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第七話 負け犬は現在まな板の上の鯉状態のようです


「う・・・」


 次にリズウィが目を覚ましたのは自分の住む部屋のベッドの上だ。

 

「あら、目を覚ましたわね」


 そこには姉のハルがいて、その横には白髪長身の華奢な女性がいた。

 何故か自分の身体をペタペタ触っているが、その状況がいまいち理解できないリズウィ。

 しかし、当の白髪長身の華奢女性は納得の表情を見せる。

 

「弟さんはこれで大丈夫です。打撲の傷も表面だけで内臓にはそれほどダメージが入ってしませんでしたし、私も久しぶりに逞しい男性の身体を触り放題でしたから」

「何を・・・うおっ!」


 リズウィはここで初めて自らの姿に驚き、慌ててベッドより飛び起きる。

 自分の上半身の服は全て脱がされて、肌は水に濡れていて何者かが触った形跡があった。

 そして、白髪長身の女性と目が合う。

 その女性の目の奥を見れば、今回は役得だったと満足しているようである。

 

「まったく・・・キリアは神の使いなんでしょ? 聖職者らしくしないと怒られるわよ!」


 ハルは呆れて、そんな事を述べる。

 それに対してキリアはハッキリと断言する。

 

「大丈夫です。これもれっきとした治療行為。そこに邪な気持ちはありません」


 リズウィは嘘臭い台詞だと思ったが、それでもこの女が高位の神聖魔法使いである事実を思い出した。

 それは目覚めた時、身体の痛みは既になく、魔法による治療(・・)が施された事を体感していたからだ。

 過去に軍属神聖魔法使いのシオンより受けた施術に似ていた。

 しかも、今回はそれよりも身体の治り具合は良い。

 少しふざけたキリアという女性だが、神聖魔法使いとしての腕は優れているのだろうと理解する。

 

「世話になっちまったなぁ・・・」


 リズウィは軽くそう言うと、シャツを探す。

 それなりに歴戦を経験して鍛えられた筋肉質の身体はこれで覆い隠された。

 そして、キリアの顔を見れば、明らかに残念と書いていた。

 すかさずハルから注意が出る。

 

「キリア、駄目よ。弟に情を見せてわ・・・太いのを注入されて・・・こう見て、その手の経験は豊富で、何人もの女性を泣かしているのよ」

「・・・それは・・・少し楽しみだったりして・・・」


 キリアは聖職者らしくなく、そんな期待する瞳を隠せていない。

 

「おい! 姉ちゃん。俺の事を何だと思っているんだ!」

「・・・盛りのついた種馬・・・それ以外に例えられない・・・だって隆二、前科あるじゃない」

「うっ!」


 そう言われるとリズウィもつらい・・・過去のアンナの事しかり、フェミリーナの事しかり、ハルにはまだ話していないが旅先での一晩の恋の話なんて山ほどあったりする・・・

 自分のひと突きで相手を腰砕けにさせた自覚も多数あった。

 心の透視で弟の武勇伝を既に把握しているハルとしては弟のソレ(・・)を早くも危険物扱いだ。

 

「だから、キリア! そんなに期待しちゃいけないわ・・・はい、はい、ありがとうね。後で多めにマジョーレさんにお布施を渡しておくから」


 ハルはそう言って、この場からキリアを退出させた。

 キリアの視線が最後までリズウィの下半身の肉の盛り上がりに着目していた事は余談である。


「まったく、キリアって本当に上級修道女なのかしら? 煩悩の塊よね! あ、ごめんね。あの()って、頭と口が直結しているのよ。自分に正直過ぎる性格なのよねぇ~」


 リスヴィがドン引きしているのをハルはそんなフォローで返す。

 

「でも、神聖魔法使いとしての腕はいいわ。調子はどう?」

「・・・うん・・・何ともない」


 リスヴィは腕と身体を捻り、自ら身体の調子を確認する。

 

「ともかく、アナタが酒場で襲われたのは、どうやらボルトロール人と勘違いされたようね。街の北側はあまり治安が良くない地域だから近付かない方がいいわ。ライオネル国王は、我々はボルトロール人ではなく、東の海の果て島国から連れて来られた『サガミノクニ人』と言ってくれているけど、そんなのを信じない人達もいるわ」

