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第五話 魅惑の福利厚生(其の二) ※

 アリスの汚れたローブを洗浄するため、ハルが次に訪れたのは母屋を挟み食堂棟とは逆の側に建つ謎の施設。

 その大きな建屋には煙突が建っており、煙突の先端からモクモクと水蒸気が立ち昇っている。

 

「ここは一体何かしら?」


 案内されたリーザはここが何なのか、まったく想像ができない。

 そんな反応にハルはしてやったりと少々満足げであったりする。


「ここはサガミノクニの風呂文化を再現した我らの誇る大型入浴施設よ。こちらも福利厚生施設として一般開放しているわ」


 ハルはそう言い建屋の玄関から中へと入る。

 ブーツを脱ぎ、下駄箱へ入れた。

 こちらの文化では人前であまりなじみのない裸足になる彼女。

 ハルからあまり詳しい説明を受けていないリーザ達は余計に訳が解らなかったが、ハルと同じように履物を脱いで建屋へ入るしかない。

 彼女らに続き中へ入ろうとするリズウィだったが、ここでハルが待ったをかける。

 

「隆二は駄目よ。ここから先は女子の領域だからね!」

「ちぇっ、ケチめ! まっ、女湯だからしゃねーか」


 白々しくそう述べたリズウィは隣の『男』と漢字で書かれた暖簾の掛かる側の扉を開けて、ひとりでそちらへ入っていった。

 そして、リズウィとは別れたハル達は『女』と書かれた赤い暖簾の奥のスライド方式の扉を開けて施設内へ入る。

 その施設の中に入ると、一段高くなったところに受付と思わしき番台があり、そこには年老いた女性がひとり見張りのように座っていた。

 

「トメさん、入るわよ。大人の女性四人と男湯側には隆二が入ったと思うけど・・・」

「ああ、さっき入っていたよ。ハルさん。彼女達はこの国の人達かい? 案内も大変だねー」

「大丈夫、これも仕事のうちよ。彼女達にも我が故郷の文化を堪能して貰うつもりなの」

「そうかい。それは、それは・・・楽しんで貰えるといいねぇ」


 老婆のトメとはそんな会話をしながら、ハルはここで全員分の銭湯の入場料を自分のカードで支払う。

 

「ハルさん、何を?」


 まだ状況の呑み込めないリーザはそんな疑問を口にするが、これに対してハルはフフフと意味深に笑うだけだ。

 

「リーザさん、アリスさん。ここは『銭湯』と言い・・・そうねぇ、大きな入浴施設だと思えばいいわ。ここの脱衣所に洗濯機を設置してあるので、アリスさんの汚れたローブを綺麗にする事が主目的なのだけど、洗濯時間が一時間ぐらいかかるので、その間にこの入浴施設も体験して貰いましょう」

「ハルさん、何を勝手なことを。我々は遊びに来たんじゃないですよ」

「ここは食堂と同じくサガミノクニ生活協同組合の福利厚生よ。皆にも利用できるようしているわ。アナタ達が視察団だとすれば、見ておいた方が良いじゃないの? 一回の利用料金は百クロル、アナタ達と私達の文化とでは入浴に対する習慣が違うから、初めに誘っておかないと絶対に使って貰えない施設だと思ったのよ」

「その言い方・・・なんか引っ掛かりますわね。まるで私達が入浴しない不潔な野蛮人のように聞こえますわ?」

「気を害したならば謝るわ。でも、アナタ達って毎日入浴はしないでしょ?」

「それは当たり前です! 身体がそれほど汚れていないのに毎日入浴する必要なんてないじゃない!」


 エクセリア国やエストリア帝国でも入浴行為を毎日行うのは面倒であり、贅沢な行動でもある。

 貴族の上流階級のリーザでさえそんな認識なのだから、一般人ならば尚更入浴機会は減るだろう。

 女性であっても一箇月に一回の沐浴で済ませるという猛者が存在している事も知っているハルは、この世界の女性の常識からして全く異なる生活習慣なのである。

 

