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第七話 製品発表会

 秋晴れが続くとある日の午前、エクセリア国王が乗る豪華な馬車の隊列がサガミノクニ生活協同組合の敷地内を進む。

 豪華に飾られた国王の馬車を先頭に煌びやかな馬車の車列に続く。

 果たしてこの国祝賀行事か、それともその逆で一大事なのか・・・

 そう思わしき仰々しい隊列だが、理由はそんな物騒な話でもない。

 本日、彼らがここに来たのはとある人物より召集を受けたからである。

 そんな馬車の隊列は敷地内に建つ堅牢で武骨な石造り――正確にはコンクリートだがこの世界ではまだ一般的でない――の建屋の前で止まる。

 果たしてそこには、この国家の要人達を呼び出した人物が来客の到着を出迎えた。

 

「お忙しいところ、お呼び出しして申し訳ありません。本来ならば、こちらから出向くところを」

「いや、いいんですよ、ハルさん。今日はあなた方の製品発表会だ。この場で行われる事が正しい」


 ライオネル国王は馬車から軽快に降りるなり代表者のハルにそう優しく応じる。

 このとき、従士達の額がピクピクとしていたことから、その意見が少数派なのを感じてしまうハル以外のサガミノクニの人々。

 ハルはそんな視線を気にしないように努め、来訪した一行を発表会の執り行われる会場内へ案内する。

 本日、発表会が執り行われるのはエクセリア先進魔法技術研究所の建屋内。

 三階建ての最上階に設けられたプレゼンテーション・ルームを初めて使うイベントでもある。

 そこは大きな会議室で、広い部屋を周囲から見渡せるよう楕円形に配置されたテーブル。

 招かれた来賓者達は設けられた席に着く。

 中央の席にはライオネル国王とエレイナ王妃、その両脇にはエクセリア国お抱えのダラス商会の会長、魔術師協会の会長、そして、官僚長スパッシュ・ラッドリア、騎士団特別顧問のロッテル・アクライトと言ったハルとも関係のある顔ぶれも並ぶ。

 何れにしてもこの国家の運営を支える大幹部がここに集結していた。

 そして、着席した彼らの後ろの傍聴席にはオブザーバーとして今回の魔道具製作に協力していた派遣魔術師達も全員が招かれている。

 派遣魔術師達は今回の発表会のために来訪した国家の重鎮達の面々を見て、緊張を感じていたのはここだけの話である。

 ちなみに、全てがこの会議室に入りきらないので、他のサガミノクニの職員達は投影魔法を用いて外部からこの発表会の様子を確認している。

 ある意味でオープンなこの発表会。

 サガミノクニの職員達はボルトロール王国研究所時代には無かったこのオープンなスタイルの発表会に、いろいろな意味で興奮していたりする。

 そんな注目の集まる発表会の会場では丸く並べられたテーブルの中央の開いた空間、そこに光魔法を用いて立体的に資料を投影できる魔道具が置かれていた。

 そして、その脇には本日のプレゼンターであるハル、トシオ博士、クマゴロウ博士が立つ。

 

「それでは、サガミノクニ生活協同組合の第一回の製品発表会を行います」


 ハルの凛とした声が緊張感と共に期待の渦巻く発表会開始の合図となる。

 

「今回、我々が開発した製品がこれです」


 ハルがそう述べると、それが合図になっていたのか、予め発表助手として指名されていたレヴィッタ、リーザ、アリスが招待客達各々にひとつの魔道具を配る。

 

「これは? 小さな魔道具ですね?」


 ライオネルは配られたカード状の魔道具を手に取り、それを上下左右にひっくり返して確認してみるが、それだけではサッパリ解らない。

 薄い厚みのある本体に上下へ沈み込むボタンが複数個設置されており、何やら光魔法を用いた窓も見える・・・だが、説明なしに解るのはそこまでだった。

 

「魔力で『起動』と念じるか、赤いボタンを押せば起動できるわ」


 ハルはそう説明して自ら魔道具を起動して見せる。

 そうすると光魔法で表示窓が光り、ボタンに数字が表示される。

 

ピッ、ピッ、ピッ!


 ハルが数字の描かれたボタンを押すとそのとおりの数値が表示窓に表示た。

 

「これは『魔動式電子魔法陣卓上計算機』。略して『電卓』よ」


 ハルは先に開発したこの製品名を皆に伝える。

 サガミノクニの人々はこの名称だけで、これが何を意味する製品なのか一目瞭然だが、こちらの世界の人々はまだピンと来ていない。

 それもその筈、計算とは人の行う作業であるとの認識が固定概念としてあったからである。

 

「こう使って数値を入れてあげると、『電卓』が自動的に計算してくれるのよ」


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、パッ!


