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第五話 魔物と悪が蔓延る森

 結局、次の日の朝、リーザ達は冒険者組合に届出ず辺境の森へ入ることにした。

 それはガタハルトからの妨害工作を警戒しての事だが、組合に届け出ないデメリットとしては想定外のトラブルが発生した場合、救援活動の対処が遅れる事だ。

 自分達の実力を勘案して、また、森に深くも入らないので、そんな事など滅多に起きないだろうと高を括っていた彼女らだが、運命とは解らないもので、その想定外(・・・)に陥ろうとしていた。

 

「ニート、そちらに行ったよわ!」

「こなくそっ! 次々にちょこまかとっ!」


グギャッ!


 武器屋で買った重厚な剣を振り、飛び掛かってきた魔物ワルターエイプに止めをさすニート。

 

「ハア、ハア、ハア、やった! これで終わりか?」


 新たな魔物の襲来を警戒するニートだが、リーザはそれを否定する。

 

「大丈夫。これで全部みたいよ。ふぅーー」


 大きく息を吐くリーザ。

 ようやく戦闘が終結したと感じた。

 彼女の周囲には既に魔法で攻撃して消し炭にしたワルターエイプの死骸が三十匹ほど。

 辺境の森の境とされる入口時点で襲われた彼女ら。

 

「本当に・・・これが繁殖期というやつね。まったく食欲旺盛と言うか、見境もなしに襲ってくるわ。数が多いのが厄介」

「まぁ、いい運動になったぜ!」


 ニートはワルターエイプの死骸に深々と刺さった剣を抜き取り、血糊をブンと払う。

 その手慣れた討伐の様子にリーザは少し感心したようだ。

 

「なかなか、やるじゃない!」

「当たり前だ。これぐらいは雑魚だから余裕だぜぇ!」


 いつもながらの自信過剰と思えるニートの口調だが、現在のリーザは理解できている。

 ニートが口だけの男ではないことを・・・

 ひとつひとつの技は荒っぽいが、それでも確実に魔物を仕留める仕事ぶり。

 そこは見ていて安心感も得られる玄人の身体の動かし方。

 一年前のリーザならばそんな事など解らなかったが、戦争でいろいろと経験を積んだ現在のリーザならば、ニートの実力を的確に把握できている。

 彼の言うとおり、この程度の敵ならば余裕なのは明白。

 これはリーザにとっても嬉しい誤算でもある。

 

「せいっ!」


 ニートは頭上で攻撃の隙を伺っていた魔猿(ワルターエイプ)が捨て身攻撃してくるのをサッと躱し、くるりと身体を反転させて、その反動を利用して敵に深々と剣を突き立てる。

 

ギャバッ!


 不可解な悲鳴を挙げて本当に最後の魔猿(ワルターエイプ)が絶命した。

 リーザは解っていなかったが、ニートはこの魔物が隠れて攻撃の隙を伺っていた事は察知していた。

 

「ほい。これで本当に終わりっ!」


 剣に付着する血糊をパッと飛ばし、戦闘の終わりを宣言する。

 リーザは自分では解っていなかった魔物の存在は把握していたニートを、本当に感心した。

 

「期待以上の働きね!」

「まだこれでも調子悪いぐらいだせぇ。魔剣があれば、俺ひとりだけでこの程度の群れなら全滅できるのに・・・」

「まだそんな事を言っているのね。でも、ひとりでこれだけ殺せるのだったら並みの剣術士以上だわ」

「だろ? まだ全然働けるぜ!」


 余裕でそんな事を述べてしまうニートだが、この場で神が彼の要望に応えてしまった。

 

ギャウ、ギャウ!


 今度は犬に似た魔物が彼らを襲撃する。

 

「ちっ、新手か! そらよ!」

 

パンッ!


 ニートは剣を振りかぶり、近くに転がっていた石を打つ。

 その剣技はまるでゴルフのフルスイングに似ていた。

 そうすると拳大の石礫が砲弾のよう飛翔し、まだ距離のあった敵へと高速に迫り、脳天へ命中した。

 

ギャンッ!

