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第四話 冒険の始まり


「どうして、それが武器だと言えるのよ!! この唐変木!」

「どうしてって、これで充分だろ? 行くのだって辺境の入口だぜ?」

「ああ莫迦よ。やっぱり莫迦だったわ。どうしましょう? 莫迦につける薬は無いわね!」


 リーザから現在進行形で激しく罵倒されているのは今、ニートと名乗るリズウィである。

 王都エクリセンから南のスケイヤへ向かう途中の馬車の中での一幕。

 馬車はリーザが特別にチャータしたものであるため、他の旅客に迷惑がか掛からなかったのが幸いである。

 一応パーティを組む事になったので、冒険中の隊列とかそういう話になり、そこでニートの武器が魔術の杖だけという事が解り、リーザがご立腹しているのである。

 

「そんなに莫迦って言うなよ。大丈夫だ。俺にはパーティ行動の経験がある。この魔法の杖も頑丈だから、低級の魔物ならばこれで十分撲殺できるだろう」

「何、夢物語言っているのよ! 万が一殺せなかったどうするの? 次に襲われて死ぬのは私達よ! いい? スケイヤ村で金属製の剣を買いなさい。お金が無いならば、私が貸してあげるわ!」

「魔剣がねぇのかなぁ~」

「はぁ?」

「俺様が装備するんだったら魔剣って相場が決まってんだ。お前、実力の高い魔術師なんだろ。魔剣ぐらいパパッと出せるんじゃねーの? それならば、俺が言い値で買ってやるぜ!」

「あのねぇ~ ニート! エストリア帝国の諺に『寝言は寝てから言え』っというのがありますのよ!」


 リーザは呆れてニートにそう告げる。

 魔剣なんて伝説的な装備、そう易々と揃えられる訳ない。

 少なくともこんな一介の剣術士が手に入れる事なんて不可能だ。

 

「何だよ。魔剣出せねぇ~のかよ!」

「私は魔術師ですよ。それも戦闘に特化した火炎魔術師」

「・・・知っているよ。『炎の悪魔』って呼ばれていたんだろ?」

「それは・・・敵国のボルトロール軍で使われた呼称であり、私はあまり好みません。そうですね・・・『火炎の天使』もしくは『炎の芸術者』とでも呼んで欲しいものですわ」

「じゃあ、炎の芸者(・・)さん・・・魔剣ちょーだい!」

「莫迦っ!」


 ふざけたことを言うニートにリーザが遂に切れた。

 我慢が限界に至り、盛大なビンタを発動させるが、ニートが素早く上半身を逸らしての空振りに終わらされてしまう。

 ニートも元勇者であり、無駄に動体視力と身体能力は高いのだ。

 

「解ったよ・・・しゃーねぇ、金属の剣を装備して欲しけりゃ、買うよ・・・本当は姉ちゃんから剣を持つのは禁止って言われんだけどなぁ~」

「何ですか。その(こだわ)り、訳が解りませんわ。冒険者ならば武器を蔑ろにしてはいけせん。命を落としますよ!」

「だから、姉ちゃんは冒険者じゃねーって言ってんだろ!?」

「それじゃあ、アナタのお姉さんは何者なんですか!」

「それは・・・いや、この話は別に重要じゃねぇ~」


 ニートははぐらかした。

 リーザも大々的に話題が逸れていたのを自覚する。

 しかし、ニートの家族構成など別にどうでもいい話だ。

 旅の暇つぶしの話題以上の情報でもない。

 どうせ、このニートとは今回の『黄金ユリ』採取の関係で終わるだろう。

 ならば、相手の事を深く詮索するのもナンセンス。

 

「と、とにかく、スケイヤ村に着いたらマトモな剣を買うのですよ! いいですわね!」


 リーザは有無を言わせない態度で一方的にこの話題を完結させた。

 ニートも別に逆らうつもりなく、「解った」と納得を示したので、会話はこれで終了となる。

 その後はリーザが怒って口を閉ざしてしまったため、旅の時間は空虚なものになる。

 互いに無言で、馬車の単調な揺れだけが支配する車内。

 そうなると、ニートはあっという間に睡魔に襲われた。

 

