第九話 懲罰と優しさ
「まったく、アナタ達は何てことしてくれたのよ!」
不機嫌をまったく隠そうとしないハル。
そして、彼女の前で罪人のように縄で縛られて床に転がされているテツとノボル。
現在、場所はエザキ魔道具製作所の店頭。
そこに緊急で集まったのはハル組合長、トシオ博士、クマゴロウ博士、派遣魔術師のリーザ、アリス、レヴィッタの各職長、そして、テツとノボルの上司である篠塚・昭社会維持部警備課課長だ。
そして、テツとノボルを捕まえたリズウィも当然いる。
加えて、この敷地内に住む事になったエクセリア国の警備隊フィーロ、ローリアン夫妻も現地治安維持組織の代表として立ち会っている。
まるで罪人を訴追するような現場だが、概ねそれは間違っていないだろう。
ここにサガミノクニ生活協同組合の幹部が勢揃している理由としてはテツとノボルがリーザに乱暴しようしたことに対する緊急の断罪会議となっている事である。
「一応、釈明することがあるならば聞いてあげるわ」
「お、俺達は嵌められたんだ。その女が俺達を誘ったから・・・」
そんな苦しい言い訳にリーザの顔が不快に歪み、リズウィも魔術師の杖を振り上げてみる。
ふたりは再び叩かれる事を恐れては黙ってしまったが、ハルは少しだけ溜息を吐きこれを制した。
「正直に言いなさい。アナタ達のした事はもう状況証拠が揃い過ぎているのよ」
ハルはそう述べて彼らの所持していた『魔術師の枷』を指に掛けてグルグルと回す。
勿論、これは普通には流通していない拘束具だ。
テツがボルトロール時代の研究所でくすねてきたものだ。
彼らが計画的に事件を起こした物的証拠のひとつだ。
「ほ、ホントだ。信じてくれ! 俺達はこの女に嵌められたんだ」
あくまでまだシラを切るテツにハルは本当に嫌気が指した。
ハルはこの瞬間も心を観る魔法を無詠唱で発動させている。
テツがこの場でまだ言い逃れしようとしている事なんて十分に解っていた。
もし、彼女が組合長と言う立場ではなく、単なるいち女性として彼らと接していれば、問答無用で鉄拳制裁をしていたところだ。
「あくまで言い逃れする訳ね。いいわ、この世界では『真偽の魔法』と言う便利なものがあるのよ」
「え・・・」
驚くテツに間髪入れず、ハルは詠唱して真偽の魔法を二人に施術する。
直後、ふたりは薄紫に輝く魔力に包まれる。
真偽の魔法が発動している証拠だ。
警備隊の事情聴取現場でよく見かける光景。
最近はローリアンの得意な魔法であったりする。
勿論、アストロ魔法女学院の優等生だったハルにできない筈もない。
「質問します。答えはすべて『いいえ』で答えなさい。もし、アナタが嘘をついているならば、身体が赤く光るわ」
「ぐ・・・」
明らかに顔色が悪くなるテツ。
太々しく言い訳する事が難しくなったと悟ったからである。
「アナタはリーザを乱暴目的で襲いましたか?」
「・・・いいえ」
身体が赤く光った。
「アナタにとって女性とは欲望の対象ですか?」
「いいえ」
再び、赤く光る。
「リーザを襲ったのは捕まった時に現地人の女性ならば罪が軽くなると思ったから?」
「・・・いいえ」
三度、赤く光る。
「魔術師拘束の腕輪をかけてしまえば、魔術師なんて無力だと思った?」
「いいえ」
最後の質問だけは白く輝き、それは嘘ではない事を示す。
もう十分だった。
「解ったわ。情状酌量の余地は無いわね。私としては恥ずべき行為として同族だとしても情けをかけるつもりはないけど、ルール上はどうなるのかしら?」
ハルが問うのはテツとノボルの上司である篠塚氏。
彼は自治組織の治安維持としての責任者でもある。
「・・・婦女暴行。同意のない性行為は、過去の判例として両者間で示談が成立している事が前提となりますが・・・一箇月間の禁固刑に該当します」
「えっ?」
ハルは驚いた。
「それは・・・婦女暴行の量刑としては軽すぎよ!」
「それはそうなのですが・・・過去の判例を踏襲すれば・・・」
言い難そうにそう答えるシノヅカ氏は彼自身もそれは甘いと感じていた。
しかし、過去にそんな前例を出してしまっている以上、彼はここで感情に任せて重い量刑にする事を躊躇した。