「私達、サガミノクニの人々は身体に目立った汚れがなくても毎日入浴するわ。それも広い浴場で、集団で入る事もあるの。それを『裸の付き合い』と言って・・・勿論、男女は別になるけどね」


 一瞬、厭らしい事を想像するリーザにはそう釘を刺しておくことも忘れない。

 

「とにかく、洗濯物は洗濯機に突込んでおけば、あとは自動でやってくれるわ。洗剤も自動投入できるようにしたし」


 ハルはアリスの汚れたローブを脱衣所内に設置されている魔動型自動洗濯機へ放り込む。

 扉が勝手に締まって洗濯が自動開始されるところは、この洗濯機がいかにも魔法の道具っぽいところだ。

 アリスはこの洗濯機の魔道具についていろいろと質問したかったが、それを待たずにハルが次に指示したのはここで服を脱げと言う事であった。

 当然困惑するアリスだが、当のハルはさっさと自分の服を脱いで裸になってしまった。

 

「ええっ?」


 突然、ハルの裸の姿を見せられたアリスは呆気に捉われる。

 彼女の裸身は同性の自分から見ても綺麗であり、目のやり場に困る色気に富んだ身体をしていた。

 女性的な起伏に富んだ身体・・・一言でハルの肉体を説明すれば、それが最もふさわしい。

 重力に負けない大きな張りのあるふたつの豊かな乳房、くびれた細い腰とそこから臀部につながる芸術的な曲線美。

 それが長くて細い足につながり、肉付きの良い太腿が余計に厭らしい。

 少し黄色味を帯びた彼女の肌はきめが細かく、傷ひとつない芸術品のようであった。

 彼女の特徴である黒に青色が混ざる長い髪は裸身の彼女の最後の衣装として纏っていた。

 そんな姿がとても幻想的だ。

 アリスはそんなハルの裸身に見とれてしまったが、隣のリーザからは不満の言葉が漏れる。

 

「ハルさん。私達は高貴な帝国貴族ですよ。人前で素肌を晒すなんて不躾な真似なんて・・・ええっ! レヴィッタ先輩!?」


 脱衣拒否を示すリーザの横では帝国貴族――とは言っても彼女は末席なのだが――のレヴィッタが既に裸身になってしまっていた。

 

「あら? エリちゃん、アリスさん、何をやっているの? 早く脱いでお風呂に入りましょう。気持ちいいわよ? ええ、恥ずかしくないのかって? 私はもう慣れたわ」

 

 レヴィッタは清々しくそう答えて、申し訳程度の小さい布で自分の身体の大切な部分を最小限に隠し、浴場へ移動しようとしている。

 

「どうしたの? 私達の前で裸になるのが怖いの? サガミノクニの風呂文化には『裸になって裏も表もない付き合いしましょう』って意味もあるのよ。風呂とは単に身体を清潔に保つためだけじゃなく、一種の心のコミュニケーション手段だと思うわ」


 そんな余裕たっぷりの態度のハルがリーザは余計に許せなかった。

 自分達が下に見られているような気もしたからだ。

 

「アリスさん。舐められては駄目ですわ。私達も参りますわよ!」

「へっ?」


 まだ困惑するアリスを余所に服を脱ぎ始めるリーザ。

 少しの時間をかけて全裸になったリーザはまるでハルと対抗するように堂々と自慢の乳房を揺らして、浴場に移動する。

 残されたアリスは渋々に服を脱ぐしか選択肢は残されていなかった・・・

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~。お風呂サイコ~!」


 湯船に浸かり、大きく手足を伸ばしてリラックスするのはレヴィッタ。

 全てが細い彼女はその隣で静かに入浴を愉しんでいるハルとは対照的な身体をしていた。

 細くてスレンダーな肉体に薄い乳房が乗っかり、それが女性である事を主張している。

 

(この身体でウィルさんと・・・)


 思わずそんな不埒な事を想像してしまう年頃のアリス。

 そして、そんなレヴィッタの横には四つの美乳がお湯に浮かんでいる。


(まったく隠さないなんて、自分の身体に余程の自信があるのでしょうか? いや、絶対に自信ありますよね・・・)

