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第六話 元勇者の凋落

 その後、ハルは同じ敷地内に住む彼女の仲間達をサガミノクニの人々へ改めて紹介する。

 まず昨日も散歩中に出会ったエルフのシルヴィーナ。

 彼女はローラの妹であり、実はまだハルとの面識は少なかったが、ハルがボルトロール王国に赴いている間、ローラがここへ一時戻った際に、妹もここに滞在するよう強く勧めた経緯がある。

 それはいろいろな事があって彼女がエルフの正規の使節団ではなく、偶然その使節団へ入り込んでしまった事。

 そのまま使節団にいても、権威の関係から元々交渉役のリーダー男性の活躍に障害があった事。

 そして、彼女自身がエストリア帝国の第一皇女シルヴィア・ファデリン・エストリアと懇意になった事。

 それぞれを勘案し、この敷地でしばらく生活した方が安全で都合が良いと姉のローラが判断した事による。

 事後承諾だがハルもここでの滞在を許可し、敷地の中にある一棟を貸し与えていた。

 シルヴィーナとの人間関係はこれから構築していく事になるが、ここに住む異世界人とは早かれ少なかれコミュニケーションよる問題が発生する事が予想される。

 慣れるならば、早目の方が良いとハルが判断して、皆に紹介したのである。

 姉のローラに似て美人なのだが、人見知りの性格のようで、自分からはまず話しかけてこない。

 以前から関係を持つレヴィッタとウィルとは少し会話をしているようだが、まだ借りてきた猫状態だとハルは思う。

 次に紹介したのは、南方の神聖ノマージュ公国出身の友人達。

 昨日も皆と遭遇した肌色が浅黒い長身の『南の虎』のふたつ名を持つ女剣術士シエラ。

 その夫で、ノマージュ教の司祭でもあるエイル。

 そして、ハルとはラフレスタ時代より親交が続く性格が天然の上級修道士キリア。

 加えて、同じくラフレスタで学友だったフィッシャーと、その二人妻のフランチェスカとヘレーナ。

 不良神父リュートとキリアの師匠とも言えるマジョーレ老司祭、個性溢れた面々は教会組としてひとつの棟で共同生活をしていた。

 

「彼らは南の神聖ノマージュ公国に縁のある人達よ。彼女らは高位な神聖魔法使いだから、怪我したときお世話になるかも知れないわ」

「怪我してなくても、お世話しますよ。神の教えが必要な時は説法しますから」


 何故か代表を気取っているキリアからそんな台詞が飛び出す。

 ハルはニコリと笑うと。

 

「そうね。心が疲れた時はお願いするわ」


 と、そんな台詞で返した。

 彼らの瞳を見れば、各々が生き生きとしており、この地での生活が彼らなりに充実しているようだ。

 この地で新たにノマージュ教の布教を熱心に行っているとレヴィッタから聞いていたので、もしかすれば、サガミノクニ人々から信者が現れるかも知れない・・・と、神を信じぬハルはそんな事を想像してみる。

 次にハルが紹介したのは、エストリア帝国より引っ越して来た人々。

 戦争の助人を理由にエクセリア国へ入り、戦後、ここに移住する事を決めたフィーロとローリアン夫妻。

 元貴族の彼らは普段から身嗜みも良く、そして、警備隊の仕事に従事していた期間が長いためか秩序維持の意識は高い。

 そのため、凛々しい姿を装っていた。

 

