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第四話 南の虎と勇者


「なんだ、だらしない! それが勇者か! 本当に私を負かした男かっ!」


 相手を卑下する声が発せられているのはサガミノクニの人々の輪の中心。

 このハルの土地に現在居候している凄腕の女剣術士『南の虎』ことシエラより発せられていた言葉。

 彼女はサガミノクニの集団の中にかつての勇者リズウィがいる事を解ると、勝負を挑んできた。

 それは過去クラザ戦役で勇者リズウィに負けた事を引き摺っていたからだ。

 ここで勇者を見つければ、シエラの中で闘争心が再燃し、いざ勝負と相まったのである。

 それに慌てたのはハル。

 彼女は自分の弟とシエラが死闘に発展しないよう模擬試合に留める事が精一杯であった。

 こうして、人だかりの中で急遽、ウィルが練習用の模造剣を用意し、勇者リズウィ対南の虎シエラの模擬試合が始まった。

 既にウォームアップが終わり、かつ、勇者に対する恨みも募らせていたシエラが終始有利な状況で剣術試合が進む。

 

「オラ、オラ、どうした!?」

 

 長身シエラの身体能力を生かした豪快な撃が勇者リズウィを襲う。

 リズウィは終始防御に徹し、その上、覇気がなかった。

 だからどんどんとシエラの剣に押されてしまう。

 

パンッ!


 やがて持つ剣が飛ばされて、リズウィの負けが確定。

 

「ふんっ! まるで不甲斐ない。本当にお前は私を負かした勇者か?」


 嘲りの声は響いているが、そこにいつものリズウィの負けん気の強さは無い。

 

「ふん・・・俺はもう引退させられたんだ。剣の道を極める事に意味なんて無かったんだよ! 腕を斬って悪かったな・・・ 気に入らないなら、ほら、今すぐ俺の腕を折ってもいいぜ!」


 リズウィは不敵な態度と共に投げやりな言葉で自分の右腕をシエラに差し出す。

 

「・・・・・・面白くねぇっ!」


 興冷めしたシエラは長い模造剣を降ろす。

 

「今のお前の腕を斬っても、まるで価値がない。私は弱者虐めをするほど、落ちぶれてはおらぬ!」


 最盛期の勇者の腕前を知っていたシエラは現在のリズウィが別人のように思えた。

 だから、彼に対する恨みはあっても、今のリズウィを痛めつける事で自分が持つフラストレーションを解消できるとは思わなかったようだ。

 

「シエラ、本当にごめんなさい。後に解った事だったのだけど、シエラの腕を斬り落としたボルトロール王国の勇者って私の弟だったのよ」


 今更ながらにハルから謝罪の言葉が出る。

 これに対してシエラは・・・

 

「フン。ハルさんに謝って貰わなくても大丈夫。彼は見た目からしてもう大人の年齢。自分のしたことぐらい自分で責任を取れるだろう。それにハルさんは私にとってこの世界一の義手を作ってくれた恩人」


 シエラは魔法仕掛けの義手を周囲の人間に見せつける。

 精巧に造られたソレは人の腕と見分けがつかないほどである。

 そして、シエラはその義手で高速に動かして剣を振ってみる。

 

ブン、ブン、ブンッ!


 空気をも切り裂く高速の剣の軌跡はその義手の動きは人間の限界を超えている事の証明。

 

「勇者によって失った物はあるが、この義手を得られたものも大きい。ハルさんには感謝こそあっても恨みなんてねぇーよ」

「シエラ・・・ありがとう」


 ハルは本気で贖罪の気持ちを伝える。

 義手が高性能になったのは結果論であり、シエラ自身はそんな事をしてまで剣術の腕を高めたかったのではない。

 そこはハルも間違えなかった。

 