「何だよ。その設定!」

「私達は難民だとしているの。ボルトロール王国によって強制的に拉致されて働かされていたって設定よ。あながち間違いでは無いでしょ!」

「・・・」


 ボルトロール王国自体を悪党とするような設定にあまり納得のいかないリズウィ。

 しかし、現実では異世界より強制召喚されて、他の選択肢を無くした状態で兵器の開発をやらされていたのは、ハルの言う強制労働、拉致監禁の状況に近かったりする。

 

「ともかく、北部の物騒な地域に、いや、そこだけじゃない。この敷地からあまり外に出ちゃ駄目よ!」

「それは・・・俺が弱いからだ」

「はぁ?」

「だって、姉ちゃんや、アクトさん、じゃなかった、アークさん・・・そして、レヴィッタさんまで平気で外に出ているじゃないか?」

「それは・・・」

「それは俺が弱いからだ。チンピラにも負けちまう・・・そうだ。やっぱり剣をくれ! 剣さえあれば、アイツらには負けない」

「・・・駄目よ」

「どうして!?」

「アナタが剣を持てば、他人に迷惑をかけるだけだわ。得られた剣を一体何に使う気?」

「ぐっ・・・」


 ハルからのそんな問いにリズウィは直ぐ回答ができなかった。

 剣術士が剣を持つのは当たり前。

 しかし、彼が得意とするのは必殺の剣。

 人の生死を賭けた勝負の中で、追い込まれた極限の状態で実力を発揮するタイプ。

 それがリズウィの剣だ。

 彼がひとたび剣を抜けば、相手を死傷させてしまう可能性は非常に高い。

 リズウィはアクトやウィルのように剣技として正式に学んだ剣術士じゃなかった。

 だから、緊迫した現場で寸止めなど難しいのだ・・・

 ハルが危惧するところはそこだ。

 だから、あの事件以来リズウィに剣を支給していない。

 

「解っているようね。だからアナタの帯剣は禁止よ。この部屋で大人しくしていなさい」


 安全なところで大人しくしていろと命令するハル。

 勿論、それで納得できるリズウィではないが、ここで邪魔が入る。

 

「ハルちゃん、お客さんが来ているわ。カミーラさんよ」


 レヴィッタから来客の知らせが入った。

 そして、その相手はもうこの部屋の前までやって来ていた。

 一晩とはいえ、元々ここに住んでいたので、勝手はよく解っているのだ。

 

「ハルさん、リズウィさんの部屋にいるのね。入りますわよ」


 カミーラの言葉遣いは丁寧なのだが、有無を言わせない図々しさで、この部屋へ入って来た。

 

カチャッ!


 扉を開けると、三人の女性が入ってくる。

 ひとりは仕方なく案内したレヴィッタで、もうひとりはカミーラ。

 そして、もうひとりは・・・リズウィの見覚えない現地人女性。

 見覚えがなく初対面の筈なのだが、その現地人女性はベッドで横になるリズウィを見て、嘲りの視線を送ってくる。

 

「何だよ! この女」


 何となく不愉快を感じたリズウィはそんな不満の声を出したが、その女性の正体についてハルは既に解っているようであった。

 

「上手く化けたわね。エリさん」

「やっぱり本職にはバレてしまうものね」


 残念そうにそう言う人物はエリ夫人。

 カザミヤ元所長の第二夫人であり、ゴリゴリの東アジア人である。

 しかし、現在の彼女は金髪で白い肌、碧眼女性・・・こちらの現地人とも思えるような外見をしていた。

 元の彼女の面影が残っているとすれば、そのキツくて意地悪そうな細い目だけだとリズウィは思ってしまう。

 

「いいえ。普通の魔術師ならばこれでバレないでしょう。十分通用するとは思いますよ」


 ハルがそう述べるにはこの変装の意図を既に理解していたからだ。

 

「ハルさんがそう評価するのだったら、この変化(へんげ)の魔道具も価値あるわ。カミーラさんが作ってくれたのよ。凄いでしょ?」


 エリはそう答えて、首に付けたネックレスを指で示す。

 そう、これはカミーラが制作した外見を変化(へんげ)させる魔道具だった。

 

「大体読めたわ。これを付けて、こちらの現地人とのトラブルを回避するためね?」

「そうよ。元勇者のアナタの弟が暴漢に襲われた話は、もうかなり噂になっているわ」

「噂が広まるのが早いわね・・・まあ、昨日の昼に襲われたのだから・・・そんなものかもね」


 ハルはここのコミュニティの特殊性から、サガミノクニの人々の動向についてはこの国の全国民から着目されているので、情報が広まってしまうのも致し方ないと思った。

 