「警備上で困った事があれば、言ってくれ」


 とはフィーロの弁であり、現在の彼は首都エクセリンを治安維持する警備隊のひとつの部隊を任されている。

 若くして堅実な姿にサガミノクニの人々も信頼を寄せるのであった。

 ちなみに、同じく戦争の義勇兵として来ていたセリウスとクラリスは一旦帰郷した。

 それは彼らが正式な婚姻を挙げるため、国元へ帰る必要があったためだ。

 同じく義勇兵として参加した人達は帰国した面々が多い。

 ハルの育ての親であるリリアリアやアクトの両親レクトラとユーミィも既に帰国している。

 ウィルとレヴィッタはここに残っているが、それは彼らがこのエクセリア国で英雄扱いをされていて、帰国し難い雰囲気にあると聞く。

 それでもウィルやレヴィッタは、ここでの新婚生活に不満は無く、しばらくは滞在すると判断したようだ。

 勿論、ハルは歓迎している。

 そんな様子でひととおり、この敷地内の住人との挨拶を済ませ、いよいよ自分達の魔道具屋開設の準備にかかるハル達。

 仕事場は家とは独立させたかったので、母屋から少し離れた場所にある建屋を『エザキ魔道具製作所』に設定した。

 

「クマゴロウ博士も、トシ君も自分の仕事場所を好きに決めていいわ。ここにはまだ使われていない建屋が十軒以上も余っているし」


 ハルは彼らに仕事場の所在地をどこにしても良いと勧める。

 そして彼らは、この敷地を上から見て母屋とハルの仕事場と同じぐらい距離にある東西別々の棟を選んだ。

 それはハルが初めに決めた南側の建屋と母屋と同じぐらいの距離を保っている。

 互いに対等であると示す意思のようにも見えるが、それは偶然の一致であり、母屋を普段の生活場所と決めていたので、そこから同じような距離に仕事場を定めた結果でもある。

 こうして、互いに仕事場を定めて、各代表とそこで働く職員が各仕事場へ別れて、これから何が必要になるかを相談していく。

 

「この部屋は受付と売場に使えそうね。窓を壊して玄関を作りましょう」


 間取りを紙に描き、必要な改造点を書き込んでいく。

 敢えてゴルト語と東アジア共通言語の両方で書いた。

 東アジア言語で併記した理由は自分の母や弟にも解るようにするためのハルの気遣いだ。

 

「ハルちゃん、ここは休憩室でいいのじゃないかな?」

「レヴィッタ先輩、やたら上機嫌ですね」

「だって身内だけの環境で働けるのは楽しいじゃない! 私なんて、こちらに来ても、誰も知り合いがいない魔術師協会とか、エルフさん達との経済解放区の交渉とか・・・ほんと他人畑(アウェイ)ばかりだったもの・・・そして、いつまでも下端!」


 レヴィッタの無邪気な愚痴は彼女をこの地に連れてきたウィルやエルフのローラを恐縮させた。

 

「あっ・・・違います。別にそれが嫌だって訳じゃないから。あわわわ・・・」


 慌てて否定してくるレヴィッタに苦笑するしかない一同。

 彼女の素の状況からして、決して悪意を以て言った事ではないと理解している。

 微妙な空気になるものの、そこは悪い雰囲気にならなかった。

 ここで不満に思う者がいるとすれば、それはただひとり・・・勇者リズウィである。

 

「ケッ! こんなところで道具屋のママゴトかよ!」


 明らかに不満なリズウィ。

 弟を叩いてやりたい衝動にかられるハルだったが、そこはグッと我慢。

 

「そうよ、隆二。ここで家族全員力を合わせて魔道具稼業をやるの。いいじゃない。楽しいわよ」


 姉のハルは自分の工房を持つのが将来の夢のひとつであったので、そこには希望しかない。

 しかし、リズウィは違った。

 

「ヘン! 俺には魔道具の開発とか、チマチマと商売して、せこく儲けるなんて、性に合わねーんだよ!」


 明らかに魔道具職人を見下した発言だ。

 

「俺はやんねーからな。そんな道具屋の隅で元勇者様がセコセコ働くなんて姿、昔の仲間に見せられねーよ!」

「こらっ、隆二! 魔道具屋を莫迦にしちゃいけないわっ! 人々の生活を支える立派な仕事なのよ!」


 遂に姉の怒りが爆発する。

 

「だから、俺はやんねーって言っているじゃねーか。金なら勇者時代に稼ぎまくったから、心配しなくていいんだよ。俺はそんなセコセコ働かなくたってこの先、楽に暮らせるんだ!」