「クガ~~~」


 口を大きく開けて、だらしなく(いびき)を立てるニート。

 リーザはニートと隣り合わせで座っていたので、思いっきりニートに寄りかかられた状態。

 

「・・・まったく、下品な男ですね・・・でも、この(ひと)は初対面の相手でもまったく警戒しないのですね・・・」


 普通は初対面の者と旅する場合、信用できない相手なので多少の緊張はするもの。

 街中はまだいいが、郊外に出れば治安は著しく低下する。

 盗賊の襲撃もあるが、それ以上に警戒しないといけないのは、一緒に旅する乗客が盗賊に豹変する事だ。

 特に女性の一人旅は警戒するべきものであるし、逆の立場でも女盗賊が存在している以上、最低限の警戒は必要だ。

 それをこの男は・・・豪快と言うべきが、それとも自分の腕に絶対的な自信があるのだろうか・・・

 

「態度だけは英雄もしくは勇者並ですね・・・」


 リーザは口を開けて豪快に居眠りするニートを観てそう評価した。

 勇者と言う単語を口にしてから、リーザは過去に助けて貰った勇者リズウィの事を思い出してしまう。

 

「たげと、顔と実力、男気はあの勇者の方が数倍上ね・・・」


 自分の右肩に頭を傾げて居眠りするニートと比較してそう述べる。


「絶世の美女の隣で居眠りするなんて・・・いや、いいわ。このまま寝かしときましょう。起こすとまた奇想天外な事を言い始めれば私が疲れるだけだから・・・」


 こうして、リーザは今後の計画について頭を巡らせる。

 エストリア帝国の魔法教育の最高峰アストロ魔法女学院で学年筆頭を務めていたリーザの頭脳は伊達じゃない。

 様々な状況を想定して、その対処策についてひとつひとつ彼女の脳内でシミュレーションしていく。

 そんな彼女の右手が無意識に首から下げたガラス瓶を弄んでいた事に気付けない・・・

 

 

 




「お客様。スケイヤ村に到着しましたよ」

「ハッ!」


 リーザは御者からかけられた声で一気に覚醒する。

 

(あ・・・私は眠っていたの!?)


 気が付けば隣のニートと仲良く居眠りをしていたリーザ。

 そして、こともあろうか、ニートと互いに手を握っていた。

 

(そんな! しかも、指と指を絡ませる『恋人握り』だなんて・・・)


 ありえないと思い、自分の手をパッと離し、自らの衣服に乱れが無いかを再確認する。

 乱暴された形跡もないし、自分の貞操は守られていたようだ。

 しかし、ニートと恋人のように手を繋いでいた自分が気に入らない。

 腹いせに彼を怒鳴り起そうかと考えたリーザだったが、それを思い止まる光景が目に入ってきた。

 

「・・・アンナぁぁ・・・すまねぇ~ 俺が悪かったぁ・・・」


 何やらそんな譫言を漏らし、ニートの目には涙が浮ぶ・・・

 そんな彼の姿にキュンと来てしまったのはリーザの不覚である。

 

「莫迦な、そんな事は認められません・・・オイ、コラ、起きさない! この莫迦ニート。着きましたわよ!」


 自分に生じた気持ちを強く否定するため、声をワザと荒げる。

 その効果はてきめんであり、ニートは一瞬で覚醒した。

 

「わっ! 近いっ・・・スケイヤ村に着いたのか?」


 自分の目前にリーザがいた事を少々驚くが、ニートはそれだけである。

 対するリーザの顔は真っ赤。

 

「居眠りとは言え、乙女の身体に触った事は報酬から減額しておくわ!」


 そう述べて掌をブンブンブンと振る。

 ニートは状況がまだ理解できない。

 

「あぁん? 俺が何処か触っていたか?」


 ニートはいろいろと想像して、手を揉み揉みと・・・女性の乳房を揉む所作に違わないゼスチャーだ。

 

