第80話 やっと実感が湧きました
休暇の楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、王宮に戻ると忙しくなりました。私の嫁入り道具が次々と運び込まれます。準備は何年もかけて行われたため、最終調整と確認の毎日でした。
「こんなに必要かしら」
神様の世界に家はなくて、どこで寝ているか分かりません。家具を用意してもらっても、置く場所があるのかしら。鏡台、ベッド、机や椅子、絨毯……様々な物が神殿のホールに並びました。
「……もらっておけば?」
カオス様の複雑そうなお顔から判断して、置く場所はなさそうですね。ですが折角用意していただいたので、すべて持っていくことになりました。というのも、必要最低限の物だけ持っていくと「神様のお気に召さなかった」と勘違いされるそうです。
神様に捧げられた物は、一応すべて引き取る。それが神様達のスタンスのようでした。お気遣いいただき、逆に申し訳ないですわ。でも必要なくて置いていった家具の作り手さんが気に病むのも可哀想です。だって素晴らしい技量を買われて、選ばれた方々ばかりですから。
「運ぶのは僕がするよ。日用品は神殿に捧げれば届くようにしたらいいね」
私は結婚してから、徐々に人間ではなくなるそうです。神様の長い寿命に合わせて、体を変化させると聞きました。その際に急激な変化は魂を変質させる危険性があるので、ゆっくりなのだそうです。しばらくは人間が使う化粧品やドレスも必要ですし、体も成長する話に安堵しました。
人並みより少し足りない私の胸は、19歳くらいで大きくなりました。そこまでは成長しないと、ずっと胸が平らなままになります。胸元が足りないのは切ないので、カオス様に20歳までは成長したいと繰り返しお願いしました。聞き届けてくださるといいのですが。
1日ごとにカオス様に嫁ぐ日が近づいているのに、忙し過ぎて実感がありません。
二週間を切ったある日、届いたのはドレスでした。結婚式で身に付けるドレスは、美しい銀糸の刺繍がされた柔らかな白絹です。胸元から首まで百合のレースが施され、肌が透けて見えるデザインでした。前に一度確認しているのに、実物を前に私は言葉を失います。
美しいドレスは、私がカオス様に嫁ぐ証――広がったスカートは幾重にも薄い生地が重ねられ、柔らかくて手に馴染みます。首元を隠すレースの百合は繊細で、同じ柄の手袋もありました。すでに届いていた銀の靴も一緒に、試着して確認します。くるりと回れば、絹がふわりと風を孕んで膨らみました。
ここに銀細工と真珠のブローチをつけ、ヴェールを被ってティアラで押さえます。顔を隠す風習はないので、後ろに靡くヴェールは長くしました。膝近くまであるヴェールは、スカートの飾りのようですね。
鏡の中に映るのは、カオス様の百合で彩られた私。まだ淑女になる少し前、少女から脱したばかりです。不安と期待が胸を満たし、自然と口元が緩みました。着替えがあるので、カオス様は席を外しておられます。この姿をお見せするのは、嫁ぐ当日になるでしょう。
「きつい場所はございますか?」
確認する侍女にいいえと答え、私は鏡の中の私に問います。幸せになれそう? ええと頷いて、鏡に映るお母様に微笑みかけました。
「すごく似合うわ、綺麗よ……レティ」
「ありがとうございます、お母様」
今夜はお母様と一緒に休みたいですわ。お父様もラファエルも一緒に。公爵家での夜に戻ったように、仲良く眠りにつきたい。なぜか強くそう思いました。