第74話 増えていく思い出
卒業式を終えた数週間後、お父様が我慢しきれずに逃走しました。というのも、私がお母様やラファエルと過ごす時間が羨ましかったそうです。
城外にある森の湖へ行くと伝えた時、お父様が珍しく笑顔で詳細を聞きたがりました。その時は一緒に行けないのですから、少しでも共有したいのでしょうと納得します。微笑ましいような、少し寂しい気持ちで予定をお話ししました。最後に「次は一緒にいきましょうね」と添えて。
頷いておられましたが、どうやら次を待つ気はなかったようです。侍女や騎士を連れて訪れた湖のほとりは、とても美しい場所でした。カオス様と腕を組んだ私を真似て、ラファエルがお母様をエスコートします。小さな紳士ですね。前世はお母様が早くに亡くなられたので、こんな姿は見られませんでした。悲しそうにお母様の肖像画を眺めていた、彼の後ろ姿が嘘のようです。
この湖は底から水が湧き出る泉があるため、常に水が澄んでいると聞いていました。私達が休んでいる反対側には小川があり、湖から溢れた水は田畑を潤す恵みとなっています。透き通った水の中を、魚の群れが泳いでいました。意外と大きなお魚ですね。
「おっと、また水に落ちる気かい?」
「もうっ! 落ちませんわ」
先日噴水に落ちた時のことを揶揄うカオス様に、頬を膨らませて抗議します。水があればいつでも落ちるわけではありませんのよ。くすくす笑うお母様に隠れて、侍女達も微笑んでいました。
「カオス様の意地悪っ」
「おやおや。僕の大切なお姫様のご機嫌を損ねてしまっったね。お詫びにプレゼントをしよう」
ぱちんと指を鳴らしたカオス様が示した先に、馬に跨ったお父様が現れました。幻影……ではないようですね。手を振って駆け寄ってこられました。騎士達が慌てて迎える体制を整えます。
「助かりましたぞ、カオス神様」
「可愛いレティのためだからね」
お父様が事情を話してくださいました。どうしても一緒に遊びたいお父様が、カオス様にお願いしたようです。私へのサプライズ・プレゼントとして、カオス様も積極的に協力していました。馬に跨って待つお父様を、この場所まで転移で呼んだのです。なんていう……荒技でしょうか。きっと宰相閣下が青ざめておられますわ。
「お父様、宰相様にきちんと謝罪なさってくださいね」
「帰ったら謝るよ」
「ならば今日はご一緒できますわね」
お母様は久しぶりに家族が揃う状況を楽しんでおられます。ここでいつまでも拗ねたり膨れているのは、損ばかりでした。私も楽しまなくては!
「僕、魚を獲りたい」
「よし。私が釣りの手本を見せてやろう」
釣り経験がある騎士を募ると、お父様やラファエルは釣りを始めました。近くにあった木の枝に糸を結び、小さな虫を餌にしたようです。私はお母様と木陰でおしゃべりを。カオス様も交えて、のんびりと時間を過ごしました。
時々、釣れた魚を自慢しに来るラファエルに手を振って、同じように自慢する子供みたいなお父様に声援を送りました。お腹が空いたと声を上げたラファエルを合図に、お昼の入ったバスケットを開けると……驚くほどの量が詰め込まれていました。侍女は心得たように、追加のバスケットも開きます。
お父様の分ですね。しっかり計画を立てて準備していた国王陛下に、騎士達も笑い出しました。騎士や侍女も身分関係なく、神様まで一緒に昼食を頂きます。日が暮れるまで、私達はかくれんぼに付き合ったり花を摘んで冠を編んだり……楽しく過ごしました。
帰った後で、お父様はこってり叱られて。たくさんのお仕事を片付けたそうです。お母様のお話では、それでも機嫌が良かったみたい。楽しい家族の思い出がひとつ増えました。




