第八話 各拠点の工事
「おお、来たぞ!」
クマゴロウ博士の期待を込められた声が響き、エクセリア魔道具重工業に配属予定の職員達の視線もここに接近してくるふたりの人物へ着目する。
現れたのは白いタイトなローブ姿の白魔女ハルと紳士風の姿で黒いマントを靡かせている漆黒の騎士アクト。
平和な昼間の雰囲気には似合わないふたりだが、クマゴロウ博士は彼らの登場を歓迎した。
「ハルさん、アクトさん、お忙しいところ申し訳ないがひとつよろしくお願いする」
年下の彼女達に頭を下げるクマゴロウ博士は、今、心の底から平身低頭の姿で彼女に仕事を頼んでいた。
それは当たり前であり、現在の彼らでは実行不可能な仕事を彼女達に依頼したからである。
「クマゴロウ博士、遠慮なく私達に任せて下さい。だけど、ここでこの姿の時は偽名で呼んでくださいね。私がエミラルダで、彼がアークです」
エクセリア国では白魔女、漆黒の騎士は謎の人物という扱いになっているので、偽名を使うよう催促する。
「おおっ! うっかりしていた。エミラルダさん、アークさん、改めてよろしくお願いする」
クマゴロウ博士は予め申し合わせていた事を思い出し、ふたりを偽名で呼び直した。
今更感はあったが、こういう事は普段から習慣付ておかないと、ボロが出てしまうものだ。
尤も、元研究所時代に白魔女はハルだとして散々過ごして来たので、彼らにしても急に「自分の事をエミラルダと呼べ」と言われても違和感があるのかも知れない。
そんな気持ちを見事にスルーして、当の白魔女は普段どおり接してきた。
「大丈夫、任せてよ。予め図面には目を通して来たから、どこをどう工事すればいいかは全て把握しているわ。まずは玄関から工事を始めるわね」
白魔女エミラルダがそう述べると、魔法を用いて派手に建屋の玄関を吹っ飛ばす。
限定的に発生させた風の魔法で予定された区間だけを破壊した。
グチャグチャになった玄関は酷い有様だが、そこに漆黒の騎士アークが魔剣エクリプスを振り抜き、柱や壁を綺麗に切断していった。
そうすると、その切断面は滑らかになり、まるで機械加工したような精巧な切断面だ。
こうして、多少手荒だが、建屋の不要な部分を撤去工事していく仮面のふたり。
そう、クマゴロウ博士が彼女達に依頼したのはこの拠点の建屋を重工業の仕事場に改造する工事であった。
重機などが存在しないこの世界では建屋工事は手作業が基本。
しかし、魔法が存在しているので、専門の魔術師に頼めば、建設機械を使って何日もかかるような工事であっても、より早く、綺麗に施工する事が可能となる。
改めて魔法の非常識さ――ここではハルとアクトの非常識さ――を理解させられるクマゴロウ博士達。
「アーク、廃材はそこに集めておいて、再利用も難しいから、魔法で燃やしちゃうわ」
「解った。さて、そろそろジルバさんが戻ってくる頃かな?」
懐に忍ばせていた懐中時計で現在時刻を確認するアーク。
その予想違わず、空間が歪んだ。
それまで晴天だった空の風景が歪み、巨大な銀龍が姿を現す。
隠ぺい魔法で姿を隠していたのだ。
「ハルよ。所望の木材を確保して来たぞ」
「ありがとう、スターシュート。そこに置いておいてくれる? そうね・・・あと二回ほど持ってきてくれるかしら?」
「あいや解った。それでは再び行ってくるぞ!」
銀龍は足で掴んでいた大木数本を地面に排出すると、またひと羽ばたきして、また空の風景に溶けて消えた。
隠ぺい魔法を再び発動させて、辺境の森へ向けて飛んで行ったのだ。
ここで銀龍スターシュートに依頼したのは木材の確保。
南の辺境の森から伐採してきて欲しいと頼んだのだ。
圧倒的な存在感のある銀龍を重機・運搬車扱いである。
全長が百メートル近くある生物は矮小な人間から見れば脅威と恐怖を感じても仕方がない。
クマゴロウ博士達は解っていても驚きを通り越して、本当にこの扱いが銀龍の逆鱗に触れないかと心配するほどだ。
そんな事、お構いなしにふたりは工事を続ける。
シュパッ、シュパッ!
