第78話 幸せになっていいのかな(SIDEリュシアン)
*****SIDE リュシアン
卒業式以来、街中で時折レティシアを見掛ける。牽制するように必ず同行する黒髪の青年が、婚約者になったカオス神だ。その立場が羨ましくないといえば嘘になる。だけど、幸せそうなレティシアの顔を見たら、僕には無理だと気づいた。
前世も含めて、彼女があんなに僕に笑ってくれたことがあるだろうか。いつも控えめに、どこかオドオドした様子だった。礼儀を弁えた公爵令嬢としての振る舞いは距離を感じて、多少冷たくしたこともある。僕は子どもだったんだ。レティシアが泣いたら、きっと優しく出来たんだろう。でも彼女は芯が強くて、涙を堪えてしまう。
僕は彼女より心が弱かった。別の女の手を取って、彼女を貶め……首を落とす。手に入った首が愛しくて、僕は狂ったように彼女を愛した。食事も睡眠もすべて犠牲にし、彼女を抱きしめ続ける。それが狂った愛情だと気づいていても、縋るものが欲しかった。
あの頃のことを思い出すと、自分のことながらゾッとする。生まれ変わって時間が戻ったと知り、最初に望んだのは彼女をただ愛することだった。それをカオス神に奪われて、僕はまた狂った行動を起こしたけど。止めてくれて良かったと、今ならそう思える。幸せそうなレティシアの笑顔を見せてくれたことに、ただ感謝した。僕がその笑顔を与えてあげたかったけど、僕じゃ無理だったんだ。
周囲から祝福の声を受けて、抱き上げられたレティシアの首や頬が真っ赤に染まる。ああ、本当に……今度こそ幸せを掴んでくれ――愛していたよ、レティシア王女殿下。
やっと踏ん切りがついた。ひとつ深呼吸して、僕は背を向ける。そのさきにある我が家は、数年前に建て直したものだ。母と父も教師として働くようになり、生活水準は格段に上がった。かつて住んでいた町外れの家は、路上で生活していた人達に譲った。彼らも生活が向上すれば、別の人に譲るのだろう。
「シアン」
心配そうに愛称を呼んだ母に、心から笑ってみせた。
「完璧な失恋だ。逆にすっきりしたよ」
「……そう、それなら良かったのかしら」
ずっと心配と苦労をかけた母は、水仕事に荒れた手を隠そうとしない。王妃として君臨した頃より、今の方が家族が一緒にいられて幸せなのだと言われたのは数日前だった。父はまだ貴族の生活に未練があるようだが、僕も母も割り切っている。底辺まで落ちたからこそ、今ならいい政が出来ただろうに。そう思ったこともあるが、政を行うレティシアの両親に不満はなかった。
「ねえ、作りすぎたんだけど……食べる?」
元気よく飛び込んできたのは、赤毛の少女だ。隣家の一人娘で、そばかすが可愛い。最近は料理を練習しているらしく、作り過ぎたおかずを手に顔を出すようになった。決して美人ではないが、性格は真っ直ぐで一緒にいて心地いい。
「ああ、遠慮なくもらうよ。また焦がしたのかい?」
「今日のは自信作よ。ほとんど焦げてないわ」
ということは、多少の焦げは我慢か。苦笑いする。料理を始めたばかりの頃の母を思い出し、覚悟を決めて食卓へついた。並べられたおかずは、確かに焦げが昨日より減っている。
「いただきます……うん、今日はよく出来てる」
焦げの黒が目立つけど、味は美味しい。そう褒めたら、頬を染めながら「リュシアンにお嫁さんが来なかったら、私が来てあげてもいいわ」と返された。驚いたけど……頬が緩む。うん、そうだね。いつか君がお嫁さんに来るなら、僕の隣を空けておこう。
レティシア、君がくれた人生を僕はこの子と幸せになっても……いいのかな。心の中で問うた僕に、彼女は屈託のない笑みで頷いてくれた。
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新作『虚』をUPし始めました。
復讐に憑りつかれた主人公の青年は、異世界に召喚された元日本人。必死に戦い魔王を倒した彼に待っていたのは、この世界からの拒絶と仲間の裏切りだった。
突然現れて手を差し伸べた美女リリィの過去と正体を知る日まで、青年は足掻き続ける……ダークで残虐描写多めのお話です。
意外と明るい主人公ですので、ぜひご賞味ください(*´艸`*)




