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第三話 エザキ魔道具製作所の母


「あら? お母さん、ここで何をしてるの?」


 ハルがそんな疑問符混じりの声を出してしまったのはリーザ達を引き連れてエザキ魔道具製作所を案内した時であった。

 店の番台脇で何やら作業する母のエザキ・ユミコ。

 

「何って、あら? お客さんかしら?」


 ハルの連れて来たリーザやアリスを見てユミコがそんな返しをしてくる。

 

「いいえ、違うわ。こちらはエクセリアの魔術師協会に依頼して魔術師を派遣してくれる前の・・・審査官のような人で、リーザさんとアリスさんよ」

「・・・ハルの母親と言う事は・・・リズウィのお母様?」


 リーザは突然に緊張する。

 それは自分と付き合うと宣言してくれた男性の母親と対面したからである。

 

「へへん。そうさ、俺の母ちゃんのエザキ・ユミコさ。ゴルト語で『ユミコ』の発音は難いから、ボルトロール王国では『ユミーさん』と呼ばれていたぜぇ」


 そう軽く付け加えるのはリーザ達に勝手についてきたリズウィからである。

 リズウィとしては母親なので当然の会話だが、勘の鋭いユミーは突然緊張を見せたこの女性がハルから聞いていた噂の女性なのだと解った。


「なるほど、アナタが隆二の・・・リーザさんでよろしかったかしら?」

「・・・ハイ」


 リーザは弱々しく頷いて肯定する。

 そこには高貴な女性として人を寄せ付けないどこか冷たい感じがするいつもの彼女の雰囲気は消えていた。

 

「春子ちゃんからいろいろと聞いているわ・・・その・・・息子とは仲良くしてあげてくださいね」

「ち、ちょっとお母さん! 私はエリザ・・・いや、リーザと隆二が付き合うのは反対だって言っていたわよね!」

「春子ちゃん。本人達がそうしたいならば、簡単に否定をしてはならないわ」

「でも、リーザはエストリア帝国の大貴族の娘よ。私とも同級生だったし・・・」

「隆二、アナタはどうなの? リーザさんと付き合いたいの?」

「当たり前だぜ。俺達は愛し合っているんだ。付き合う事に決めたんだ!」


 リズウィはハッキリそう宣言してリーザの手を取る。

 当のリーザは顔を真っ赤にして照れていた。

 そんな息子の姿に少し感心するユミコ。


「隆二は男らしくなったわね。今度こそ、女性を悲しませる事ないようにね」

「当たり前だ!」


 ハッキリとそう宣言するリスヴィは頼もしかった。

 しかし、その姿に頭を抱えるのは姉のハルである。

 

「・・・まったく、コイツの頭の中はエッチな事しか考えていないからねぇ~」

「何を言っているんだ、姉ちゃん! 姉ちゃんこそ、アクトさんのいろいろとヤッてんだろ?」

「わ、私達はいいのよ・・・もう夫婦なんだから!」


 顔を真っ赤してそう反論するハル。

 この時、タイミング悪く、店の奥から荷物を抱えたアクトが姿を現した。

 

「ハル、何を話していたんだい? おや? エリザベスさん達をこちらに案内していたのか?」

「そ、そうよ。アクトこそ、何でここにいるの? 今日は非番の筈じゃ?」


 ハルも慌てて話をそちらに逸らす。

 自分達の夫婦生活をリーザ達の前でバラされたくなかったからだ。


「何って、ユミーさんの手伝いだよ。ほら!」


 アクトはそう応えて、手に持つ箱の中に裁断した革の部品が入っており、それを全員に見せる。

 それがまだ何だか解らない一同であったが、アクトに用事を頼んだユミコは喜んでそれを受け取った。

 

「ありがとう、アクトさん。素晴らしいわ。型紙どおり綺麗に裁断できているわね」


 ユミコは裁断された革片を机の上に並べて、自分の思い描いていたイメージを確認した。

 ハルもそこに並べられた革の部品を見て、ユミコがこれから何をしようとしているのかようやく理解できた。

 

「お母さん。コレって、もしかして鞄を作ろうとしているの?」

「ご名答よ。私もアナタ達にだけ働かせる訳にはいかないわ。少しは店の売上げに貢献しないと・・・ちなみにこれは二作目よ」


 ユミコが指さしているのは店の陳列棚の方。

 そこには既に一作品目となる完成品が飾られていた。

 茶色の革で作られた鞄は現代風であり、女性が日常品を入れて持ち歩くのに丁度良い大きさの鞄が陳列されていた。

 それを思わず手に取ったのは近くにいたリーザだ。

 彼女はその鞄を手に取り、いろいろな方向からその作品を観察する。

 そして・・・

 

