「あの日」
「世の中とはとても理不尽である」
こんなことを思い始めたのは何歳のころからだろうか。
偉大な人が偉大なことを言ってるように感じるこの言葉は、だれでもない僕が、いつの日からか思い続けている言葉だ。
しかし、こんなことを考えるのは僕だけではないだろう。
極端な例を挙げるとするならば、ホームレスたちだ。ホームレスになった人たちにも、生まれたときには愛する親がいて、子だものころには友達だっていたに違いない。
だが、ホームレスたちは大人になり、もしくは、その成長の途中で人生の歯車が噛み合わなくなったのだ。それは、その本人が何の努力もせず怠惰を満喫していたからかもしれないし、何かが原因で生きてゆく希望を見失ったからかもしれない。
なんにせよ、当人たちは世の中一般的に言う「普通の大人」になれなかったのだ。
そんな、当人たちは思うはずだ。
「なぜ、自分たちは普通になれなかったのか。」
それがどんな理由でさえ、人生の歯車が噛み合わなくなったときから、周りとは違う、普通ではない自分を拒絶し、他者たちが伸う伸うと生きている世の中を理不尽だと感じるのは「普通」のことだと僕は思う。
そんなことを考えながら僕は、ベットに寝ころび、病院の天井をぼーっと見つめている。
天井を見つめながら、一人心の中で理不尽と向きあっていることが馬鹿らしくなって苦笑いを浮かべながら体を起こす。
その時、病室と廊下を隔てるスライドドアから、コンコン、と響きの良いノックが二回した。
「おはよう黒木くん。朝の健康チェックと朝食持ってきたよ~」
「ありがと、鈴木さん。でも、今日はいつもより少し早くない?」
「あはーごめんね。今、結構忙しくって。」
たぶんそれは僕のせいだ。いや、間違いなく僕のせいなのだ。
もし、僕がここにいなければ、この病院はいつものスケジュール通りに時間が過ぎ、いつもと変わらない平穏な一日が待っていたに違いない。
「そうなんだ」
僕は余計なことを言わないようにと窓の外を眺めた。
そこからは、隣接する小学校が見える。朝、必ず校門で生徒を待っている年老いた先生に、にこやかな笑顔で挨拶しながら、自分たちの教室へ向かっていく小学生を眺めるのが朝の習慣となっていた。
「もうすぐでしょ、黒木くんのあの日。ここでは初めてだから結構バタバタしてるの。」
その言葉に「ああ、またか」と思う。
この人、鈴木かすみ看護師は、余計な一言を口に出す悪癖がある。
年齢は二十二歳と若く、話も合うので普段は楽しいのだが、その悪癖のせいで時々怒りを覚えることがある。この前なんかは、彼女はいるのか、と聞かれたのが始まりで恋愛について色々と話したのだが、最後に鈴木先生が「もし、黒木くんと同級生になっても、私は絶対に恋愛対象にはならないな~」と余計すぎる一言を言い残したのである。そのほかにもイラっとしたことは何回かあるが、鈴木さんの悪癖は、天然なものなのでしかたないと割り切っている。
しかし、鈴木さんにはとても感謝している。入院当初から僕の担当として世話をしてくれていて、仕事以外でも僕のことを気にかけて話をしに来てくれる優しい人なのだ。
だからこそ、彼女は「あの日」のことを僕の両親と同じくらい真剣に考えてくれているのだ。
僕が、生き延びるために眠りにつく「あの日」のことを。
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