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第六話 派遣魔術師達の井戸端会議

 リーザとアリスによるサガミノクニ生活協同組合の事前視察は――その実はいろいろとあったが――結論としては無事完了し、エクセリア魔術師協会上層部は魔術師を派遣する事に決めた。

 尤もリーザやアリスからいろいろと意見があったとしても国王判断で魔術師を派遣する事はほぼ決定事項になっていたようだが・・・

 そんなこんなで魔術師をサガミノクニ生活協同組合に派遣して、早くも一週間が経過しようとしていた。

 

「アイリーン、遅いよ!」


 食堂棟で華奢な魔術師のひとりが遅く来た仲間にそう告げる。

 

「ごめーん、ベルトーニ。魔法陣の魔力注入に手間かかっちゃって、出遅れたわ」

「本当に早くしてよ。三時の休憩時間が終わってしまうじゃない。ほらアナタの分のドルチェ・セットも頼んでおいてあげたわよ」

「ありがとう。友よ!」


 アイリーンは気の利く仲間に感謝を示しつつも、席に座るなり、お目当てのセットメニューのケーキにフォークを入れる。

 ドルチェ・セットに付いているケーキは小ぶりだが、この短い休憩時間に食べるには丁度良い。

 いや、ここの甘味は敷地の外の世界ては滅多に存在しない贅沢な味覚であった。

 

「甘ーい。毎回言っちゃうけど、とても美味しいわねぇ~」


 アイリーンはその味を堪能し、いつものように感嘆を贈っている。

 ご機嫌な様子は同僚も否定しない。

 

「本当にここで出される食べ物はどれも美味しいわねー。ここの職場がこれだけ福利厚生がしっかりしているなんて予想外だったわ」

「ええそうよねー。ベルトーニなんか、初めは魔術師協会からこちらの職場に異動になって泣いていたからね」

「アイリーンも同じく落胆していたでしょ!」

「えへへ、そうでしたぁ」


 アイリーンとベルトーニの元の職場は魔術師協会の職員である。

 サガミノクニ生活協同組合から要請されたのは五十名の魔道具師の派遣であったが、元々魔道具師は不人気な職業故にこのエクセリア国の首都エクセリンであってもそれほどの人員はいない。

 それに故に、有名な魔道具師は自分の得意先を既に持っており、新たな職場に求人をしても移って働いてくれる者などほとんどなく、人員確保が難しかった。

 だから、彼女達のように魔術師協会に所属していて魔道具の鑑定などのスキルを持つ魔術師にお鉢が回ってきたのである。

 エクセリア国は元々エストリア帝国のいち田舎都市である。

 だから、魔術師の数自体もそれほど多くないが、それに加えて、魔道具師も熟せる技術を持つ者となると魔術師協会に所属する職員ぐらいしか対応できない現実もある。

 そして、彼女達はアリスのように元貴族出身の上流階級の子女である事も多い。

 楽な仕事でそれなりの給金が貰える魔術師協会の職員とは人気の職業であった。

 そんな彼女達に降りた突然の辞令「一年間、サガミノクニ生活協同組合の職員として出向を命ずる」に、協会の中が騒然となったのは記憶に新しい。

 異動対象となったのは十名ばかりの職員だが、本人は元より当時の同僚からも大変気の毒な人事だと思われていたようだ。

 

「エルからも可哀想だと言われて、お別れ会もして貰ったけど、なんだか逆に悪いよねぇー」


 アイリーンはバツ悪くそう答える。

 彼女がそう述べるように現状ではここの職場はパラダイス――とまでは言い過ぎだが、福利厚生が素敵過ぎた。

 

「料理は美味しくて安いし、仕事も楽・・・私達にとっては言われたとおりに機械へ魔力を注ぐだけだし、まだちゃんと理解できないけど、彼らの作っている魔道具は世界最先端の技術だと言われているから、上手く技術を覚える事ができれば自分達がこの先食べるのに困らないわね」

「そうよね。私も皆で揃ってお風呂に入ることなんか、初めは衝撃的だったけど、慣れてしまえば別にどうってことないし、お肌もすべすべになるし!」


 ベルトーニが言うように入浴施設も若い彼女達には概ね好評だ。

 

「そうそう。私なんか初めはアリス職長に怒られたもん。『布を湯船に漬けちゃ駄目!』って、エヘヘ」


 バツ悪く自分の過去の失敗談を述べるアイリーン。

 ちなみに、アリスとリーザ、レヴィッタは派遣された魔術師達の代表に就任して、『職長』という役に就いていた。

 派遣された魔術師達とサガミノクニ生活協同組合の間に入り、いろいろいと折半交渉してくれる頼り甲斐のある存在となっている。

 

