第82話 これから共に歩くために
神殿へ続く扉に手をかけ、ひとつ深呼吸しました。ここを開けば、カオス様がお待ちになっているでしょう。私は彼の手を取って、神殿の奥で聖女として旅立つのです。後ろのお父様やお母様、ラファエルにもう一度だけ笑顔を向けて扉を押しました。
昨日、民へのお披露目が行われています。この白いドレスではなく、別のドレスでした。神様に嫁ぐ婚礼衣装は親族と神官のみが目にすることに決まり、国民の方へ見せるドレスが別に作られたのです。淡いピンクのドレスはやはり百合の刺繍が施されていて、すでに神殿を通じて奉納されました。
多くの人が詰め掛けて、たくさんの祝福をいただきました。花束やお祝いの品を納めてくださった方が多く、神殿でも驚いたそうです。もちろんカオス様へと奉納されたので、今頃は他の神様へのお振る舞いになっているでしょうか。
開いた扉の向こう側で、優しく微笑んで佇む黒髪の神様――私、あなた様を覚えています。私が首を切られた後、会いに来てくれました。ああ、記憶が……覚えていないと思った記憶が溢れて、器が溶けてしまいそう。あんな目に遭ったのに、カオス様を拒絶した過去の自分。
リュシアン様を好きだと思っていました。あれが愛なのだと信じていました。精一杯、愛したつもりで……違ったのですね。あれは恋する自分を愛していたのです。引き裂かれる気がして、自分に酔っていたのでしょう。
私が愛したのは己自身。リュシアンでも弟のラファエルでもない。お父様やお母様への愛ではなく……なんと利己的だったのか。いま理解しました。
微笑んで手を伸ばし、受け止めるカオス様と指を絡めます。本当は腕を組むのでしょうね。でも私の願いを受け入れて、カオス様はしっかりと手を繋いでくれました。繋いだまま距離を詰め、寄り添います。腕を触れ合わせて、見上げました。
美しい黒瞳が私を映し、きらきらと輝いています。これ以上の宝石はありません。私にとって極上の輝きでした。この方に愛されて、本当に幸せな人生を送らせていただきました。これからも神の妻として、聖女として私は幸せになります。
あの時……あなたは間に合わなかったと言いました。よそ見して、私を殺されてしまったと。嘘ではないのでしょう。でも覚えています。あなたは首を刎ねられた私に「愛している、迎えに行くよ」と仰ったはず。聞こえていないと思ったのかしら。
大切だったリュシアンから死の宣告を受けたこと、忘れませんわ――その辛い経験と記憶が私を聖女へと導きました。
いま大切なカオス様のために、私は人生を終わらせます。これから共に歩くために。
「カオス様」
ゆっくりと歩くカオス様が足を止め、私に微笑みかけます。幸せそうなあなた様の瞳に映る私は、今度こそ幸せを掴むのですね。
「愛しています、誰よりも」
この世界の誰より、あなた様を……告白に目を見開いたカオス様は、口角を持ち上げて頷き、私に触れるだけのキスを贈ってくださいました。長くお待たせしてしまいましたね、私はもうあなた様のものですわ。




