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第二話 アリス、リーザ、レヴィッタの朝会合

 次の日の朝、リーザはこのエクセリンで生業としている騎士団への魔術指南に出かける。

 宿の食堂で早めの朝食を取り、宿から出発するとき、宿の中庭で一人修練しているリズウィの姿を見かけた。

 上半身裸になり一心不乱で魔法の杖を剣のようにして振る姿。

 汗が迸り、こちらではあまり見かけない両手を用いて剣を上下に叩き込むスタイル。

 時折「メーン、メーン」と不可解な奇声も上げている。

 

「変人だわ・・・関わらない方がいいわね」


 そんな感想を述べて、男の存在を脳から抹消し、職場に急ぐリーザであった・・・

 

 宿から歩いて数分で騎士団詰所に入る。

 門番の騎士から最大級の敬礼で出迎えを受けるリーザ。

 彼女はエクセリアとボルトロールの戦争で大活躍した魔術師であり、そんな扱いは過分ではない。

 

「おはようございます。リーザ様」


 老練の騎士団団長リスロー・ザンジバル卿も他の騎士に倣い、同じようにリーザに敬意の籠った挨拶を示す。

 リーザが戦争の英雄であるという扱いもあったが、それ以上に大火力の火炎魔術師として認識もされており、リーザへの態度には畏怖も籠っていたりする。

 そんな騎士団長も一目置くリーザはこの騎士団では魔術指南役であり、若い衆達からも「姐さん」と特殊な呼称で呼ばれている存在だ。

 

「姐さん。おはようございます。本日はお日柄も良く・・・」

「アナタ、無駄な口上は非効率よ。要件は手短に言いなさい」


 今も若い騎士からはエストリア帝国貴族式の古風で長ったらしい挨拶をしてこようとするが、うんざりしたリーザは途中でそれ以上言葉を聞かないような仕草をする。

 近くにいたロンはそんなリーザの様子を過敏に感じて会話に入ってきた。

 

「アイゼン。姐さんはそんな面倒なしきたりを嫌うんだ!」

「ロン、お前そんなこと言って、この姐さんはエストリア帝国で名門ケルト家の長女様だぞ!」

「だからアイゼン。それこそ、姐さんの嫌うところだ!」


 リーザがエストリア帝国の良家エリザベス・ケルトであることは噂として広まっていたが、リーザはそのこと自体が公の場で語られるのを嫌っていた。

 ロンは戦争のとき、アリスやリーザと共に敵兵の虜囚となっていた時期があったので、ここ騎士団の中ではリーザとは些か普通に話せる仲間になっている。

 それでもリーザの態度はいつも冷たく、他人をあまり自分の懐に近付けさせない雰囲気を纏っていたが・・・

 同僚がリーザの機嫌が損ねてしまう事を察し、ロンは同僚がリーザに伝えようとしたことを手短に伝える。

 

「アリスとレヴィッタさんが指令室に居ます。魔術師協会からの用事だと聞いていますが、詳しい事は姐さんへ直接に・・・と特別な相談事があるようです」

「ロン、ありがとう。手短くまとめてくれて、助かったわ。そして、了解したわ。指令室へ行けばいいのね」


 リーザは気の利くロンに軽く礼を述べ、この場から去って行く。

 ここに集まっていた他の若い騎士達はリーザが癇癪を起さなくて良かったと少しホッとしていたのは言うまでもない・・・

 

 

 

ガチャッ!

 

 リーザが騎士団の指令室の扉を開けると、その部屋には優雅なふたりの女性がいた。

 ひとりは小柄で元々ここがクリステ領だった頃の名門貴族の娘アリス・マイヤー。

 エクセリア国では貴族制を廃止していたので、現在、貴族は存在しないが、それでもその身に宿る高貴な佇まいを消す事はできない。

 静かにお茶を嗜むアリスの姿は上品であり、優雅でもあった。

 そして、もうひとりも見た目だけは優雅な女性が・・・魔術師協会の職員レヴィッタ・ブレッタである。

 彼女はアクトの兄であるウィル・ブレッタの妻であり、リーザとはアストロ魔法女学院時代の先輩に当たる女性。

 彼女は中流貴族の出身であるものの、容姿は優れていて、人当たりも良い。

 この三人は先の戦争で同じ虜囚となっていたので、絆のようなものが少し強かった。

 

