第一話 真のお嬢様
2022年11月4日 8:00 すいません。更新時間を間違えてしまいました。只今公開します。
夕食の時間、リーザはいつものように宿に併設された食堂で摂る事にしている。
一般庶民と同じ場所で食事するなど過去の彼女――自分が上流階級のお嬢様だと疑わなかった頃――からは考えられない事だが、ここで一般人のリーザとして生活を続ける中で得た自然な行動になっていた。
しかし、食堂に入り、いつも定位置にしている自分席へ着くと眉を顰める事になる。
(あの男がいる)
リーザを不快にさせる存在を見つけた。
少し離れた席に座る魔術師風貌の男女。
その男性は身なりが良く、顔立ちも悪くない・・・が、ここ数日前よりこの男が自分に付き纏っているのを彼女は解っていた。
一緒の席に座る女性魔術師も男の仲間かも知れない。
リーザを遠巻きの視線で見て、このふたりで何やら会話している。
(ふん・・・不愉快だわ)
リーザは苛立ちを膨らませた。
いつものように無視を決め込もうかと一瞬考えたが、今日こそは自分の態度でハッキリと示した方がいいとの考えに至った。
「アナタ、いったい何のつもり! 今日一日、私に付き纏っていたでしょう!」
「わっ!」
リーザのそんな不快な声に立ち上がって驚く反応を見せたのは魔術師風貌の男・・・ではなく、リズウィだった。
彼も宿の食堂で何の当てもなく食事をしていたらリーザと偶然――と言っても同じ宿に住んでいたのでただの偶然とも言い切れないが――食事の時間が重なっていた。
「そ、そんなつもりはねぇ~んだ。俺は・・・ちょっと昔、会ったヤツと似にいるなぁ~と思って・・・」
言い訳を始めるリズウィだが、当のリーザはポカーン。
首を振り、リーザは応えた。
「ちょ、ちょっとアナタじゃないわ。勘違いしないで! 私が怒っているのはあちらの男に対してよ!!」
勘違いしたリズウィを余所に置き、リーザの指摘したのは魔術師風貌の男女・・・特に男性の方だ。
件の男性は観念したように居直った。
「私がアナタを追い求めていたのは、アナタが素敵だったからですよ」
彫の深い顔で、身体つきも逞しい魔術師の男性は美形男子だった。
リズウィは指摘された魔術師を眺めてみれば、自分と全然違う人・・・急に恥ずかしさが増してくる。
「な、何だよ。人違いかよ。てっきり俺がつきまとっているように・・・」
「アナタも魔道具屋に居た人よね? あの安物の魔法の杖を買わされそうになっていた人・・・あら? 結局買ったの?」
「あ・・・ああ、こいつはいいぜ。頑丈そうだ!」
結局、リズウィもフーガ魔法商会にいたのをリーザに覚えられおり、この静かな夕暮れ亭に偶然宿泊したと認識されている。
「何、莫迦な事を言っているの? 魔術師の使う杖としてそれは三流品よ。入門用の杖だと思うわ。そんな事も解らないなんて・・・」
リズウィはフーガ魔法商会で買った杖を身に付けていた。
せっかく買ったものだし、何かに役立てようと、まるで剣術士の剣ように紐で腰に携帯させていた。
奇抜な発想の男だとリーザは思うものの、今、彼女が文句を言うべき相手は彼ではない。
「アナタなんてどうでもいいわ。別に何かを言うつもりもないから、今は座っておいてくれるかしら?」
「あ・・・ああ、すまねえ」
リーザの剣呑な態度に反応してリズウィは着席をした。
リズウィもどうやら自分に対して糾弾しているのではないと解ったからだ。
「邪魔が入ったようだけど、アナタ! アナタよ!! 昨日も一昨日も私を市中で付け回していたわよね。解らないと思って? 何者よ? もし、お父様からの差し金ならば、速攻で帰って!」
拒絶の言葉を矢継ぎ早に述べるリーザに対し、男性はヤレヤレと言う態度で立ち上がった。
「まったく・・・お転婆なお嬢様だ。私の名前はガタハルト。ケルトではそれなりに名前の通った魔術師だ」
「やっぱり、ケルト領の者ね。私に関わらないでくれるかしら?」
リーザは自分を連れ戻しに来た追手だと解る。
今すぐ帰れと言うリーザだが、男もそうはいかない。
「お嬢様。お解りなのでしたら、話が早い。そろそろ冒険は終わりにされて故郷にお戻りになられては? こちらの戦争ではそれなりに活躍されていたので・・・かつての悪名もこれで払拭できたかと」
「煩いわ! 消えて、私の言う事が聞こえないの?」
リーザは怒りの形相で片手の掌から炎魔法を具現化させた。
ボウッ!
無詠唱の技であり、周囲の人からも驚異の目で見られる。
街中で無暗に魔法を放つ事は当然犯罪行為だ。
しかし、ここでリーザを単純に犯罪者として糾弾しないのは、リーザが今回の戦争で英雄視されていたからである。
「お嬢様! ケルト領に一度お戻りになる事も考えてみて下さい。お父様とお母様は今回の件で非常に心を痛めております。お嬢様もいつまでも家出を続けるわけにはいかないでしょう?」
説得にかかるゲタハルトだが、リーザはここで一歩も引かなかった。
「ふんっ!」
リーザは発奮一言で魔法の炎を一回り大きくする。
怒りと拒絶を言葉以上に表現している行為だ。
それが通じないほどゲタハルトも愚か者では無い。
「わ、解りました・・・今日のところは退散いたします。おい、ジェシー、行くぞ!」
ゲタハルトはこれ以上の説得は無理だと認識して退散を選択する。
仲間の女に目で合図した。
「ふんっ!」
連れの女性はリーザを一瞥するが、それでもゲタハルトの指示に従った。
そんな彼女の態度を見れば、ここで簡単に退散する事に大きな不満を持つのがありありと解るが・・・
「また来ます。それまでにご帰郷の検討を」
「無駄よ。ありえないわ!」
ゲタハルトの更なる勧めにも完全拒絶で応えるリーザ。
そんな雰囲気の中、これ以上は拙いとゲタハルトは女性を連れて颯爽とこの宿の食堂から去って行った。
一触即発になるか・・・そんな緊張を感じていた他の客達もホッとしたのは言うまでもない。
リーザも発現させていた魔法の炎をゆっくりと消す。
それはまるで自らの怒りを鎮めるようであった。
「おい、お前。腕、焼けてないか? 大丈夫か?」
リズウィはリーザの燃えた掌を心配して声を掛けるが、リーザは何ともないと応える。
「飛んだ茶番ね。ここで食事する気は失せてしまいました。お騒がせしたみたいですから、食事は部屋で取る事にしますわ」
リーザはそれだけを言い残して自らも食堂より去る。
他人に有無を言わせないその態度は、生まれながらにして上流階級の貴族だけが持つ威厳が出ていた。
宿の給仕男性はリーザの要求に逆らえる筈もなく、彼女ために用意した食事を慌てて片付け、それを個室へ運ぶ事にした。
まるでリーザ専属の召使のようである。
そんな様子を呆気に捕らわれた姿で観るしかないリズウィ。
「すげぇー女だ。傲慢さはエリ以上だが・・・ちょっと、かっちょいいかも」
ここまで筋の通った態度を通すリーザの事が余計に気に入るリズウィであった・・・