第九話 最初の来客
サガミノクニ生活協同組合の二拠点の工事を終えたハルとアクトは自らの拠点に戻り工事を進める。
「他のところの工事は終わったので、あとはここだけね」
「とは言っても、大規模な工事が必要なところはほとんどないけどね」
アクトがそう述べるように、エザキ魔道具制作所は他の拠点ほど改造が必要なところはあまりない。
元々家族経営の魔道具屋を考えていた彼らは玄関の店舗と魔道具展示スペース、自らの工房ぐらいの整備で大規模な工事は終わってしまう。
本来ならば、その工事だけでも一週間かかるのだが、白魔女と漆黒の騎士にかかれば、あっという間だ。
既に玄関の店舗部分の工事を終えて、ここに何を並べようかと思案していたところに来客があった。
「ごめんください」
設置したばかりの真新しいドアを開けて入ってきたのは、銀髪を肩口で綺麗に切り揃えた美人女性と金髪の男性。
その姿はこのエクセリア国で知らない者はいない。
「あらっ? エレイナ、それにライオネル?」
気安く返すハルだが、本来は国王・王妃という権力者の来場に対して不遜であった。
雰囲気がそうさせないは、彼らが家来のひとりもつけず単身でここにやって来たからである。
警備が不要とは思えないが、それでもここは街中よりも安全であると周囲が判断しての事だろう。
ハルが予め登録した人物しか、この地区の塀の内側には入れない。
もし、無理やり侵入すれば、敷地内を警備している鉄魂ゴーレムが押し寄せて、あっという間に束縛されてしまう。
そんな万全な警備体制は首都エクリセンでも有名な話である。
ちなみにライオネルとエレイナは入場可能者として登録されているので、この中に入ることに不自由は無い。
「やあ。ハルさん、アクト君。元気そうで何より!」
気兼ねなくそのように挨拶を返してくるライオネルはまるで旧知の友にでも挨拶するような姿であり、実はそのとおりである。
ライオネルの中でもハルとアクトは自分の臣下や支配する国民ではなく、同志に等しいのだから。
「魔道具屋を開業すると聞き、開店祝いにやって来ました」
「相変わらず、フットワークの軽い王様ね・・・それよりもこちらからの挨拶とお礼が遅れたわ」
「別に構わないさ。ハルさんがその気になれば、いつでもエレイナと連絡は取れるだろうし、こちらに戻ってきてからやらなければならない事が多々あったでしょう? 互いに忙しい身ですし、私達の力が必要になった時にでも顔を出してくれれば、それで大丈夫ですよ」
「あら? 私達ってそんな身勝手で我儘だったかしら?」
そんな冗談を互いに言い合い、互いに笑みが零れる。
ここに会した人達はラフレスタの時より続く硬い信頼の絆で結ばれている。
特にハルとエレイナは義賊団組織『月光の狼』時代から協力し合う仲であったので、実の姉妹のようである。
「ハルさん。例の元所長から早速接触がありましたよ」
「でしょうね。外の街で中堅の魔法道具商会を買収したと聞くわ。早速、王族に接触するとは逞しいわね」
「そうですね・・・でも、予め言われていたとおり、私達は直接の接触を断りました」
「ああ、そうだね。サガミノクニの人々との交渉は代表者ハルさんを通して欲しいと向こう側にそう言って、突き返しました」
ライオネルはカザミヤ側と直接交渉はしなかった。
それはハルを特別待遇しているというよりも、この国の安全のためだと思っている。
「そんな調子で彼らの謁見を断れば、次はこんな手紙が来ましたよ。ハハハ・・・」
軽く参ったとボーズで示し、カザミヤ陣営から届けられた手紙をハルに見せる。
ハルがその内容を確認すると、凡そ予想どおりの内容が書かれていた。
――我々は先進の技術を持つ技術者集団です。その実力は先のボルトロール軍との戦いで御国が確認されたと思われますが、世界で最高の魔法技術を持つと自負しています。是非とも、国王様には我らの技術力を一度ご覧になって頂きたく、ご披露させて頂く機会をご用命ください。決して後悔させません。フーガ魔法商会会長・フーガ伯爵――
その手紙の内容を見たハルはあからさまに嫌な顔へと変わる。
「熱心なセールストークだわ。これって国家御用達として兵器を売り込むつもりよね」
「やはり、そうですか。私達としてはボルトロール王国と講和を結びましたので、現在、仮想敵国は存在しません。宗主国のエストリア帝国を差し置いて我が国が軍備増強するなど、不信感を買うだけです」
