第五話 サガミノクニ生活協同組合の発足
ハルは敷地内の案内を兼ねた散歩を終えた後に、クマゴロウ博士とトシオを人気のない別棟へ案内すると、そこで今後についての相談を始める。
「相談事は他でもないわ。今後についてアナタ達からも意見を聞きたいのよ」
ハルは別棟のリビングに設置されている調度の良いソファに腰かけて、彼らにも着席を勧めた。
「相談事とは何かと思えば・・・我ら少数の意見だけでいいのかね?」
「ええ。どうせ主に動くのは私達だし、この先、私達がこの異世界で生きていくためにはこの世界に無い技術を小出しにしていくしかないわ」
「つまり、部長は僕達に便利道具の開発・販売をさせたいのかな? ここに第二の研究所を作るつもりだと?」
「ええ、概ねそのとおりよ。ただし、もう二度と兵器に転用させるものは作らせないけど。人道から外れた魔法技術の研究開発も禁止よ」
その一言で神妙な顔になるトシオ。
彼としてもボルトロール王国での研究所で行っていた行為は人道上許されない事に手を染めた自覚はある。
しかもその事を自分の恋人であるヨシコには秘密にしていた。
目的達成のため、非人道行為に手を染めた自分の姿を見せたくなかったという彼の良心の欠片が残っていた事による。
だから、ハルはトシオを悪であると認定しなかった。
まだ普通の人に戻ってこられると信じた。
「これからは人の役に立つ魔道具を開発するわ。前の研究所のように国家に尽くせなんて言わない。私達がこの世界で生き残るための対価を得る事。私の最終目標は元の世界へ戻る事・・・私達は究極の魔法によって召喚された。ならば、その究極の魔法を解明して、我々が使い熟せるようになれば帰れるじゃない・・・だけど、それは簡単じゃない。もっと研究しなければならい知識はまだまだあるわ・・・つまり、時間がかかるのよ。お母さんと隆二からの情報によると今回我々を召喚したのはボルトロール王国イドアルカ機関の総帥によるもの。しかし、その総帥は今回の粛清で行方不明。捕まえたならば、その秘術を聞き出したいところだけど、いろいろな意味でその望みは薄いわ」
ハルが諦めていた理由はふたつある。
ひとつはあの事件以降イドアルカ総帥ベルモント・イド・アルカの所在が本当に行方不明になってしまった事。
ボルトロール王国の情報部が本気になって探しいているが、それでも全く見つけられていない。
そこまで見つからない人物を、果たして自分達が見つけられるのだろうか、と思ってしまう。
そして、ふたつ目の理由は当の本人は召喚の術は知っていてもその逆は知らない可能性も高い。
それは過去からある七賢人の伝説によるもの・・・彼らも帰還する方法を探していたようだが、遂にそれを見つけられなかったと伝えられている。
絶対に無理だとは思わないが、それでも自分達が帰れない事も半分覚悟する必要がある。
ハルがその覚悟を決めたのはアクトという夫を得た事と、同じ境遇の同胞――自分の家族も――と出会えた事も大きい。
やはり、自分と同じ境遇の仲間が集まれば、異世界でも多少なりとも安心できるのだ。
「なるほど、最終目的としては帰還する魔法を見つける事だね。僕にも新たな研究目標ができたよ」
「そうね。魔法の基礎研究ならば、私よりもトシ君の方が適正ありそうだしね」
「部長、任せて欲しい。何年かかるか解らないけど、僕が帰還の魔法を見つけてみせる」
「ありがとう、トシ君。そして、それまで何年も私達の生活を維持するのが私とクマゴロウ博士の役割になるわ」
「ふむ、ハル君。見えてきたぞ。君の言わんとしている事を。俺と一緒に魔家電屋を立ち上げたい訳だな」
自信満々にそう述べるクマゴロウ博士だが、ハルは少し違っていた。
「残念だけど展望は少し違うわ。ここに三種類の魔道具開発拠点を置くつもりよ。基礎研究と高度な特別需要に特化した専門性の高い魔道具屋・・・勿論、それを運営するのはトシ君ね。クマゴロウ博士には大規模な魔道具の開発屋、元の世界で言う重工業に相当する領域。それを立ち上げて欲しいの。旅の途中で私にアイデアを言っていたじゃない。鉄道とか、魔法動力を利用した自動車とか・・・」
ハルの言葉に想像を広げるクマゴロウ博士。