「あら? レヴィッタ先輩も朝早くから来られているのですね。アリスもお揃いで、一体何かしら?」


 アリスもこの騎士団ではリーザと同じ魔術指南役なのだからここに居ること自体は違和感ないが、レヴィッタも同席していることから、ここでの相談事とは魔術師協会に関する案件であると察するリーザだが、一応ここでの話題について再確認をする。

 

「ええそうですよ。エリちゃん」


 いつもながら砕けた言葉を使うレヴィッタ・ブレッタ。

 彼女のこんなところさえ無ければ、優雅で高貴な女性として通用するのに・・・と少し残念を感じてしまうリーザであったりする。

 

「先日、ボルトロール王国よりハルちゃんが連れてきたサガミノクニ人について、知っていますよね?」


 改めて確認をしてくるレヴィッタの言葉に頷くふたり。

 今回のボルトロール王国の和平条件のひとつとして彼ら(サガミノクニ人)を難民として受け入れたのは国家の上層部に近い彼女らの耳にも入っている。

 そして、そのサガミノクニ人がハルと近い存在であるのは彼らが黒髪・黒目という特徴から納得できる。

 そんな組み合わせの人種は今までこのゴルト大陸には存在していなかったからだ。

 一部の偏見により、彼らがボルトロールの民族の一派だと思われている節もあり、エクセリンの住民受けはあまり良くない。

 当然だが、戦争でボルトロール王国兵を多数殺害したリーザも彼らにはあまり友好的な印象はない。

 そこに彼らがハルと同郷の民族だと言う重み付け(バイアス)も入っていることは否めなかったが・・・

 

「彼らは自分達の生活のために、魔道具関係の事業を始めたいそうです。そんな理由で人手が足りないため魔術協会に魔術師の派遣要請が来ています」


 レヴィッタは要請事項だけを淡々と述べる。

 そんな要請に眉を顰めるリーザは政治の話が解っているからだ。

 

「太々しいわね。この(・・)エクセリア国で商売を始めようなんて・・・」

「一般市民の感情からすると、彼らはまだ(・・)この国には受け入れられておりません。しかし、この先この地で生活していくために自分の食い扶持を稼がなくてはならないのも事実です」


 畏まって理由をそう述べるレヴィッタは余所行きの口調に変わっていた。

 それは彼女が最近エルフ経済特区開発の交渉を任されたことで身に着けた特技でもある。

 元々凛とした雰囲気を持つ彼女はこの口調で真面目な話を述べると、交渉相手に受け入れられることも多かったりするのだ。

 真面目に話せばそれなりに絵となるレヴィッタは今までの緩い性格で損をしてきたとがようやく解ったとも言えるだろう。

 それも自分が国家の上層部の一員であるという自覚が芽生えてこそだが・・・

 

「ふん。ハルが勝手に連れてきたのだから、彼女が最後まで面倒見ればいいのよ」

「エリちゃん、そんなこと言っては駄目ですよ。サガミノクニの人々は百人を超えています。全員をハルちゃんひとりで養う訳にはいかないでしょ」

「レヴィッタ先輩は甘い! 彼らはボルトロール王国で『研究所』という組織でボルトロール軍に兵器を供与してきたと聞いているわ。つまり、私達の敵だった人達よ」

「それはそうかも知れませんけど・・・でも、私は直接顔を合わせているから解りますけど・・・悪い人達じゃなかったよ」


 レヴィッタは砕けた口調に戻る。

 真面目に論じれば、リーザの言い分の方が正しい。

 ここで情に訴える姿勢に転じたのはレヴィッタの無意識の戦略であったりする。

 それに応じたのはアリスだ。

 

