第85話 私のものですか?
見渡す限り荒廃していた土地は、鮮やかな緑に彩られていました。窪みには泉が湧き出して湖になっています。池と呼ぶには大き過ぎる湖の畔に降りて、中を覗き込みました。
魚です! まだ小さいですが魚が泳いでいますね。水草も茂っているようで、水が緑色に輝いて見えました。美しい水辺から顔をあげると、見える範囲は小花が咲き乱れる草原です。大木が何本も立ち並び、木陰を作っていました。
「とても綺麗ですね」
「レティのお陰だよ」
「私は何もしておりませんわ」
謙遜ではなく、心当たりがないのです。これはユースティティア様にも申し上げたのですが、荒れた風景と女神様のお話が悲しくて泣いただけでした。何か力を使ったり、すごい功績を残したわけではありません。アクア様を含めた多くの神様に感謝されるのは、なんだか居心地が悪いくらいでした。
「君のそういうところが、我々に欠けている部分だと思い知らされるな」
カオス様は私を買い被っておられます。この方にかかると、私はすごく立派な人間になったような気がするので、危ないですね。気をつけないと自惚れた時は、誰も助けてくれないかも知れません。
「この風景を愛した女神様も、喜んでくださるでしょうか」
消滅された女神様を思い、私は座り込んだ草原を撫でるように手を伸ばしました。お行儀が悪いですが、ごろんと寝転んで大地を抱きしめます。広げた両手に花や草が優しく触れました。
「喜んでいたよ」
「……消滅されたのですよね?」
まるでご本人から聞いたように感じました。驚いて身を起こそうとして、腰の痛みに転がります。急な動きは厳禁でした。呻いた私に気づいて、カオス様が「ごめんね」と謝りながら抱き起こしてくれます。その腕に掴まりながら首を横に振りました。
「私もカオス様といる時間が好きなので、謝らないでください」
愛し合う時間と表現できるほど、羞恥心が薄れていません。遠回しな私の表現に気づいて、カオス様がくすくすと笑い出しました。
「もうっ!」
「ごめん、意地悪じゃないよ。可愛いと思っただけ」
耳元で囁くのは禁止しましょう。真っ赤になった頬と耳を両手で隠しながら、私は首を竦めました。今のお声は、誘う時と同じです。卑怯ですわ。
いつの間にかカオス様のお膝に横抱きにされた私は、改めて風景を見回しました。ずっと遠くまで美しい景色なのに、何か足りませんね。
「小鳥……リスなどもいないのですね」
魚は泳いでいましたのに。呟いた私に、カオス様がぱちんと指を鳴らしました。小鳥が歌って舞い、兎やリスなどの小動物が走り回ります。神様の奇跡とは、他愛もなく気紛れに訪れるもののようでした。
「この場所はレティのものだ」
「なぜですか?」
蘇らせたとしても、神様の土地を人間が貰えるはずはないと思います。カオス様がお決めになったのでしょうか。
「元の持ち主であるユースティティアが、君に譲るって言ってたよ」
え? 前の持ち主の女神様は消滅なさったのでは……ないのですね。




