第二話 弟との再会
「お待たせしたわね」
屋台の昼の営業が終わり、片付けを終えたハルが厨房から勇者リズウィの席にやってきた。
腰まで伸びた長さに色は黒に加えて青色が混ざる美しい髪質、豊かに育った胸元、そして、弟のリズウィから見ても綺麗で美人だと解る顔立ち、大人に成った彼女はすべてが六年前に生き別れた姉の姿と異なっていた。
それでもリズウィは彼女が自分の姉であるとすぐに解る。
何故なら、それはハルの強い意志が籠った瞳が特徴的だと思ったからだ。
これは家族にしか解らない事だ。
「姉ちゃん。大きくなったなぁ~」
ここでリズウィが大きくなったと示すのはハルの身長のことだけではない。
普段はダボっとした灰色ローブを着る彼女だが、今は若草色のエプロンを付けている。
彼女身体にフィットするエプロン姿は・・・現在の女性の身体的特徴である大きな乳房を強調する結果につながっている。
リズウィがハルと別れたのは六年前。
ハルが中学二年生の頃であり、女性としての第二性徴が始まる前の時期でもあり、現在のハルとは印象が異なる。
現在の彼女は完全に大人の身体になっていた。
そんな不躾な弟の視線に敢えて気付かないようにして、ハルも言葉を返す。
「隆二も大きくなったわね」
ここで感慨に浸るハルの言葉は単純にリズウィの身長の事だけを示している。
目測で百八十センチを超えるぐらい。
それはハルよりも高く、アクトよりは少し低い。
それが現在のリズウィの身長だ。
互いに刻の変化を感じさせる再会であったが、それでも隆二は隆二で、ハルはハルであった。
「ようやく会えて嬉しいわ。エクセリア戦争でボルトロール軍の中に隆二らしき人物がいたと噂に聞いて駆け付けたのだけど、どうやら正解だったようね。うふふ」
ハルは朗らかに笑い、リズウィの肩に手をやる。
互いに実体を触覚で感じ、リズウィもそのリアリティが未だに信じられない。
「姉ちゃん。本当にエクセリア国に居たのかよ」
「ええ、いろいろあってね」
そう答えたハルの左手の薬指に光る指輪の存在にリズウィの視線が向いたのをハルは気付く。
「ああこれね。私、結婚したのよ。紹介するわ。彼がアーク。私の夫よ」
「・・・やっぱり、結婚したのかよ!」
「あら? 驚かないのね?」
「十分驚いているぜ!」
「いや、やっぱり、そんなに驚いてないわ。もし、昔の隆二だったら、椅子を後ろに転がすぐらい驚くリアクションをすると思ったわ」
「何だよそれ!? しかし、本当に結婚したんだなぁ~って思っている」
リズウィの反応はまだ自分の姉が結婚した事に実感が沸かないのが正しい。
あのヤンチャで活発だった自分の姉が人妻となり、異性を愛する姿など全く想像できなかった。
そうしているとその旦那とされる人物から挨拶を受けた。
「君がハルの弟、リ、リュージ君かな?」
「リズウィでいいぜ、隆二ってのはこちらの世界じゃ発音が難しいだろうから」
「ああ、ありがとう。それではそうさせて貰おう。リズウィ君、よろしく。僕がアークだ」
アークは手を差し出し、リズウィは反射的にそれを取ってまった。
半ば強引な握手であったが、こうして初めての挨拶は無難に終わる。
そして、それを契機にハルの仲間から次々と挨拶が始まった。
「ごきげんよう、ボルトロール王国の勇者よ。私がジルバだ。ハルの仲間で辺境を探索する冒険家である。趣味は龍魔法の研究。永年辺境に潜っていたから多少人間社会に疎いところがあるかも知れん。そこは容赦してくれたまえ」
淀みなく挨拶するジルバは流石であった。
「そして、彼らは私の冒険の仲間であるスレイプ一家だ。夫のスレイプ、その妻のローラ、その子供のサハラ」
口下手で挨拶の言葉がなかなか出てこないスレイプに代わりジルバが彼らを紹介した。
順々に握手するリズウィ。
ここでリズウィは自分の仲間達が挨拶していないのを思い直す。
「あ、悪りぃ。こちら側の挨拶を忘れていたぜ。俺達はボルトロール王国の勇者パーティだ。まずは俺が勇者リズウィだ。本当の名前は違うが、もうリズウィのままでいいだろう。俺の本当の名前はこちらの人間には発音が難しいだろうからなぁ~」