 キー入力に応じて甲高い応答音が鳴り、何十桁もある数値の計算を披露する。

 

「足し算だけでなく、引き算、掛け算、割り算が基本モデルに備わっている。上級モデルには平均値、標準偏差、平方根、面積の計算、三角関数とかいろいろあるけど・・・こちらはこの世界の現状であまり必要にならないわね・・・サガミノクニの技術者が使う仕様と言った方がいいわ。他の特徴としては太陽光を吸収して魔力を蓄積できる装置が付いているので、魔力を持たない一般人でもこの『電卓』が使える事。あとは数値表記もゴルト語と私達の数値表示形式の切り替え可能となっている・・・これもサガミノクニの技術者が使う事も前提として開発されたからなの」


 ハルは基本モデルと上級モデルについて説明する。

 計算する道具・・・言ってみればそれだけだが、この有益性に真っ先に気付けたのは官僚長であるスパッシュ氏だ。

 

「面白い。計算を簡単にできる魔道具ですか。税務会計計算の仕事に使えそうです。この魔道具の正確性はどれ程なのですか?」

「機械で計算しているから正確よ。そうねぇ~」


 スパッシュは恐らくこの魔道具は精霊か何かを利用しているのだろうとハルは予測した。

 計算を相手に委ねる魔法は存在している。

 どういう理屈なのか解らないが、魔法で計算をしてくれる精霊は存在していた。

 その精霊とは些か気まぐれで、一定確率で計算を失敗してしまうのだ。

 魔術の常識で精霊頼みの演算の正答率は七割となっている。

 しかし、今回の『電卓』とは現代世界で流通するコンピュータを利用した計算装置を模しているので、まったく仕組みは異なる。

 

「トシ君、正答率について誤差を正確に答えられる?」


 ハルはこの『電卓』の基本設計を行ったトシオ博士にどう答えればいいかを聞う。

 彼は少し考えて、次のように回答した。

 

「この『電卓』のアーキテクチャー設計は単精度浮動小数点演算ロジックを採用しているので、実数部は二十三ビット、二を底とした指数部は八ビット、符号情報が一ビットで構成されます・・・つまり、最大表現できる数値は三.四×十の三十八乗。最小表現できる数値は一.一七×十のマイナス三十八乗です・・・」


 そんなマニアックな回答にキョトンとする一同。

 技術的には間違いではないのだが、スパッシュが質問しているのはそこではなかった。

 

「トシ君、それは正しい回答かも知れないけど、それじゃ答えになっていないわ」


 ハルはそんな事を指摘して、『電卓』を使って少しばかり計算する。

 

「スパッシュさん、この『電卓』では百兆以上の数値の四則演算をしても誤差は無いわ。尤も更に正確性を追及したいのならば、通貨専用計算モードのボタンを押せば、百分の一以下の小数点の計算はできなくなるけど、足し引きの誤差は完全になくなるわ。スパッシュさんの期待しているところは税金の計算に使えるかという所でしょ? それならば全く心配しなくても大丈夫。少なくとも精霊頼りの計算魔法陣より信頼できるわ」


 ハルがこちらの世界の常識に合わせた回答を返す。


「理解しました。ハルさん、回答ありがとこうございます。正確性が高いならば、事務方にとって有用な魔道具です。今までは精霊頼みの計算魔道具もありましたが、同じ計算を三度行って検算していたので効率は悪かったのです。それほどまでに性能が良いのならば、是非とも購入してみたいですものです」


 スパッシュはハルの回答に満足してそう応える。

 官僚の仕事はいろいろあるが、最も大変なところは税制を初めとした会計事務だ。

 スパッシュ自身も数百人規模の計算専門の部署を持っており、計算・検算・集計は大きな業務割合を占めている。

 当然だが、商会出身のライオネル国王もこの『電卓』の有用性について直ぐに気付けた。

 

「良い発明品ですね。十桁の足し算がこんなにも早く、しかも正確にできる。これは商務に革命が起きそうです。して、この値段はどれぐらいを考えているのでしょうか?」

「気に入って貰ったようで良かったです。この商品の希望価格は一台一万クロルと我々は考えています」

「なんとっ!」


 ライオネル国王を初めとして招待された一同が驚いて言葉を失う。

 これに機敏に反応したのはクマゴロウ博士。

 

「やばい、高過ぎたか? これにはいろいろと訳あって、初期投資の設備とか、職員の給金とか・・・いや、もし、商売が軌道に乗り、ある程度量産数が期待できる発注数に届けば、新たな量産体制も確立できるから、半額の五千・・・」


 クマゴロウ博士は早々にコストダウンを提案する。

 しかし、彼らが驚いた所はそこでは無かった。

 

「一万クロルだと! ・・・安過ぎる!!」


 ダラス商会の会長は思わずそんな本音を漏らしてしまった。

 商会としては商品を安く仕入れて、高く販売するのは基本だが、そんな彼から見てもこの商品が一万クロルというのは莫迦げた安さであった。

 

「重要なのは計算を実現させる魔法陣回路とソフトウェア。そこの開発が終わってしまえば、それほど製造コストは掛からないわ。大丈夫、私達も一万クロルで十分に儲けられるし、皆にも魅力ある商品だと思う。それに、今、クマゴロウ博士が言いかけたけど、もし、商品が軌道に乗って大量生産にこぎつけた場合、製造工程も変えられるから、一台当たり五千クロルでも可能だと思うわ」


