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第一話 ボルトロール王国への侵入

 話は時間軸を少し(さかのぼ)ったところから始まる。

 場面は春の初頭、エクセリア国のハルとアクトの拠点からだ。

 ここでハルとアクト達は旅支度を終え、兄夫婦のウィルとレヴィッタが彼らの出発を見送ろうとしていた。

 

「どうしても行くのか?」

「ええ」


 最終意思を確認する言葉がウィル・ブレッタから出されても、自らの意志は固いと答えるハル。

 

「これは私にとって、どうしても行かなくはならない事よ」

「そうだ。ハルが行くならば、俺が行かない選択肢はない。危険である事も十分承知している。しかし、我妻の願いは俺の願いでもある」

「アクト・・・本当に危険だぞ、と言ったところでお前の回答は変わらないだろうな・・・」


 ウィルはアクトの本気が解るため、これ以上の説得は無理だと至る。

 彼としては快く送り出してあげたいが、それでも彼の妻であるレヴィッタが大層心配しているため、できれば出発を諦めて欲しいとも思っていた。

 

「本当に、本当に行かなくてはならないの? ハルちゃん。ここで安寧な暮らしを続けてもいいんじゃない?」

「レヴィッタ先輩、お気遣いありがとうございます。それでも、私の同族・・・いや、家族がボルトロール王国にいる可能性が大きいと解れば、そこに行かない訳にはいかないわ。合流できれば、こちらへ連れて帰ってくるから」

「絶対に約束よ、ハルちゃん! アナタとはもう只の仲のいい後輩じゃないの。私とウィルさんをつなげてくれた恩人だし、今は義妹・・・」


 レヴィッタは涙脆く、既にその目には涙を浮かべている。

 

「やめてよ、レヴィッタ先輩。まるで今生の別れみたいじゃない」


 ハルは大袈裟だと笑う。

 

「そうだ。我がついている。彼らを死なせることは絶対にない」


 ここで大見栄を切るのはジルバである。

 彼もハルとアクトの旅に同行する事を示していた。

 

「ジルバさんがいれば確かに大丈夫かも?」


 心配性のレヴィッタが納得するほど、ジルバの存在は大きい。

 それもそのはず、このジルバの正体はゴルト大陸伝説覇者である銀龍スターシュート。

 それが人間化した姿であるからだ。

 

「ジルバ様が行くならば、私達もお供します」


 加えて同行を申し出ていたのはエルフ親子のローラ、スレイプ、サハラの三人。

 現在の彼らはエルフの特徴である長い耳を隠している。

 ハルの開発した変化の耳飾りを付けている事による。

 真珠のような小さな白い魔力鉱石を加工した高度な魔道具。

 このイヤリング型の魔道具を装着している事が、彼らが同行する話が既についている事を示していた。

 

「私達もこの魔道具のお陰で人間と姿は変わりません。目立つ事はないでしょう」


 その擬態は彼らの同行をハルが許諾した直後から、エルフの容姿をどうするかと議論した結果である。

 辺境の中のみで暮らすエルフなんぞ、人間社会から見れば伝説的な種族である。

 そんなエルフが人間社会に混ざるなど目立つ事この上ない。

 厄介事が増える予感しかないエルフの容姿を隠すためにハルが魔道具を開発した。

 勿論、ハルの造る魔道具が長い耳を隠すだけの機能に留めている筈が無い。

 

「そうね。それにこれで互い離れていても連絡つけられるようにもしているし、念話で会話もできる。万が一の時でも大丈夫だと思うわ」


 そんなハルの台詞にエルフ一家も頷く。

 彼らもハルと数箇月暮らした中で、ハルが超一流の魔道具師である事を十分に理解している。

 

「ジルバも含めて、この冒険者パーティは辺境を研究する冒険家という事に設定しましょう」

「うむ。それで我々の魔法を誤魔化すのだな。多少はそうして貰わないと、私の龍魔法が不便でならない」


 ジルバは自分の龍魔法が人間社会では規格外の威力が事を理解していた。

 ある程度自重はするものの、多少変な事をやったとしてもこれで誤魔化すつもりでいる。

 

