
「解りました。ロジアン茶は共同食堂で人気メニューなので仕方ないですね。私もあの清々しい香りのお茶が大好きですし」
ハルカもそんな納得を示し、ロジアンの購入に反対はしなかった。
しかし、ロジアンをお茶という趣向品にして嗜む行為に驚きを示したのはマルーンとリューダだ。
「も、もしかして、ロジアンを只のお茶にして愉しんでいるだけだとか?」
「そうよ。あれって美味しいからね」
眩暈を覚えるマルーン。
ロジアンは高級な魔法素材として有名であり、それを趣向品として日常消費するサガミノクニ人は非常識だと思う。
(まったく、サガミノクニの人々の考える事は・・・理解できませんね)
そんなことを心の中でひっそりと思うマルーン。
「私達の新しい需要よ。良かったわね。儲けられて。南方のロジアン栽培者にもお礼を伝えておいてくれる?」
ハルは笑顔でそんな涼しい事を言う。
マルーンはやや顔を引き攣らせながら、「ハハハ、伝えておきます」と答えるのが精々であった。
豪快さでもこのハルという女性には敵わないと思った瞬間だ。
「それで、リューダさんは何の用事? まさか、表敬訪問だけでここに来たという訳はないでしょう?」
話題をリューダに移す。
「お元気にされているか、様子を伺う事もひとつの目的でしたが・・・実はとあるお願いがあります」
リューダが少し言い難そうにしてそう応える。
それでハルは察した。
「一体何かしら? そうそう、マルーンさんに対する私からの要望はこれで終わりだわ。ハルカさん、マルーンさんと一緒に納入品の検品を行ってくれる?」
ハルはそう言いマルーンとハルカを退出させる。
リューダの心を読めば、ボルトロール王国民であるマルーンには詳しい軍事的な話を聞かせたくない事が解ったからである。
マルーンは特に何も思うところもなく、ハルのいるこの室から退出した。
彼としてはこの組織のボスと挨拶して、値切られなかった事。
そして、新たな取引品目の確約を得られた事で、十分に成果のあった話し合いだ。
彼は満足してこの場を去る。
残された来客者はリューダのみ。
ここで彼女は一息吐き、何処から話そうかと考える。
「相手はハルさんですから単刀直入に言います。ボルトロール兵器工廠に魔法陣素材を納入して貰えませんか?」
そんな単刀直入な要望にハルの目が光った。
「それは、このサガミノクニ生活協同組合から兵器を生産しろ、と言う依頼なのかしら?」
ハルの機嫌が一気に悪くなる事を、この場にいる誰もが感じ取った瞬間でもある・・・