「わ、解った・・・俺は罪を認める。リーザさんに謝ればいいんだよな。すまなかった。リーザさんには迷惑料として五十万クロル支払う。な、それでいいだろ?」
まったく誠意の籠っていない形だけの謝罪。
テツが早く罪を認めて事件の幕引きを謀ろうとしているのがありありと解る行動である。
当然、不愉快になるリーザだが、彼女以上に不快感を露わにしているのがリズウィだった。
そんな彼の姿を見せられたリーザは逆に冷静になった。
自分の事を気にかけてくれるリズウィの気持ちだけで十分に嬉しかったりするのだ。
「解ったわ。それで手を打ちましょう」
「へへへ、助かったぜ」
緊張の抜けるテツとノボルだったが、ハルはそれで赦さない。
「ちょっと待って、駄目よ、リーザ。アナタだって本当に納得している訳じゃないでしょ?」
余計な事を言うんじゃねーよ、と言う表情に変るテツ達。
「私達サガミノクニの人々の政治的な立場なんて気にしなくても良いの。少なくともこんな事件に関して我々は治外法権を求めるような事はしないわ。女性が辱められるような事があってゴメンで済まされるような社会はとても健全だとは言えない。このエクセリア国内で生活を営むのならば、こんな事件はエクセリア国法で裁かれるべきよ。そうでしょ、フィーロさん?」
「うむ・・・犯罪者は、できればエクセリア国の警備隊に引き渡して貰うのが、この国の主権としては正しい姿でもある」
フィーロはこれまであまり口出ししてこなかったが、ハルの言うとおり犯罪者を捕らえて裁く――この世界ではまだ三権は分立していない――のは彼らの仕事のなだから。
サガミノクニの敷地内で起きた事件なので、彼らの自治組織で解決するならば、特に口出しするつもりは無かった、それでも被害者はこちらの世界の人間であり、介入する事も一理あると思い直した。
「エクセリア国法ではこのような事件の判例はどうなるのかしら?」
「婦女強姦・強姦未遂事件は・・・程度にもよるが今回のような場合、最低一年の禁固と強制労働となる。リーザさんが帝国貴族であるため、もし、貴族不敬罪を主張するならば、その罪も加重できる。そうなれば、リーザさんはケルト領の長女であり、ケルト領主は魔法貴族派派閥の長という帝国貴族の重鎮。死罪だってありうる」
リーザの身の上をよく解っているフィーロはそんな量刑を示す。
「死罪、ひっ!」
ノボルがその単語に驚き、震え上がった。
テツは忌々しそうに顔を歪める。
自分の手を出した女性がそんな大物だとは聞いていなかったからだ。
話が違うと言い訳したい気分になった。
「リーザ、不敬罪まで主張するの?」
ハルのそんな問いにリーザは首を横に振る。
「ハルさん、何度も言っているように、ここで私はリーザです。エリザベス・ケルトの名は帝国に置いてきたつもりですよ。だからここで不敬罪までは主張しないわ」
「それを聞いて安心。それではこの犯罪者達を婦女強姦の罪だけで訴えてくれるのね」
「強姦未遂だけでいいですわ。ブラウスを破かれて、胸を触られて、身体を舐められたぐらいで済みましたから、たいした事なかったですわ」
「たいした事よ! もし、私だったら、アクト以外の男性から身体を触られたら、裸にひん剥いて逆さに張り付けて、市中引き摺り回しの刑を希望するわ!」
ハルはそう厳しく主張し、その考えはアリスやレヴィッタの女性陣からも支持も得た。
リーザも表面上は冷静を装っているが、ハルの感じている怒りは理解できる。
「そう言う訳で、このふたりを犯罪者としてエクセリア国側の警察組織へ引き渡すわ。示談も成立させない。それでいいわね。シノズカさん」
「・・・致し方なしですな」
シノズカ氏もこれ以上部下を庇いきれないと思い、ハルの下した処罰に納得を示す。
しかし、納得できないのは当事者であるテツとノボルだ。
「だぁぁぁっ! ふざけんな!! 俺達は同じサガミノクニ人じゃねーか。こちらの現地人の女のひとりやふたりヤッたところで何なんだよ! くッそう!」