ライオネルも兵器を買うつもりは無いと言う。
「それは正解よ。彼らだけが元の研究所で最新兵器の革新技術を開発した訳では無いけど、製造方法だけならば彼らでも把握している可能性も高いわ」
それはトシオやクマゴロウ博士が兵器開発の中心人物だったが、その周辺には所長やカミーラの息の掛かった魔術師が配置されていた。
魔法の使えないサガミノクニ人は彼らを介して兵器を製造するより他なく、ノウハウは全てカザミヤ陣営が把握している可能性も高い。
新しい兵器を開発する事は難しいだろうが、既存の量産品ならば製造可能だと思われる。
「それでも私達は買いません。それはこのエクセリアが平和国家である証を示すためです。ええ、いざという時に力は必要ですけど、その場合はハルさん達に借りを作りますよ」
「私達に頼られても・・・」
そう言うハルがだが、ライオネルは冗談ではなく本気でそう思っている。
何故ならば、ガザミヤ陣営を頼ればハル陣営と距離を置かれる可能性も危惧していた。
白魔女と漆黒の騎士、そして、彼らの背後にいる銀龍スターシュートとは戦力としても切り札級であり、彼らの実力はボルトロール王国でも認知されている。
ボルトロール王国にしても、今の和平が成り立つのはそこにハル達の存在があったからだと思っている。
ともかく存在感の大きいハル陣営は安全保障的にも是非とも自分の手元に置いておくべき人物だとライオネルは判断しているのだ。
それ以外にライオネルが、ハル達の事を個人的に気に入っているのもある。
どちらかと言うとその要素の方が大きい。
旧知の仲である彼女達を裏切れない。
とどのつまりライオネルとエレイナも情の人なのである。
そんな彼らの心意気が解るハルだから、互いに信頼している。
この地をサガミノクニの人々の居住地として選んだのもそんな理由がひとつだ。
「ともかく、連絡と適切な対応をありがとう。恩に着るわ。それでも私は別に支配者気取りになるつもりは無い。彼らが本気でこの国や人々の生活の事を思っているならば、取引の道は閉ざさないで欲しいの」
「・・・ハルさんは優しいですね・・・解りました。私の知り合いの商会に取引を許可しておきましょう。尤も兵器は買いませんがね・・・」
ライオネルは念を押す。
そして、この話題は終了とした。
「ありがとう。折角、国王様と王妃様に来て頂いたのだから、皆にも挨拶させるわ」
ハルはそう言うと手元のスマートハンズAX88に語りかける。
「AX。次の文面を全員へ一斉メールして。全員、エザキ魔道具制作所に来て、国王様が来られているわ」
ピーン
AX88から電子音の応答があり、ハルの命令を受諾した旨を知らせる。
既にハルはスマートハンズが使用できる電波網を魔道具で整備しており、この敷地内ならば、互いのスマートハンズで通信ができるようにしていた。
こうして、現代社会でできるようなコミュニケーションはある程度再現している。
尤も、外部サーバが必要な複雑なサービスは準備できなかったが、メールや通話ぐらいならば普通に使えるようにしていたのだ。
便利な仕組みだと商売の勘に鋭いライオネルは評価したが、今回はまだそこまで話題を広げなかった。
こうして、しばらくするとハルからメールを受け取った各位がハルの魔道具屋に集合してくる。
「む! この方がエクセリア国の国王様と王妃様であるか?」
真っ先に姿を現したクマゴロウ博士がハルに確認する。
そこにはこの人物が本当に国王かと疑いの色もあったが、それは国王個人が護衛もつけずに単身でここに来ていた意味が解らなかったからだ。
「そうよ。ライオネル国王はフランクなの」
クマゴロウ博士から向けられていた疑いの問いにハルが回答する。
それは半分本当であり、半分は違っている・・・
その違う理由のひとつとして、このエクセリア国にはまだライオネルの信頼できる部下が少ない事もある。
己の政治基盤が盤石ではない状態で、サガミノクニのような高い付加価値を持つ民族と接する事は危うい。
ここにいるサガミノクニの人々とは各々が高い科学技術力を持つのだ。
それはこの世で普通には得られない利益がここに転がっている事を意味している。
それを悪用してやろうとする輩が現れないか?