彼の脳内ではボルトロール王国とエクセリア国を繋ぐ鉄道のイメージは既にできあがっていた。
「なるほど、それならば俺の得意分野だ。是非ともやらせて欲しい」
「快諾してくれてありがとう。私はその中間。よりこちらの世界の人々の生活に密着した便利魔道具の開発。勿論、販路はエクセリア国のライオネル国王にも相談できるから大丈夫」
商売の販路は既に確保できていると念を押すハル。
「少なくとも昔のように兵器開発なんてやらせられない。変に国家機密に関われば、また、ややこしい問題に巻き込まれるわ。私達は民生品を開発して日々の糧を稼ぐの」
「そのように部長が考えているという事は・・・今後はカザミヤ所長をこの事業に関わらせるつもりは無いとの理解でいいのかい?」
察しの良いトシオはそんな事をハルに聞いてくる。
「そのつもりよ。所長はあの研究所でも率先して兵器開発を進めていた人物ですもの。しかし、私は人を平等に扱うわ。それは過去にいろいろとあったとしてもね・・・どうしても所長自ら技術に関わりたいと希望すれば、反対はしない」
ハルは自ら気は進まないものの、それでもカザミヤ一派を初めから排他的に扱う事はしないつもりだ。
それはカザミヤがエザキ家にした仕打ちと同じ事を自分がしたくなかったからである。
しかし、ここで博士達の意見は決まっていた。
「うむ。今更、あのクソ所長に従う奴はいないだろう。大した技術もない男だ。技術者としての価値はない。うちに所属させるならば御免だ」
クマゴロウ博士から辛辣な意見が出される。
研究所設立当時は違っていたかも知れないが、最近は何かとカザミヤ所長と意見の仲違いがあるクマゴロウ博士がこんな心情に至る事はある程度予想できるものであった。
これに対してトシオは柔軟な解決策を提案する。
「クマゴロウ博士、解りました。部長もカザミヤ所長にあまり良い感情をお持ちでないと思います。万が一、カザミヤ所長が研究職に留まりたいと要望してくるならば、僕のところで引き取ります」
「トシ君。ありがとう。でも、指揮権・経営権を絶対に渡しては駄目よ。あの人は権力、特に悪意を持つ権益とつながるのが上手い人だわ。私達の新しい組織はクリーンであるべきよ。長期間この地で栄えるにはね」
「解りました。僕のところで雇うにしても、所長達はあまり権力を与えないようにします。あくまでいち技術者、いち働き手としての所属を認める事に留めましょう」
トシオのそんな言葉に安心したのはヨシコとアケミである。
彼女達も第一研究室に所属するエリやレイカ、カオリ達からは普段から偉そうにされていて嫌いだったからである。
そこにハルから念を押される。
「ただ、嫌いだからって理由だけで簡単には切れないわ。変に逆恨みされて敵対してしまうとあの手の人達は厄介だからね。明日、私から全員に今後の方針について説明する。どの魔道具開発機関に所属するのは基本的には自由意思として、それ以外に社会維持として必要な商売を個別で始めたい人がいれば、それも支援してあげるわ。悔しいけど、研究所の時のサガミノクニの人々の組織造りは悪くなかった。特にあの時のようにサガミノクニの食文化が上手く流行れば、利益につながるかも知れないし・・・」
ハルが褒めているのは研究所で流行っていたサガミノクニの食文化だ。
特にカレーライスやうどん、醤油や味噌などの調味料は概ねボルトロール人にも人気だった事を覚えている。
ハルも自身の作ったパスタもこの世界でこれまで『トマト』が食用として認知されていなかった事もあり、現地人に大きな衝撃を与えて、ラフレスタでは新たな名物として流行り始めている事をエレイナより聞かされていたりする。
ここには自分よりもはるかにその道の特化した人達がいるので、その資源を生かさない手はない。
「とにかく、明日、皆に提案しましょう」
ハルはそうして会話を閉め、本日の密談は終了するのであった。
翌日の朝、一同介しての朝食の後に今後の方針について説明する。
ハル皆の注目を受けるように魔法で少し浮き上がった状態で話を始めた。
「私は今日ここに『サガミノクニ生活協同組合』の設立を明言するわ」
「サガミノクニ生活協同組合?」
