第77話 祝福の声に微笑みを
お店に着いてお祝いの品を渡します。お忍びなので、ちゃんと行列に並びました。初めての経験にわくわくしましたが、カオス様のお姿でバレて前を譲っていただいてしまい……申し訳ないですわ。いくつかパンを購入し、お父様の希望したチョコが入ったコロネも買えました。
このところ太ったそうで、お腹が出っ張ったのをお母様に叱られたお父様です。周囲に手を回され、甘い物を貰えなくなったとか。どうしても食べたいと子供のように拗ねるので、おつかいを引き受けました。実はクリームの物を合わせて5つ購入したので、今日のおやつにします。
本当は侍女や働いている人の分もお土産にしたいのですが、諦めます。まだ小さなお店ですから、買い占めたら他の方が食べられませんもの。後日、別注文でお願いすることにしました。
「レティはよく気が付くよね」
「自分が逆の立場なら嫌だと思いませんか?」
「……なるほど。そう考えるのか」
こういうところ、本当に神様というのは子供ですわ。ラファエルと大差ないのではないかと微笑ましく感じながら、私は街の中を見て回りました。学校に国外の子女が通うようになり、この街は一気に人口が増えています。賑やかになった反面、トラブルも起きているでしょう。
悪気はなくても生活環境や風習が変われば、他国の方と摩擦が起きます。そういった騒動を収める騎士や自警団の方の働きは、素晴らしいものでした。お父様に予算を増やしてもらえないか尋ねてみましょう。カオス様にそんなお話をしたら「僕とのデートなのに」と唇を尖らせました。
あなた様が私よりよほど可愛らしいですわ。寄り添った私はカオス様を見上げていて気付きませんでしたが、通り過ぎた時に目の端を過ったのは……。
歩く速度を変えないカオス様には申し訳ないですが、顔だけ振り返ります。あの金髪はリュシアン、ですね。頭を下げて見送る彼はもう他人です。元婚約者だったのは前世の話なのに、むっとしたお顔に手を添えてこちらを向いていただきました。
「カオス様、私はあなた様の婚約者です。何を心配してらっしゃるの?」
「ごめん。信じてても怖い」
心変わりするのではないか? と。思わぬ告白に、私は嬉しくて涙を零していました。慌てるカオス様が取り出したハンカチで私の頬を拭い、ぎゅっと抱き締めてくれます。ここは大通りで人目があるのに、嬉しさが止まらずに溢れました。
「泣かせちゃったね」
困ったような声が降ってきて、胸に顔を埋めたまま首を横に振ります。そうではありません。悲しくて泣いているのでも、昔を思い出して怖がっているのでもなく……ただ、あなた様が愛おしいと思ったのです。
「私は……幸せものです」
この言葉で涙の意味に気づいたカオス様が、私の手を首に回すよう動かしました。おずおずと回した手が互いを掴んだところで、軽々と抱き上げられます。恥ずかしくて顔があげられず、カオス様の首筋に頬を押し当てました。
「お幸せに」
「おめでとうございます」
口々に飛んできた声に明るく応じるカオス様は、街の見物を取りやめるようです。馬車がある場所まで歩いていき、中に私を下ろすと両脇に手を突きました。閉じ込められる形になった私へ、カオス様が顔を寄せます。目を閉じて、唇を重ねる――わずかな時間で離れたキスに、口角がゆっくり持ち上がった私は微笑んでいました。
本当に、幸せですわ。