「ふむ。これは良いものです。気に入りました。買います!」


 ユミコの鞄が売れた第一号の客となってしまった。

 

「買いますって、アナタ。魔法袋を持っているでしょ? 革バッグなんて必要ないわよ!」

「何を言っているのですか、ハル。これは良い鞄ですわよ。今まで帝国に無かったデザインのセンスです。きっとこれは流行りますわ」


 エストリア帝国の上流階級にいた彼女だからこそ、ユミコの作った鞄の意匠に興味を示す。

 それはここゴルトの世界に存在しない新しいデザインであり、機能的でもあった。

 

「またまた、そんなこと言って。お母さんの機嫌取りしなくてもいいのよ」

「何を言っているのですか? このデザインのすばらしさが解らないなんて、美的センスがありませんわね」

 

 微妙にハルを貶める発言だが、リーザはユミコのデザインセンスを絶賛もしている。

 その意見に追従したのはアクトだ。

 

「そうです。ユミーさんはデザインセンスも良いですけど、手先が器用ですし、流石ハルの母親だと思いました」


 アクトは間接的にハルを褒めるもの忘れない。

 この場で最も平和的な言葉を選択して発言をしてくるところが彼の最近の特技でもある。

 そのアクトは、本当にユミコの腕を褒めていた。

 初めは自分の子供だけを働かせるのが忍びないとの思い始めたユミコの鞄製作。

 その作業が軌道に乗るまではハルに内緒にする形で手伝うことにしたアクトだが、彼女の作業を見てユミコの隠された才能に舌を巻いたものだ。

 型紙の作成から革の表面処理、縫合など力をそれほど必要されないところはユミコひとりで作業を進めていた。

 そして、完成した鞄はゴルト世界の貴族社会で一流品に触れていたリーザの目を唸らせるぐらいの逸品として認識される。

 余談となるが、今後、このユミコの鞄はここエザキ魔道具製作所で隠れたヒット商品となり、後々、高値で取引される商品に育ったりする。

 その客第一号となったリーザが生涯大切に使用する鞄となったのは言うまでもない。

 そんな鞄も置かれていた陳列棚に再び目をやると、いろいろな商品が雑然と陳列されていた・・・

 リーザは陳列物と共に置かれた商品名(キャプション)を読み上げた。

 

「何々・・・魔法陣に、上下水道装置、魔動型給湯器、重工業にあった『旋盤』と呼ばれる機械も・・・まったく、何を(メイン)に売りたいのよ。ここの魔道具屋の陳列には一貫性がありませんわね」

「ケチをつけないでよ。私だってここ数日はサガミノクニ生活協同組合の備品を作るのに忙しかったんだから!」


 この組合においてハルの存在は貴重である。

 唯一魔道具師として働くことに加えて、彼女は各拠点の設備の整備も行っている。

 各拠点長から依頼のあった設備を中心に準備してきた。

 所謂、設備道具屋的な役割も兼ねているのだ。

 そこで開発した設備をこのエザキ魔道具製作所でも展示・販売している。

 先日、エクセリア国側の商会と第一回目の取引を行ったが、そこでも意外に顧客が興味を示したのは、魔動型給湯器や上下水道装置だった。

 ハルにとっては一般的な設備であっても、この世界には斬新なシステムであり、商品として成り立つのである。

 そう言う意味でエザキ魔道具製作所は一般客相手の魔道具屋と言うよりも国家相手の品揃えであり、取り扱う商品も公共機関向けのようにも映る。

 ここの商品をパッと見たリーザ達が、一体何をターゲットにしているのか、理解に苦しむのもそこにあったりする。

 

「まっ、ここは基本的に私が好き勝手にやっているし、人手も足りているからここに魔術師派遣の必要は無いわ。リーザさんやアリスさん達は最先端研究所や魔道具重工業の方をお願いするつもりよ」

「そうね。私もアナタと同じ職場では落ち着いて働けないし・・・」


 リーザは心の底からそう思う。

 リーザにしてもハルとは学院時代からのライバルでもあり、苦手な相手でもある。

 不躾なくそんな事を述べてくるリーザに呆れつつも、心の透視でソレが本音である事も解るハルは諸手を挙げるだけだ。

 ここでハルは気分を入れ替える事にした。

 

「以上がエザキ魔道具製作所よ。ここはこれぐらいでいいでしょう? 別にここはアナタ達に働いて貰う職場じゃないのだから。次は福利厚生施設について説明するわ」


 ハルはそう述べて、エザキ魔道具製作所から一行を外へと連れ出す。

 まるで自分の縄張りから彼女達を一刻も早く遠ざけてしまうような仕草に見えてしまったのは言うまでもない。

 

 

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