第六話 黄金色に染まって
「あの小島へ行くには沼を泳がねーといけねーな」
『黄金ユリ』が群生している場所へ辿り着くためには、沼に入らないといけない。
季節は夏から秋へと移りつつあり、水温は冷たいだろうと思うニート。
「おい、リーザ! 空飛ぶ魔法は使えねーのか?」
「ひとりだけで十秒ぐらいならば飛べるけど、あの小島まで飛べと言われれば不可能よ。私って飛翔魔法は苦手なのよ」
「ちっ、使えねーな!」
「煩いわね! 魔術師には得手・不得手があるのよ!」
リーザは半ばキレ気味で反論するが、確かに彼女が言うように魔術師には適性がある。
飛翔魔法は風魔法の属性であり、リーザが得意としているのは火属性。
完全に適性が異なる。
ニートの姉のハルは全属性の魔法を使えるが、それは異例中の異例である。
普通はふたつかみっつ属性が扱えて優秀な方である。
「そうなると沼を泳いで移動するしかねーな・・・おっと!」
新手のスライムの落下を察知して、それをパッと避けるニート。
リーザと会話している途中でも魔物の襲撃は待ってくれない。
それでも余裕を以て敵の攻撃を躱せるニートは、沼の小島に渡る手段について引き続き考査を続ける。
沼の畔に倒れかかっている大木が目に入り、それを使えないかと考えていたところで・・・異質な攻撃があった。
ヒュンッ!
それは今までの魔物攻撃とは異なる音を放っていた。
明らかに人為的な活動によって発する吹き矢の音を聞き、妙だと感じたニートだが・・・時既に遅かった。
どこからか発射されたその毒矢は木々の間を一直線に進み、スライムの対処に注意を払っていたリーザの胸に命中してしまう。
「ぐうっ・・・」
突然の痛感に呻き声を挙げるリーザ。
しかし、それは針の攻撃。
軽い痛さ以上の直接的なダメージはない。
大抵の場合は吹き矢に毒が塗られていて、今回の場合もそうである。
「おい、リーザ。大丈夫かっ!」
ダメージを心配するニートだが、リーザからの応答は・・・無かった。
リーザの顔色は早々に蒼白へと変わり、即効性の毒が全身を回るのが容易に想像できた。
もうこうなると致死性の低い毒である事を願うしかない。
「畜生。誰が!」
ニートは周囲を警戒して吹き矢を吹たであろう敵を探すが、すぐには解らなかった。
しかし、この攻撃を放った敵は絶対に人間である。
吹き矢を使う魔物など聞いた事が無い。
「出てこい!」
ニートは周囲にそんな敵意の籠った言葉を発するが・・・やがて、業を煮やしたのか、その敵が姿を現す。
ガタハルトとジェシーがニートとリーザの中間の距離に現れた。
彼らは今まで巧みに幹の陰に隠れていたようだ。
「やはり、お前らか! スケイヤ村の宿までつけて来ていたのは解っているんだぜ!」
「ほう、そこまで察知しているのならば話は早い。我々の目的はエリザベスお嬢様をケルト領へ連れ戻すだけだ。今、吹いたのも即効性の睡眠毒。眠る以外の危害はない。貴様がここで去れば、貴様にも危害は加えない」
そう言って説得してくるガタハルトとジェシーだが、ニートはその忠告に従わなかった。
「莫迦を言うな。ここでリーザを見捨てられるかよ! それに、お前らみたいな悪党を幾らでも見てきたんだ。俺が背中を向けた途端、ドンッだろ?」
ニートは魔法の攻撃を手ぶりで示す。
「フッ・・・私はそんな野蛮人じゃない。それで幾らで冒険の依頼を受けたんだ? 正義の味方君。その依頼料を私が肩代わりしてやろう。それならば、冒険者風情がエリザベス嬢を庇う理由もなくなる」
そう言い金貨を投げる。
パッと見たところ十万クロル以上の価値があった。
勿論、ニートはそんな事に応じない。
「へん。そんな泡銭に応じられるかよ。尤も幾ら金を積まれたとしてもここで引く気はねーよ!」
「それは大した正義感だ。しかし・・・その選択が貴様の死期を早める事になる。ジェシー、殺れ!」
金で解決できないと悟ったガタハルトの判断は早かった。
矢継ぎ早にジェシーへ指示を飛ばし、彼女がそれに無言で応じる。
バッ!
