第72話 あら、失言でしたわ
晴れた日に王宮の庭でお茶をして、噴水に落ちそうな弟を助けて代わりに落ちました。深さはないので問題ないのに、支えようと手を伸ばしたカオス様が引っ張られてしまって……びしょ濡れになりながら、2人で大笑いしました。少しお転婆が過ぎたようです。
翌日に風邪をひいて熱を出した私に付き添い、神々の世界で実った果物を差し入れていただきました。着替えの時は席を外してくださいましたが、ずっと一緒にいて手を握ってくれます。恥ずかしいのですが、体調不良の時は安心しました。
お母様やお父様も顔を出し、弟のラファエルは「僕の所為だ」と大泣きして腫らした目に大きな涙を浮かべて。手招きして抱き締め、涙をそっと拭いました。ハンカチが手元になくて、袖だったのは許してくださいね。
「ラファエルが熱を出すなら、私の方がいいわ。代わりにお勉強して覚えたことを教えてちょうだい」
仕事よ、と言い聞かせると頷いて教師の元へ走っていきました。素直ないい子です。むっとしたカオス様も胸元に抱き寄せて黒髪を撫でました。だって、弟以上に幼く見えるんですもの。ふふ……笑ってしまいます。長く生きる神様が、こんなに愛らしく嫉妬なさるなんて。
相手はまだほんの子供で、それも私の弟なのに。カオス様と過ごす時間が増えるたび、私のカオス様への想いは変化しました。崇拝がお慕いする心になり、今は好きを通り越して愛していると言えるようになっています。同時に、カオス様への認識も変わりました。大人っぽい強い方から、子供のように愛らしい方へ。
いろいろな面を持つのでしょう。戦う際の厳しさと、神々を統べる最高神としてのお顔。どちらもカオス様ですが、私にだけ見せてくれる柔らかい笑みは大切に胸にしまっています。他の方がこんなカオス様を知ったら、皆が欲しがりますから私だけの秘密でした。
熱が下がった翌日、外は見事な快晴です。雲もほとんどないお天気に、カオス様を振り返ります。顔は動かさないのに、少しだけ目が泳ぎました。きっと何か力を使ってくださったのですね。昨日までの雨が嘘のようでした。
「とても良いお天気で、門出に相応しいですね。カオス様……ありがとうございます」
「僕じゃないよ」
嘘を言わないカオス様のことですから、別の神様に頼んでくださったのでしょうね。こう言うところも、子供みたいで可愛いと思うようになりました。私達の距離は徐々に縮まっています。
着替えた私はワンピース。動きやすく品よく見えるよう、膝下のスカートの下にフリルを大量に飾りました。ゆっくり歩くと広がりませんが、実は走ると大輪の牡丹のようにふわりと風を孕むのです。こっそり教えたところ、カオス様に額を突かれました。
「僕の知らない間に、このワンピースで走ったんだね?」
あら、失言でしたわ。微笑んで答えずにいると、カオス様の表情が綻びました。柔らかな笑みで、私の黒髪を指先に絡めます。ハーフアップにした髪に飾るのは、百合の髪飾り。その飾りに気付いて、カオス様が目を見開きました。
「その髪飾り、僕がレティの聖女指定に行った時の?」
「はい。お母様に譲って貰いましたの」
「僕を驚かせるなんて、レティくらいだね」
そう言って髪飾りと黒髪の両方にキスをいただきました。手を差し伸べられ、その手に重ねた指にはカオス様が選んでくださった指輪が光ります。
「参りましょう」
今日旅立つ子供達に幸せが降り注ぎますように。