リズウィの自己紹介が終わり、次にアンナが挨拶をしてきた。
彼女は勇者パーティの中でナンバーツーを自称しているからだ。
「わ、私は魔術師のアンナ・ヒルトです」
しおらしくそう喋るアンナ。
彼女はパーティの中でナンバーツーであるだけではなく、勇者リズウィのパートナーを自認していた。
そんな立場の彼女だから、ここでのリズウィの姉の登場に少し緊張しているようであった。
一方ハルはリズウィのガールフレンドを密かに自称しているアンナの事など全く気にしていない。
アンナが未だその事を口頭で宣言していない事に加えて、もしアンナから口頭でそう宣言されたとしても、「そう?」程度にしか反応しない。
それは人生経験の差であり、ハルにとって弟の人生とは弟自身の責任で決めれば良いと思うハルの価値観であったりする。
だから、アンナだけが緊張している結果に終わる。
そんな緊張も面持ちも勇者パーティ側で続く事になる。
「わ、私は戦士のガダルでございます。リズウィのお姉様・・・本日はお近付きになれて、こ、光栄です。今後ともよろしく・・・」
ガチガチの緊張状態に陥っているガダルは、ここで変な感じで挨拶をしてきた。
それはガダルがハルの美貌にやられた結果である。
優れた容姿に加えて、青黒く長い髪がミステリアスな彼女であり、何よりそのメリハリの利いた肉体がガダルの理想とドンピシャだったりする。
それに対してハルは「こんにちは」と短く応えるに留め、次に挨拶を控えていた勇者パーティの面子へと移っていく。
そんなあまりにも自分に興味無さそうなハルの行動に、ガダルが少し寂しそうにしていたのは余談だ。
そして、次の相手はパルミスとなった。
「お、俺はパルミスだ。勇者パーティの中では暗殺者をやっている。眼鏡をかけていることには触れないでくれ」
パルミスもガダルと似た緊張状態の含まれるぎこちない挨拶をしてきた。
それはパルミスもガダルと同じく惚気た状態に陥っていたからである。
ただし、相手がハルではなく、白色美人のローラと言う微妙な違いはあったりするが・・・
そんな男共が発情する現状に白い目を向けつつも、次に挨拶するのはシオンである。
「私は神聖魔法使いのシオンです。豊穣の神ルクシアを信奉しています。パーティでは回復と支援魔法を担当しています」
彼女は聖職者らしく、情欲などを示さず清楚に徹して挨拶をしてきた。
これで勇者パーティの自己紹介は終わりなのだが、これに続いてきたのはフェミリーナである。
「私はフェミリーナ・メイリール。魔法戦士です。勇者リズウィ様とは仲良くさせて貰っています」
ここで意味深なその言動に不愉快を露わにするのはアンナである。
「何よ! アナタは普通の関係ない人でしょ? ここで一緒になって図々しく挨拶をしないでくれる!」
アンナはフェミリーナがリズウィと男女関係を持ったとほぼ確信している。
それだから、ここで何とかフェミリーナを排除しておきたかったが、フェミリーナの方が一枚上手で、彼女は既にリズウィから情を引き出していた。
そんなリズウィだから、ここでフェミリーナを庇う言葉が出る。
「おい、アンナ。彼女を邪険にするんじゃねーよ。ここまで案内してくれた仲間じゃなねーか!」
「えーー! でも、この女、勇者パーティの正式メンバーじゃないし・・・この場でリズウィのお姉さんに挨拶するなんて厚かましいと思うわ」
「確かにフェミリーナは正式なパーティメンバーじゃあねぇが、それでも邪険にするほどの人物じゃないぜ!」
「ちょっと、フェミリーナ。アナタ、リズウィにどれだけ気に入られているのよ!」
「ええ、気に入られました。勇者リズウィ様は慈愛の心をお持ちですので、私のような女性にもお優しいのです」
リズウィを中心に揉めだした彼女達を見たハルは眉を顰めるしかない。
「まったく、隆二ってこの世界で女子達を弄んでいるわよね。ちょっと調子に乗ってない?」
「へ、あっ・・・」
ハルから重圧を感じて、ここで変な呻き声を出してしまうリズウィ。
それは生来姉より受けた折檻の記憶による条件反射であったりする。
しかし、ハルも大人に成ったのですぐに隆二を叩く事はしない。