彼女は巧みに幹を蹴り、不規則な軌道でニートへと迫る。
そして、その手には銀色に輝く刃のナイフが・・・
シューッ!
空気を切り裂くような鋭いナイフの刃。
殺人行動をする彼女は一切躊躇の無いプロである。
ジェシーの狙いはニートの首であったが、ニートも後ろに躱す事で鋭い一撃を避けた。
それでもタイミングはギリギリで、前髪が少し切れた。
鋭い切先を避けるために、大きく後ろへ大きく跳躍したため、躓いて転んでしまったが、それでもニートは健在である。
「ヒュー、危ねぇー!」
素早く立ち上がり己の剣を構え直す。
「素早い技だな。コイツは暗殺者か!」
ジェシーの職業を言い当てるニート。
そのジェシーはナイフを構え直し、一撃で葬れなかった事を悔しそうにしていた。
鋭い奇襲は暗殺者の最も得意とする戦法であり、今まで彼女はこの初手で多くの標的を葬ってきた。
しかし、この男はそんな技から逃れて無傷である。
見事だと思った。
少なくとも暗殺者の動きが解る者だと認識する。
本気を出さないといけないとジェシーは思う。
ガンッ、ガンッ、ガンッ!
ジェシーは再びナイフを縦横無尽に振り回し、ニートへ襲い掛かる。
そんなニートは防戦一方。
手数が多く、軌道が不規則なジェシーのナイフを重い剣で凌ぐ。
「くっそ、手数が多い。わっ、危ねーなっ!」
突如、頭上よりスライムが降ってくる。
魔物は人間同士の争いなんて関係ない。
寧ろ餌が増えたぐらいにしか思っていないのだろう。
手練れの暗殺者ジェシーに加えて、無情な殺戮者である魔物を同時に相手しなくてはらなくなったニート。
ジェシーも同じ条件なのだが、彼女は勘が鋭いのか魔物の攻撃を巧みに察知して自然に躱している。
そんな行動を冷静に分析したニートは、このジェシーは暗殺者としてもトップクラスの刺客だと思った。
ニートがここで行動を気にしなくてはいけないのは他にも二名。
同僚のリーザと敵のガタハルトである。
幸運ながら魔物の意識は激しく戦うニートとジェシーの方へ向いており、リーザは現在のところ無事。
しかし、受けた毒の影響なのか、リーザの眼は虚ろで、あまり機敏に行動できないようである。
そして、ガタハルトは初めの場所から動かず、何やら小声で呪文を唱えているようだった。
ここでニートの頭の中で警鐘が鳴る。
「魔術師に時間を与えてはいけない」・・・彼が数多の戦場で得た経験によるものだ。
「そりゃっ!」
ここでニートが選択した対処とは、大剣をガタハルトに向かって投げること。
普通ならば、暗殺者ジェシーから激しいナイフ攻撃を受けている最中であり、絶対に選択しない対処方法である。
自分を守るための武器を投擲するなど普通ならば絶対にしない行動。
しかし、ここでニートが危惧したのはガタハルトの方であった。
魔法とは理不尽な攻撃である。
まだ物理的な攻撃をしてくる暗殺者の方が剣術士として対処は易いと判断した。
その選択がニートに幸運を呼び込む事になる。
常識外れの攻撃が効果を発揮した。
ドンッ!
