第67話 あるべき場所へ
意識がふわりと上昇する。温かい湯に包まれて浮かんでいくような、どこか現実感のない揺れ。心地よくて閉じていた目を開いた。
「レティ、わかる?」
「……ええ、カオス様だわ」
「おかえり」
泣きそうになりながら私に頬擦りする。抱き起こされた私は、涙ぐむペルセ様とヤクシ様に首を傾げた。フジン様やアクア様もほっとしたお顔で、マルス様はそっぽを向いている。でもこちらをチラチラと見ているわ。
「何か……あったのですか」
「頭をぶつけてケガをしたの、覚えている?」
カオス様のお言葉に少し考えて、思い出しました。
「はい、古くなっていた門の煉瓦が崩れて、私を誰かが庇ってくれたのです。金髪の……もし間違ってなければ、リュシアン様……いえ、リュシアンですわ」
もう敬称をつける相手ではない。その意味だけでなく、私を咄嗟に瓦礫から庇ってくれた光景が思い出されました。私に向かって「危ない」と叫びながら手を伸ばし、引っ張ろうとして無理だと気づいて上に覆い被さった。
「他の方々は!?」
「無事だ、ヤクシの治癒の腕は知っているだろう? 彼が奇跡と称して全員治療したよ」
「ありがとうございました。ヤクシ様」
首を横に振るヤクシ様に微笑み掛け、何かを忘れている気がしました。すぐに思い出せず、考えは流れるように移動します。
「子供達の卒業式は中断してしまいましたか?」
「人間ってのは逞しい生き物ね。あなたが無事に戻り次第、やり直すそうよ」
アクア様が柔らかな声で教えてくれます。お礼を言って……心の中に空洞があることに気付きました。胸を押さえて考えていると、心配そうなカオス様のお顔がすぐ近くでした。どきっとして心臓が止まりそうなほど驚きます。
「痛いの?」
「いえ。でも……痛いのでしょうか」
否定したのに、否定しきれません。もしかしたら痛いのかも。断言できずに胸を押さえていた私は、誰かの柔らかな声を思い出しました。
「カオス様が器を持ってきた、そんなお話をしませんでしたか?」
寝ている間に聞こえた声かも知れない。そう思い尋ねた私に、カオス様は表情を凍りつかせました。じっと観察するような眼差しで私を見てから、瞬きして息を吐き出しました。
「覚えているんだね? 仕方ない。ユースティティア、君の勝ちだ」
ぴょこ、とペルセ様の足元から小さな動物が出てきました。何と聞かれたら困ります。羽と角がついた兎が近いでしょうか。色は柔らかそうなピンクでした。
「まあ、可愛い」
微笑む私の方へぴょんぴょんと跳びながら近づき、伸ばした手に長い耳を押し付けます。猫や犬にするように撫でると、嬉しそうに金の瞳が細まりました。
「ユースティティアというお名前なのですか?」
カオス様に尋ねる私は、足元の兎自身から答えをもらいました。
『それは秩序と創造の神であった私の名、あなたにはティティと呼ぶことを許すわ』
一気に記憶が鮮明になりました。そうです、夢でお会いしました。私の体を借りたと仰っていましたね。無事移動できて、何よりです。私は起きた時のカオス様の心配そうな表情の意味を知りました。
「カオス様、本当に……ご心配をおかけしました」




