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第二話 重工業の親方


「おお! 魔術師が来てくれたかっ! 今の俺達は機械のオペレートしかできないから、魔術師が必要だったんだ。歓迎するぞ!」


 ハルが次に紹介した職場はエクセリア魔道具重工業。

 ここの所長――山岡(ヤマオカ)熊五郎(クマゴロウ)博士は職場を下見に来た魔術師リーザ達を熱烈に歓迎する。

 全身毛むくじゃらの大男は彼女達から見ても全く頭脳労働者に見えない。

 加えて、訪問した重工業の建屋は先に訪れた先進魔法技術研究所と比較して雑然とした印象であり、そこら中に機械が転がる工場現場だった。

 これはクマゴロウ博士の希望により作業効率を優先した結果だが、リーザ達はここがあまり良い職場環境のように思えなかった。

 

「結構・・・雑然としていますわね」


 とはリーザの所感だ。

 

「そうね。ここは重工業。どちらかと言うと工場の現場だわ」


 ハルも先進魔法技術研究所と比べてここがガサツな印象なのは認めた。

 しかし、この重工業の真骨頂は魔法と機械技術の融合であり、この世界では少ない機械化された製造現場である。

 大きな工房の中には機械が沢山あり、それなりの作業者(オペレーター)が働いている。

 

「あれは何かしら? 何を作っているの?」


 リーザは工場内にある機械のうち、回転しながら鉄を削る機械が何か解らなかった。

 

「おっ、お嬢ちゃん! 俺達の仕事に興味を示したか?」


 クマゴロウ博士は喜々として、その機械で加工した完成品の詰まった箱を見せる。

 そこには沢山の螺子(ネジ)が入っている。

 

「これは螺子(ネジ)と言い、物と物を締結する機械要素部品だ」


 クマゴロウ博士は嬉しそうにそう述べて、螺子(ネジ)とナットを取り出す。

 螺子(ネジ)は、まだこちらの世界には流通していない――恐らくまだ発明されていない機械要素部品である。

 それを見せられたリーザとアリスはキョトンと反応するしかない。

 

「物と物をつなげる? 金属を引っ付けるのでしたら接合の魔法が一般的ですわね」


 土魔法の中には金属と金属を接合する魔法が存在しており、こちらの世界のモノ造りではその魔法を使用するのが一般的だ。

 その存在はクマゴロウ博士も知っていたが、首を横に振る。

 

「そうだな。でも、それは魔法を扱う人にしかできない溶接技術の一種であり、一般人には使えない」


 クマゴロウ博士がそう述べるように『接合の魔法』は溶接と同じ原理で、局所的に高温を発生させて金属を溶かし、それで金属同士を接合する技術である。

 こちらの世界では一般的な技術だが、クマゴロウ博士が指摘するように魔術師しか施工できないし、失敗したときにも簡単には元に戻せない。

 ボルトロール研究所時代にも鎧の改造や修理で苦労した思いがクマゴロウ博士にあった。

 彼は早くから螺子(ネジ)を提案していたのだが、ボルトロール研究所時代には魔法という技術があるため、螺子(ネジ)の有用性について理解が得られず、実現できずにいた技術である。

 そして、彼がこのエクセリア魔法重工業を任されたときに真っ先に着手したのが、この螺子(ネジ)の製造である。

 

「この螺旋状の溝を持つ螺子(ネジ)を使えば、物と物の接合と分離は簡単になる。機械技術の基礎だぞ」


 そう言って螺子(ネジ)とナットをグルグル回してひとつにする。

 それでもまだピンと来ないリーザ達であったが、ひとまずこの小さな部品の機能と構造は理解できた。

 

「全然便利そうには見えないけど、とりあえずその部品をあちらの機械で作っているということでいいのかしら?」


 リーザは指さしているのは工場でひっきりなしに稼働している回転機械。

 円筒状の鉄を重厚な爪で挟んで、グルグルと高速回転させ、そこに刃物を当てて削っているのが解る。

 

「うむ、ご名答。あの機械を『魔動式旋盤』と呼ぶのだ」


 『魔動式旋盤』とはハルの開発した魔動モータを動力源として回転切削する機械の事である。

 エネルギーは魔力バッテリーから得られるので、時々ハルが魔力を注入している。

 

「そうね。ここでは機械加工がメイン作業だから、雇う魔術師達の仕事はあれらの魔力バッテリーに魔力を充填する作業がほとんどだと思うわ。時々、接合とか切削の魔法もして貰うかも知れないけどね」


