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第三話 新しい生活と新しい人間関係


「ほえぇ~ ハル、凄いね」


 そんな感嘆の言葉をハルに伝えるのは親友のアケミからだ。

 それ以外者も言葉には出さなかったが、驚いているのは同じ。

 それはこの広大な敷地を見たからである。

 エクセリア国の王都エクセリンの中心部から多少離れているとは言え、首都のエクセリンの中に一片が二kmもある広大な正方形の土地など彼らが元々暮らしいた研究所の敷地よりも広い土地だったからである。

 元々、国家としての領地の狭かったサガミノクニの頃の価値観も相まって、広大な土地を所有している事に存外の憧れ持つ異世界人達。

 ただこれほどの広大な土地を所有しているとなれば、ゴルト大陸の人々でも滅多にはいない。

 

「ハルさんってとんでもないお金持ちだったわね。私達、すっかり騙されていたわ」


 そんな嫌味を言ってくるのは元研究所所長第一夫人のカミーラである。

 彼女は研究所組織が国外追放の刑に課せられた時、同一として扱われ、この旅団と行動を共にしている。

 所長カザミヤ氏の配偶者であったため、理にかなった処遇ではあるが、彼女の母体組織イドアルカ機関が国家反逆の罪で解体されてしまったので、他に行き場が無いかった事もある。

 

「本当ね。これもボルトロール王国との戦争に勝利した恩恵なのでしょ? 私達の戦功を邪魔して得られた利益のようなものね」


 エリもカミーラの嫌味に追従する。

 彼女達はあらゆる意味で似ており、今回も同調した訳ではあるが、それがここに一行を案内したウィル達の感情を逆撫でする。

 

「カミーラさん、エリさん。そんな言い方はしないで欲しいものだけど、この土地が戦功によって得られた事は否定しないわ。しかし、それは私一人の功績ではないし、ここをエクセリア国から買える権利を得られただけであり、それまで貯めていたお金を払って得られた正統な資産よ」


 ハルはそう述べて土地の権利書を魔法袋より取り出して全員に見せる。

 その権利書には土地の価格は書かれていなかったが、それでも、ごく最近この土地がハルの所有物になった事を示す内容が現地語で書かれている。

 サガミノクニの人々はゴルト語を理解している訳では無いが、彼らには翻訳魔法が掛けられていたので、この権利書に書かれている意味を直感的に理解する事はできた。

 ちなみに、翻訳魔法は時限的な魔法であり、持続的な効果を発揮するには一定期間内に再施術が必要となる。

 ハルは翻訳魔法も存在は知っているが、この分野は得意ではなく、二、三人に魔法を掛けるのが精々である。

 故に、自分の家族に施術する程度に留めており、その以外のサガミノクニ人間に対しての施術はカミーラが担っていた。

 これは地味にすごい能力だとハルは認識している。

 

(レヴィッタさんも翻訳魔法を使えるから、今後は彼女にも手伝ってもらう必要がありそうね・・・)


 密かにそんな事を思うハル。

 それはカミーラを通じてボルトロール王国の主戦論的な思想が広がらないようにするため、緩やかなカミーラからの影響力低下も考えていた。


「母屋だけでも百人ぐらいは生活できるけど・・・それだとやはり少し手狭になるわ。頃合いを見て別棟へ移ったり、新たな棟の建設も考えなくてはならないわね。それと国に税金を払わないといけないわ。サガミノクニの常識と違ってこの世界の税率は高いのよ。私が個人的資産で全員分の税金を数年間分は払えるけど、永遠になんて無理。皆にもその部分は協力して貰うわよ」


 ハルは全員に働く必要がある事を伝える。

 

「ハル、それって私達に働けって意味よね?・・・何をすれば?」


 将来を不安に思ったアケミからそんな言葉が出てしまう。

 しかし、ハルは安心しろと述べた。

 

