第一話 旅路のプロローグ
場面はボルトロール王国の西、エイドス村に続く山岳街道を進んでいるのは大きな商隊の隊列。
荷馬車百列が続く比較的大規模な商隊だ。
目立つ事この上無い商隊だが、屈強な護衛に守られているので中途半端な盗賊集団や魔物の群れなどの襲撃も恐れていない。
この商隊は王都エイボルトよりも遥か南からやって来たマルーン商会である。
マルーン商会とは南国の物産品の商いが得意であり、最近、サガミノクニ人との急激な取引増加によって財を成した中堅規模の商会である。
今回の彼らの目的地はゴルト大陸中央の小国家エクセリア国となる。
それは商いの相手であるサガミノクニ人がボルトロール王国の王都エイボルトよりエクセリア国の首都エクリセンに移ったからだ。
当然、彼らも商魂逞しいマルーン商会、新たなサガミノクニ人の拠点に物品を納入するため、商旅を続けているのである。
そのマルーン商会の商隊は山岳街道の途中で偶然出会った旅の一団と行動を共にする事になった。
その旅の一団とは豪華な馬車とそれを守る屈強な護衛。
一目見てボルトロール軍の軍人なのだと解る護衛。
そんな兵の護衛は危険の伴う山岳街道を進むのには好都合。
目的地も同じだったため、このふたつの旅団は行動を共にする事にした。
「客人、もうしばらくすればエイドス村に到着します」
先触れの案内人よりそんな情報を得たマルーン会長はこの商隊に同行する旅の一団にそんな事を伝える。
豪華な旅馬車の外から掛けられたそんな声に、窓を少しだけ開けて女性が応えた。
「連絡、ありがとう。マルーン会長」
女性の素性は詳しく解らないが、落ち着いて返してくる声は安心感と品位が混ざっている。
マルーン会長はそんな感覚から、この女性が只者ではないとは思うものの、正体を探る好奇心を抑える。
(藪から蛇だな、こりゃあ・・・)
女の正体を深く詮索する事は危険になると永年の商売の勘がそう囁いていた。
この時のマルーン会長の直感は正解である。
現在、この馬車にはボルトロール王国でも上位者が滞在していた。
そのひとりがリューダ。
立場上、姓を持たないボルトロール王国軍の情報機関の女性のひとりだが、彼女は元ゼルファ国の王女でもあり、軍の中でも特別な存在感を持つ。
そのリューダは、現在、自分よりもさらに上位の女主人に仕えており、その主人に旅路の経過を報告した。
「姫様、山岳街道の旅も終わりが見えてきました。もうすぐボルトロール王国の西の果て、エイドス、フロストを過ぎれば、境の平原を経てエクセリア国へと入ります」
「そうね。でも、リューダ、『姫様』は止めてくれるかしら? まだボルトロール王国領を出ていないので、正体が周りに知られると厄介になってしまう」
その女主人はボルトロール王国最高の技術を使った変化魔法を掛けているので、現在は本来の姿ではない。
付き人となっているリューダが敬語を使う時点で大体に想像できる人物なのだが・・・
それでもまだ自分の身分は秘密にしておきたかった。
「失礼致しました。それでは何とお呼びすれば・・・」
対応に困るリューダ。
「そうね・・・お嬢様ぐらいが良いんじゃない?」
適当な事を言う女主人。
そんなある意味自由奔放な発言に、この馬車に同乗する女主人の配下達も困り果てている。
それでもこの女主人はそんな視線を見事に無視した。
「やっとね。やっと、この息苦しいボルトロール王国から出られるわ。これでエクセリア国での大きな仕事を成功させれば、確かな成果も得られるし、自由と立場が得られる、正に一石二鳥ね」
「お嬢様、お手数をお掛けする結果になってしまい申し訳ありません」
リューダと女主人の後ろ側の席に座る男性から平身低頭の姿で謝罪の声が出た。
「グスタフ工場長、それには及ばないわ。アナタもあの人達に会えるのは楽しみじゃない?」
「それは・・・」
どう答えれば正解か解らないグスタフ。
「今回の件はアナタ達だけ責任を感じても、どうにでもなるものではありません。この件が失敗すれば、研究所反対派を喜ばせるだけ、研究所反対派が勢いづけば研究所を推していたお父様が困る事にもつながります。本来、この事案は王家である私達が動くべきだったのです」
自ら今回の行動が相応しいとした女主人はフッと笑みを浮かべる。
ここ数日付き合いのあるリューダはこの人物がそんな笑みを浮かべる時は悪巧みをしている時だ。
それでもリューダはここで自分の気持ちをしっかりと表明しておく。
「お嬢様。私はあの人達に再会するのが楽しみです」
そんなリューダからの嘘偽りない返答により、女主人の笑みに悪辣さが混ざる。
「それは、そうでしょうね。リューダ・・・アーク氏の攻略はアナタに任せたわ」
「攻略だなんて・・・アークさんはそんな事までしなくても、私達を助けてくれます」
「たいした自信ね。そりゃ、アナタはあの御仁から公衆の面前で接吻を受けた相手ですものねぇ~」
そんな女主人の呟きには多少の妬みも入っていたが、この接吻事件は大反乱の中でも割と有名な逸話だ。
リューダは、ただ顔を赤らめるだけの反応を示し、そこに否定も肯定もしない。
本人からして、あの時の接吻は満更で無かったというのが本音だ。
「・・・まぁいいわ。結論として上手くいけば、私は何でも構わないとしましょう」
女主人はとりあえず、そんな納得を示す。
「私の役割は向こう側の国王との交渉になるわ・・・さて、エクセリア国の国主はどの程度の人物なのかしら?」
ここで女主人は新たな笑みを浮かべる。
それは蛇が獲物に狙いを定める目付き。
ボルトロール王国のこの先の未来を見定めて、今回の交渉がどれだけ重要になのかを予感させる姿であり、数日後に始まるであろうハードな交渉に向けて、自ら思案を巡らせる女主人。
その他にもこの大型馬車の中には研究所の人達やハル・アクト達とつながりのある人物は多い。
彼らは個々にそれぞれの想いを巡らせて、そんな馬車の旅団は西へと進むのであった・・・