 ハルが最近ここで手伝っていた魔法作業内容を説明する。

 

「魔力注入ですか、それは簡単な仕事でいいですね・・・だけど、鉄のこんな小さな部品だけで本当に採算が取れるのですか?」


 螺子(ネジ)の価値がまだ解っていないアリスからそんな疑問の言葉が出る。

 アリスとしても螺子(ネジ)の生産だけで本当に儲けられるのかを疑問視していた。

 

「そうね。恐らくその螺子(ネジ)だけでも大きな産業に成長するかも知れないけど、今、作っているのは今後自分達が使うためのストックだけよ。クマゴロウ博士には大きな野望があるの。まずはそのための布石ね」


 フフフと意味深に笑うハル。

 ハルはクマゴロウ博士のこの先の展望を解っていてそんな表情をするが、その不敵さをリーザが怪しんだ。

 

「ハルさん、怪しいですわ。まさかこの重工業からボルトロール王国へ兵器を輸出するつもりではないでしょうね?」

「リーザ、私達がそんな事するつもりないでしょ。本当に疑り深い女ねぇ!」


 疑われ過ぎで、溜息を零してしまうハル。

 ここ重工業で兵器開発しそうな印象を持ってしまうのは仕方がない。

 今までこれほど機械が数多く並ぶ大規模な工房なんてエクセリア国やエストリア帝国には存在しなかったからだ。

 地球上でも産業革命以前に大規模な工場なんてほぼ存在しなかったし、この異世界でもここまで大きな工房は珍しい。

 だからリーザ達が怪しむのも理解できる。

 

「ワハハハ。リーザ嬢は私達がここで兵器を作ると疑っているようだが、さすがにこんな小規模の工場では兵器を大量生産する事はできないぞ。私達は過去にボルトロール軍の工廠の運営支援をしてきたから解るが、兵器を作るにはこの十倍の広さと規模が必要だ」


 現場を知るクマゴロウ博士はここで兵器造りはないと宣言する。

 大量の鉄や大型の鎧を製作するにはこの広さでは不十分なのだ。

 

「何っ! アナタはボルトロール軍の手先だったのですかっ!」


 ボルトロール軍に良い印象の無いリーザはクマゴロウ博士を危険視する。

 しかし、そんな反応にクマゴロウ博士は頭を掻いて困惑するだけだ。

 

「・・・確かに過去にはボルトロール軍に与した事はあるが、もう兵器は作らないと決めたのだ」


 この言葉が本当なのかとまだ疑り深いリーザ。

 そこにはハルが助け舟を出した。

 

「クマゴロウ博士はね。エクセリア戦争の最前戦を視察して、戦争の悲惨さ、ボルトロール軍の規律の悪さに嫌気を指したようなの。それで早くから戦争反対を研究所内でも進言していたわ・・・そして、皆に約束したの、これからは平和利用のために技術を使うって。この場所に重工業を設立したのはその理由がひとつだわ。社名の重工業の前に『エクセリア』って国名を冠しているのも国の看板を穢さぬように公明正大な工房にしたいとの願いから来ているのよ」


 ハルが述べていた事は必ずしもすべてでは無かったが、それでも技術の平和利用を推し進めてようとする意思はリーザ達にも感じられる答弁であった。

 まだ解らないところもあるが、それはこれから自分達が()ていけばいいと考え、この場ではこれ以上追求はしないことに決めるリーザ達。

 

「まぁ、いいでしょう。私達は監査官も兼ねています。それをお忘れなきよう」

「隅々まで観て貰って結構だ。我々に隠さなければならないような(やま)しい事など一切無いからな。ガハハハ」


 この時の自信たっぷりに笑うクマゴロウ博士は頼もしく、嘘をつくような人物には見えなかった。

 少なくともリーザはそのように判断して、今日はこれ以上の詮索はしないことにする。

 

「私達三人が交代で各職場に就くわ。よろしいですわね、ハルさん」

「レヴィッタさんは正式には私のエザキ魔道具制作所所属なのだけど・・・まあ、いいわ。魔術師協会にも所属しているのは解っていて初めからレヴィッタさんの工数は手伝い程度しか考えていなかったし」

「それはそれで私の扱いが少し寂しいんですけど・・・」


 家族経営の職場としてハルと働くのを楽しみにしていたレヴィッタは少々不満だったが、それでも魔術師協会の仕事が優先されてしまうのは納得するしかない。

 

「となると、次は私のところ『エザキ魔道具製作所』ね」


 ハルは溜息をつき仕方なく自らの工房へリーザ達を案内するのであった・・・

 

 

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