魔剣エクリプスの鋭い太刀が光り、木材を綺麗に加工して立派な柱へ変えていく。
もはやこのふたりの魔術師と剣術士は卓越した建設作業員にしか見えない。
「この柱をここに立てて、こちらは石畳みにして・・・と」
エミラルダは図面を確認しながらアークへ指示を飛ばす。
アークは特に文句をいう事もなく、エミラルダの指示どおり木材を軽々と運び、そして、木材の固定や接合は釘すら使わない。
彼はギュッと握るだけだ。
そうすると、不思議な光に包まれたふたつの木材は接合される。
魔法を使い繊維レベルで融合させているので、強度も高い。
果たして、もう現代の建設現場ですらない。
こうしてあっという間に玄関の工事は進む。
仕上げに白魔女エミラルダが土魔法で地面をコンクリート化させて、固定化、永続化の魔法を掛けると、それでおしまいだ。
「玄関はこんなものでいいかしら?」
仕上がり具合について確認するエミラルダだが、それにすぐ反応できないクマゴロウ博士。
「・・・ああ、構想どおりだ。素晴らしい」
何とかそんな感想を紡ぎ出す博士。
自分達の要求どおりの工事があっという間に終わった。
それは予想外の速さだと思うクマゴロウ博士だが、施行している夫妻はこれよりももっとペースアップするべきだと考えていたようだ。
「それじゃ、次は中ね。このままじゃ日が暮れてしまうわ。アークは執務室をやって。私は試作室と工房を整備する。炉の設置とかは、私じゃないとできないし」
「解った。力仕事は僕の方で引き受けよう。最後の仕上げが必要になったら呼ぶよ」
「それじゃあ、あとはよろしくー」
白魔女は夫に仕事の分業を提案し、ふたりは各々の現場へ向かった。
心の共有もしているので、離れていても作業は連携できる強みもある。
あまりにも滞りのない作業の進捗に、工事を依頼したクマゴロウ博士達は驚くばかり・・・
「博士。ハルさん達は凄いですね」
「莫迦、本名で彼らを呼んではいかん」
「そ、そうでした。申し訳ありません」
若い技術者は謝る。
しかし、若者をこれ以上責める気にはなれないクマゴロウ博士。
きっと、この非現実的な光景を見せられた若者の脳は処理能力を超えているのだろうと思った。
自分だって信じられない。
この工事をハル達に相談と依頼したとき、クマゴロウ博士は正直半年かかると思っていた。
しかし、ハルからは・・・
「クマゴロウ博士。工事の内容は理解できました。これで進めましょう・・・しかし、外の大工に仕事を頼むと時間もお金もかかってしまうので私達が対応します」
「へっ?」
「私達が工事すれば、無料よ。しかも工期を大幅に短縮できるわ。少なくとも外装関係の工事は早く済むと思う。中の設備は魔法技術が必要なので、少しは時間がかかるかも知れないけど・・・」
「は、はぁ?」
その時はハルが何を言っているのか理解できなかったクマゴロウ博士だが、今は理解できた。
そう、彼女らは魔術師なのだ。
しかも超一級の・・・
元から自分達の常識なんて通じない。
「博士、恐ろしい速さで工事が進んでいます。この調子だと本当に三日で僕達の工房が仕上がりますよ」
「ああ、そうだろうな。中の設備も白魔女さんのことだから、この世界で最先端なものになる・・・絶対に!」
いろいろ諦めてこの現実を何とか受け止めようとするクマゴロウ博士と、工事の進捗に興奮を隠せない若者。
「本当にハルさん・・・いや、エミラルダさんは凄い。アークさんもだ。しかも、働き者だし、仕事も早い。初めはエザキ家だからと少々心配していましたが・・・」
若い技術者は研究所時代に自分が評価していたハルの実力は過ちだったと認める。
しかし、クマゴロウ博士はハルだけでなく、エザキ家全体の事を褒めていた。
「いや、エザキ博士達は元から善良な人だったよ」
クマゴロウ博士はここで他の人ほどハルの父親エザキ・タダオ博士の事を毛嫌いしていなかった。
多少カザミヤ博士に煽られた事は認めるものの、それでも困難な微粒子の研究を根気よく続けていたエザキ博士には一定の尊敬の念があった。
この若者は技術者としての素質は少しあるかも知れないが、人を見る目はまだまだ幼い。
ただそれだけである。
ただし、解っていないとして、彼を戒める事はしない。
これからいろいろと人生経験を積み、そういう事を会得して行けばいいのだから。
「同じエザキ家であっても、姉と弟であれほど違うなんて・・・」
若者がここで比較対象に出したのは弟のリズウィの事である。
元々、勇者を解任されて全くヤル気を無くしていたリズウィだが、外の街で暴漢に襲われてからは、以前にも増してヤル気を無くしていた。
自分の部屋に引き籠る事も多くなり、それをこの若者は彼を怠惰な人間だと評価しているようである。
クマゴロウ博士は思う。
この若者は典型的な東アジア人気質の性格だ。
勤勉で労働に対してまじめに従順する姿が正義であると信じている。
それは集団の中で安全で平和的に暮らすには問題ない行為なのだが・・・それだけでは革新は育たないとクマゴロウ博士は思っていたりする。
突拍子もない革新的な発明とは、時として常識に捕らわれない飛躍したアイデアや活動が必要になる事も多い。
クマゴロウ博士は、この世界の戦場でリズウィの活躍を聞かさせていた。
戦争・・・それは褒められた行為ではないが、そんな状況でひとり奮闘し、結果を出し続けていた勇者リズウィの事は一目置いていたりする。
リズウィの良いところ、それをこの若者に理解させるのは、現段階では無理だと判断したクマゴロウ博士は、敢えて若者のリズウィを見下す発言を無視した。
その話題には触れず、建設作業者と化している白魔女と漆黒の騎士に自分達の要望を次々と伝える事に注力するクマゴロウ博士。
そして、彼らの奮闘により、本当に三日でこの『エクセリア魔道具重工業』の職場環境が整い、早くも稼働を始める事ができたのは言うまでも無い。