「グフっ!」
呪文の詠唱に集中していたガタハルトはそんな攻撃が自分へ来るなど想定していなかったようで、無警戒だった彼に投擲した剣が見事に刺さってしまう。
重厚な両手持ちの剣が、魔術師のローブを簡単に貫き、ガタハルトの眼が見開かれた。
「ガタハルトッ!」
ジェシーが悲鳴を挙げたが、それでも彼女はプロだ。
このニートの攻撃により、ガタハルトが致命傷を負ってしまったのをすぐに理解する。
「畜生っ! こんな一介の素人に!」
ガタハルトは魔術師として高い技能を持つが、それでも彼が魔術師である事に変わりはない。
詠唱の瞬間とは決定的な隙となる。
その隙を上手く突かれた形だ。
普通ならば、暗殺者である自分と対峙中の剣術士にそんな隙など与えない。
つまり、現在のガタハルトに対する攻撃を許してしまったのは自分の落ち度でもある。
その程度にジェシーは自らの責任を感じていた。
冷徹に見えるジェシーであっても、それぐらいのプロの意識は持つ。
だから、ここで彼女が優先したのは同僚の仇を取る事だ。
太腿に隠していたナイフをもう一本取り出すと、野獣のような身の熟しでニートへ襲い掛かる。
幹に纏わり付くようなしなやかさでニートに迫った。
ジェシーもようやく本気を出したのだ。
「ぐぉっ、お前! 女豹のようだな!」
ジェシーの野性的な動きを見てそんな所感を述べるニートだが、実際、それほど余裕は無い。
現在のニートには彼女のナイフ攻撃に対処できる武器が無かったからである。
唯一持つ剣をガタハルトへ投擲してしまったので、当たり前の事ではあるが・・・
しかし、後悔はしていない。
あの時、ガタハルトを自由にしていれば、彼の魔法が炸裂して、自分達は全滅していたと思っている。
そして、ここでもうひとつの武器か残る事を冷静な彼の頭脳は告げていた。
ガキーン
硬質な音が響いて、ジェシーのナイフが止められた。
ここでナイフを防いだのは、ニートが腰につけていた魔術師の杖。
「何、それ? そんな木の棒で私のナイフを完璧に防げると思っているの!」
一瞬は驚愕するジェシーだが、それでも冷静に見ればニートがここで持ち出したのは木の棒である。
どう考えても金属の刃を持つナイフの方が強い。
ザクッ、ザクッ、ザクッ!
ジェシーは回転するようにナイフを振り回すとニートの持ち出した木製の棒を切り刻んでいく。
硬い材質だろうと所詮は木である。
金属の刃に敵う筈もない。
ニートもこのままでは拙いと感じる。
(このままじゃあ。斬り刻まれてジリ貧だ・・・何かいい手は?)
ここで閃いた。
ニートが勇者として上手くやってこられたのはこの閃きによるものである。
極限の戦闘状態の中で彼の頭はよく回るのだ。
自分が生き残るたに新な手段を探す事に関して彼は天才的だった。
「リーザ。大丈夫か? 大丈夫ならば、俺の杖に向かって火炎魔法を撃てっ!」
ニートはリーザに向かってそう叫ぶ。
その指示に何とか反応できたリーザだが、それでも彼の言っている意味が解らない。
「何を言っているの? それじゃあ、アナタまで燃えてしまうわ!」
「俺は大丈夫だ。絶対に死なん。最後までお前を守ってやる! いいか、杖だ。杖に向かって撃てよ!」
「・・・解ったわ」
何をするのか解らないリーザだが、それでも今、ニートが必死に火炎魔法を求めているのは解る。
ここでニートがジェシーに殺られてしまえば、次にその刃が自分に向けられるのは明白。
ならば、ニートに賭けてみようと思った。
リーザは受けた毒で意識が朦朧とする中、何とか集中してひとつの『炎の矢』を発現化させる。
そして、それをニートの持つ魔法の杖へ照準を合わせて撃った。
ボウッ!