「そうね・・・それはこれから落ち着いて考えればいいわよ。先にも言ったけど、私の貯えは充分あるから十年ぐらい時間が稼げるわ。私の貯えが尽きる前に皆が稼いでお金を貯えればくれればいいのよ。勿論、私も働くし、万が一、支払いが間に合わなければ、出世払いも認めるつもり」

「・・・私達にできる事って何だろう。ちなみに、ここで一年暮らすとどれぐらいの税金を支払う事になるの?」


 アケミの質問に対してハルはしばらく考えて計算する。

 

「・・・そうね。ここは王城より少し離れた土地だから、多少は安いとは思うけど、連続したひとつの土地だから決して安く査定はされないでしょうね・・・うーむ、ひと世帯当たり年間百万クロルぐらいかな・・・この世界の平均世帯年収は二百万クロルって言われているからねぇ」

「ええーっ! それって税率五十パーセントぐらいじゃない! 高いわよ」

「そんな事は無いの。税率はボルトロール王国よりも低いはずよ。あちらの国じゃ七十五パーセントぐらいって聞くし。それでも、こちらの世界では常識的な税率なのよ」


 ハルのそんな物言いに疑わしい目をしているのはサガミノクニの常識と照らし合わせているからだ。

 研究所の経営運営に携わっていた第一研究室の経理部門の人間達はハルが提示したボルトロール王国の税率が正しい事を知っている。

 直接支払った事のない人は実感なく驚いているが、実は地球の世界でも中世ではこれぐらいの税率が当たり前であった事を一部の知識人は理解しており、ここで騒然とならなかったのはそんな理由によるものである。

 

「そんなに高い税金を払えなんてどうやって・・・」

「まっ・・・それは追々考えていけばいいわ。まずはゆっくり休んで英気を養って頂戴。大丈夫よ、万が一のときは私が稼げばいいだけだし。雨風を凌げて温かい寝床と飢えない程度の食事と、清潔なお風呂は間違えなく提供できるわよ」

「え? お風呂あるの?」


 入浴・・・それはこの世界ではなかなか味わえない贅沢。

 何故ならこの世界に入浴の習慣自体があまりないからである。

 現地人が身体を清潔にするのは一週間に一回程度、それも布で身体を拭くぐらいの習慣だ。

 それはこの世界・・・いや、ゴルト大陸の気候が湿度は少なく、あまり汗をかかないことにも関係している。

 余程に入浴が必要な場合はこっそりと川や湖の水場へ入る、もしくは、水を桶に貯めて沐浴するぐらいであり、研究所内でも浴室に湯舟は無かった。

 精々、サガミノクニの人々の要望を聞き、お湯が出るシャワー室を設置したぐらいである。

 それだけでも画期的であり、現地のボルトロール人には衝撃的に贅沢な設備であったらしい。

 しかし、ハルは・・・

 

「あるわよ。母屋に大浴場が」

「・・・嘘っ!」


 目を丸くするサガミノクニ人々。

 

「ただし、大きな浴室をひとつしか作っていないので、男女は別々。しかも一気に全員がって訳にもいかないから、交代で入る事になると思うけどね」


 ハルはそう付け加えるが、それでも風呂へ入れる事に眼を輝かした数名。

 その後、一行を母屋に案内してみれば、真っ先に浴室の見学となった。

 

「おお! これぞ、正に銭湯ではないか!」


 この設備に大喜びするのはクマゴロウ博士である。

 彼は部類の銭湯ファンであり、サガミノクニに居た頃は週一で自宅近くの日帰り入浴施設に足を運ぶ事を日課としていた程だ。

 

「ハル。この湯舟大き過ぎない? 二十五メートルのプールぐらいあるわよ」

「ちょっと調子に乗って大きなのを作り過ぎちゃったわね。でも大丈夫。エクセリンの水源は潤沢で使い放題。上下浄水施設も整えているから環境負荷も心配無くていいわ。湯沸かしだって高効率の魔法陣と魔力バッテリーを使っているから私じゃなくても魔力チャージと起動できるし・・・」