臣下達が欲を出てしまう可能性も危惧していた。
ライオネルとしてはそんなことで国内に妙な派閥を作られたくなかったのだ。
そういう意味では中堅の魔法商会を既に買収したフーガ魔法商会の動向も注視している。
自分の部下達には件の商会と勝手に関係を持ってはいけないと通達を出してはいるが・・・
それもどこまで守られるか、心配し始めたらキリがない。
せめてその技術の本丸には自分が先ず関係を押えておこうと、本日、単身で顔を出した次第なのだ。
「紹介するわ。こちらがエクセリア魔道具重工業のクマゴロウ・ヤマオカ博士。そして、こちらがエクセリア先進魔法技術研究所のトシオ・サイトウ博士よ」
ハルの紹介により改めて頭を下げる両代表。
「これは、これは。ハルさんの同郷の人達とお聞きしています。私はエクセリア国のラオネル・エリオス。そして、妻のエレイナ・エリオスです」
ライオネルからも丁寧に挨拶を返す。
エレイナは妻と言われた事に少し照れているようだ。
今更だと思うハルだが、エレイナは王妃として働く立場が多かったので、妻と呼ばれるのは久しぶりなのかも知れないと思い直した。
「ハルさんとは同郷の技術者とお聞きしています。魔道具屋を開業されたのだとか。市場に魔道具を販売される際には是非とも我が国を通してくれるとありがたいですな」
独占販売権を主張するような物言いだが、それこそハルは歓迎した。
「こちらもそのつもりよ。この国ではまだあまり実績は無いけど、私達の開発した魔道具は今までこちらの世界の常識を大きく覆すでしょう。市場に混乱を与えないためにも国家が絡んでくれた方がありがたいわ」
ハルのそんな決定にライオネルも安心した。
「話が早くて助かります。じきに係官を派遣しましょう。他にも困った事があれば遠慮なく言ってください。何せ貴方達は救国と建国の英雄・白魔女様所縁の一族なのですから、それにボルトロール王国と和平を結ぶに至った重要な人達でもあります。ここに来て不都合になったと言われれば私の面子が潰れてしまいます」
「あら? ライオネルに面子なんて言葉はあったのかしら?」
「これは厳しい、ハルさん・・・実は銀龍様の怒りと報復を恐れているだけであったりして・・・ハハハ」
ハルは厳しい冗談を言うが、それに対するライオネルもお道化た様子で返してくる。
国家の代表とそんな態度で接しているハルにはハラハラしてしまう一同だが、ハルとライオネルはそれこそ気心知れた仲、これぐらいの冗談は日常である。
「それならば、少し甘えようかしら? 最近、私達の中でも魔道具とは別に食料品や趣向品の扱いや、飲食店の運営もしようと考えているの。可能ならば、エクリセン市街にも販路を持ちたいのだけど」
ハルからのそんな要求に驚くのは当の店主になる予定のハルカとススムだ。
「えっ? ハルさん、私達はここの人達向けに・・・」
「いいじゃない。行く行くは支店を外の街にも出すぐらいの心意気で初めて欲しいのよ」
「そうですな。ハルさんは既に我が故郷ラフレスタで新たな名物料理を提供してくれましたし、他の皆さんもいろいろなアイデアをお持ちだと予想しています」
ライオネルはハルが過去にラフレスタで披露したパスタの事を覚えていた。
エレイナが同行した合同授業の郊外活動で全員に食べさせて、それが好評だったのだ。
あの時に食べさせた罪人がその時の味を忘れられず、囚役後に更生して、新たなパスタ料理店を開業し、ラフレスタで流行らせているとの噂も聞く。
このエクセリア、いや、元々のクリステには名物料理というものが無かった。
新たな産業の創出に良い起爆剤になるとライオネルの勘が囁いていたりする。
「解りました。食材の確保が必要でしたら最大限協力しましょう。そして、エクリセンに支店を出すならば、人や店舗も含めて便宜を計らせましょう。私はエクセリア名物を辺境資源だけにはしたくありません。これは互いに成長できるチャンスです。フフフ」
ここで未来を予想して笑みを浮かべたライオネルの顔は、尊厳高い国王の姿と言うよりも、いち商人が悪巧みするような姿に見えてしまったのは余談である・・・