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第四話 魅惑の福利厚生(其の一)


「次に案内するのは福利厚生施設よ」


 ハルがリーザ達を連れてきたのは母屋近くに建てられた食堂棟。

 それなりに大きな建屋であるこの食堂施設はサガミノクニ生活協同組合の全員が利用できるよう大きな建屋として新たに建設したものだ。

 

「お昼時には結構混むけど、今は時間がずれているから空いているわね」


 ハルはそう言いリーザ達を案内するには丁度良い時間だと述べる。

 

「この食堂は朝・昼・晩の三食提供していて生活協同組合に所属していれば、自由に利用できるようにしているの」

「・・・アストロ時代の学校食堂を思い出しますわね」


 リーザが連想するように学食のイメージは強いが、それでもここはサガミノクニ生活協同組合である。

 提供される料理は味気ない学食とはレベルが違うとハルは言いたかったが、それを主張するよりも実感して貰う方が早いと思い直した。

 ハルは仕込み作業で厨房内を右往左往しているススムを呼び止める。

 

「紹介するわ。ここの店長の南沢(ミナミサワ)ススムさんよ」

「こんにちは。君達が新たに手伝いに来てくれる魔術師さん達?」


 ハルの紹介で厨房から顔を出したススムは来訪した全員に陽気な挨拶で応える。

 

「ええそうよ。正確にはその派遣される魔術師達の先遣の審査官のような人達ね。こちらはリーザさんとアリスさんだわ」


 ハルがふたりを紹介して、そして、食堂のシステムを案内する。

 

「この食堂は朝・昼・晩の三食を提供していて、サガミノクニの人々、そして、希望すれば派遣される魔術師達にも食事を提供する予定だわ。施設に入る時にかざした認識カードを掲示すれば、食事を購入できる仕組みよ。一食は約三百クロルと良心的価格で、月末に支払われる給金から自動天引きされる仕組み」

「昼食をここで摂れるならば、便利でいいですね。この旧ファインダー伯爵跡地周辺は食事処が少なく、そして、この敷地は広大ですから」


 とはアリスの弁だ。

 

「そうね。騎士隊で魔術指南しているときは外で食事をしていたから面倒だったのよね」


 リーザはそう述べるが、これは彼女が騎士隊の詰所で提供される食事を拒否したからである。

 当然、騎士隊にも貴族専用の食堂は存在していたが、その上級食堂は狭く、指南役の彼女達が食事できる場所は無かった。

 下級食堂は場所的に余裕あったが、一度そこで食べて、もうココでは二度と食べないと思えるような味であったため、リーザは拒否したのだ。

 少なくとも貴族の上流階級で生きてきたリーザがそう思うに十分の待遇であった。

 たがらリーザはこんな事を呟いてしまう。

 

「ここの料理が口に合えばいいのだけど・・・」

「そこは大丈夫よ。私が『同志』と認めたススムさんが作るのだから、少なくともアストロの学食よりレベルは高いわ」


 ハルが味は任せろと言うが、それだけでも彼女は懐疑的である。

 そんな彼女の様子が解るススムはそんな評価はシェフの自分に対する挑戦だと感じたようだ。

 

「エクセリア国のお嬢様達。食事の味は私めにお任せ下さいませ。サガミノクニの名誉に賭けて、味の勝負では負けられません。こちらの世界に合わせた料理からサガミノクニ伝統の味まで、どのような料理でもご提供致します」

「ススムさん、そんなに意気込まなくてもいいわ。料理が口に合う、合わないは好みの問題だし、ここの味に合わないようであれば、食べて貰わなくても結構なのよ」

「駄目だ、ハルさん。それでは僕のプライドが許さない。研究所時代もボルトロール人の舌を唸らせてきたんだ。このエクセリアでも僕の伝説は続くんだよ!」


 妙に張り切っているススム。

 彼の料理人としてのプライドが客より「不味い」と言われるのを許せないのだ。


「今日、エクセリア人が来る事は解らなかったから、サガミノクニ風の料理しか準備できていないんだ」

「だから、凝らなくていいって言っているでしょ。カレーライスでも食べさせればいいのよ」


 ススムは明らかに残念そうな顔をする。

 彼としても絶対、客に「美味い」と言わせたいのである。

 ハルはぞんざいに「ラレーライスでも食べさせればいい」と言ったが、しかし、ススムの作るカレーライスはとても美味しく、ハルにも自信はあった。

 対するアリスも自分達が必要以上に特別扱いされるのを嫌っていた。

 