 ハルはクマゴロウ博士の心配していた価格の事をそう伝える。

 彼らサガミノクニ人の常識から考えて単なる『電卓』に一万クロル――偶然にもサガミノクニの通貨とクロル通貨の価値はほぼ同じ――と言う値段は暴挙のようにも思えたからである。

 しかし、ハルは競合他社なんて絶対に存在しないので心配する事はないと皆に伝えていたが、民間企業で働いた経験のあるクマゴロウ博士にとってはコスト意識から完全に心配を払しょくできなかったようだ。

 

「これが五千クロルだと・・・末恐ろしいな。経理事務員が失職してしまいそうだ」


 あまりの価格破壊に産業構造を壊しかねないと心配するのは魔術師協会リギール会長。

 

「大丈夫よ。そこはアナタ達が販売価格を調整すればいいのよ。それにあくまでこの『電卓』は計算の一部分しか行えないわ。単純化できる業務は『電卓』で行うとして、複雑で人の判断が必要なところに人員を割り当てれば、その人達の職を奪う事にもならない。計算の正確性だけに命を懸けてきた人には申し訳ないけど・・・」


 ハルは『電卓』如きで産業構造が大きく変わる事は無いと予測する。

 しかし、正確性だけは機械である『電卓』に敵う筈もなく、一部の単純計算作業を専門職業として拘っていた人には打撃となってしまうのだろうが・・・それは仕方の無いことだ。

 時代が変わったとして受け入れて貰うしかない。

 

「それでは、次にこの『電卓』に関する技術的な内容の発表へ移らせて頂きます」


 これからハルは『電卓』の技術的内容について説明を行ったが、結果的にはこの発表を完全に理解できる者はいなかった。

 彼らが理解できたのは、この『電卓』には雷魔法を利用した技術で動作している事、その雷魔法で記憶領域と呼ばれる場所に配置された『ソフトウェア』を読み出し、計算機能を実現させている事、『ソフトウェア』の概念は複雑だが、それは様々なものに変更し易い事が特徴のひとつ、そうする事で新たな機能が追加する事ができる――それ故にトシオ博士は『汎用型魔法陣』だと説明していた。

 

「・・・つまり、ハルさん達は汎用型魔法陣の完成品として『電卓』を販売する事と、その汎用型魔法陣も単品で販売するとの理解で良いのかな?」


 招かれた中で一番ハルの発明品に理解力のあるライオネル国王がそう問う。

 

「ええそのとおりよ。この汎用型魔法陣の仕組みが広がれば、私達も儲けられるわ。ソフトウェアについては概念が難しいから技術習得の支援もしてあげる。もし、汎用型魔法陣を製品として他の魔道具に組み入れたい魔道具師がいれば、教育希望する者に対応できる体制も作るつもりよ」


 ハルがここで提案したのは規格(フォーマット)で儲ける事である。

 所謂、現代社会におけるコンピュータの基本ソフトなどに代表される業界統一デファクトスタンダート化して儲けるビジネスモデルなのだが、この時代でまだそんな考え方は無く、ダラス商会の会長からは「アナタ達はお人好し過ぎるのでは?」と言った意見も出されるぐらいであったりする。

 

「大丈夫よ。これが便利だと思う人が増えて汎用型魔法陣が普及すれば、この考え方も理解されると思うわ」


 ハルはそう答えるだけで方針はこれに決まった。

 

「解りました。まずは『電卓』は我らダラス商会で買い取りましょう。取り敢えずは一万個を発注したい」

「魔術師協会でも扱いたい。こちらも『電卓』を一万個と、汎用型魔法陣も試供品と魔道具師を派遣するので技術開発契約も結びたい」

「当然、エクセリア国政府にも格安で回してくれるんでしょうね? 官僚用としてこちらも一万個発注します」

「騎士団に『電卓』が必要かどうか私は判断できない・・・しかし、興味はある。とりあえず、私の決済できる百個単位で購入契約したい」


 招かれた人々の立場によって対応は様々だが、概ね『電卓』は好評に受け止められ、只の発表会の筈が、大口の発注契約をするまでに至っていた。

 初めはサガミノクニの人々の中にも『電卓』を商品とする事に一抹の不安を持つ人もいたが、この大口契約の様子は映像魔法でライブ配信で全員達に遅れなく伝えられ、盛り上がる。

 

「すげえ! とんでもない数の受注だ。これでどれだけ儲けられるんだ?」

「『電卓』一個当たり二千クロルの利益があるって聞いたぞ」

「そうなると・・・オイ!」

 

 サガミノクニの人々とそんな思惑が、思念となってハルにも感じられた。

 ハルはこうなる結末は初めから予想していたが、これにて公式にヒット商品が約束された瞬間でもある。

 そして、この『電卓』はサガミノクニの人々を潤す利益だけに留まらず、このエストリア国の重要な産業に育っていくのである。

 この地に亡命してきたサガミノクニの人々の生活の安泰が約束され、将来への不安も少なくなる。

 これが良い方向だけでは無かったのを彼らが思い知るのは、その後すぐであったりしたが・・・

 

 

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