周囲はざわつくが、昨日に今後の生活の話も考えなくてはいけないと以前にもハルが語っていたので、その話が早くも決まったのだろうと周囲はすぐに納得する。
「そう『サガミノクニ生活協同組合』。目的はこの地で安定的に私達が生活できる基盤を協力して作りましょうというという組織よ。三つの独立した魔道具産業を設立し、それを軸に生活の益を得る。最終目的は元の世界へ帰る事。そのためには魔法技術の研究・発展が必要だわ。三つの魔道具産業に分けた理由は各々が互いに切磋琢磨して、魔法研究に勤しみ、単なる利益の追求だけじゃなく、私達が元の世界に帰るための魔法を見つける事」
「本当に元の世界に帰れるのか?」
誰かがそんな事を問う。
彼らの中でも帰る事を諦めている人はいた。
「解らない・・・だけど、諦めれば可能性はゼロになるわ。私達は魔法で召喚されて向こうの世界から来たのだから、逆もできると思った方が自然でしょう?」
「おお・・・」
ハルの言葉に勇気を貰った数名から声が少なからず出た。
「そのための研究組織として三つの魔道具産業が基幹となるわ。このひとつ、クマゴロウ博士に率いて貰う『エクセリア魔法重工業』。科学技術と魔法技術を融合した大規模な魔道具の開発を行う魔道具産業よ。次に、トシオ博士に率いて貰う『エクセリア先進魔法研究所』。ここでは新たな魔法技術の研究と、新技術の実用化、専門性の高い魔道具の開発を担う魔道具産業。そして、最後にエザキ魔道具制作所。ここは民生品を主体とした小規模な魔道具の開発。元の世界で家電の製作所とでも思えばいいわ。これには私が就く」
「三つの魔道具開発会社か・・・」
ハルの発表に周囲の人から小声でいろいろ囁きが聞こえる。
トシオとクマゴロウ博士は研究所時代に既に実績あるので、その人選に疑いようもなかったが、ハルの事をまだよく知らない人達は未知数の小娘とも思っており、どう判断していいか解らない者が大多数だ。
それでも、ボルトロール王国で国王と交渉し、ここまで全員を率いてきたのは彼女だ。
銀龍を従えているのも見た。
彼女が組織の代表に就任するのに異議を唱える事もできない。
ここで異議があるとすれば、自分こそその座に相応しいと思う人物からである。
「私への役職の就任要請は無いのかね?」
元研究所所長カザミヤは不機嫌を隠そうともせず、そんな反発を見せる。
「・・・無いわ」
ハルはシンプルに答えた。
これでカザミヤは一気に不満になる。
「何っ!」
「カザミヤ所長のこれまでの功績は理解しているけど、今回は実践的な技術者をまとめ役にさせて貰ったわ」
「何の権限があって! この小娘めっ!!」
「それは・・・私が出資者だからよ。彼らに投資して事業を行うわ。所謂オーナって言うやつね」
「金かっ! 金なら私も出すぞ!」
「別にアナタが魔道具屋さんをやりたいって言うなら止めないわ。この土地で開業するならば、認めてあげるし、土地だって格安で提供してあげる。でも、雇う人はアナタの言う事を聞く人だけにしてね。少なくともクマゴロウ博士とトシオ博士はこちらの就任が決まっているからそちらには渡せないわ」
ハルは堂々とカザミヤからの要求を覆した。
これに最も実力の高いふたりを押えられてしまったカザミヤは次なる人物について目を付ける。
「く、この女め! おい鈴木、お前はどうだ? また、私のところで働かんか?」
カザミヤは研究所時代に第四研究室長だった鈴木・昭博士を誘う。
しかし、当の鈴木博士は・・・
「・・・いや、止めておきましょう。私は旧研究所時代にアナタについて、散々殺人兵器開発の片棒を担がされましたからね。もうあんな事は御免です。私はハルさん達と共に平和利用で技術を進める事にします」
「私が兵器開発を続けるとは宣言しておらんぞ」
「果たしてその言葉を信用できますかな? 過去のアナタの実績が兵器開発を推していました。安易に儲かる産業をアナタが捨てるはずない」
「ぐ・・・ならば、養老博士、お前はどうだ?」
カザミヤは嫌味で返してくる鈴木博士の事を見切り、次に第五研究室の養老博士を口説きにかかる。
しかし、老練の養老博士は首を横に振る。
