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ギャルが数学を教えてくる  作者: 庭の木
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方程式

課題というものには期限がある。

自慢ではないが僕は期限を破ったことはない。そのかわり、課題を与えた側の期待に沿えるような出来のものを提出できたことも数えるくらいしかないのだが。

つまるところ、僕は無能だということだ。不完全な状態で課題を提出するたびに自尊心というものが薄まっていくのを感じる。

自分はもっとやれるはずだ。僕はもっと何者かであるはずだ。そう願いたい気持ちを現実が無情にも否定してくる。

それでも僕は、誰かからの評価を得るために自分の実力を偽ったことはない。それは、それだけは誇っていいんだと思っている。



「ほら、見してみな。」


机の上のプリントをくるっと回して自分の方へ向けるギャル子。


「ほむほむ、んー、これ何がわからないん?因数分解なんてパターン覚えるだけだと思うんだけど。」


何ともないことのようにさらっと解法を語るギャル子。

僕はそれを聞いて恐る恐る尋ねてみることにした。


「…これは因数分解すればいいのか?」


「あー、そこから?初手がわからないパターン?じゃあ因数分解自体はできる?」


そう問われた僕は彼女の目を見て自信満々に見えるように言い放つ。


「あんまり自信ない!」


「態度と発言があってないんだけど、、、。はぁ、じゃあゆっくりやりますか。」


「なるべく丁寧にな。」


「教わってる立場って自覚した方がいいと思うよ。」


頼んでそうなったわけじゃないと思ったが、言う必要ないことだったので大人しくすることにした。


「方程式の解を求めよって書いてあるっしょ?」


「そうだな。」


「これはねー、条件を満たすxを全て挙げろってことなのよ。」


「そうなのか。」


「そうなんよ。だから、適当に数字を入れてみて等式が成り立ったー、ってなっても十分じゃないんよね。」


「というと?」


「ほかの数字も条件を満たしてる可能性があるってこと。全て見つけなきゃいけないのに一個だけ見つけて喜んでちゃ甘々、もう大海人皇子ってことよ。」


「なるほど。」


よくわからんな。誰だよ大海人皇子って。そんな天智天皇の弟なんて知らんが。

頷いてる僕を見て、ちょっとのぞき込むような仕草をするギャル子。


「わかってんのかなぁ?でね、無数にある数を全部試して確かめるなんて無理じゃん?」


「確かに、一個一個代入して調べるのは骨が折れそうだ。」


「あははは。骨が折れるなんてレベルじゃないよー。無限にある数を全部調べるのは無理なの。」


む、わかったようなふりして相槌打つのやめようかな。

でもまぁ、笑われてるけどそこまで嫌な感じはしない。人徳かな?ギャルに人徳なんてあるのか。


「それでね、無数にある可能性から条件を満たすものはこれしかないよー、っていうために因数分解をするんよ。因数分解にはそれができるんよ。」


「へえ、因数分解すごいな。」


「ね、パないっしょ。」


ふむ、因数分解がすごいのはわかったが。


「で、なんで因数分解するとそんなことがわかるんだ?」


「そりゃあ掛け算になるからよ。」


いや、そんなさも当たり前でしょみたいなテンションで言われても困るんだが。


「全然わからんが。」


「だよなぁ。」


「だよなぁ、じゃないが。」


しかもなんだそのちょっと小馬鹿にした感じは。


「えっとー、先に解決しないといけない問題点をもう一回確認しとくとね。条件を満たす可能性になってる候補が無数にある状況になってることがダメな感じなのよ。」


「ふむふむ、無限の可能性ってやつか。」


「まあそうだね。そんでね、掛け算の形にしたことでその可能性を数えられるくらいにまで減らせるようになるんよ。」


「つまり?」


そう促したところ、ギャル子はほんの少しだけ不服そうな顔をした。


「ちょっとは自分で考えて予想たててほしいと思うのはあーしの我儘なのでしょうか。」


「我儘です。続きをどうぞ。」


「うー。あのね、掛け算して0になるパターンってのは、掛ける数と掛けられる数の少なくとも一方は0じゃなきゃダメなんよ。」


「確かに、言われてみれば。少し自分で考えをまとめるから静かにしてて。」


「えぇ、勝手な。」


文句を言うギャル子を尻目にしばし黙考する。

方程式の解を求めるというのは、言い換えると等式を満たすxを漏れなく拾い上げること。

しかし、和で記述された状態ではたまたま条件を満たすようなxを見つけることができたとしても、それで全部であるかを確かめる術がない。

そこで因数分解を使って一次式の積の形にすることで、掛けて0になるという限られたパターンしかない状態にすることができる。

こんなもんか?


「ちょっと解いてみるから返して。」


そう言って、奪われたプリントを取り返して手を動かしてみる。


「おー?因数分解に自信ないとか言ってたくせに、方針言っただけで解けるのかー?」


ギャル子がなんか言ってるが、分かったかもしれないという高揚感がそれを無視させた。


「どうだ!」


答えの出たプリントをギャル子に見せつける。


「えー、マジで解けてるし、ウケル。」


「まあ、僕にかかればこれくらい朝飯前だ。」


「白紙で提出しようとしてたくせに偉そうな。でも、地頭はいいのかな?具体的な解法について何も言ってないのに解けるなんて意外だわ。むしろなんで再追試にまでなってるの?」


「今の僕には因数分解様がついてるからな。」


「あー、言っとくけど因数分解ってそこまで万能じゃないから。逆に因数分解でなんとかなる程度の問題をピックアップしてるまである。」


「そんな、、、。」


もうなんでも解けるような気でいたのにそんなこともないのか。

落ち込んだ様子を察したのかギャル子が明るい声をあげる。


「まあでもできたじゃん。すごいよ。」


なんだろう、すごく嬉しい。ギャルに褒められただけなのに。

それを意識してなんか気恥ずかしくなってしまった。


「じゃあ提出してくる。ありがとう。」


なんとかお礼を言うことができたけど、逃げるようになってしまった。


「ん。じゃあね、佐藤君。」


かすかに、そんな声が聞こえた気がした。




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