「ええ、そうして頂戴。ついてくるのは構わないけど、厄介事は増やさないでね」

「うむ。努力しよう。私としてはハル殿とアクト殿の今後に興味があるのだ。原則は傍観者に徹するので気にするな」

「ジルバ様が動けぬ時は我らが代わりに動きましょう。ハルさんとアクトさんには返せぬほどの恩義があるが故に」


 スレイプはそう述べて、心配するなと告げる。

 

「スレイプさん、ローラさん、頼みましたよ。彼らがこのエクセリア国へ無事に帰ってくるまで」


 ウィルは頭を下げてお願いする。

 本当は彼がアクト達と共に旅に出たかったのだが、それはレヴィッタによって止められた。

 ハルからもこのエクセリア国の拠点で留守番をお願いするのはウィル夫妻が適任であったため、彼からの旅の同行を断っていたのだ。

 

 こうして、ボルトロール王国に侵入するパーティメンバーは結成された。

 魔術師ハルをリーダーとして、その夫である剣術士アーク(旅では偽名を使う事にした)、辺境の探検を生業とする龍魔法研究家のジルバ、同じく辺境を一家で探索している精霊魔法研究一家のスレイプ、ローラ、サハラ。

 彼ら合計六人は旅人に偽装して、辺境の外周周りでボルトロール王国の国境に立地しているフロスト村へ侵入する。

 そこで勇者パーティの情報を聞き出し、勇者リズウィを探す事にしていた。

 それはかつてボルトロール王国の西部戦線軍団に捕まったレヴィッタの見た勇者リズウィの記憶をハルが覗いたからである。

 その黒髪の勇者リズウィはハルの弟である『隆二』にそっくりな顔と声であった。

 ほぼ確定だと思っているが、ハルはその隆二と合流し、こちらの世界に飛ばされた家族や同郷の人達とも合流するつもりだ。

 その後は状況による判断となるが、ハルとしては軍事優先政治を行っているボルトロール王国には良い印象を持っていない。

 彼らの意思確認をしてから、こちらのエクセリア国へ連れ戻す事を計画していた。

 その事を事前に相談したレヴィッタは心配しかない。

 彼女はハルがこちらを見限りボルトロール王国に住むのではないかと危惧している。

 勿論、ハルの戦略的価値を持つ人材だからそれを失うことを危惧したのではない。

 レヴィッタからしてハルは義妹であることに加えて、もう友達以上の愛着があるのだ。

 単純に彼女と離れ離れに暮らすのを嫌がっているだけである。

 

「本当に、本当に、ハルちゃん戻ってきてよ」

「ええ解ったわ。時々、魔道具で連絡も入れるから」


 ここでハルが示すのは腕輪型の通信魔道具である。

 それは王妃エレイナにも渡した魔道具と同じであり、彼女達の長距離通信端末である。

 距離に応じて魔力が必要になり、長時間会話する場合にはハルの方から魔力供給をする事になるが、それでもこれで離れていても連絡を取る事は可能となる。

 互いの安否確認するのに十分すぎる魔道具を渡していた。

 

「それじゃあ、行ってくるわ。留守を頼むわね」

「・・・ハルちゃん。絶対に帰ってきてね!」


 レヴィッタはしつこく懇願する。

 そして、ハル達が見えなくなるまで彼女は手を振っていた・・・

 

 




 

 こうしてハル達はエクセリア国の首都エクリセンを出発する。

 旅程は一旦エクセリア国の南側にあるスケイヤ村を目指す。

 この村は辺境との境目に近く、ライオネル国王が辺境の種族と貿易を促すために経済特区に指定した村であるが、未だ辺境からは誰も訪れていない。

 辺境の外周の森は魔物で溢れかえっているため、それを踏破するのに時間が掛かっているのだろう、とはジルバの見立てである。

 銀龍のブレスにより辺境の外周部と内部を隔てていたシロルカと呼ばれる幻覚効果を出す植物の魔物の境界を吹き飛ばしたので、時間は掛かっても辺境の亜人達の能力ならば踏破可能であるとジルバは言う。