「喚いても無駄よ。アナタ達はこちらの世界で私達の味方になるような人を傷つけた。しかも、リーザは私の親友よ。同じ学校で苦楽を共に過ごしたわ。そんな人を蔑ろにするなんて私は個人的にもアナタ達を赦せない。こちらの法に則って裁かれなさい。罪をちゃんと償って心の底から反省したのであれば、ここに戻ってきてもいいわ」
「ふざけんなっ! 俺達はゴルト語が喋れないだぞ! 俺達はここを出されれば、生きていけない!」
「何を甘えた事を言っているの? 私だってゴルド語は話せなかったけど、必死に覚えたわ。人間死ぬ気になれば何でもできる。言葉が話せるようにもなるし、魔法も使えるようになる!」
ハルはそう言うが、テツは自分達が同じように上手く行くとは全く想像できなかった。
「だから罪を償ってきて。あっそうそう、噂では強制労働の衛生環境は良くないって聞くから健康だけは注意してね。一年間で半数が疫病に罹患して死ぬそうよ?」
「え!? そんな!!」
サガミノクニと同等の刑務所を想像していたテツとノボルは愕然とする。
当然彼らは刑務所に入った事はないが、テレビの報道とかで衛生環境が整い、三食が約束された場所だと認識していた。
こちらは中世の世界に等しく、罪人に人権と衛生的な環境は認められていない。
刑務所が酷くて辛い場所だから、人は罪を犯さず正しく生きようとするものだとの信条が支配的なのである。
最近のボルトロール軍西部戦線軍団の捕虜の扱いが良いのは特例中の特例だ。
「嫌だーっ! 俺はそんところに行きたくねぇ~!!」
「そうだ。俺達はサガミクニ人だ! 見捨てるのか~! この鬼めっ!」
現状を思い知り、喚き始めるテツとノボルたが、今更もう遅い。
彼らは縄につながれて罪人としてフィーロとローリアン夫妻に連行されていった。
行き先は警備隊の詰所、そこで洗いざらい厳しい取り調べが行われる事だろう。
そんな犯罪者に対し厳しい処遇に引いているのは他のサガミノクニ人々。
しかし、ここでハルは大切な事を主張した。
「犯罪者は処断されたわ。いい? このエクセリア国の地で暮らすと言うのはこういう意味よ。我々が異世界人だからと言って特別扱いなんかされないわ。犯罪を犯せば、この国の国法で裁かれる。不正は必ず暴かれてその報いを受ける。それは当前の話、私達がサガミノクニで暮らしていても同じ事。これで解決ね。それでは皆さん、解散してください」
ハルはそう言いやや強引に皆を解散させる。
ハルの主張している事に間違いはない、正しい人間の営みと正しい社会の事を述べているのだ。
しかし、これまでの彼らは心のどこかに「自分達は異世界人であり、何らかの特権を得ている」と言う漠然とした意識があったのは否めない。
彼らはひとりひとりハルの言っていた事を心で噛みしめ、正しく生きようと自らの行動を見直すのであった・・・
三々五々に解散したが、ここでハルはリーザを呼び止める。
「リーザ、本当にごめんね。私が謝ったところで根本的な解決にはならないけど、改めてきっちりとした謝罪はさせて欲しいわ」
「いいのです。ハルさんはアイツらを警備隊に突き出してくれました。それに私の事を親友だと・・・」
「あら? そんな事も言ってしまったわね・・・アナタは同じ男性を好きなった人だから、リーザ、アナタは私にとっても特別な女性よ・・・この場にアクトがいなくて良かったわ」
アクトはたまたま用事があり、ウィルと共に外へ出かけていた。
リーザを惨めにした現場を見せなくて良かったと思う。
「とりあえず、仕事は休みでしょ。今日はここに泊っていきなさい」
「え?」
「こんなときに、独りなってはいけないわ。寝所は用意しておく。隆二、アナタはパートナーとしてリーザのケアをしてあげなさい!」
「姉ちゃん?」
「言っとくけど、リーザを抱いていいって意味ではないわよ。もし、アナタが本当にリーザのパートナーを主張するならば、ここで女性を抱く以外の方法で彼女の心のケアをしてあげるのが務めでしょ? 女子はただ近くに居てくれて、話を聞いて貰えるだけで安心する生き物なのよ。過去のアンナちゃんの時のようにならないようにしなさい!」
ハルは弟にそう指示するが、この時のリズウィは姉からの忠告の真意を十分に理解できなかったりする・・・