第84話 新婚は立てなくなるのですか?
神様の生活は決まりがなくて、空に浮かぶ雲のように自由でした。風の吹くまま右へ左へ。何も予定がない時間というのは、初めてで落ち着きません。
カオス様は笑いながら「すぐにレティも慣れるよ」と仰いますが、6歳からずっとカオス様のお顔を見ても慣れないのですから無理ですね。慣れることも出来たり出来なかったりするのでしょう。
腰の奥が痛かったこともあり、寝転んで過ごしました。この世界で空腹はないと聞きましたが、私はまだ人間だからなのでしょうか。もしかしたら体が覚えていて催促したのかも知れません。ぐぅとお腹が鳴って恥ずかしくなりました。
「レティはまだ人間だから、体は欲しがるんだね」
お供えされたという果物を頂きます。食べ終わった頃、果汁で濡れた手をカオス様が掴んで舌を這わせました。ぞくぞくとして、腰がじゅんとします。これは危険ですわ。慌てて逃げようと身を捩った私は、カオス様に捕まりました。上から両手をシーツに押し付ける形で握られ、逃げ場がありません。
「僕が欲しくなっちゃった」
「あ、あの……前に見た荒地がどうなったのか見たいですわ」
「ああ、いいよ。明日ね」
理由にして逃げようとした私に、カオス様は厳しいです。ここはまだ体の辛い私を甘やかして、荒地を見にいくべきでしょう。そう思うのに、触れるカオス様の手や唇が嬉しくて、気づいたらカオス様を抱き締めていました。文句を言っても私はカオス様を愛しています。愛されて嬉しくないはずがありませんし、受け入れるのは幸せでした。
新婚だからという甘えもあり、ごろごろとベッドの上だけで過ごしています。こんなのよくありませんわ。カオス様は微笑んでばかりで、とても楽しそうですけれど。
「今日こそ荒地が見たいです」
言葉の裏にある「今日は怠惰な生活はダメです」という本音は伝わったかしら。カオス様は目を瞬かせ、ほわりと柔らかく微笑んで頷きました。
「わかった。着替えようか」
侍女達に言われて持ってきた透けたレースの衣装を脱ぎます。これを見つけた時のカオス様、すごく嬉しそうでしたね。男性はこういった見えそうで見えない服が好きという侍女の話は本当だったようです。
王女のドレスではなく、普段着用にワンピースを数点持ち込みました。桜色と言われる薄いピンクを選んで袖を通します。共布のベルトを締めて立ち上がると、足が崩れるように床に座っていました。足に力を込めて立ち上がろうとしても、力がうまく入りません。
「やはり……おいで。抱き上げていこう」
カオス様はこの状況に心当たりがあるようですが、私は混乱して泣き出しました。だってもう立てないと困りますわ。溢れた涙を唇で拭うカオス様は、そっと教えてくれました。
「少ししたら治る。病気やケガじゃないよ。新婚女性はみんななるものだから」
知りませんでした。次に新婚の女性を見かけたら、優しくしてあげたいと思います。