 

「冒険好きの父が、このチャンスを見逃すはずはない」


 とはスレイプの弁である。

 その言葉を聞いて、一行は冒険と探検にすべての心血を注ぐスレイプの父『ソロ』の事を思い出して、笑みを溢した。

 

「確かにそうね。冒険好きのソロさんならば、一番先に人間の世界へやって来ると思うわ」


 ハルがかつて見たソロの性格を思い出してそう述べる。

 それに一同が笑みで返したのは言うまでもない。

 そんな春先の和やかな雰囲気の中、ハル達一行は辺境の外周部の浅いところを東へ進路を取る。


 途中で予想に違わず魔物が出現したが、それはスレイプ達の活躍で簡単に往なせた。

 木々の生い茂る辺境の森ではエルフの弓矢が強力な先制攻撃の武器となり、距離を取った状態で魔物を簡単に排除することに成功していた。

 まだ幼いサハラでさえ弓矢で効率よく魔物を退治する姿は圧巻である。

 それを見たハルは、エルフ達は弓に対し先天的に特別な才能があるのだろうと思った。

 こうして、出発から一週間ほどで『決別の三姉妹』の南端を超え、ボルトロール王国側に入る。

 そこから進路を北に取り、境の平原の東側の山岳地帯の始まり部分に作られたフロスト村に入る彼ら。

 

 当然、村の入口で衛視に止められるが、自分達は辺境の研究者であり、知識を求めて王都エイボルトに向かっている事を伝え、かつ、多少多めの通行税を治めると簡単に入村が認められる。

 フロスト村へ入り、早速勇者のことを調査する彼らであったが、彼らが面倒になるのは勇者に関する情報収集よりも、宿で宿泊したときであったりする。

 

「どうしてそんなに高いのよ!」


 ここで憤慨するのはハル。

 旅人全員で宿泊するため、宿に入り一泊の値段を聞いた時の反応であった。

 

「どうしてって言われても、この国でクロルを使うとこうなるんだよ!」


 ここで宿屋の主人が提示した宿泊代金は一泊がひとり一万二千クロルであった。

 この宿は高級宿というわけではなく、そこらの村にある普通の宿だ。

 相場の二倍である事にハルが憤慨したのだ。

 

「一年前からこの国の通貨はクロルを廃止してギガに変わる、とお達しがあったじゃないか」

「私達エストリア帝国の旅人がそんな事、知る訳ないでしょ!」

「そう言われても、もう決まったことだしなぁ。ギガ流通後のクロルの換算レートが半分の価値になるってことだから、この宿以外でクロルを換金しても同じことだぞ」


 宿主はもう決まった事だから諦めろと言う。

 なかなか納得できないハルに、ここでアクトが意見した。

 

「ハル・・・仕方が無い、この国で決められたルールだ。悔しいけどこれは従うしかない。それに一万二千クロルも俺達ならば払えなくもない。確かに高いが、必要経費だと割り切って支払ってしまおう」


 アクトからそう促されて、ハルは渋々財布から人数分の宿泊代を払う。

 しかし、もともと倹約家であるハルはそれでも納得いかなかったが・・・

 

「解ったわ。ほら、これで十分よね」

「確かに宿代を頂きました。うちは換金手数料を取らないだけ良心的と思ってくだせぇ」


 その言い方が余計に癪に障ったハルの顔が歪む。

 

「ええ、ありがとう。相応のサーヒスを期待しているわ」


 嫌味で返すハル。

 ここでアクトは嫌な予感がした。

 その予感はすぐに当たる事になった。

 彼らが宛がわれた部屋に移るなり、ハルから緊急招集命令が下る。

 

「・・・と言う訳で、皆さん、想定外が起きました!」

「想定外とは金のことか?」


 宿主とハルとのやり取りを無言で見ていたジルバはハルの想定外を難なく言い当てる。

 

「金の事など心配するな。私が好きなだけ出してやるぞ。ほら」


 そんな事を言うジルバは龍魔法を駆使して、ギガ金貨を量産した。

 ジャラジャラジャラと両手から金貨が溢れ零れんばかりに飛び出す。

 一瞬にして大金持ちになれる金額であったが、それでもハルは首を横に振る。

 