 

 ハルとリーザが自らの乳房を競うかのように誇示して湯船に浸かる状況が続いている。

 

「アリスさん。今日は認めるけど、本来ならば湯船にタオル類を漬けちゃだめなのよ。公衆衛生上のルールだわ」

「あ・・・ハイ、解りました」


 アリスは申し訳なさそうにそう応えるが、これが一般的なゴルト人が銭湯で示す普通の反応だろう。

 初めのレヴィッタもこうであった。

 そんな彼女は今では大浴場という環境に慣れたのか、腑抜けたように裸身を晒し、大浴場を愉しんでいるから、アリスもじきに慣れるだろうと思う事にする。

 

「今日、ここの温浴施設をアナタ達に体験して貰うのは、ここがサガミノクニ生活共同組合の福利厚生施設として一般開放しているのを知って貰いたかったからよ」

「その深い意図は解りませんけど?」

「強制はしないけど、アナタ達って毎日入浴しないわよね?」

「ええ、それは当然ですけど、それこそ、ゴルト世界の文化ですわ? アナタにその事を否定される筋合いは無いと思うのだけど?」

「そこは当然尊重するけど、ここだけはサガミノクニの領域・・・郷に入れば、郷に従って貰うわ」

「腹立つ言い方ですわね!」

「デメリットばかりを言っているんじゃないわよ。アナタ達は体臭を消すのに、香りの強い香水を使っているわよね?」

「ええ。当然、それが我々の嗜みですわ」

「魔道具作りではそれが妨げになる事もあるわ。刺激の強い匂いが魔道具の精製時の魔法薬の調合精度を下げる事だってあるのよ」


 ハルの指摘した事はすべての状況に当て嵌まる訳ではなかったが、特殊な魔法薬を調合する場合では割と有名な逸話である。


「つまりハルさんは、ここで仕事するために毎日入浴しろと? まるで神に仕える聖女の清めの儀式のようですね?」


 アリスは気持ちを引き締め直す。

 彼女は神を信じていなかったが、それでも事の初めに身を清める沐浴の儀式は何ともスピリチュアルだと感じて、少し興味が沸いたりする。

 

「そこまで神妙な儀式的なものではないけど、できれば入浴を協力して欲しいと思っているだけよ。何より身体が清潔になるし、心も気持ち良くなると思うわ」


 ハルはそう言い既に腑抜け状態になっているレヴィッタを示した。

 

「ほぇ?」


 そんなレヴィッタの顔は油断しきっており、完全にサガミノクニ文化にやられてしまっている。

 身の堕落を呼び起こされる恐るべき文化だと思ってしまうアリス。

 ここでもリーザは凛とした表情を崩さず、帝国貴族の気品を保っていた。

 

(リーザさんは流石です。アナタこそ栄えある帝国貴族の鏡です!)


 心の中で密かにそんなエールを贈っていたアリスだが、当のリーザが黙って大人しくしていたはここまでであったりする。

 その後のリーザがハルを強く睨み・・・

 

「・・・この淫魔女め! その厭らしい肉体でアクト様を毎晩、誑かしているのね!」


 リーザはハルの乳房を憎しと睨み、両掌でその美乳に襲い掛かる。

 結果、ハルの美乳はムギュと掴まれた。

 

「痛っ! 何するのよ、この下品女。アナタこそ、その爆乳で隆二を誘惑してっ! ええそうよ、あの()は立派な巨乳好きよっ! その下品な胸で、さぞ〇〇〇して△△△していたんでしょうね。私が何も知らないとでも思っているの?」


 対するハルもここで怒りが爆発する。

 これまで組合の代表として大人しく余裕の雰囲気で佇んでいたが、それが嘘のように感情の昂りが起きた。

 