「実は私達のところでも小さなトラブルがあってね。やっぱり、黒髪・黒目の集団って目立つのよねぇ~」


 面倒臭そうにそう述べるエリ。

 このコメントでハルは確信に至った。

 

「なるほどね。それで容姿だけを現地人に似せる魔道具を開発したのね」

「ハルさん、正解です。私達の職員も無駄な争いに巻き込まれないために普段はこれで偽装しようと思い、私が作ったのですけど、魔法素材が足らなくてね・・・それで、少し分けて貰えないかしら?」


 カミーラからそんな要望を聞かされる。

 ハルは一瞬どうしようか迷うが、それでもすぐに結論を出した。

 

「解ったわ。安全のためならば出し惜しみしても仕方がないわ。それなら無償で提供しましょう。安全対策にまで下らない足元は見ないわ」

「それは恩に着ますわ。私とエリさんの交渉で上手く行かなければ、ミスズさんにもお願いしようと思っていたのだけど。案外、話が解って貰えて助かったわ」

「啖呵を切ってここを出て行ったのはカザミヤ元所長のプライドによるもの。カミーラさんは実利を考えて動く人だと研究所時代に観て(・・)解っています。今回も安全確保が主眼ですので、私達にもメリットがあるから、遠慮なく協力します」


 ハルは分別を持っていた。

 カミーラ達はこの敷地から外の街に出て行ったので、より周囲からの差別的な脅威に晒されているのは解っていた。

 彼女達が現地人と軋轢を生み、それがサガミノクニの人々全体に波及してしまう事をハルは危惧していた。

 だから、彼女らが変装の魔道具を使うならば、それに反対はしない。

 少なくとも、そんな姿勢は現地人と上手くやっていきたいと思う意思表示として国の上層部にも伝わると思ったからである。

 

「解ったわ。必要な魔法素材で足らないもの、こちらが提供できるものであれば準備するわ」

「それではお言葉に甘えて、在庫を見せてくださる?」


 そこにはカミーラの打算もあった。

 ハルの陣営がどれほどの魔法素材の在庫を抱えているのか知っておく事も、彼女達の今後の戦略で大切な情報だからだ。

 ハルは心の透視でそのようなカミーラの思惑も理解していたが、現時点でこの情報を出し惜しみしてもあまり意味がないとハルは判断していた。

 何故なら、ハルは一般的な魔道具師としてはかなりの種類と豊富な在庫を持つ。

 それが逆に彼女達への牽制になるとも思った。

 このあと、カミーラを魔法素材の保管庫へ案内するが、そこで予想に違わず、カミーラはハルの持つ余りの魔法素材の豊富さに戦慄してしまうのだが、それはここであまり重要ではない話・・・

 ここで特記すべきは、変化(へんげ)の魔道具の完成度を見せつけるため、一緒に連れてきたエリのその後の行動である。

 カミーラとハルが魔法素材を確認している間、エリはこの部屋で待つことになる。

 レヴィッタは別の用事があって既にこの場を離れている。

 そうするとエリとリズウィがこの部屋でふたりきりとなっていた。

 元々、リズウィとはそりが合わないエリ・・・彼女はベッドで不貞腐れるリズウィの姿を面白がり、軽蔑の視線を投げ続けた。

 当然だがそんな喧嘩を売るような態度にリズウィの不愉快感は増す。

 

「けっ、なんだよ。そんなに俺のボコられた姿が面白いか!」


 人の不幸を笑いやがってと不満だ。

 

「そんなことないわ。今回はついてなかったわね。まぁ武器を持たされていない剣術士ですから、アナタだって複数の暴徒と喧嘩になれば、太刀打ちできなかったでしょう?」


 今回は仕方ないと言うエリだが、彼女が自分にそんな態度を示すのがリズウィは気に入らない。

 何か裏があるのではと勘繰ってしまう。

 

「けっ、お前に心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ!」


 リズウィは優しい言葉をかけてくるエリのことを余計に警戒した。

 いつもならば、それが引き金になりここから互いに険悪モードに発展するのだが、今日のエリは好戦的ではなかった。

 

「これをアナタにあげる」


 エリは懐に入っていた金属製のネックレスをリズウィに手渡した。

 

「カミーラがアナタにって・・・これと同じ変化(へんげ)の魔道具よ」


 エリが自ら付けている魔道具を指さして、同じものであるとアピールした。

 

「・・・どうして、それを俺に?」


 リズウィは怪しむ。

 