 

 二匹の犬のうち一匹はそれで頭から血を流して倒れる。

 残ったもう一匹がニートに迫るが、それこそ剣の餌食であった。

 

「オラーッ!」


キャンッ!


 短く悲鳴を挙げて、胴体を真っ二つ・・・

 あまりにも豪快な技に、リーザもすぐに彼の戦果を褒める言葉が出てこなかったぐらいである。

 

「おい、油断すんなよ! ここは確かに魔物の遭遇率が以上に高けぇ! さっさと『黄金ユリ』を見つけて、ずらかろうぜ!」

「それが良さそうね。それでも、ニート、アナタを冒険のパーティメンバーに選んで良かったわ」


 ここでリーザは珍しくニートを褒めた。

 それは素早い適応力、攻撃力・・・どれをとっても剣術士としてかなりレベルが高いと感じたからだ。

 そのお陰で自分の仕事が早く終わり、怪我するリスクも下がる。

 こんな危険な場所で彼と一緒に仕事できて本当に幸運だと改めて思う。

 

「よせやい。お前もやるじゃねーか。まっ、俺は知ってたがよ」


 リーザの火炎魔術師としての腕を褒めるニート。

 チョットした隙間時間で完璧に詠唱を熟し、精密に誘導する炎の矢を用い、複数の敵を死傷させる彼女の腕前は魔術師としてかなりの上位レベル。

 ニートもかつて勇者としてパーティを組んでいた相方(アンナ)が火炎魔術師だったので、遂々(ついつい)、彼女の事を思い出してしまう。

 アンナも天才的な魔術師であったが、どちらかというと彼女はパワーファイタであり、大火力を用いて敵を殲滅するタイプだ。

 それと比べてリーザは、パワーに加えて、細かい技巧も得意としているように思えた。

 ニートにしてもリーザは天才魔術師の部類に入るのだろうと評価している。

 尤も、戦争でリーザの事を既に知っていたニートはリーザの魔法の腕を初めから疑っていない。

 互いに腕の立つ存在だと認識したふたりなので、戦いを通じてこの場で一体感は上がる。

 

「また新手よ!」


 リーザの示す方向を見てみれば、次は蝙蝠に似た魔物が接近してくるのが解った。

 

「まったく、この森はどうなってやがる! この遭遇率、異常だろ!?」


 愚痴を零すニートだが、戦いにはまだ余裕がある。

 こうして、辺境の森としてはまだ序盤ではあるが、それでも終わりのない戦いが続いていくのだった・・・

 

 

 

 

 

 そんなふたりが派手に戦う場所から少し離れたところに、彼らを追う者が迫っていた。

 ガタハルトとジェシーである。

 

「本当にこんなところに態々足を運ぶなんて、金持ちの考える事は解らないわ。ああ鬱陶しい!」


 ジェシーはそんな小言を述べながら、自分に襲いかかってくるリスのような小動物の魔物をナイフであしらう。

 こちらもニート達とは違う手慣れ感があり、彼らも魔物に襲い掛かられるこの状況にあまり慌てない様子。

 魔物の討伐はジェシーにすべて任せて、ガタハルトはあまり仕事をしていない。

 ガタハルトは気配を殺して、派手な行動を差し控えるようにしている。

 ジェシーは静かに魔物を始末できるので、追跡するリーザ達に自分達の気配を気取らせない。

 ふたりがこのように通常運転しているあたりが、隠密行動の仕事に慣れていると思わる。

 そして、彼らは静かにこの場に溶け込むよう会話をした。

 

「そう言うな、ジェシー。ここならば他人の目は無い。エリザベスお嬢様を拉致して連れ戻すのには最適な状況だ」

「ようやく、まともな行動ができそうね。だから私は早くからこの作戦が良いと言ったでしょ。お転婆娘(リーザ)ひとりをケルト領へ連れ戻すだけで五千万クロル貰えるなんて、破格の仕事よ。これで数箇月我慢していたストレスがようやく晴れるわ!」