「大丈夫です。店長さん、今日の私達は派遣する職員達の普段の食事を体験したいだけです。特別に扱って貰ってはご迷惑も掛かりますし、我々の趣向からも外れます。お気遣いなく」

「・・・そうか・・・解った」


 ススムの顔には不服と書いてあったが、それでもハルの指示に従う事にする。

 彼の野望は後日、彼女達が正式配属された時に「エクセリア料理であってもここで提供される料理は美味しい」と言わせる事を目指そうと考える。

 

「とにかく、トレーを持って、こちらに並んで」

「まっ!? 配膳をやってくれないなんて野蛮ですわね!」

「リーザ、この人数で食堂を運営しているのだからセルフサービス方式は当たり前よ。この方が効率的なんだから」


 ハルはリーザにそう諭す。

 確かにアストロ魔法女学院の学食でも配膳は学校側スタッフ――と言っても使い魔だが――が行っていた事を思い出すハル。

 貴族階級であるリーザ達にはそれが当たり前なのだろう。

 しかし、この食堂での運営人員を考えると配膳まで対応していると破状してしまう。

 ここに派遣される働き手の魔術師達には現状を受け入れて貰うしかなかった。

 渋々と言う感じでハルに続き、カレーライスコーナで食事を待つリーザ達。

 そこで出されたのは白米の上にかけられた黄茶色のソース。

 野菜や肉も雑然と混ざるこのカレーライスの外観はいまいちかと思ったが、それでも芳醇な香りを放つ。

 カレーライス未体験な彼女達もこの料理が決して不味いものではないと感じられたようだ。

 

「変わった料理ですね」

「ええ、これはカレーライス。私達の国の料理・・・正確な起源は我々の国ではないけど、それでも国民食と言っても間違いない人気あるメニューのひとつよ。それをススムさんがゴルト世界の食材で再現したの。この再現性はかなりの物だわ」


 ススムの事を褒めるハル。

 ハルにしてもススムとは料理の天才、ハルが一目置くほどの逸材だ。

 

「細かい話は、どうでもいいじゃねーか。早く食べようぜ!」


 気が付けば、一緒についてきたリズウィが大盛カレーを注文し、準備万端という格好で早く食べようと皆に勧める。

 こんなところは幼い弟という感じで、ハルも愛らしく思う。

 

(随分と元気になったわね。一時は勇者を辞めさせられて、アンナちゃんとも別れて、塞ぎこんでいた弟だけど、エリザベスと出会って元に戻ったようにも見える・・・)

 

 そう考えれば、エリザベスに感謝する気持ちが沸くものの、ハルとしては彼女と弟が交際するのは反対しており、複雑な気持ちである。

 この時もリーザの目の奥にはハートマークを宿しており、困ったもんだと思うハルであった・・・

 

 

 

 

 

「美味しい! なんですかっ、コレは!」


 数口カレーライスを口に入れたアリスの感想がこれである。

 

「そうですわね。程よい辛みと鼻に抜ける香り・・・こんな料理、今まで食べた事ありませんわ」


 リーザもこれは美味しいと認めた。

 これに密かにガッツポーズするハルであったが、これは予想された反応である。

 ボルトロール王国の研究所食堂でもサガミノクニのカレーライスは人気メニューだった。

 リーザ達にも好評なのだと解ると厨房の中からススムが席までやってくる。

 

「どうだ? 美味しいだろ!」


 ドヤ顔になったススムは喜々としていた。

 彼女達に改めて感想を説明して貰わなくてもこの料理に満足している事はその表情から簡単に読み取れるのだ。

 

「ええ、美味しいですわ」

「・・・」


 リーザは優雅に応えるが、アリスは自分が食べるのに集中しているようで反応はいまいち。

 彼女にとってサガミノクニの料理は刺激が強すぎた。

 これに対しリーザは学生時代に一度ハルが作る料理を郊外授業の時に食べた事がある。

 ハルの作る料理の美味しさは認めていたし、同じ民族であるサガミノクニの――特にハルが料理を作るのが上手いと褒めていた人物の料理の腕前は――ある程度想像どおりだ。

 