「カミーラが、ボルトロールの元勇者が可哀想だと言っていたわ。国の為に尽くしたのに、こんな仕打ちをされるなんて酷いってね。しかも、今は剣を没収されて一般人以下の戦力・・・もし、こちらの陣営に来れば、もっと活躍させてやれるのにって言っていたの」


 甘い誘惑。

 それも色気ではない。

 リズウィへの対価は暴力の解放。

 自分の陣営に来れば、剣術士として活躍させてやろうというアプローチだ。

 

「へん。俺はもう勇者を辞めたんだ。変な期待をするんじゃねーよ!」


 リズウィも簡単には乗らなかった。

 

「そう・・・残念ね。まっ、気が変わったらいつでも私達を訪ねて来なさい。私達は王城近くの魔道具商会をひとつ買い上げたわ。今はフーガ魔導商会として看板を挙げているからすぐに解ると思う。アナタが来れば、幹部として雇ってあげるわ」

「大した評価をしてくれるじゃねーか」

「悔しいけど、アナタがボルトロール王国で勇者として活躍した実績はカミーラと主人が大きく評価しているのよ」


 エリは珍しくリズウィを褒める。

 しかし、それは本心からではない。

 カミーラからそう演技しろと今回だけは我慢して言われていたからだ。

 彼女らの陣営が現在不足しているのは信頼できる部下の確保だ。

 少なくとも元勇者という実力は自分達の警備力を増強するのに手っ取り早い手段である。

 しかし、ここでエリの安易な口車に乗るほどリズウィは愚かでは無い。

 

「だから、俺は勇者を引退したんだ・・・」

「まあ、すぐにとは言わないわ。しばらく考えて気が変われば話を聞かせて頂戴。その魔道具を使えば、安易に外の街を歩けるから」


 そのためにエリは、いや、カミーラからの指示でリズウィへ変化(へんげ)の魔道具を渡す事にしていたのだ。

 勧誘できる可能性は低いが、元勇者を自分達の陣営に勧誘するためには行動の自由が得られやすい変化(へんげ)の魔道具を勇者(リズウィ)に渡しておきたかった。

 それが今回の彼女達のミッションのひとつだったりする。

 ここでエリは普段ならば絶対に勇者にしないアプローチをする。

 彼女はベッドに横たわる勇者に接近して、下着姿の股間に触れてみる。


「なっ、何を!」

「ふふふ、こんなところで男一人でいるなんて溜まるでしょ? こちらの陣営に来るならば、その・・・口でするぐらいはサービスしてあげても良いわよ」


 エリは厭らしく、口を開いてゆっくりと舌で唇を舐める。

 その堂に入った雌の厭らしさをバラまくが、リズウィはその攻撃には何とか耐えた。


「だ、誰がお前なんかっ!」

「あら、興味ないの? まぁ、坊やだからね・・・刺激強すぎたのかしら?」


 リズウィを莫迦にするエリだが、彼女は知らない。

 実はこのリズウィ、こちらの世界で経験を積み、男女の営みでも大勇者として活躍していた事実を・・・

 このとき、実はほんの少しリズウィの下半身は反応していたが、何とかリズウィは誤魔化す。

 しばらくするとカミーラが戻ってきた。

 手に入れたかった魔法素材はハルより過不足なく提供して貰い、その上、ハルが持つ魔法素材の在庫も知り得たので上機嫌である。

 こうして、エリとカミーラはこの屋敷から去っていた。

 部屋に残されたリズウィは掌には変化(へんげ)のネックレスが姉から隠すように握っていた・・・

 そして、こんなことを思う。

 

(やばい・・・あんなクソ年増だと解っていても・・・一瞬反応しちまったじゅねーか)


 そして、脳内で自分の巨大な下半身の剣で生意気なエリを屈服させるシーンを想像してしまう。

 リズウィの好みからして、彼女は最も嫌いな女ナンバーワンだが、そんな(エリ)の艶姿・・・自分の下半身で攻められて、よがる姿を考えて、ちょっとだけ興奮してしまう。

 想像した金髪の彼女はエリと同一人物とは思えないぐらいに厭らしかった。

 フェミリーナといい、アンナといい、共通しているのは金髪という所。

 少なくとも治療をして貰った銀髪の女性からは何も興奮を感じなかった。


「ぐ・・・俺は金髪好きなのかもな・・・」


 思わずそんな呟き声が漏れてしまい、ハルから「何か言った?」と問い返されてしまうリスヴィだったのはここだけの話である・・・



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