「このーっ! 隆二ーっ!!」

「じゃあ、俺は出かけてくる。この国にも酒場ぐらいあるだろ?」

「何を言っているの!? 昼間から呑むなんて!」

「こんな状況じゃ、呑まなきゃやってらんねーよ!」


 リズウィはそんな軽口を吐き、この建屋から出て行った。

 

「まったく・・・勇者を強制的に引退させられたのをまだ根に持っているのね・・・」


 ハルは苛立つが、それだけではリズウィを止められなかった。

 彼がグレてしまうのも、心の片隅では理解できる。

 それほどまでにリズウィはボルトロール王国の勇者として自覚し、彼なりの責任を背負って仕事していたのだと思う。

 しかし、それは根本が間違い。

 勇者とは聞こえは良いが、平たく言えば単独活動の許された特別待遇の軍人のひとりでしかない。

 そんな軍神の仕事とはボルトロー王国の幸福のために行われる暴力行為の代行。

 敵対関係が人対人ならば、勇者が勝てば、その陰で必ず負けた相手が存在している。

 そう言う見方をすれば、勇者と言う仕事は誰かの不幸せ(・・・)のために存在しているとも言えなくない。

 姉のハルとしてはそんな仕事を続けさせる訳にはいかなかった。

 今回の不祥事――大反乱――は勇者を引責辞任させるだけの大きな理由となる。

 今回はそれを利用してハルが結果的にリズウィを勇者業務から引導を渡したのである。

 勿論、リズウィが反発すれば、勇者としての立場を固辞する事もできただろう。

 しかし、それを強行すれば、ボルトロール王国で罪人として収監されていた可能性も高い。

 それほどまでにあの時の大反乱はボルトロール王家へ大きなダメージを与えた事件だったのだ。

 勇者の立場を返上して、リズウィを含めたサガミノクニの人々を国外追放の罪にすることで、ようやく事態の収拾が図れたハルの功績は理解できる。

 理解できるリズウィだから、余計にこの顛末に腹が立ち、自分が元勇者だったと言う事実に未練があったりするのだ。

 しかも、このエクセリア国は平和。

 少なくともハルの管理するこの敷地内はとても幸せなオーラで包まれている。

 ハルとアクトの新婚夫婦。

 父――シーラが謎の施術をしてから、表情が豊かになったような気もする――と母の仲睦ましい姿。

 ローラとその家族の関係が暖かいエルフ達。

 新しい土地で希望を感じている同郷の人々。

 すべて人々が現在のリズウィの感情を否定しているようにも思えた。

 自分には平和な空気は似合わないと感じていた。

 

(ここに俺の居場所なんてねぇーんだよ!)


 そんな負け惜しみの言葉がリズウィの脳内に響いていた。

 そして、彼はハルの敷地より外に出て王都エクリセンの街を彷徨う。

 何処をどう歩いたのか、記憶は定かで無いが、それでもリズウィは自身が目的とする酒場を探し出した。

 しかし、そこは王都エクセリンの中でも著名な治安の悪い地域だったのを彼は知らない・・・






 

ギィィーーッ


 不愉快な擬音を出して木製の扉が開く。

 そして、リズウィが目的の酒場の中に入ると、そこはあまり雰囲気が良いものではないと感じた。

 昼間から開店しているこの安酒場で呑んでいるのは顔に傷ある強面の戦士や、妙な薬物に手を出していそうな顔色の悪い女魔術師――いや、盗賊かも知れない――そんな悪の巣窟のような雰囲気だ。

 リズウィは敢えてその雰囲気に気付かないフリをする。

 

「オヤジ、エールを一杯。あと適当につまめるヤツをくれ」


 眼帯をした酒場のマスターにカウンター越しで注文するリズウィ。

 マスターは不愛想に(ぬる)いエールをジョッキに注ぎ、カウンターにドンと置いた。


「エールだけならば五百クロル。ジャーキーも付けると千クロルだ」

「ケッ・・・俺はギガしか持ってねーよ」


 リズウィはボルトロール王国製の銀貨を出した。

 それはボルトロール王国の価値で千ギガある。


「こいつ? ボルトロール王国人か?」


 マスターが硬貨からそう判断した。

 そうすると、体格の良い戦士風の男が背後から近付いてきた。

 