「莫迦な事を! もし、私の胸を触っていれば、燃やしますよ!」


 リーザは乙女らしくローブの上から自分の乳房を掌で防ぎ、ニートから距離を取る。

 それにヘラヘラと笑うのはニートだ。

 

「ああ、すまねぇ~ね。でも、大丈夫だ。俺は寝ぼけても女の胸を触っていれば、絶対にその感触を覚える自信はある。でも、記憶がねぇ・・・つまり、まだ触っちゃいねぇ~ってこと・・・おわっ、危なっ!!」


 自信たっぷりに自分の特技を説明するニートだか、そこにリーザの怒りの炎魔法が炸裂する。

 際どく避けたので、前髪が少し焦げただけで済んだ。

 

「莫迦な事を言ってないで、まずは今晩の宿を探しますよ。それと普通の剣も買うの! いいわね!」


 怒り心頭のリーザから一方的にそう告げられる。

 有無を言わせない彼女の態度に、ニートは今度こそ首を縦に振る事しかできなかった・・・

 

 

 

 

 

 

 スケイヤ村は元々辺境の森の入口村として閑散としていたが、最近は人間とエルフの貿易の拠点として国王が定めた事もあり、環境整備の公共工事の好景気で沸いていた。

 どこの宿も工事関係者が多く宿泊しており、満員に近い。

 何軒かの宿は満員を理由に断られたが、次こそはと臨み新たな宿に入るリーザとニート。

  

「一泊したいのだけど?」


 リーザからのそんな要望を宿の女主人に伝えると、こう返答してきた。

 

「一人部屋は一杯で、ふたり部屋ならひと部屋空いているわ」

「一人部屋ふたつないの?」

「何処も工事の好景気で一杯さ。本当にエルフ様様だね」


 一人部屋は空いてないと言われた。

 しばらく考えるリーザだが、結局、ベッドは別々なのだから問題ないと思うに至る。

 

「解ったわ。それでお願い。いい? 解っている? もし、夜這いなんかかけたら、只じゃおかないからね!」

「へいへい。解ったよ。俺は別にどっちでもいいぜ。勿論、添い寝して欲しいなら応じてやらんでもない」

「誰がっ!」

 

 痴話喧嘩を見せるリーザとニートに、宿屋の女主人の目は生暖かった・・・

 

「ちなみに、旅人の方も工事関係者? それとも辺境探索の類?」

「私達は・・・辺境探索よ。『黄金ユリ』を求めているの」


 リーザは正直に答えた。

 彼女もスケイヤ村は初めて来るところであり、下手に事情を隠すよりも正直に要望を伝えた方が利益あると思ったからだ。

 

「ならほど、冒険者風の格好をしていたから、そう思ったのよ。アナタ達、ここへは初めて来たのでしょう?」

「ええ」

「ならば、辺境の森に入る前に冒険者組合に届け出を出しておきなさい。そういう決まりになっているのよ」

「・・・解りました。ありがとう」


 素直に礼を述べるリーザ。

 

「最近はエルフさん達が辺境の森を突破して来たけど、本来この時期は魔物の繁殖期で、危険性が増すのよ。冒険者組合で届け出をしておけば、万が一の時に救援隊を編成して貰える可能性も高くなるわ」

「丁寧に教えて頂いて、ありがとう」

「いいのよ。だって、私だって辛いじゃない。折角、来てくれたお客さんが帰らぬ人になるのは・・・アナタ達は若いのだから、そんな人も多いのよ」

「へん、大丈夫さ! 俺達はちょっとやちょっとじゃ死なねぇ」

「そんな自信が一番危ないのよ」


 女主人は油断するなと言う。

 これに対してニートは自分を過小評価されたように感じて、不満の色を隠せない。

 