ここでハルが放ったのは重圧のみだ。
「隆二って乙女の心を弄んでない? もしそうならば、お姉ちゃん、アンタを赦さないからね!」
フフフと不敵に笑うハルに対してリズウィは蛇に睨まれた蛙状態。
そこにアクトが介入してくる。
「ハル、止めておけ。折角、弟と再会できたんだろう。ここであまり剣呑な気配を出さないほうがいい」
「アーク、冗談よ。隆二がちょっと調子に乗っていると思ったから少し脅したまでよ。まさか本当に勇者という立場を利用してハーレムごっこをしているんじゃないでしょうね! そんなことしてないわよねぇ? りゅうーじぃー?」
ここで澄ました笑みだけを溢すハルに、リズウィは戦慄を覚えるばかりだ。
「うぅぅ!」
情けない呻き声を挙げてしまう勇者リズウィ。
いつも自信満々な彼の姿を知る勇者パーティの面々は、ここで貴重なものを見られたと思う。
彼にも姉と言う怖い存在があったのだと感心してしまった。
「そんなことより、姉ちゃんこそ今までどこ行っていたんだよ!」
ここで半ばヤケクソの話題転換を図ってくるリズウィ。
ハルも今回はそれに応じてやった。
「私はエストリア帝国にいたわ」
「エストリア帝国・・・やっぱり、敵側の国にいたんだな」
「敵だなんて言わないで頂戴。私にとってエストリア帝国は親切な人が多いわ。本当にありがたい国なのだから」
「・・・」
「私はとある親切な魔術師の女性に助けられたの。そこでゴルト世界の生活に必要な術を教えて貰い、学校にも通ったわ」
「学校だって!?」
「ええそうよ。そこで魔法技術も学んだの。アークと知り合ったのもその学校でよ!」
そんな言葉を聞き、リズウィはアークを軽く睨む。
アークの事を、学業もせずに女の尻を追っかけやがって・・・と決めつけたが、それまでの自分の事は完全に棚上げだ。
そして、そのアークの腰に銀色の剣を携えているのを確認し、彼が剣術士か、もしくは、戦士クラスであろうと勘繰る。
「そして、私は魔術師・・・詳しく言うと魔道具師に成れたわ」
「姉ちゃんすげえ! 魔法が使えるなんて! 俺達サガミノクニの人間は魔法を扱うのは無理だって言われているのに・・・」
「そんなことないわ。実際に私は魔術師に成れているわよ。手に職がついたお陰で生活も安定しているし、隆二だって剣術士に成れたんでしょ?」
「そ、そうだ! 俺って『勇者』をやってんだぜ。すげぇだろ!?」
「ええ、知っているわ。先の戦争でボルトロール王国側に黒髪の剣術士がいるって噂に聞いたから」
「俺の事を知てるってぇことは、あの時に助けた捕虜か?」
リズウィがここで言う『あの時』とはラゼット砦で暴行されそうになった捕虜を助けたことである。
「ええそうよ。レヴィッタ・ロイズ・・・彼女は私の学校の先輩に当たる人物なの。レヴィッタ先輩から貴方の特徴的な容姿を聞いて、それは隆二に間違いないと思った。だから仲間と共にボルトロール王国へやって来たの」
「なるほど。そいつは幸運だったな。俺も姉ちゃんの事を探していたんだ。俺達の中で逸れたのはハル姉ちゃんだけだったから・・・あの似非教授から『姉ちゃんは次元の狭間に飛ばされた』って言われたんだ。今度会ったらぶっ飛ばしてやろう!」
「他の人達も無事なの? お父さん、お母さんは無事?」
ここでリズウィの目が宙を泳ぐ。
それでも、生きていると言う事自体は否定しなかった。
「ああいるよ。王都エイボルトにな・・・」
「・・・何だか訳ありのようね」
ここで弟の心情の変化に気付くハル。
いかにも洞察力で察したように見せているが、それはハルが密かにリズウィの心を透視していたから解った。
彼女の得意とする無詠唱魔法による心の覗き見である。
その情報は心の共有を果たしているアクトにも伝わった。
「まあ、積もる話もあるだろうからね。僕達を王都エイボルトに案内してくれないか? リズウィ君。僕も自分の妻の両親に対して挨拶をさせて欲しいし」
その『妻』という単語にあまり良い反応を示さないリズウィ。
リズウィとしてはアークという男の中身をまだ解らない。
彼がどんな人物であるのか気になった。
果たしてこの人物は敵か味方か??