『炎の矢』がニートの魔法の杖に命中。
そうすると魔法の炎が杖を覆った。
同時に魔力が魔法の杖に満たされる。
ニートは魔術師ではなかったが、それでも過去に扱っていた魔剣『ベルヌーリⅡ』により魔力の気配を身体で理解する事はできた。
だから外から魔力が供給された魔術の杖の状態を察知して、魔法の炎の力を魔法の杖へ内包させる事に成功する。
「よし来たぜ! これで即席の魔剣だ。俺のふたつ名は『黒い稲妻』だけど、今回は『赤い焔』ってのも悪くねぇー!」
「何をしようとしているっ!」
驚きの顔に変わるジェシー。
目前の現象が信じられない。
魔法の炎を制御する剣術士なんて見たことない。
彼女が今まで戦ってきた相手にそんな者はいなかった。
それがジェシーの決定的な隙となる。
彼女の持ち味である俊敏性が無くなり、一瞬だけ足を止めてしまう。
それがジェシーの命取りになった。
ボンッ!
停止してしまったジェシーの顔面は格好の標的であり、そこに炎の杖が炸裂した。
顔面を殴られた瞬間、火炎の魔法が爆発し、無情にもジェシーの頭部は吹っ飛ばされた。
即死級のダメージである。
「やったぜっ! 悪の栄える事は無し!」
かっこよく決め台詞を吐くニート。
その姿にちょっと惚れ惚れしながらもリーザは気を抜いた。
しかし、そこに新たな危機が・・・
リーザの頭上からスライムが狙っていた。
「させるかよっ!」
それにいち早くそれに気付いたニートが炎の杖を投擲。
ボンッ!
「キャッ!」
リーザを狙って落下してきたスライムに、投擲した火炎状態の杖が刺さり、空中で爆発してスライムは内部から爆ぜて吹っ飛んだ。
そのスライムの体液をまともに浴びてしまうリーザ。
スライムの脅威とはその強酸性の体液にある。
「やべっ! おい、リーザ。肌が溶かされちまうぞ!」
スライムの体液を盛大に浴びてしまったリーザ。
これは拙いとニートは素早く彼女の元へと駆け寄り、体液のかかったその肌を触る。
「熱ちいっ!」
既に強酸性の反応が始まっており、彼女の皮膚を強酸性の体液が溶かし始めていた。
ニートは慌ててリーザを沼へ落とす。
沼の水でスライムの体液の濃度を薄めるためだ。
「冷たいっ! 何をするのよ!」
リーザから抗議の声が挙がるが、それは彼女が健全な証拠である。
ニートの素早い対処により、スライムの体液に肌が解かされてしまう前になんとか対処できたようだ。
最悪の事態だけは免れた。
そして、周囲を観察してみれば、死体となったガタハルトとジェシーにスライムが取り付いているのが解る。
魔物は久しぶりの餌にありつけた事に歓喜しているようで、軟体の身体を震わせて人間の身体をゆっくりと覆い溶解していた。
「悪党には相応しい最期だぜっ!」
フンと吐き捨てるように言うニート。
彼らに対して情は沸かなかった。
「リーザ、大丈夫か?」
「え・・・ええ、でも意識がフラフラとする。きっと受けた毒のせいよ。即効性の睡眠毒だと思うわ・・・でも、もう二度と毒に負けない!」
リーザは睡眠毒に抗うよう、毅然にそう述べる。
しかし、それは気力だけで持たせていることをニートはよく解っていた。
周囲を見ると現場はスライムに溢れていた。
今はガタハルト達に群がっているスライムだが、じきにその食指がこちらへ向くのは明白であった。
「拙じいなぁ。リーザを休ませないと、この状態で戦闘は続けられねぇー」
リーザの消耗具合を見て、撤退を決意するニートだが、周囲はスライムに溢れており、既に逃げ場は無い。
だが、その状況を注意深く観察していると、ある事実に気が付く。
「何だ? あのスライム? 黄金色を嫌っている??」
沼の畔で『黄金ユリ』の花粉に染まった水辺を避けて通るスライムを発見した。
これでニートがまた閃いた。
「そうか、あの『黄金ユリ』の群生・・・話がつながったぜっ!」
彼はハッと思いつき、沼に倒木しそうな木の幹に蹴りを加えて折った。