「解ったわ。ご丁寧にありがとう。私達は明日の朝から森に入り、入口付近の浅い所を探索して夕方には戻ってくる予定なので、恐らく大丈夫だと思うわ」


 リーザがニートと女主人の間に割って入り、話をそうまとめた。

 リーザとしては自分が目立つのはもうコリゴリだった。

 ここで、もし、自分が戦争で英雄的な活躍をしたリーザであると告げれば、一時的に気持ち良くなるのかも知れないが、果たしてそれだけである。

 今は自分の目的を効率よく熟すために、面倒な事は一切したくなかった。

 こうして、無難に宿を確保できた彼らが次に向かうのは、ニートのための武器屋である。

 宿屋で最寄りの武器屋を教えて貰い、スケイヤ村の道中を歩く。

 スケイヤ村の所々では工事が進んでおり、前もって説明されていたエルフの為の受け入れ施設と物品貿易の取引所を建設しているのだと解った。

 その工事を担う作業員に混ざり、ニートの知った顔もチラホラと見える。

 レヴィッタより和平成立後もボルトロール軍人の一部がそのまま労役を自ら延長してここに残り働いている事実をニートは聞いていた。

 

「おお? アレはグラハイルのおっちゃんのところの美人秘書じゃねーか?」


 思わずそんな声を出してから、しまったと思うニート。

 自分がリズウィであることを内緒にしているのに、いまいちその行動を守れていない。

 うかつだったと後悔するものの、既に遅い。

 呼ばれた女性の方が気付いてしまう。

 彼女は若い青年の現場監督の横で、設計図を基にどう工事を進めるか相談を受けていたところ、ちょうど視界にニートとリーザが入った。

 彼女は元ボルトロール王国東部戦線軍団所属の司令部付き秘書カロリーナ・メイリール。

 ニートの顔は知らなかったが、一緒にいるリーザの事は当然知っている。

 そこに絡んできた。

 

「あら!? 『炎の悪魔』が現場監督しに来たのかしら?」


 カロリーナの口調は明らかに相手を挑発するような喧嘩口調。

 かつては彼女(カロリーナ)が虜監、リーザが虜囚だった立場である。

 当然、リーザもこのカロリーナの事を覚えている。

 

「偶然よ。私もそんな暇ではないわ。それよりも真面目に労役に就いているようね。ボルトロール王国とは和平が成立しているのだから、さっさと帰ればいいのに・・・」

「そうね。でも、ボルトロール王国はそんな甘い国じゃないのよ。失敗した私達が帰国しても軍に居場所はない。惨めな扱いを受けるだけです。ならば、ここで一旗揚げるもの悪くないわ。美味しいワインも提供してくれるし・・・」


 そんな負け惜しみを言うカロリーナ。

 

「カロリーナさん。次はこちらの現場を手伝ってくださーい!」


 遠くより別の男性作業員の声が聞こえる。

 工事現場では土属性の魔術師として彼女は重宝されていた。

 

「解ったわ。しばらく待っていて!」


 カロリーナは呼ばれた相手にそう応答するものの、リーザにはもう一言いいたいようだ。

 

「それにしてもいい身分ね。彼氏と呑気にデートだなんて・・・フフフ」


 カロリーナは何故か笑う。

 その意味がすぐに解らなかったリーザだが、その直後に自分が男性の事で揶揄われているのだと思った。

 

「そんなんじゃ・・・いや、いいでしょう? これが勝者の褒美よ」


 リーザは揶揄われているのを逆手に取り、強がってそんな調子で言い返す。

 しかし、そんな無理した彼女の態度は人生経験が豊富なカロリーナには通用しなかった。

 

「あら良かったわ。暴力火炎魔女にも立派(・・)な彼氏ができて」


 カロリーナはそう言い同伴者のリズウィを見下す。

 現在のニートの容姿とは変化(へんげ)の魔道具によって金髪に変わっているが、その姿は普通の何処にでも居るゴルト人の風貌だ。

 変化(へんげ)の魔道具の目的自体が注目を集めない事にあるので、その機能は正しい。

 正しいのだが・・・自分の容姿が莫迦にされていると感じたニートはなんだか釈然としなかった。

 何か言い返してやろうかと思ったが、直後にカロリーナの事で過去の件を思い出してしまう。

 