「ジルバ、そうじゃないわ。確かに倍の宿泊費がかかってしまうのは想定外だけど、問題はそこじゃない」

「違うのか?」

「問題なのはクロルとギガの為替レートを一気に半分に設定していた事よ。これはエストリア帝国・エクセリア国に対して経済戦争を仕掛けてしたようなものよ」

「ハル、そこかよ! 確かに為替レートは滅茶苦茶だけど、それは俺達が何とかするような問題じゃないだろう!」

「アークは黙っていて! 私は売られた喧嘩は買うわ。アイツらはこれでエクセリア国内にて苦労して得られたものを経済的に半分の価値で買い叩けるのよ。これってエストリア帝国のクロル貨幣価値を莫迦にしているじゃない!」

「そうかも知れないけど・・・」


 アクトはハルがここでこだわりを見せてしまったことに、少し参ったなと感じていた。

 

「だから私がここで外貨を稼いでやるわ。ここでボルトロール王国経済に(くさび)を入れてやるんだから。彼らにはクロルを渡さない。これからの生活に必要な費用のギガ貨幣はここで稼いでやるわ!」

「稼ぐって、どうするのだ? ここで魔道具屋でも開くのか?」


 スレイプから単純な質問が出た。

 

「確かに私は魔道具作りが得意・・・でも駄目ね。それだとボルトロール人の生活向上につながってしまう。それも悔しいからね」

「ならば、どうする?」

「それは・・・悪腐れのない飲食店にしましょう。明日から私はここで屋台をやるわ!」


 そんなハルからの提案に一同は呆れてしまうが、ジルバだけが賛同したので、結局、その意見は通る事となる。

 こうして、ハル達は外貨獲得のために屋台をやる事になった。

 野菜や肉などの簡単な素材は村の商店で揃え、宿屋の伝手で広場に屋台を開く許可を取り、あっという間に屋台を始めるハル。

 ハルの料理の腕前と珍しい料理によりその屋台は瞬く間に評判となり、大盛況になる。

 結局、ハルひとりだけでは店の運営が回らなくなり旅団全員で手伝う事になった。

 ジルバだけはあまり役に立たなかったため、厨房内でつまみ食いを満喫している。

 ハルは初めからジルバの狙いはそれだったのかと、ここで思い至ったのだが・・・

 こうして、彼らは外貨ギガをボルトロール人から巻き上げて、そのついでに勇者リズウィの情報を客から収集する生活を続けていた。

 そしてある時、珍しい屋台があると人伝(ひとづて)に聞いたフェミリーナ・メイリールが来店した。そこで勇者の事を訊かれたことで(この旅団は怪しい)と勘繰った彼女が村長へ通報したため、この旅団の存在が村長の耳に入る事となる。

 そして、勇者リズウィへとつながるのであった。

 彼らがこの屋台へ来店し、そこでハルの顔を確認して驚きの声を挙げる。

 

「姉ちゃん、何やってんだ!」


 ここでハルは声を発したリズウィの顔を凝視する。

 そして、調理中のプライパンの手が止まった。

 

「りゅ、隆二なの!?」


 彼女は言葉と同時に厨房を飛び出し、リズウィに駆け寄る。

 そして、呆然と立ち尽くすリズウィを思いっきり抱いた。

 

「あぁ、隆二。本当に隆二なのね!」

「ああ、違いねぇよ。俺は隆二だ。ハル姉ちゃんこそ、何やってんだ!?」


 その言葉で我に返るハル。

 

「あっ、そうだった。今は仕事中なのよね。ちょっと待っていてね」


 そう言って仕事に戻るハル。

 リズウィはその姿をただ凝視するだけ・・・

 今ここで起きている奇跡に、理解がついて行かなかっただけなのかも知れない。

 

「ねぇ、リズウィ~。あの人がアナタのお姉さんなの?」


 彼の服の裾を引っ張るアンナからそう問われているときも、リズウィはただ緩い反応しかできなかった・・・



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