 いろいろ言い訳するハルだが、レヴィッタはこれに補足した。

 

「確かにハルちゃんがいないときは私だけでも起動できました。でも少々広すぎるので夫とだけで入っていると少し寂しいですね」

「むっ! ここはレヴィッタさんも使っていたのか!」


 鼻息荒く(よこしま)な想像をしてしまうリズウィの頭を叩くハル。

 

「ともかく、これは楽しみだ。長旅の疲れがとれるぞ」


 今にも入ろうとするクマゴロウ博士だったが、そこは女性陣が立ちはだかる。

 

「だめよ、アナタ。まずは女性陣が入らせて貰うわ。男達はその後でね」


 そんな事を要求するのはクマゴロウ博士夫人の静子(シズコ)女史である。

 

「アナタのような汗臭い男性の使った湯舟に入りたいと思う女性は少数派だと思うわ。身体の汚れを気にしているのは女性の方が多いのよ。ここは素直に順番を譲ってくれた方が男の株が上がると思うわね」


 女性陣の言い難い事をシズコが代弁してくれた。


「ぐぅーー、仕方ない・・・男の我々はまず馬車から荷物を下ろすぞ!」

「ありがとう、アナタ。代わりに夕飯の支度は我々が行うわ」


 渋々入浴の順番に納得を示すクマゴロウ博士に優しい妻は必ず代案を提案してくる。

 この手のやり取りに慣れている彼らは流石夫婦だと言えた。

 こうして、女性陣が先に、次に男性陣がハル自慢の大浴場のご相伴に預かるのであった。

 

 

 

 早めの夕食を終えたサガミノクニの人達。

 因みに本日の夕食の献立はカレーライスだ。

 彼らは研究所から離れる時、そこで開発した食材も保存が利く物はちゃっかりと持ち出している。

 ゴルト大陸の南方で採れる米と香辛料を豊富に使用した異世界仕立てのカレーライスは彼らの中でも人気のあるメニューのひとつだ。

 そんな彼らが早い夕食の後、敷地を散歩していた時、ここに住む異世界の住民の存在に気付く。

 

「えっ!? 人間じゃない人がいるぞ!」

「む、これはエルフか!」


 真っ先にその存在に気付いたのがトシオだ。

 抜群の観察力と長耳の特徴から彼女が人間でない事を看破した。

 異世界の事情にちょっとは詳しいクマゴロウ博士も彼女の容姿の特徴から、噂に聞くエルフなのだと推察する。

 

「駄目。逃げないで、シルヴィーナ。この人達は安全よ」


 あまりの多く人間の登場に驚いたエルフの女性が逃げようとしたが、それをローラが引き留める。

 彼女は素直にローラの言う事を聞き、歩みを止めた。

 

「すげぇー、俺、エルフ初めて見た。萌えるなぁーっ!」


 ここで莫迦なぐらいの興奮を示すのはハヤトだ。

 彼はファンタジー要素が大好きであり、美形で有名なエルフの登場が、期待を裏切らなかった世界に感謝するばかりだ。

 一方、これほど自分に興味を抱かれるエルフ美女は人間を恐れてしまうが、ここでローラは大丈夫であるとアピールを続ける。

 

「ハヤトさん。ちょっと興奮し過ぎですよ」

「いやいや、エルフだよ、エルフ!! 人類としてこの出会いに興奮しない方がおかしいわ!」

「ハヤトさんはエルフと初めて接して興奮されているのですか?」

「そうさっ!」

「ならば、少し間違っていますね」


 ローラはそう述べて、ここで自分の耳に付けていたイヤリングを外す。

 そうすると変化が起きた。

 彼女の耳の像はぼやけて、長い耳が露わになる。

 