「リーザさんが述べている事は論理的には正しいですが、サガミノクニ人を受け入れて保護することもライオネル国王の決定事項です。和平条項に彼らのボルトロール王国からの国外追放とこの国への亡命が認められているのならば、それは国家間の約束。覆すのも難しいでしょう。ならば、レヴィッタさんの言うように彼ら生活のため事業を始めると言うならば、その働き手の斡旋に応えてあげるものこの王国の器量です・・・」


 アリスはこの三人の中で身長が最も低く、年齢も幼いが、それでも理知的に物事を判断してレヴィッタの案件に追認を示す。

 それは合理的な判断であり、リーザも渋々だが納得せざるを得ない。


「解ったわ。結局、ハルの思いどおりになるのが気に入らないけど、その要求には応えざるを得ないことになるわね・・・で、私にどうしろと?」

 

 その先の展開が読めずリーザがレヴィッタに聞いてくる。

 

「それは・・・」


 少し言い難そうにするレヴィッタ。

 こんな時に優柔不断になる彼女の態度はリーザは嫌いだ。

 

「ハッキリと言いなさいよ!」

「それは・・・魔術師協会のお偉いさんが決めた事ですけど・・・おふたりにもこの要請に対応して欲しいって・・・」

「解った、読めたわ。彼らの事業を、行動を内部から監視しろと言うのでしょう? もし、不穏な研究をしていれば報告すればいいのね」

「・・・そうです」


 察しの良いリーザは魔術師協会上層部の考えなど解っていた。

 信用の置けないサガミノクニの人々の動向を内側から監視しせよという訳だ。

 このサガミノクニ人、今まで魔法技術から一線を画す高い技術を持っているとの噂である。

 ハルを見ていれば解る。

 一線どころか、彼女が天才的な魔道具師であることはどう否定的に彼女を評価しても、認めざるを得ない実績がそれを示している。

 魔術師協会およびエクセリア国の上層部が警戒するのはある意味容易に想像できた。

 そんな要請内容について納得はしたが・・・

 

「でも、私は嫌よ。あそこには近づかないと決めているの!」

「エリちゃん、そこをなんとか先輩である私の顔を立ててください。別に毎日じゃなくて、週に数日でもいいですから・・・」


 食い下がるレヴィッタ。

 余程、魔術師協会のお偉いさんからゴリ押しされてきたのだろう。

 彼女とて自分の義理の妹夫婦の連れてきた人達を監視するような行為は喜んで引き受けられないないのだ。

 自身もあまり気乗りしていないレヴィッタは魔術師協会の上司より強く説得をされてきたのだろう。

 困るレヴィッタだが、ここで助け舟を出したのは盟友アリスである。

 

「まあ、まあ、リーザさん。レヴィッタさんもこの国の憂いを想っての事だと思います。別に私の勘では彼らが悪い事を企んでいるようにも思えません。もしそうならば、ハルさん、アクトさん、銀龍様が放置しておかないでしょう。私達が現場に赴いて、それを追認してあげればよろしいのではないでしょうか。そうすることで国の上層部からの憂いの声も少なくなって行くことでしょう。半年ぐらいならば引き受けてもいいではないでしょうか?」

「アリス。また、勝手な事を・・・私は別にサガミノクニ人がどうなろうと知ったことではないわ。ただ、個人的にハルのことが苦手なだけよ! それに彼女の夫となったアクト様の姿を間近で見せつけられるのも辛いわ。私がどれほどあの人の事を想っていたかアナタ達も女性ならば解るでしょう?」

「そこは・・・大人の対応ですよ。これは国の仕事、対価としてお金が支払われる・・・そう思って公私を別けないと・・・」


 ヒートアップしてしまいそうなリーザを説得するためアリスが立ち上がろうとしたが・・・

 しかし、ここでリーザはアリスの変化に気づくことになる。

 いつも元気溌剌としている彼女の顔色が異様に赤く上気していたことを・・・

 それが解った時には・・・遅かった。

 

「あ・・・れ?」


 立ち上がった瞬間にアリスは急にバランスを崩して転げる。

 どうして自分が倒れたのかも自認できてない・・・そんな様子だった。

 