「あの・・・お前、カロリーナ・メイリールって言うんだろう? 故郷に帰らなくてもいいから、家族に自分が無事を知らせる手紙ぐらいは出してやれよ!」

「どうして、そんな事を・・・」

「いや、ちょいと人に頼まれたんだ。エクセリア国へ行く機会があれば、君に伝えてくれって言われて・・・」


 ニートの言葉を怪しむカロリーナ・メイリール。

 カロリーナの安否を心配するのは他でもない妹のフェミリーナ・メイリールからである。

 フェミリーナとリズウィは偶然にフロスト村で出会い、そんな彼女の想いを聞いたが、最後にはリズウィとの婚姻を得るため、肉体関係の既成事実を持つ事に目的が変化していた。

 それでもフェミリーナの当初の姉への想いは本当だと思っている。

 

「・・・解ったわ。ありがとう・・・お礼だけは言っといてあげる」


 ツンケンと応えるカロリーナだが、そんなところが妹のフェミリーナと似ていたりして、ニートの心を懐かしくさせた。

 

「カロリーナさーん!」

「はーい、解ったわ!」


 応援をせがむ声が更に続き、それに応えるためカロリーナはニート達の前から去っていた。

 残されたリーザは・・・

 

「ニート、どうしてアナタが彼女の事を知っているの?」


 ニートの行動にリーザの勘が働く。

 この男の正体を調べなくてはならないと思ってしまう。

 

「それは・・・人に頼まれたと言っているだろう? 俺だって方々を旅しているんだぜぇ!」

「本当かしら? アナタ、宿でもボルトロール通貨で払っていたでしょう。もしかしてボルトロールの間者?」

「違う! 確かに俺はここに来る前はボルトロール王国に居た。それでもスパイ行為をしにココに来たんじゃない。疑うならば、俺に真偽の魔法をかけてみろってんだ!」


 どうせそんな都合の良い魔法などすぐに出せないだろうと考えていたニートだが、相手はリーザである。

 伊達にアストロ魔法女学院で優等生だった。

 

「解ったわ。真偽を確かめる聖なる光よ。彼の者の心を正せ~っ!」


 間髪入れず真偽の魔法の呪文を唱えるリーザ。

 これにはニートが焦る。

 

「ちょっ・・・ちょっと、タンマ・・・本当に術かけられるのかぁ!?」


 しかし、答えは直ぐに出た。

 ニートの身体が黄色に光る。

 

「どうやらアナタは嘘をついていないようね。ここまで来たからには、今更、別の人に依頼を変える事もできないし、もし、妙な動きを見せたら燃やすわよ!」


 ニートが嘘をついていない事が魔法的に証明されたので、リーザの疑いはひとまず晴れた。

 もし、彼女がここで「ニートがボルトロール軍の関係者か」と問われれば、嘘がバレていた状況なのだが、彼女の質問は「今、言ったことに嘘はないか?」である。

 そういう意味でニートは嘘をついていなかったので助かった。

 そんなヤキモキする茶番があったりするが、それでもふたりは当初目的としていた武器屋へ向かう。

 

 

 

 

 

 

「ここにある剣はこれだけか?」

「へい、そうです。スケイヤ村で実績五十年。ウチは信頼のおける武器屋でございます」


 自らを称える武器屋だが、商品を見せて貰ったニートの顔は険しい。

 

「早く選びなさいよ。その剣なんかは頑丈そうじゃない?」

「へん。何を言ってんだよ。このど素人が! これは鋳造の剣・・・絶対に安モノだぜぇ!」

 

 ニートは一発で解ったが、店主がこの店で一番売れていると言い出された剣は立派な装飾の成された美品であった。

 煌びやかなこの剣に、あまり武器の事が解らないリーザは騙されてしまう。

 

「それにしなさい。私の勘です。それが逸品ですよ」

「んな訳ねぇーだろ。この素人が・・・あん? わ、解った・・・」


 リーザが怒りのあまり魔法の炎を発現させそうだったので、ニートもこれ以上は拙いと感じる。

 女のヒステリーほど理不尽なものはないと、過去の姉とのやり取りで学んでいたニートは早々に白旗を挙げた。


「チッ、これを買えばいいんだろ! 万が一の時はまだ魔法の杖があるからな・・・まぁいいさ。オヤジ、幾らだ?」


 武器屋の番頭はホッと一息。

 客が暴れて店を破壊されるのかと思った。

 