「それにしてもここの代表のハルさんは凄い魔道具師ですよ」

「アイリーンもそう思う?」

 

 ベルトーニもアイリーンの評価に同意を示す。

 

「当たり前でしょ! 全属性の魔術が使えて、毎回クマゴロウ博士やトシオ博士から要求される難解な魔道具もパッッと作れちゃうし、それでいて美人で、ブレッタ家次男の嫁だよ!?・・・世の中って不公平だわ」

「そうよねー。レヴィッタさんの事を先輩と呼んでいたから、ハルさんもきっとアストロ魔法女学院の卒業生だよねー。結局、おいしいところは全部エリートが持って行ってしまうのよねぇ~」

「それでも、やはりアストロはバケモノ級の魔術師を輩出してくるよねぇ~」


 アイリーンの口からは多少の妬みも混ざっていたが、内心はそこまで反感を言う訳ではない。

 彼女も同じ魔術師としてハルの魔術が別次元の高みにあるのを理解していたし、先進魔法技術研究所でトシオ博士から要求される複雑な工程の魔法を難なく無詠唱で施術する所をまじまじと見せつけられている。

 

「ホントにとんでもない所に来てしまったよねー」


 急に現実を感じて、そんな溜息をついてしまうアイリーン。

 

「そうそう。ここの警備の人達って私達のことを厭らしい目で見る人がいるのよー」

「えー!? 私のところはまだそんな変な人いないよ」

「アイリーンは・・・幼児体形だから、興味抱かれないのでしょう!」

「失礼ね。そりゃ、彼氏いないけど・・・」

「私の友人がアルマダ大学に行っているんだけど、大学の職員ってむっつりスケベの人が多いんだって、ここもそうじゃない?」

「確かに・・・研究に没頭し過ぎて表面上は異性に興味なし・・・を装っていても、実は気になりまーすって人、多そうだよねー」

「所謂、モテない君ね。あ、でも・・・警備の人の中で唯一モテてる人もいるわよ?」

「それってリーザ様の彼氏でしょ? あの(・・)リーザ様があんなにデレデレする姿なんて・・・意外過ぎです!」


 アイリーンがそう言うのも先進魔法技術研究所で職員達の警備役に就いたリズウィとリーザがイチャついていた姿を目にしてしまったからだ。

 リズウィが警備に来たところでリーザが妙に張り切ってしまい、魔法陣に予定された以上の魔力を注いでしまって壊した事もあった。

 冷静沈着なリーザにしては珍しい失敗である。

 アイリーンから見てもリーザとは救国の英雄であり、火炎魔法の名手でもあって、年齢は自分達とそう変わらないが、一目も二目も置く大魔術師。

 いつも冷徹で人を寄せ付けない雰囲気を放つ至高の存在・・・もし、彼女の前で何かの失敗をしてしまえば、最大級の罵りで叱られてしまいそうな気配を持つ。

 それまでのアイリーンがリーザに懐いた印象とはそんな近寄り難い女性だった。

 しかし、その彼女がまるでバターのように蕩けた笑顔で男性に舞い上がる姿は、意外を通り越して状態異常の魔法にでもかかっているのではと疑ってしまうぐらいの衝撃だ。

 

「そうなのよ。リーザ様のデレデレしているところなんて私も初めて見たわ。男の方も満更じゃなかったし、堂々とした姿で腕の筋肉とか身体つきとか逞しかったから、ここの人達とは少し雰囲気が違うのよねー。私もどちらかと言うとタイプの男性だし!」

「ええ? ベルトーニ、アナタもかして・・・」

「違うわよ! ちょっと良いかなーって思ったぐらいで、リーザ様と張り合うなんて命がいくつあっても足りないわ!」


 それを聞いてアイリーンもホッとする。

 危うく親友のお葬式に参列する自分の姿を連想してしまったぐらいだ。

 あの(・・)リーザ様の逆鱗に触れれば、それはそれは恐ろしい事になる予感しかない。

 その後、女子どうしの不躾な会話に発展してしまう彼女達だが、結果、大幅に休憩時間を超えて楽しんでしまい、後ほど上司より大目玉を喰ったりする。

 彼女達がこの事で簡単にクビにならなかったのは、雇用主である生活協同組合の組合長が彼女達に寛大であった事に加えて、同じような失敗をしてしまう同僚が後を絶たなかったりするためだ。

 それほどまでに食堂のドルチェサービスセットメニューが彼女達を魅了し、リラックスさせてしまうのだ。

 

 そんな事実に密かにガッツポーズをしていたススムだけが、組合長のハルより怒られてしまったのは余談である・・・

 

 

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