「カザミヤ博士・・・私は現代医学の医師ですよ。とても魔道具を開発するスキルなんて持っている筈がない。持っていたとしても、人の命を奪う産業にはもう関わりたくないです」
「くぅぅぅ。どいつもこいつも恩知らずめっ!」
恨めしくそんな言葉で反発してくるカザミヤ博士。
「別にひとりで魔道具屋を設立してもいいのよ。働き手が必要ならば、エクセリア国に所属する魔術師を斡旋してあげてもいいわ。雇い賃はかかるけど、それ以上の利益を出せば、問題ないでしょうし」
ハルは優しくそう述べるが、内心はやれるものならばやってみろと思っている。
既にこのカザミヤと言う人物は己の技術力はほとんど無い人物だと解っていた。
彼の持つ能力とは他人を貶めるため、そして、自分を守るための口先だけの詭弁と知識である。
技術者としての才覚は無いと思う。
これはハルの細やかな復讐でもあったが、これでも大幅に彼を許している。
カザミヤは父を敵役にして追い詰めて再起不能にした男だ、本当はこんなもので済ましたくはないのだが、そこはハルの忍耐力で我慢した。
「ガサミヤ所長、アナタがもし技術者を続けたいのであれば、僕のところでひと席用意して・・・」
「煩い! 私がこんな小童に使われるとでも思っているのか!」
トシオから誘いの言葉を出すが、ここでカザミヤは横柄に反発してその手を取らなった。
彼のプライドがそれを許さなかったのだ。
「私は・・・儂は自分の研究所を立ち上げてやるぞ・・・ふふ、資金ならある。この国の魔術師を雇って、もっと凄いモノを作り出してやる。お前達よりも凄いモノを作って見返してやる!」
早くも敵対発言が出た。
ハルはフッと笑う。
「解ったわ。新たな研究所組織を作りたいと言うならばそれも反対しない。別棟をひとつ貸してあげるから好きにしなさい」
「ふん。小娘め、調子に乗りよって。儂はお前達の傘下には入らん。この敷地から出て独立してやる。金ならあるんだ。金ならなぁ!」
カザミヤはそう啖呵を切ってここから出て行く。
彼のあとに続くのは彼の妻達の三人と・・・
「ど、どうする?」
「カオリこそ、どうすんの?」
迷っているのはエリと懇意にしていた第一研究室で部下だった田村・香織と水池・麗香。
「アナタ達はどうするの?」
エリが振り返り、彼女達の同行の是非を問う。
ここで、既に夫と行動を共にする事を選択していたカミーラが少し付け加えた。
「あ、そうそう。今後、翻訳魔法は有料で対応する事にするわ。今まで私達の好意でお金は取らなかったけど。こうなってしまえばね・・・」
その言葉でカオリとレイカは覚悟を決めた。
「カミーラ夫人。待ってください。私達も連れて行ってください!」
「そうです。こちらの世界で言葉が通じないのは不便すぎます!」
カオリとレイカは翻訳魔法の恩恵を思い出した。
彼女達はこちらの世界に飛ばされてきた当初、言葉が通じず、大変困った経験があった。
翻訳魔法を施術されてからは、現地人とコミュニケーションが取れてお金さえ渡せば、贅沢な生活が手に入ったのだ。
彼女達にとっても、有力者には媚びる性格でもある。
それを最大限発揮するには翻訳魔法を施術して貰う事が必須なのである。
同じ仲間ならば、これまでどおり無料で施術してくれるだろうという安易な期待もあった。
カオリとレイカが追従したことで、もう数名カザミヤの陣営に続く者も現れた。
彼らはかつての第一研究室の関係者であり、この集団の大多数から疎まれた人物であったのは言うまでもない。
彼らは先に出ていった元所長一派を追いかけるようにして、この場を後にする。
「ふん。犬共が去りやがった。清々したぜ」
汚い言葉で彼らを罵るのはハヤト。
ここでハヤトの言葉に誰からも注意が出なかったのは、他の皆が少なからずも同じ事を感じていたからに他ならない。
旧研究所組織が盤石な支配になってきたころから、他者に対して傍若無人な態度で接してきたのが所長の一派であり、今はその報いを受けたようなものである。
「残念ね。こんな時こそ協力が必要なのに・・・」
ハルはそう呟くが、半分は建前の綺麗事、半分は本当にそう思っていたりする。