「まいどありがとうございます。いやーお客様もお目が高い。この剣は只今一振り四十万クロルの特別価格でご奉仕しております」

「ああん? 何を言ってんだよ。鋳造品の剣じゃねーか? ぼったくりも程々に・・・」

「いいわ、それで。私がお金出してあげる」

「わっ! お前、何、勝手に決めてんだ。騙されてんぞ!!」

「いいのよ。私が買うと決めたのだから。私がお金を出せば問題ないでしょ? アナタもこんな出費をすれば、依頼料を差し引いて赤字になってしまうわ?」

「そりゃそうだけど・・・でも、駄目だ。女に金を出させる訳にはいかねぇ~。ほら、オヤジ、これで四十万分の価値があるだろう」


 ここでニートがポンと出したのは四十万相当のギガ貨幣だ。

 再びボルトロール通貨を見たリーザは眉を顰める。

 

「な、何だよ。俺はギガ貨幣しか持ってねーんだよ。ボルトロール王国と和平が成立した今ならば、何も問題ねぇーだろ? 同じクロルと価値があるはずだぜ」

「・・・確かにそうでございます。お買い上げ、ありがどうございます」


 武器屋の番頭は何も問題ないと納得を示すと、卑しく代金を素早く受け取る。

 そんな番頭の動きに不審さを感じるものの、それ以上にリーザからの視線の方がニートは気になった。

 

「・・・俺を疑うか? また真偽の魔法を使ってくれてもいいんだぜぇ~」

「いいわ。特に深くは詮索しないであげる。それよりもそんなに金があるなら、どうしてこんな依頼を受けたの?」

「それは・・・面白そうだからだ・・・嘘じゃねーぜ。俺にとっちゃこんな依頼、屁の河童なんだ!」

「ヘノカッパって何よ?」


 リズウィの言葉が独特過ぎて翻訳魔法の適用範囲外になった。

 

「余裕って意味だ。俺に全て任せとけば、何とでもなるって意味だよ」

「そんな自信、何処から湧いてくるのか、もっと詳しく聞きたいところね・・・いや、いいわ。とりあえず。この剣で戦いなさい。私に魔物を寄せつないように時間を稼ぐの。そうすれば、私の詠唱が成立するわ。アナタはその部分だけ役に立てばいいのだから、変に欲を出して成果を示さなくてもいいのよ。解った?」

 

 軽く拳を作りニートの頭をコンコンと叩く。

 脳みそ入っていますか?と問うゼスチャーだが、そんな彼女の仕草に何故かニートは怒れなかった。

 言葉は悪いが、ここにはリーザなりの気遣いがあるのだと思っていた。

 命賭け戦闘の決着は自分が担うので、お前は終始補佐に回れという意味だと解釈する。

 だから、ニートはこんな事を問う。

 

「お前こそ、無理すんな。人に頼れる時は頼っていいんだぜ。だってお前はオンナだからな」

「・・・」

「格好いいと思ったか? 俺に惚れるんじゃねーぞ!」

「誰が、オマエなんかにっ!」


 リーザは顔を真っ赤にして反論する。

 それは決して色恋ときめく乙女の反応ではなく、その真逆。

 尤も、この茶番劇をもっと鬱陶しく見せつけられていたのは武器屋の番頭であったのは言うまでもない。 

 彼の視線の奥では「剣を買ったのならば、早く帰ってくれないかなー」と語っていたりする・・・

 

 

 

 

 

 

 

「痛てて・・・」


 リーザより軽い制裁を頭部に貰い、武器屋を後にするニート。

  

「あっ!?」


 武器屋を出てからニートはある事を思い出す。

 

「どうしたの?」

「あの武器屋に剣の保証の確約をしておくのを忘れた・・・もし、戦闘でこの剣が折れたら、返品するぞって・・・」

「大丈夫よ。頑丈な金属の剣でしょ? あの木製の魔法の杖なんかよりは丈夫よ」

「そんなことはねぇー。前にも同じような鋳造の量産型の剣を使ってポキッと折った事があんだよ!」

「ハイハイ、解った、解った。解りました。もし折れれば、交渉に行きましょうねー」


 ニートの言う事を全く信じないリーザ。

 

