第70話 僕達よりも?
私が戻ったと知り、お母様が部屋に訪ねてくれました。抱き合って喜ぶ後ろで、執務を放り出したお父様が宰相閣下に捕まっています。さきほどお父様とも抱き合いましたが、すぐにカオス様に邪魔されました。父親でも異性なのだそうです。
嫉妬深いと指摘したところ、それは神々にとって美点だから問題ないと胸を張って断言なさいました。神様は欲がない方々だと思っておりましたが、予想外の回答です。神官様方が「欲を削ぎ落とし身を尽くすことで神に近づく」と必死に修行しておられる理由が、よく分からなくなりました。
弟のラファエルも抱き着いて少しすると、カオス様に引き剥がされます。さすがに嫉妬が過ぎますわ。ここはひとつ注意しましょう。
「カオス様、ラファエルはまだ幼い子供です」
「だが異性だ。しかももう8歳……あの頃のリュシアンと同じ年だ」
ムッとした口調で反論されます。そう言われると、それなりに恋愛感情を理解する年頃かもしれません。私自身は転生もあったので、年齢不相応だったと思いますけれど。
「お、お姉様はまだ僕のお姉様だ」
なんて可愛らしいのでしょう。膝の上に乗せて頭を撫でます。7歳も年齢が違うと、弟はひたすらに可愛く感じました。これは前世でも同じです。姉上と慕ってくれるラファエルは、天使のように愛らしい金茶髪の少年に育ちました。過去の私の記憶をなぞるように。
「嫁いでもあなたの姉よ」
「……本当に嫁ぐのですか?」
唇を尖らせて泣きそうな弟に、笑いながら親愛のキスを送りました。頬に触れた唇に、弟の青い目が見開かれます。大きな目がこぼれ落ちそう。
「レティ」
「しーっ、カオス様は後でしましょうね」
怒った口調のカオス様に「後で」と約束し、今は弟に向き合います。この子が間違って神様を恨まないように、しっかり説明しなくてはいけません。
「私はカオス様に選んでいただいた聖女よ。でもね、私自身もカオス様と一緒にいたいの。一方通行じゃないのよ。わかるかしら、カオス様といると幸せなの」
「僕やお母様、お父様といるよりも?」
「……そうね。あなたも大好きな人ができたら分かるわ。お父様もお母様も、ラファエルのことも大好きよ。でもカオス様への愛情はそれと違う種類でもう少し大きいわ」
頭のいい子です。ここまで説明すれば大丈夫でしょう。うーんと唸るラファエルを、お母様が抱き締めました。
「まだお姉様といたい」
ごねるラファエルですが、お父様に抱っこされてしまいました。背中を叩いて抗議しますが、お父様には通用しません。部屋を出て行くラファエルに手を振ってやり、私はカオス様と向き合いました。部屋の中には2人きりです。
「約束、だったね」
くすくす笑うカオス様が近づいて、私の額と頬、最後に唇に触れました。思わず唇を手で押さえます。
「カ、カオス様?!」
「だって、嬉しいことを言ってくれたんだもん。家族より僕を選んでくれたんでしょう? 僕はレティを幸せにするよ」
約束だ。そう告げるカオス様に微笑みました。恥ずかしさで首や顔は真っ赤ですが、そこは見逃していただけるようです。