もし、自分やボルトロール王国にとって敵となる存在ならば・・・果たして自分はこの男を斬れるのだろうか?
そんな覚悟を自らに問うような気持ちとなる。
「ちっ、あまり面白くねーが、それでもハル姉ちゃんが見つかった事は家族に報告しておかねぇーと・・・仕方ねぇ、一旦王都に戻るか」
そんなリズウィの意見を肯定するアンナ。
「そうね。リズウィのお姉さんが見つかったのならば、リズウィのお母様達に報告しておくべきよ。その前にリズウィのお姉さん達はエクセリア国の重要な情報源となります。我が国の王都に入られる場合は、お手数ですが、是非とも事情聴取にご協力をお願いいたします」
ここでアンナは軍人らしい態度でハル達に接してくる。
こうすることで他のパーティメンバーがハル達を王都に入る事を認めさせるためである。
アンナはこう見えてリズウィの為にそう進言しているのだ。
対するハルもそれは想定内であり、表面上はそれほど気にしないようにして対応をする。
「ええ、私が知るのは大した情報では無いけれども、もしそれで良ければ情報提供は拒否しないわ」
「ありがとうございます」
素直に応じてくれるハルに、アンナは正直面倒が起きずに良かったと思う。
ここでその会話に口を挟んできたのは神聖魔法使いのシオンだ。
「それでは、真偽が解る魔法を掛けさせて貰います」
軍属である彼女らしい決断である。
それにハルが拒絶を示さなかったため、すぐに実行された。
シオンが神に祈りを唱え、ハルの言葉に嘘が無い事を調べる魔法が掛けられる。
ハルは特に抵抗しなかったが、密かにジルバに目配せをすると彼は静かに頷く。
ジルバの龍魔法がシオンの掛けてきた真偽を知る魔法を巧みに妨害した。
それは予めこうなるだろうと予想してジルバと申し合わせて準備していた手段でもある。
こうして、ハルはシオンから真偽を知る魔法をかけられたフリをして質問の回答に臨む。
そうとは知らない勇者パーティはガダルが代表して情報収集のための質問が次々と出された。
「エクセリア国は本当に銀龍を味方にしたのか?」
「それは戦争の現場に行っていない私には解らないわ。私達は軍人ではないの。軍事機密的な情報など一切解らないわ」
「捕虜達は何処に捕らわれていますか?」
「それも軍事機密情報に当たると思うし、勿論、私達は知らない」
「亜人がいたとの情報もあるようですが?」
「本当なの? もし、そうならば辺境の研究している私達にこそ一目逢いたいものね」
「白い仮面を付けた魔女と黒い仮面を付けた男性の情報を知りませんか?」
「さあ? その人達って何かしたの??」
しらばっくれてそう答えるハルであったが、彼女の身体から発せられる魔法の光は常に青色。
つまり、真偽の魔法で『ハルは嘘をついていない』ことを示していた。
「・・・本当に何も知らないのですね」
ガダルはすっかりハルに騙されて、納得してしまっている。
「ごめんなさいね。私がエクセリア国に来たのも最近なのよ。そして、私の仕事は辺境の探索の手伝いだから、戦場からは遠いし・・・」
「い、いや・・・知らないならば、それは仕方がありません。お美しいアナタのお手を煩わせました。お許しください」
紳士の姿でそう応えるガダル。
軍務に厳しい彼ではあるが、この時ばかりはハルの美貌に魅せられていたので、態度がいつも以上に丁寧である。
それがリズウィには気に入らない。
「ガダルの奴。俺の姉ちゃんに鼻の下を伸ばしやがって! 俺の事をいつも『不埒だ』、『下品だ』と罵っていたのを今、言い返してやりたい気分になったぜぇ~!」
「コラッ! 隆二、止めなさい。こんなにいい仲間じゃない。ガダルさん、ゴメンねぇ。こんな阿保な弟で」
「いいや、ハルさん。私はボルトロール軍人として当然の事をしているまでです。勇者リズウィの補助を務めよと国王様より命令を請けていますから」
「それでもよ。こんな莫迦な弟をいつも助けてくれて、あ・り・が・と・う」
それはわざとらしいぐらいに可愛くウインクし、ハルはガダルの手を取る。
「あっ!」
ここでガダルの表情が固まり、顔色が益々赤に染まる。