「ちくしょう・・・信じねぇつもりだなぁー!」


 まだブツブツと言うニートであったが、日も傾き始めてきたので、諦めて宿に帰る事にした。

 まだ顔を出していなかった冒険者組合は明日の朝向かう事にする彼ら。

 こうして、宿に戻った時、ニートは不穏な気配に勘付く。

 これは勇者として長く仕事をやってきて身に着いた直感とも言えるだろう。

 

「おい、リーザ。ちょっと入るのを待て!」

「何よ!?」


 肩を掴み、宿の受付の手前のドアの陰に隠れる。

 不審を感じたリーザだが、どうしてニートが自分を止めたのかは直後に理解できた。

 ドアの陰の隙間から受付に立つ男女の後ろ姿が目に入ったからだ。

 自分のあとを付け回すガタハルトとその仲間の女の姿をそこに認めた。

 

「アイツら! ココまでつけて来たのかよ!?」

「本当に不愉快な奴らね! 追い返してやろうかしら?」

「まぁ待て、何か話しているぞ」


 耳をすませば、宿の女主人と何やら会話しているのが聞こえた。

 

「・・・ここに深紅のローブ姿の女性と男性が来ただろう?」

「さぁ? お客様の情報は他人にお伝えできません。店の信用に関わりますから」


 女主人の毅然とした態度で拒絶する。

 これにニートとリーザは好感を持てたが・・・相手もこの手のプロである。

 ガタハルトは懐から紋章の描かれた手形を差し出す。

 

「この紋章の意味が解るか? 私達はエストリア帝国ケルト領の騎士団の一員だ。犯罪者を探している。下手に隠し立てをすると、それこそ店の評判に影響するぞ!」

「・・・」

「さっさと教えちまえばいいんだよ、女将よぉ。答えはハイか、イエスだ」


 連れの女性の方が口は悪く、脅し言葉にも迫力が籠っていた。

 その口調から騎士団と言うよりも盗賊に近いと思えた。

 そんな人物達にしてみれば、まっとうな世界で生きる宿屋の女主人など相手にもならない。

 

「・・・ハイ。本日、チェックインされました。二階奥の二一九号室のふたり部屋に二日間ご宿泊です」

「ふむ。素直に答えるのは良い事だ。して、彼女らの目的は?」

「・・・辺境の探索だと聞いております」

「辺境の探索ねぇ・・・お転婆お嬢様だこと・・・」


 呆れた口調で連れの女性がそう述べる。

 

「解った。情報提供の協力を感謝する。辺境の森に入るならば、冒険者組合を頼るはずだ。明日、そこで網を張ろう。行くぞ、ジェシー!」


 ゲタハルトは仲間の女性にそう告げると、宿から去っていた。

 流石に同じ宿に宿泊する事はしなかったようだ。

 何か後ろめたい事を考えているのだろうか?

 

「アイツら、何か企んでやがるな・・・明日どうする?」

「ここまで来て『黄金ユリ』の探索を諦められないわ。明日、冒険者組合を通さずに出発しましょう。大丈夫。入口付近に群生していると聞くから迷う事もないし、魔物に襲われるリスクも少ない。それよりもアイツらに関わることの方がリスク高いわ。ケルト領の騎士団の紋章まで持つなんて・・・」

「・・・リーザ、君は犯罪者なのか?」

「・・・ニート、それは誓ってない。私を信じて、詮索しないで貰えると助かるわ。代わりにアナタの事も詮索しない。今の私を信じて貰うように、今のニートを信じてあげる」

「解った。そうしよう」


 妙な国家権力を持つ追手に追われるリーザの事を信用するニート。

 ニートの勘ではガタハルトこそが悪であると囁いていた。

 こうして、彼らは何事も無かったように宿へと戻り、十分休養を取り、明日の辺境探索へ臨む事となる。

 勿論、冒険者組合に届ける事はしなかった・・・

 


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