「うっ、私はそんな下品な事なんてしないわ。野獣じゃあるまいし! アナタこそどうなのよ。リズウィが言っていたわ。アクトさんと毎日愉しんでいるんですって!?」


 リーザの言葉が強くなり、ハルの乳房を引張る力も増す。

 密かに心の中で「もげろ。もげてしまえ」と思っていた。


「やめてよ、痛いわ! それに、わ、私達はいいのよ。もう夫婦なのだから!」

「そんなの言い訳にならないわ。不公平よ!」

「反撃よっ! えいっ!」


バチン! ブルルーン


 ハルもリーザに仕返しする。

 リーザの巨大な乳房が打たれて上下左右に複雑に揺れる。

 叩かれた衝撃を見事に吸収する巨大なリーザの乳房。

 まるでノーダメージだ。

 しかし、ここでハルが期待するのは彼女の質量感ある乳房が重力に負けることだ。


「フフフ・・・アナタの胸なんて垂れてしまえばいいのよ!」

「煩いですわね。もげろ、もげろ! どうせその胸の中に魔力が詰まっているでしょ!」

「そんな魔法、聞いた事ないわよ。もし、そんなことが技術的な可能ならば、魔術師界は巨乳で溢れているわ!」


 ハルはそう述べてレヴィッタを目で示す。

 思わずその視線に追従してしまうのはリーザだ。


「わっ! 今、ハルちゃんとエリちゃん、私の胸を見たわよね!? お、女の価値は胸じゃないよ!」


 激しく抗議するレヴィッタ。

 スレンダーな彼女はどう張り合ってもふたりの質量感ある乳房に敵う筈もない。

 互いに反論して汚い言葉で罵り合う彼女達だが、そこに本気で破滅的に争うような雰囲気はない。

 まるで女子学生同士がじゃれあっているような姿。

 そんな雰囲気を目にして、呆気に捕らわれるアリス。

 そこでレヴィッタがアリスに同意を求めてきた。

 

「アリスちゃん。ここでオッパイ戦争に関わっては負けよ!」


 レヴィッタからの提案は傍観に徹する事であったのか、それとも胸に関する事だったのか?

 前者であると静かに信じて、納得を示すアリス。

 その後もギャイギャイと互いを罵りあうハルとリーザ。

 まるでこれは女子学園の寮室でしばしば発生する好きな男性を巡る取り合いにも発展する諍いのようでもあった。

 ふたりの女性からの卑猥な単語が壁越しに連発して聞こえてしまう男湯のリズウィが、申し訳なさそうに頭を洗っていたりする・・・

 今のリズウィはこの瞬間、自分達だけで銭湯が貸し切り状態で本当に良かったと思うだけである。

 そんな状況がしばらく続くが・・・

 

「ハルちゃん、エリちゃん。もうそろそろ・・・」

 

 あまりにも長くじゃれ合いが続いているのでレヴィッタから休戦協定を提案されたが・・・


「先輩は黙っていて、これは私とリーザの胸の戦いなのよ!」

「そうです。乳房とは神が女性に与えた最大の褒賞。殿方を癒して差し上げる武器ですわ。ハルの魔力が詰まった偽胸に私が負ける筈がありません!」

「まだ言っているの? 魔法で美乳を作れないわ。そんな魔法があれば世の中の魔女は巨乳で溢れるって言っているじゃない!」

「あの・・・ハルちゃん、エリちゃん。私の胸を見てそう言うのを止めてほしい。それに胸だけが男性への魅力じゃないですよぉ~」

「うるさい!」「うるさいですわ!」

「ヒッ!」


 そんな不毛な肉体の言い争いが続くが・・・

 彼女達がのぼせるぐらい盛り上がっていた(?)のは言うまでもない。

 ここで、ハルもリーザも本気で相手を罵っていた訳では無い。

 彼女達は微妙に立場が異なっている。

 それでも自分の立ち位置で多大な責務を(まっと)うするため、ずっと気を張っていた。

 だが、この瞬間すべてを忘れて、じゃれていただけである。

 ある意味これが彼女達のフラストレーション発散になっていたりする。

 ちなみに、女子トーク全快の下品な会話は存在を忘れられた男湯のリズウィにすべて伝わっている・・・


「抑えろ。こんな事で興奮しちゃ・・・負けだ!」


 リズウィがそんな余計な想像を抱くぐらいに悶絶していたのは全くの余談だったりする・・・

 


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