 ジェシーはそう述べて、暗器の針を光らせる。

 彼女の適正(クラス)は所謂『暗殺者』である。

 気配を消して標的へと近付き、暗器を用いて暗殺する事に特化した人種。

 魔術も使うが、それは暗殺・隠密行動に関するものにつながっている。

 ジェシーはリーザに襲い掛かれば良いとガタハルトに常々進言していたが、その作戦はずっと止められていた。

 ガタハルトはジェシーと違い慎重に物事を進める性格である。

 彼女の手綱を取り、今まで我慢させていた。

 ジェシーとガタハルトは付き合いの長いビジネスパートナーであり、共に金が必要だった。

 そこにケルト領主より今回の依頼の声が舞い込んだのである。

 愛娘を無事ケルト領へ連れ戻す事で、五千万クロルという大金報酬を約束に彼らへ仕事を依頼したのである。

 

「冒険者組合で網を張っていて、出し抜かれてしまった形だが、これはこれでいい状況だ。ここならば、グフフフ・・・俺の願いも叶うな」


 いつも二枚目を気取るガタハルトだが、このときだけは悪人顔へ変わる。

 彼の本性が現れた瞬間だ。

 絶対に邪な事を考えていると察するジェシーだが、敢えてここでそれを指摘しない。

 彼女としても今回必要なのは金だけだ。

 ガタハルトが何を企んでいようと、束縛対象のリーザに今後どうような運命が待ち構えていようと、自分の知った事ではない。

 報奨金さえ手に入れば、それで・・・終わりだ。

 どうせこの男のことだから、リーザを自分のものにしようと考えているのだろう。

 男女のまぐあい(・・・・)にガタハルトは絶対的な自信を持つのも解っている。

 裏の世界でガタハルトのソレ(・・)は有名な存在であった。

 高貴な令嬢に手を出しては結婚詐欺まがいの悪手で金品を得る有名な詐欺魔術師。

 床の技で女性を夢中させる性技を持つのだ。

 ジェシーも今回の旅で彼の技とやらを少し試したが、確かに経験の少ない女性ならば、彼の技巧で骨抜きにされてしまうだろう。

 

「ケッ、下種野郎だね!」


 軽蔑の眼差しでそう呟く。

 

「お互い様だ」


 ガタハルトからそんな仕返しが来たが、ジェシーも気にしない。

 所詮彼らは同じ穴のムジナ。

 闇の世界に生きる人間などそんな価値観でしかない。

 

「手筈どおり、ジェシーは隙を狙ってリーザ嬢に毒矢を命中させろ。眠らせてしまえば、魔法など怖くはない。ここには魔物が多いから隙は必ずできる」


 ガタハルトはそんな指示をジェシーに出し、物陰からリーザ達の姿が確認できる距離まで迫ってきた。

 幹の陰に隠れて、あとは好機(チャンス)を待つだけである・・・

 

 

 

 

 

 

 そんな悪のガタハルト達の標的になっているとは知らないリーザ達は度重なる魔物の襲撃を退けつつも、今回の旅の目的地に到達しようとしていた。

 

「わっ、見て! 沼が黄金色に染まっているわ!」


 リーザが指摘するとおり、森の中に佇む小さな沼の水面は黄金色に輝いている。

 その黄金色を辿れば、沼の中心に浮ぶ小島につながっていて、そこに『黄金ユリ』が群生していた。

 

「『黄金ユリ』の花粉が沼の水面に浮いているんだな。にくい演出をしてくれるじゃねーか。おっと、新手だぜ!」


 ニートは本日何度目になるか解らない魔物の襲来を感じて注意を発する。

 今度の敵は幹上からニートを狙っていた。

 それはニートが自分の下へ来るタイミングを計っていたようにヌルっと自由落下してきた。

 粘着質状の半透明の単細胞生物・・・スライムである。

 

「ケッ! 当たるかよ!」


 スライムの攻撃方法としては人の頭部へ覆い被さり、窒息死させる習性がある。

 ニートは素早く身を翻し、バックステップで今居た場所より後ろへ飛び、その数瞬後に粘着状の液体のスライムが落ちてきた。

 頭上を警戒していれば、スライムに捕まる事は無い。

 地面に落ちたスライムの動きは重鈍でまるで脅威にならない。

 ニートとリーザが自分の頭上に注意を配っている中、ジェシーの毒矢で狙っている事を簡単に気付けない彼らであった・・・

 

 

 

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