第76話 僕がけん制した結果だよね
雨が降りそうな空模様に、私はレインコートを用意しましたが……必要でしょうか。ぎりぎり持ちこたえてくれそうな気がします。
「うーん、そのコートは似合わないな。天気なら何とかしてあげるから、行こうか」
カオス様は天気を操るおつもりですか。雨がないと農家が困ると聞きますから、ほどほどに調整していただきたいです。そんなお話をしながら街のはずれで馬車を降りた私に、肩を竦めたカオス様が反論しました。
「大丈夫、心配しないで。僕だってアクアに叱られるのは困るからね」
水の女神であるアクア様が叱ってくださるなら、安心ですね。豊穣も司る大地母神ペルセ様にも注意されそうですわ。笑いながらそんな予想を立てて、私は腕を組んだカオス様を見上げました。身長差は20cmくらいでしょうか。細身に見えるのに、筋肉があってしっかりしていますね。黒髪はいつも綺麗で、私がどんなに手入れをしても敵わないのが悔しいです。
「どうしたの? そんなにじっくり見つめて」
前を向いていたのに、気づかれていました。頬が赤くなり、慌てて俯きます。でもきっとバレてしまうのでしょう。きゅっとワンピースのスカートを握って、ひとつ深呼吸しました。
「カオス様、いろいろ狡いです」
お顔が綺麗なことも、優しすぎるところも、もちろん黒髪だって羨ましいですわ。それでいて女性っぽさは感じなくて、きちんと男性らしさもあります。私を軽々と抱き上げたり、こうして腕を組んでもしっかり支えてくれていました。
「ふふっ、レティにそう言ってもらえるなら安心かな」
「何かご不安でしたか?」
何でも手に入る方なのに……首を傾げた私の黒髪を一房持ち上げて、見える位置で唇を押し当てます。でも私の目を見たままで、どきどきと胸が高鳴りました。
「僕ばかりレティを好きで、捨てられないように必死なんだよ」
「逆のお話ですよね?」
捨てられるとか飽きられるとか、それは私が心配することです。
「……自覚がないって凄いね。あの気難しいヤクシやマルスを味方につけて、元婚約者を含めて隣国の王子やら惹きつけてるのに」
「カオス様は余計な心配をし過ぎです」
きっぱりと言い切って足を止めます。当然、腕を組んで歩くカオス様も止まりました。見上げた先で日差しを浴びて美しい、心配性な私の神様に微笑みかけます。
「私は積極的にアプローチしてくれないと気づかない、鈍感な女ですわ。ですからカオス様くらい積極的に愛情を示してくださらない方は、覚えていられませんの」
過去に隣国の第二王子が相談と称して、何度も足を運んだことがありました。あれが私への求愛なら、何も伝わっていないので失格です。リュシアンに関しては……やりすぎですし、ただ怖かったので論外ですね。卒業生や王宮勤めの方を含めて親切な人は何人もいますが、誰も告白なんてなさいません。ほら、カオス様以外は誰も残りませんわ。
得意げに説明した私に、カオス様は大きく溜め息をつきました。
「それは僕が必死で周囲をけん制した結果、だよね」
そうだったのですか?! 存じませんでしたわ。




