第66話 夢のような会話
動かないで待つ間に、聖女であるレティという少女に興味を持った。あのカオスが顔色を変えるほど心配する相手……それも嫁にするというんだもの。興味を持たない方が変よ。
心の奥底、深層心理に近い場所で別人の気配を感じる。人間らしい汚れもあるのに、どこか透き通った虹のような輝きがあった。大人しく座って寄りかかった木の陰で目を閉じる。潜っていく心は、思ったより透明度が高かった。15歳前後の人間なんて、もうドロドロに濁った子も多いのに。
『あなたが聖女?』
見つけた魂に話しかける。体を丸めて小さくなって眠る少女は、ゆらりと黒髪を漂わせていた。美しい子だわ。外見は可愛いけれど、心が透き通って空の色に似ている。きらきらと周囲が、彼女の感情に左右されて色を変えた。不思議な空間だけど、居心地はよかった。
『聖女レティ』
『だれ?』
目を開いた少女は、森の色の瞳を持っていた。懐かしい草原の色をした彼女に、好感を持つ。凄いわ、この子は神々を区別していない。いくらカオスが選んで聖女に認定しても、人間は神々に対して本能的な恐怖と隔たりを持つ生き物だわ。それがまったく感じられないだけではなく、神だと認識しながら特別扱いをしないの。選ばれた存在という驕りもなかった。
こんな子が人間にも生まれるなら、私も聖人探しをしようかしら。にっこりと笑って少女の隣に座った。黒髪を撫でると、猫のように目を細める。あの獣を作った時は、本当に大成功だったわね。膝に乗せると気持ちよかった。思い出しながら話しかける。
『カオスの聖女でしょう? ごめんなさいね、体を借りているの。少ししたら代わりが見つかるから返せるわ』
『誰かから奪うの?』
『いえ、生まれてきた神獣の体を貰うの。魂はすぐに転生してまた生まれ変わるわ』
『それは奪ったのと変わらないわ。共存は出来ませんか?』
提案されて、レティという少女の本質を見た気がした。すぐに生まれ変わるとしても、体を奪うことに変わりない。赤子から母を奪い、母から我が子を奪う行為だった。それを憂う優しさに頬を緩める。この子がこうして頼んだら、カオスは頷いて従うのでしょうね。そんな姿が目に浮かぶわ。
『共存してみるわ。失敗したら生まれ変わってもらうけど、可能な限り挑戦してみる。それではだめ?』
『ありがとうございます、女神様』
ほわりと微笑む少女が愛らしく、加護をいくつか授けた。複数は滅多に与えないのだけれど、この子なら悪用しないものね。微笑み返し、呼ぶ声に気づく。ああ、私を呼んでいるわ。
『カオスが器を持ってきたみたい。あと少しよ』
頷いて目を閉じる。この体に私が入ったこと自体奇跡だけれど、彼女の魂が押し潰されなくてよかった。きっと身を守るために、己を眠らせたのね。体は疲弊してしまうから、早く返してあげなくては。
ふわりと浮上しながら、私は少女に挨拶をした。いつもより柔らかな声で――おやすみ、レティ。