カザミヤが父や自分達にしてきた事に恨みが無いかと問われれば嘘になるが、それ以上に面倒事が増えないかを心配していた・・・
(ライオネル国王とエレイナ王妃にも余計な事に巻き込まれないよう進言しておかなきゃ・・・)
カザミヤ達が資金力に物言わせてエクセリア国の秩序を乱すような事が起きないようにエクセリア国側へ注意進言しておこうと決めた瞬間でもあったりする。
「とりあえず、ここに残った皆はこれから三つの魔道具開発拠点に別れて働きましょう。初めに言っておくけど悪い意味での競争はしないわ。そして、強制もしない。自分には向いていない、違う事に挑戦したいと思えば遠慮なく申し出て頂戴。この敷地内でできることだったら何でも許可するつもりよ。ただし、この敷地から出て働くのは安全面からあまりお勧めできない。ここは比較的安全な国だけど、それでも剣と魔法、個人の力が秩序の源になっている世界なの。現地人と比べて私達はあまりにもひ弱過ぎる。安全な生活が保障できるのはここだけだと思って頂戴」
その言葉に何人かが頷く、それはハルの知り合いの女性達である。
彼女らは大なり小なりこの世界の厳しさ、特に戦闘力の弱い人間の立場を容易に想像できたからだ。
強盗、強姦、人攫い・・・市井の街ではそんな犯罪など日常茶飯事なのだから。
「まず、私が率いる『エザキ魔道具制作所』に所属する人員を発表するわ。まずは、お父さん、お母さん、隆二、アクト、ローラさん一家。それにジルバとシーラさん。あと協力してくれるならば、ローラさんの妹のシルヴィーナさんも歓迎するわ」
ハルが指名したのはほぼ彼女の親族と、ハルの身内とも言うべき仲間達だ。
彼らは魔道具屋を運営していく上で必要という訳では無かったが、それでも別の集団に入ってしまうと、厄介事が起きるような気がした。
そして、屋号の『エザキ』が意味するように、彼女の親族経営の町工場のようにしたかったのもある。
ハルが目指すのは正にそこであり、魔道具の開発についてはハルとアクトだけで戦力的には十分であり、今まで離れ離れで暮らしていた家族の時間を取り戻したいというハルの我儘でもある。
その事を事前にトシオやクマゴロウ博士には伝えていたので、彼らからも異論は出ない。
「うむ、それ以外の者は私の重工業か、トシオ博士の先進魔法研究所、もしくは、新たなグループを創設する、いずれかから選んで欲しい」
クマゴロウ博士がハルの言葉を引き継いで全員にそんな事を伝える。
「僕は・・・バンバン物を造るよりも、真理研究の方が向いているから、トシオ博士のところでお世話になろうかな?」
そう言ってくるのは研究所時代に素材の研究開発を担っていた鈴木博士だ。
「勿論、鈴木博士ならば、歓迎します」
トシオは二つ返事で彼を受け入れた。
「俺はクマゴロウ博士のところがいい」
「私はトシオ君のところだ」
研究所時代に技術職だった職員はそれぞれの希望を口にして、希望どおりの組織に所属できた。
研究職達の意見がようやく落ち着いたところで、別の意見が出される。
「私は購買部を続けたいわ。ここで別事業するならば『商会』になるのでしょうか?」
新たな商売形態を提案してくるのは研究所時代に購買部の売り子だった工藤・遥。
「勿論、できる自信があれば、やっても良いわ。あとで簡単な事業計画と人員リスト、希望する出資金を紙にまとめて提出して頂戴」
ハルは快く許可した。
「それならば、俺は飲食店だな」
研究所時代に食堂の店長だった南沢・進も水を得た魚のように自分の希望を述べる。
「勿論、オッケーよ。だけど同じサガミノクニの人々から暴利を得るのは止めて頂戴。組合員が食事する時には本部から補助金を出すわ」
「なんだ。研究所時代の社員食堂みたいだな。でも意向は解った。俺もそれでいい。そのうち、この敷地から外のヤツを客に向かえてガンガンと稼いでやるよ」
「困ったわ。この人もう繁盛店の店主でいるつもりね・・・警備体制を考えなきゃ」
「「「ハハハ」」」
周囲の人々に笑いが起きる。
カザミヤの件で一時は重苦しい雰囲気になったが、これで明るくなった。
希望・・・それがここの人々の心の中に芽生えた瞬間でもある。
ハルは願う。
この生活協同組合の幸せが続きますようにと・・・