第79話 家族で過ごす時間
結婚式まであと一ヶ月、久しぶりに家族だけで過ごすことになりました。カオス様が、そういう時間も必要だろうと提案してくださったのです。
隣にカオス様がいないと変な感じがします。王家の所有する邸宅ではなく、かつての公爵家に戻りました。屋敷はそのまま保存してあり、掃除も行き届いています。お父様は王座を譲ったら、この屋敷に戻りたいと考えているようでした。
「うわぁ……全然変わってないわ」
16歳直前の私ですが、この屋敷に住んでいたのは8歳まで。王宮に暮らした年月は、この屋敷に住んだ時間に追いつきました。前世を入れればもっと長いのですけれど。
「この傷、レティがつけたのではなくて?」
お母様の指摘に、私は擽ったい気持ちになりました。あの日、幼い私が椅子を動かそうとして、椅子ごと転んだのです。転がった私は顔をぶつけて、大泣きしました。痛かったかどうか、もう覚えていません。でも傷は私がぶつけた椅子の背もたれの形でした。
「私ですわ」
恥ずかしいと思いながら認めると、お父様が思い出話を始めました。
「あの時は驚いた。鼻をぶつけて血が出てね。可愛い娘の顔に傷が残っては大変だと、すぐ医者を呼んだんだよ」
「そうよね、あなたが大騒ぎしたからレティが余計に泣いてしまって……ふふっ」
「お姉様、御転婆だったの?」
ラファエルが無邪気に尋ねる。前世と違い、ずっとお母様がいてくださったので明るく育ちました。お父様によく似た金茶の髪を撫でて、弟を抱き締めます。この子ももう8歳になりました。
「少しね。覚えておいて、ここでラファエルが生まれたの」
ここが私の知る、私の家。明るい日差しが降り注ぐ廊下を歩いて、自室だった部屋の扉を開く。家具はそのまま残されていた。子どもには大きすぎるベッドも、今の私だとぎりぎりね。
「残してあったの?」
「もちろんさ。レティの思い出だからね」
お父様はそういうと、ぐずっと鼻を啜りました。やだ、まだ一ヶ月も先ですわ。釣られてお母様も涙ぐみ、ラファエルが変な顔をした。この子にはまだ実感がないのでしょう。
「今日はここで眠りたいですわ」
「今夜は一緒に寝ないか? この部屋は明日でも逃げないよ」
お父様のお言葉に、私は手を叩いてくるりと振り返りました。いつも以上に明るい笑顔を心がけながら、賛同します。この屋敷に泊まるのは2泊だけ。忙しい政の合間を縫って、お父様が必死で作ってくださった時間です。泣いている時間は惜しいでしょう?
「なら、お父様とお母様の間で、ラファエルを抱っこして眠ります」
「あらあら、子どもみたいね」
「私はずっとお父様とお母様の子どもです」
ふふっと笑って、お母様が作ってくださった人形を取り出します。侍女達が運んでくれた荷物から出した人形の髪を整えました。顔を上げると、幸せな家族がいて……私は愛されている実感に満たされました。