「ふん。それに勇者リズウィを殺したいほど恨みがあるかと問われれば、否だ。貴様とてボルトロール王国の代表として戦っていた背景もあるのだろう。そして、その真剣勝負の結果、私は一度負けた・・・普通ならば、負けに一度目も二度目もない。あの時の真剣勝負の結果は受け入れている。あの時のお前は強かった・・・だけど今は何だ! その諦めた態度が気に入らない。本来なら闘争心を思い出させるほど叩いてやろうと思ったが、今日は勘弁しておいてやる。姉に感謝するんだな。この腑抜けの勇者がっ!」

「ぐ・・・」


 一瞬悔しい顔になるが、それまであった。

 リズウィは惨めに集団からひとり脱し、母屋の自分に宛がわれた部屋へと帰って行く。

 彼の覇気ない姿はこの旅の間でずっとこの調子であり、陰気な雰囲気は周囲のサガミノクニの人々とも溝が深まるばかりである。

 頭の痛くなるハルであったが、リズウィが落ち込む理由も解っていた。

 彼はボルトロール王国の勇者としてこれまで誠心誠意努力してきたのだ。

 その王国から告げられた引退の二文字。

 一瞬の失敗で彼は全てを失った。

 それほどまでにリスヴィは自分が勇者である事を天職のように思っていた。

 それに加えて、自身の仲間だと信じていたアンナからも突き放された。

 勇者パーティをやっていた頃は、気の合う女子であり、たまに床を共にする仲でもあったアンナ。

 だが、別れてみるとポッカリと自分の心に穴が開いたのを感じていた。

 彼女を愛していた・・・そうかも知れない。

 今になってリズウィの心には後悔もあった。

 あの引退を言い渡された時、どうしてもっとゴネらなかったのだろう・・・どうしてもっと勇者の座にしがみつかなかったのだろう・・・どうしてアンナを引き留めなかったのだろう・・・どうして・・・

 そんな感情がリズウィの中でグルグルグルグルと・・・

 気が狂いそうなぐらい後悔している。

 だから覇気がない、未来に希望が抱けない・・・自分の父親が周囲から蔑まれて、若年性痴ほう症を発症してしまったように、自分も同じように狂ってしまうのだろうか・・・そんな事を思い始めている。

 そのようなリズウィの内心を心の観察ができるハルは解っていて、解決のために尽力した。

 励ましたり、叱ったり、甘やかしたり、笑わせたり・・・と、結果的にすべてが無駄なのだと解る。

 相手の心が読めるハルだから、早くもその結論に気付いてしまう。

 

「本当に莫迦な弟だわ・・・どうすれば・・・」


 そんな思い悩みを口にしてしまうハルだが、解決方法がまるで思いつかない。

 悩むハルの手をアクトが掴んだ。

 

「こればかりは自分で解決するしかない。こんな状況に陥ったのが自分ならば、それを乗り越えるのも自分しかいないだろう。その時を待つしかない・・・」


 たいしてアドバイスらしいアドバイスではなかったが、そんな優しい夫の気遣いが今のハルには嬉しかった。

 

「そうね・・・シエラ、本当に弟が迷惑をかけて申し訳なかったわ。いつか必ず償いはさせるから・・・」

「いいよ、別に。ハルさんは弟を気にし過ぎた。剣術士は剣術士同志、剣で語り合う事がすべて。勇者とはいずれ本気の試合ができるようになれば、私も満足できるだろう。あの時の経験が無駄ではなかったのだと。それまではゆっくり待つとしよう」


 シエラはそう述べてリスヴィも含めて許すつもりであった。

 ハルもそれで話を一旦終える。

 彼女にしても悠長に弟の回復を待っていられない。

 ハルにはここに連れてきた人々の運命もその両肩に乗せているのだ。

 だから次のアクションを起こす必要もあった。

 

「そうね・・・クマゴロウ博士、トシ君・・・ちょっと相談あるわ。散歩が終われば、少しお話がしたいの。ああ心配ならば、ヨシコ達も同席していいわよ」


 良からぬ密室の相談にならないかと微妙に心配していたトシオの相方にも気を遣う発言。

 ハルがこれからするふたりへの相談事とは至って真面目な内容だ。

 それはこの先のカネの稼ぎに関する相談内容であったからである。

 

 

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