「その様子じゃ、お気に召して貰ったようだな」


 ススムはアリスの反応に満足した。

 ここで初めてアリスが自分に感想を聞かれたのだと気付く。

 

「はっ・・・しまった。お、美味しいです! 何ですか、この料理は!」

「いいって、変にとりつくらなくても。美味いもんは美味いと純粋に感じて楽しんで食べて貰えれば、料理人冥利に尽きるからね」

「・・・」


 アリスは年齢に見合わず食事に夢中になっていた事を羞恥に感、顔が真っ赤に染まる。

 しかし、それでも口を動かしたままなのは彼女が自分の感情に素直だったからだ。

 

「今度来る魔術師さん達は君達のような若い女性が多いのかな?」

「魔術師がすべて女性だけとは限らないけど・・・適性を考えると女性魔術師の比率は高くなるでしょうね」


 ハルは女性に魔術師素養が多いのを否定しない。

 それを聞いてススムはとあるプランを検討に移すことにした。

 

「解った。それじゃあ、あのプランを実行するか」

「プラン?」

「ああ、三時の休憩時間にドルチェ・セットを出そうと思っているんだ」

「な、何ですかその『ドルチェ』と言うのは! 響きからして美味しそうだと思えてしまいますっ!」


 ここで強く反応したのはアリスである。

 彼女の直感で『ドルチェ』と言う単語は、美味しい料理が提供される気がしたからだ。

 

「ドルチェってのはデザートって意味だよ。それとお茶をセットにした女子へのサービスメニューだ。ハルさん、あのお茶を提供したいんだが、仕入れられるか?」

「ロジアンを出すの?」


ブッ!


 その単語に本気で噴き出したのはアリス。

 

「わっ! 汚ねぇーなっ!」


 当然、口に頬張っていたカレーをぶちまけるが、対面にいたリズウィは素早く避けたので無傷である。

 被害を被ったのは・・・吹き出したアリス本人だけであった。

 

「あーーっ! ローブを汚してしまいました!!」

「まったく、何をしているのよ。アリスさん、行儀悪いわね」

「それは・・・ハルさんが悪いんですよ。あの(・・)高級魔法素材『ロジアン』をお茶にして出すなんてっ!」

「そうね。ごめんなさいね。アリスさんの言うように『ロジアン』は百グラムで一万クロルもする高級品だったわね。この前、皆に振る舞ったら気に入ちゃったみたいなの」


 ハルは軽く詫びた。

 過去にススム達に振る舞った『ロジアン』のお茶、その味をススムが覚えていて皆にも出したいと言ったのだ。

 しばらく考えるハルだが・・・

 

「解ったわ。これも必要経費よ。何とか仕入れてみせる。現在の私達はここで生活できる分だけ稼げばいいのよ。多少の散財は人生を豊かにする経費だと思う事にするわ」


 ロジアンをお茶として提供することに反対しなかった。

 その判断に感謝するのはススムだ。

 

「ハルさん、悪いな。でもこれで皆の喜ぶ顔が見られる。それが全員のモチベーションを上げる事につながると思うよ。そう言えば、仕入れについて、売店部のハルカがハルさんに相談があるって言っていたな?」


 ハルはここでも売店の売り子として仕事を継続していたハルカの事を思い浮かべる。

 彼女もいろいろと販売意欲に精を出す人間だ。

 何か良いアイデアを思いついたのだろう。

 後で話を聞いてやることに決めたハル。

 そして、この現場ではアリスが涙目になっていた。

 

「う~~っ、汚してしまいました」

「汚いわね。そのローブ、汚れ防止の魔法付与とかは無かったの?」

「ありません。でもこの色のローブが私のお気に入りで・・・えぃ! 洗浄の魔法!・・・あれ? 汚れが取れない!?」


 アリスは洗浄の魔法を行使したが、それでも薄ピンク色のローブに付着した黄色い汚れは完全に取れなかった。


「カレーソースだとキツく染まるのは仕方ないわ・・・仕方ないわね。もうひとつの福利厚生施設に行きましょう。そこで汚れも取れるわ」


 ハルはアリスの汚したローブを綺麗にするために、このサガミノクニ生活協同組合で自慢となる二番目の福利厚生施設へ向かう事にした。

 

 

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