「なっ、なななっ!」


 ローラの耳の変化に驚くのはハヤトだけではなかった。

 ここに居合わせたサガミノクニの人々すべてからどよめきが起きる。

 

「申し訳ありません。ハルさんからの指示があって今まで正体を明かせませんでしたが、ここならばもうその意味は無いでしょう。私もそのエルフのひとりです。ハヤトさんはもう一箇月間エルフと旅している事になります」

「そ、そんな。すげぇーーっ!」


 ハヤトの興奮は高まった。

 ローラはハルから旅の友人だと紹介されていたが、美人で人気ある女性だった。

 会話も上手く、社交的であり、人当たりの良い性格は今回の旅の一団でも人気ある女性のひとりだった。

 既婚者で子供を持つ彼女だが、なんとか彼女と親しくなりたいと下心を持つ男性は多かったりする。

 そんな美人からの衝撃の告白。

 実はエルフだったというのはその美から更に納得できたりする。

 

「彼女は私の妹シルヴィーナ。訳あって私達エルフは長い期間、辺境の森でひっそりと暮らしてきました。彼女が人間と接するのも初の体験であり、人間の観察と言う研究も含めてここで暮らす事にしたようです」


 ローラはそう述べてシルヴィーナを彼らに紹介する。

 少し遅れて人間の集団の中からハルが現れた。

 

「初めましてシルヴィーナさん。私がハル・ブレッタ。この敷地の所有者だけど、アナタの事はローラさんより聞いているわ。ジルバに困らせられたみたいね」

「・・・い、いえ」


 シルヴィーナはバツ悪そうにそう答える。

 ハルの言うとおり、銀龍スターシュートの怒りを鎮めるために生贄を命じられて、それから逃げ出した過去もあった。

 しかし、それは辺境の民の長老衆による間違った選択であり、逃げ出した彼女に罪はない。

 そのことが解るハルだったから、ここは敢えて追及しなかった。

 

「大丈夫よ。ジルバ――銀龍スターシュートは根のいい奴だから、時々、サハラの遊び相手にもなってくれている良い叔父ちゃんぐらいよ。貴女の事なんて全然悪くも思っていないわ」

「・・・」

「ローラさんから聞いたけど、ここで人間の観察をするんですって?」

「・・・はい・・・ご迷惑でしょうか?」

「全然、大丈夫。だけど、今日からここに私と同郷の人達が引っ越してきたから、少し賑やかになるかも知れないわ」

「・・・はい」

「人間観察も、ちょっと私達はこちらの世界で特殊な存在だから、あまり参考にならないかもね」

「・・・はい」


 言葉少ないシルヴィーナ。

 社交的な姉とは正反対の性格だとハルは思う。

 しかし、シルヴィーナの心が読めるハルは、彼女がまだ遠慮している事が解っている。

 

(これは、どこかで親交を深めることをしなくてはならないわね・・・一緒にお風呂でも入ろうかしら?)


 そんなことを考えてしまうハル。

 ともかく、ここに住む事は既にローラから聞いていて、事後になるが許可は与えている。

 その方針に変更は無かったので、今後は友好的に接する事を決めていた。

 このように、この敷地にはまだ数人だが、ハルとは所縁のあるこの世界の住人達が住んでいる。

 エルフのシルヴィーナ以外の人物とサガミノクニの人々が遭遇してしまうのは時間の問題であった。

 

「あーーーっ! 勇者がいる!? 何故、お前がここにいる?」

 

 怒気を強めた新たな女性の登場に一同が注目した。

 その女性は鍛錬のあとだったのか、日に焼けた浅黒い身体の表面から蒸気と汗を立てていた。

 長身なのでそこに女性の弱々しさなど感じられない。

 そして、彼女はこの集団にいるひとりの男性を激しく睨む。

 その視線の先を辿ると、リズウィに行きついた。

 そのリズウィは覇気ない声で彼女の事を思い出している。

 

「なんだ・・・南の虎か・・・」

 

 

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