握手した手にも力が籠り、ハルの掌を大切そうに握り返した。
そんな彼の惚気を見たリズウィ。
アンナとシオンの表情も冷ややかである。
「おい、ガダル。止めとけよ。姉ちゃんは残念ながら人妻だぜ!」
「わ、解っているさ!」
必死に自分の欲情を否定しようとするガダルであったが、彼がハルのことをとても気になっているのは誰の目にも明らかである。
ハルもそれが解っているのか、朗らかに友好的な笑みを浮かべる。
まるで女性の武器を巧みに使ってガダルを懐柔しようとしているような姿にも見えた。
そんな自分の姉の強かさを見たリズウィは呆れてしまう。
「姉ちゃんもガダルを揶揄わないでくれ。ガダルもこう見えて純情なんだから・・・」
「誰が純情だっ!」
「ハイハイ、止めてください。リズウィさんとガダルさん! ここは公の場ですよ」
絶妙なタイミングでシオンから仲裁に入る。
ガダルも自分を揶揄うリズウィに一瞬ムッとしたようであったが、それでもシオンの言葉を聞き自分の現在の立場を思い出して、リズウィに生じた怒りを飲み込んだ。
リズウィもこの場でガダルを揶揄っている状況ではないと思い直したようだ。
「ともかく、ハル姉ちゃんは敵国の中枢で働いていた訳じゃねーから、これ以上面白れぇ情報は持っていなさそうだな。どうする?」
「隆二、その『どうする』とは、次の行動を私に聞いているのかしら? 確かに私はエクセリア国の軍事的な情報を持っていないわ。そして、エクセリア国やエストリア帝国は私のお世話になった人がいっぱいいる国よ。隆二がボルトロール王国でお世話になったように、その国の人に対して迷惑を掛ける行為なんてできないわ」
姉が諭そうとしている言葉の意味にリズウィは頷いた。
「ああ、確かにそうだな。それは恩を仇で返すという行為だ。侍の精神に反する」
「隆二・・・アナタって、いつから侍になったのよ?」
「姉ちゃん、知らねーのか? 俺はこの世界じゃ勇者だぜ。剣で稼いでいるんだ。それはもう侍と同じような意味だろう?」
「・・・呆れたわ。隆二にとってここはゲームの中の世界にでもいるとでも思っていない?」
「そうかも知れねぇ。姉ちゃんだって魔術師を名乗っているんだから魔法も当然使えるんだろう? もうそうならばもうゲームで良いじゃねーか?」
「何を言っているの! 魔法とはもっと理知的な技術よ!! 習得だって難しいんだから!」
このハルの意見にアンナも同意して頷く。
同じ職業魔術師として魔法習得の難しさが解っているからである。
リズウィは普段から魔法という技術を軽んじる傾向にあり、そこだけはハルの主張に強く賛同したかった。
旗色が悪くなりつつあると感じたリズウィはここで話題を少し変えてみる。
「ともかく、俺は姉ちゃんが元気で良かったと思うぜ」
「ありがとう。私もそうね。健全な隆二と出会えたのは嬉しかったわ。他の人達も元気なのよね? お父さんとお母さんに会わせてくれるんでしょう?」
その言葉を聞いてまた顔を顰めるリズウィ。
「ああ、生きちゃいるけどよぉ・・・」
そんなリズウィの言葉に反応するハル。
「何よ! 思わせぶりな台詞ね。会わせてくれるのでしょう?」
ここで回答を少し迷うリズウィであったが、結局、彼は決断した。
「解ったよ。親父と母ちゃんに会わせてやるよ・・・俺が言葉で説明するよりもハル姉ちゃんが直接見て判断した方が早えーだろうから」
「ええそうさせて貰うわ。私も自分の夫をお父さんとお母さんに紹介したいから」
ここでリズウィが密かに両親へ懐く悲痛な心情を、無詠唱の魔法でこっそりと見たハルは、現在の両親の状況を凡そ察したが、それでも自分が直接会って判断したいと思う。
隆二の目と心を通して見えている親の姿をそのまま信じたくなかった。
真実の姿は自分の目と心を通して見てから判断したいと強く願う。
結局、人間とはそういうものだ。
見方によって物事の評価は大きく変わってしまうと思うのは最近のハルの持論である。
例えば、リズウィ側から見たボルトロール王国とハル側から見たボルトロール王国では評価が大きく変わるように・・・
こうして、彼らは一緒に王都エイボルトへ移動する事となった・・・