それを沼へ倒して『黄金ユリ』の花粉を塗す。
そして、沼に落としたリーザを引っ張り、彼女の身体にも黄金色に染まった水を塗った。
「嫌っ! 何をするのよ?」
不意に身体を触られた事で抗議の声を発するリーザだが、ここでニートは遠慮しない。
「いいから黙ってこれを塗っとけ。どうして『黄金ユリ』がここに群生し続けているのか、その訳を考えてみろ。ここはスライムの巣だぜ! 普通ならば草木だってスライムに溶かされちまうだろ?」
「・・・?」
まだニートの言う言葉の意味が理解できないリーザ。
それでニートは得意げになった。
「それはスライムがこの『黄金ユリ』の花粉を嫌っているからだと思うぜ!」
ニートはそう推理し、黄金色の水をすくって、スライムに浴びせる。
そうすると、スライムはサササッとその水を避ける行動を見せた。
これでリーザも納得する。
「『黄金ユリ』の花粉水がちょっとヌルっとするからアルカリ性なのかも知らねーな。酸性のスライムとは相性が悪いんだろう?」
適当な事を言うリズウィだが、この時はそれが正解であった。
『黄金ユリ』の花粉は弱アルカリ性を示すのである。
人体には無害な程度のアルカリ性の濃度だが、強酸性が体液のスライムには影響があるため、本能的に『黄金ユリ』を嫌うのだ。
しかし、それは高度な科学教育を受けたニートだから解る理屈であり、学業で落ちこぼれの彼でもギリギリ理解している範囲でもあった。
しかし、当のリーザはニートが何を言っているのか解らない。
それでも、自分達がこれで助かるのだと解った。
「アナタって不思議ね・・・」
「へへへ、褒めんなよ。俺に惚れても知らねーぜ」
「ふふ」
リーザは吹く。
それはかつてのリズウィから言われた台詞を思い出したからだ。
このときの彼女の表情は可愛く、いつも強気なリーザとは違う魅力を放っており、ニートはそんなリーザを見て少し照れてしまう。
「とにかく、中央の島まで移動しようぜ。あそこは安全だ。どうせ、目的地はあの島だから丁度いい」
ニートは水面に投げ込んだ木を浮きにして、それにリーザを掴まらせる。
自分もその幹に掴まり、バタ足で沼を進む。
そして、後方を見てみるとスライムが現場から逃げようとする自分達を追おうとしていたようだが、『黄金ユリ』の花粉が混ざる水に阻まれて、こちらまで追ってこようとはしない。
それを見て、自分達の推測が合っていた事を確信し、ひとまず安心するニートとリーザ。
やがてしばらくすると沼の中央に鎮座している小島まで辿り着いた。
ニートは先に陸に上がり、安全を確認する。
そして、リーザに上がってきていいと合図するが、リーザは消耗しきっており、自力で陸に上がることができない。
仕方なくニートは彼女を引っ張り陸へと上げる。
それは彼女のローブの裾を引っ張るだけでは無理であり、身体を掴んだ際にリーザの大きな乳房にも触れてしまう。
「身体を触らないで・・・」
「へん、俺がそんなせこい真似するかよ。ヤルときは正々堂々とヤル男ぜ!」
ドサクサに紛れて身体に触ってくれるなと抗議するリーザだが、ニートはそんな気はないと反論した。
「それよりも、お前・・重いな」
ここで余計な事を言ってしまうのはニートの性格である。
だから、男女の変な方向へ流れる雰囲気にはならない。
「ニート・・・それは女性に向かって決して言ってはならない事よ!」
リーザは怒りさえ感じられるようにはっきりとした態度で抗議する。
「へへへ、それだけ口が利けるならば、まだ大丈夫なようだ。ちなみに重いって言ったのはリーザの体重のことじゃなく、そのローブが水吸っているからだと思うぜっ!」
ここで、軽口で応えてしまう当たりがニートらしいと思ってしまうリーザ。
彼とは会って数日なのに、何故かそんな会話が心地良かった。
危機を共有して弱気な自分がそう感じているだけなのだろうか?
それとも彼の事を本当に好きになり始めているのだろう??