「あ、アリス! 大丈夫? どうしたの? 酷い熱じゃないっ!」


 駆け寄ったリーザがアリスの体温の異常な上昇に気付く。

 

「レヴィッタ先輩! 人を呼んでっ! アリスが大変な状況だわ!!」

「あ、ハイッ!」


 状況を飲み込めずに呆然と立ち尽していたレヴィッタに指示を飛ばすリーザ。

 この場で一番冷静だったのがリーザであったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

「・・・これはテメール熱だ」


 騎士団詰所の医務室へ緊急搬送されたアリスはそこで専属の癒し手からの診断と簡易的な治療を受けた。

 レヴィッタが大騒ぎしてくれたお陰で、アリスの彼氏であるロンを初めとした騎士団の結構な人数が詰めかけていた。

 彼女の人徳が違う意味で発揮された結果でもある。

 

「あまり聞かない病名ね」


 リーザが代表して癒し手に病名を再確認する。

 

「このクリステに昔から土着している熱病だ。疲労など抵抗力の下がった人間が掛かると言われておる。本来は子供のうちにかかる病なのだが・・・」


 それなりに年季の入った老癒し手はテメール熱のことを説明するが、その説明に納得を示す騎士団員が数名。

 それを見たリーザは、この土地ではそれほど特別な病気でないことを理解できた。

 

「それで、そのテメール熱というのは簡単に治るの?」


 この地域では有名な病気かも知れないが、エストリア帝国の東で暮してきたリーザにはテメール熱に対する知識は無い。

 

「激しい発熱と意識混濁は経験するが、一週間ほど安静にしていれば、自然に治る。一度テメール熱にかかって治れば、もう一生テメール熱になることはないと言われている。普通は子供の時にかかる病気なのだが、アリス殿はかかっていなかったのだろう。死ぬ者はほとんどいないが、大人でかかれば酷くなるとも言われているし・・・実際のところどうなるかは容体を見守るしか・・・」


 リーザにテメール熱を説明する老癒し手。

 アリスを見ると既に意識はなく、あまりの暑さで汗がびっしょりであり、見るからに苦しそうであった。

 

「尋常じゃない発熱だわ。楽にしてあげられないの?」

 

 リーザの問いに首を横に振る癒し手。

 

「特効薬は、無くはないが・・・入手が非常に難しく、大人でもかかる人が少ないので手には入らないだろう」


 否定的なことを述べる癒し手だが、リーザは違う受け止め方をした。

 

「特効薬は存在しているのね。それは何? 私が確保してきてあげる」

「だからほとんど流通していないと・・・」


 諦めろと言う癒し手だが、ここでリーザの顔色が変わる。

 片手の掌から魔法の炎を発動させた。

 リーザが気の短い女性であることをここにいた全員が思い出した瞬間だ。

 癒し手は諦めて特効薬に関する情報を開示した。

 

「・・・解った。特効薬、それは『黄金ユリ』の球根、その煮汁を飲ませればたちまちに治ると言われている」

「黄金ユリ? 聞かない名の植物ね??」


 発現させた魔法の炎を消して、更なる情報を求めるリーザ。

 

「それはそうだ。辺境の森に咲く『黄金ユリ』。希少な植物で辺境の森に入口付近に群生していると聞くが、あの(・・)森だから、魔物との遭遇率も高い。危険を顧みずにそれを採取するよりも、誰もが一週間ほどの安息期間を選ぶだろう」


 癒し手は黙っていても治るのならば、わざわざ危険を承知で採取する者などいないと言う。

 

「でも、それは子供がテメールにかかった時の話で、大人のアリスがどうなるかは解らないでしょう?」


 万が一を憂い、リーザからはそんな心配する言葉が出る。

 

「そう言われると、そうかも知れない・・・そうじゃないかも知れない」

「いいわ。曖昧な事に賭けるのでしたら、私がその『黄金ユリ』とやらを調達してきてあげるわ」


 煮え切らない老癒し手の態度に、(さじ)を投げたリーザは、自らそんなことを宣言する。

 こうして、リーザの『黄金ユリ』の探索が始まったのである。

 

 

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