第68話 このままは困ります
「もう、こんなのは御免だよ」
軽い口調なのに、カオス様が傷ついておられる気がしました。ですから手を伸ばし、抱き着きます。こうして抱き締められると温もりで安心すると思いますし。
「はい、気をつけます」
私のミスで起きた事件ではありませんが、カオス様にご心配をおかけしたのは事実です。微笑んで頷きました。抱きしめたカオス様が、腕を背中に回して抱き締め返してくださいます。とても大きくて温かい腕は、私を逃さないよう包んでいました。
こんなに心配させてしまったのですね。逆の立場なら、私も同じように心配したでしょう。一度は首を切られた私ですから、余計に心配させたみたいです。カオス様の右目にかかる髪をかき上げ、見えない右頬にキスをしました。
「あら、やるわね」
アクア様の揶揄う声に肩を揺らした私は、顔を彼の胸に埋めて隠します。熱いから、きっと首や頬も真っ赤ですね。恥ずかしさで動けない私を、カオス様は離さず抱き締めて待っていました。
「もう平気?」
首のあたりを撫でたカオス様に「はい」と小声で返し、私はようやく顔を上げました。かなり時間が経ったのに、人が近寄ってくる気配がありません。ここは、以前に連れてきていただいた神々の世界ですね。
「お父様やお母様も心配しておられるでしょうか」
「大丈夫、神託を降ろしたから。無事は伝わってるよ。もう帰る?」
「そう、ですね。あと1年は、私も人間ですので」
15歳になり、少し胸も膨らんだ。過去の記憶があるから、最終的に両手から溢れるくらい胸が大きくなるのはわかっています。それでも思春期は複雑で……膨らまないことを心配し、今度は大きくなって垂れることが不安になる。年相応に、感情が乱れました。
もうすぐカオス様の妻になります。聖女として、私が地上で成せる事は少ないでしょう。お役に立てるよう、頑張りたいのです。その意思を込めて見上げたカオス様は、複雑そうなお顔をされていました。
「本当はもうこのまま攫ってしまいたい」
「困ります」
お別れはしたいですし、用意した宝飾品も無駄になってしまいます。何より……まだやり残した仕事がありました。手がけた以上は子供達の卒業を見送り、新しい仕組みが根付くのをこの目で見ておきたい。
『カオス、束縛としつこい男は嫌われるわ』
「お前に指図されたくない」
子供みたいな言い争いをして、カオス様はようやく私を腕から解放しました。不安にならなくても、カオス様を嫌いになったりしません。
兎に入った女神様は、長い耳をぴこぴこと動かして小首を傾げました。愛らしい所作です。伝えられる神獣の絵姿にそっくりでした。教典の途中、神獣の記述があったのを思い出します。巫女様や神子様が生まれる前兆で、地上に降下されるとか。
「無事に移れて安心しました。神子様や巫女様が、地上に現れるのですか?」