少しだけニートのことを信頼し始めるリーザだが、次の彼の行動でそれが台無しになった。
いきなり上の釦に手が掛かけられて、ローブを脱がされたからだ。
「キャッ! 止めて!! 何をするの!」
本気で抵抗するリーザ。
しかし、ニートは止めない。
抵抗するリーザだが、毒の影響があって十分に力が入らない。
そして、あれよ、あれよ、という間に、ローブは脱がされ、その下に着ているシャツまで脱がされた。
「下手に動くな、毒が回るぞ。大丈夫、エッチな事はしねぇ~。それよりもお前は毒針にやられたんだろ? その毒を抜かねえとな」
ニートは治療行為だと主張する。
それを聞いたリーザは一旦、抵抗を止めた。
こうして下着姿にされてしまうリーザ。
普段はローブの下に隠されていたリーザの巨大で柔らかい乳房が、彼女が女である事を激しく主張しているが、それでもニートは顔色を変えずに冷静さを維持して患部を探す。
「あった。ココに刺さったんだな?」
ニートはリーザの豊満な左胸の上部に残る小さな傷を発見する。
「あまり見ないで・・・キャッ!」
その傷に迷いなく吸い付くニート。
口で毒を吸い、傷口から吸った毒を血ごと周囲に吐き捨てた。
「随分、身体に毒が回っちまっていると思うが、それでも吸える分は吸って除外した方がいい」
もう、二、三度同じ行為を繰り返して、ニートの荒治療は終わる。
対するリーザの顔は真っ赤・・・まるで生娘が初夜を迎えて緊張している・・・そんな表情だ。
彼女がまともな状態で異性にここまで接近されたことは今までに無い。
それでリーザは上気して声を挙げてしまう。
「ふわぁぁぁ!」
それはリーザの新たな魅力。
豊満な乳房に触れていた事もあり、リーザの女子の姿がニートの琴線に軽く刺さったのは言うまでもない。
「お前も可愛い顔ができるじゃねーか!」
ニートが誘惑に負けてリーザの乳房に触れる。
しかし、リーザは・・・
「止めて。そんなことしないと約束したじゃない! それに、私には心に決めた人がいます」
そして、リーザは無意識で首に下げたガラス瓶の飾りを触れる。
その手の動きはしっかりとニートの目にも入っていた。
だから、ニートはリーザが心に決めた人を言い当ててしまう。
「もしかして、その心に決めた奴って・・・そのガラス瓶を渡した奴か?」
何の根拠も無い答えであったが、ニートから聞かれた事は図星であった。
リーザは・・・ゆっくりと頷く。
「この瓶は・・・戦争で虜囚になった時に助けられた敵より貰ったものよ。助けて貰った相手は敵だったけど格好良い男性だったわ・・・うん、これは私の片思いのようなもの。それでもあの時に優しくされた事を忘れられない。それが例え敵であってもね・・・」
「その瓶ってサラスリムが入っていた瓶だろ?」
「え・・・?」
どうしてそんなことまで解っているのかと言うリーザの顔。
「だって、それ・・・俺がお前に渡したものだからな・・・」
ニートが何を言っているのかまだ理解できないリーザ。
更に何かを伝えてこようとするニートだが・・・
『・・・・あれ?』
言葉を上手く発することができず、ただ息を吐くだけに終わる。
頭の中にいつも駐在していた魔力が抜けていくのを感じた。
この感覚は解っている。
『どうやら翻訳魔法の効果が切れちまったみてぇーだな』
ここでニートが喋っているのは東アジア共通言語だ。
当然、こちらの世界に住むリーザに理解できない言葉。
リーザはニートの身に何が起こったのか理解が追い付かない様子。
突然、ガラス瓶のことを言ったり、訳の解らない言語を発するようになったりと・・・
現場は夕暮れに染まり、秋に入る季節なのに今日だけは暖かい風が吹いている。
魔物に溢れて、追手まで現れたこの混乱極まる戦闘現場であったが、現在のこのふたりには不思議と時間が止まっているように感じられた。
黄金色に染まる水面がゆらゆらと揺れるのが、それが印象的に映り、ゆっくりと時が過ぎていくふたりの時間・・・