「お前って、最近ボルトロール王国からやって来た黒い連中のひとりか?」

「そうそう。旧ファインダー伯爵邸跡に集団で住み着いたって聞くぜ。あんな大量の死人が出たところに住むなんて縁起の悪い野郎共だぜ。へへへ」


 別の男が下品に笑う。

 これは明らか友好的な態度ではない。

 

「だから何んだよ! むさ苦しいオッサン共!」

「お()ぇに呑ませる酒はねぇーって事だヨ!」


 体格の良い男はリズウィに出された酒を奪い、それをリズウィの頭からかけた。

 

「あーーっ! 糞っ! 手前(てめ)ぇ、喧嘩売ってんのかぁっ!」


 リズウィは喧嘩を売られたと思い、キレた。

 席から立ち上がり、腰の剣を手繰り寄せる。

 しかし、そこにあるはずの剣はない。

 彼の愛剣・魔剣ベルリーヌⅡは先の大反乱で魂の宿り主シャムザが憑いていたので、アクトによって粉々に破壊されている。

 破壊されてから、リズウィへ剣の支給はない。

 彼としては勇者を廃業させられた身・・・非戦闘の一般人と変わらない待遇であった。

 

「ち・・・剣が無ぇか・・・」


 呆れと共にそんな事を思い出してしまったが、相手はそんなことなど構ってくれない。

 

「この野郎。ボルトロール人をやっちまぇ! 俺は先の戦争でお前らに苦しめられたんだ。上が和平を決めたとしても、このエクリセンででかい顔できると思うなよ!」


 男はボルトロール人に対して恨み節を吐く。

 そして、鉄拳制裁が飛んできた。

 

ボフッ!


 盛大なボディブローがリズウィに炸裂する。

 

「ぐっ! このっ!!」


 リズウィは鈍い痛みを感じたが、そこから次々と複数の男性から殴られた。

 

ボコ、ボコ、ボコ


 集団から至近距離で殴られれば、彼とて人間、簡単に対抗できない。

 剣を持たぬ剣術士でも耐えられない攻撃だ。

 

「ぐわ。止め・・・ろ・・・」


 集団から殴られるリズウィ。

 こうなってはリズウィに勝ち目はなく、私刑(リンチ)は続けられる。

 安酒場ではよくある光景だが、同じような事案で死人が出ることもあり、街の治安維持する警備隊が懸念すべき案件でもある。

 そういった事が起きそうな現場には予め通報者や警備隊への内通者も多く配置されていた。

 今回も幸運にもその仕組みが働いて、付近を巡回している警備隊に喧嘩の一報が伝わる。

 そして、騒ぎから始まってから数分後に通報を受けた警備隊が早くも現場に踏み込む。

 

「止めろ! 警備隊だ。喧嘩を止めるんだっ!」


 最近、この付近の治安維持を任された若い警備隊隊長は自分の職務を真面目に遂行した。

 素行の悪い者(チンピラ)はその隊長の登場を確認すれば、殴っていた手を止めて、自らの無罪を主張し始めた。

 

「旦那~。あっしらは悪くないんです。この悪いボルトロール人を懲らしめていたんですよぉー」


 しかし、隊長はその言葉を信じなかった。

 何故ならば、ここで殴られた人物とは今朝方に友人のハルより紹介を受けた人物のひとりだったからだ。

 

「君はリズウィ君!?」


 リズウィは痛みで意識が遠退く中、自分の名前を知る警備隊隊長の顔を確認しようとしたが・・・ここで意識を手放してしまう。

 

「リズウィ君! しっかりしろ。おい、誰か、ハルさんに連絡・・・いや、私が直接連絡に行くから、お前達は手当てする神聖魔法使いを手配しろ!」

「ハッ、フィーロ隊長。了解しました」


 現場は慌ただしくなるが、殴った男達も、どうしてこれほどまでに若い隊長が慌てているかを理解する事ができなかった・・・

 

 

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