第64話 無視するのはやめたのね
下手な受け答えをしたら、その場で処分する。冷たい声と表情が告げる無言の圧力に、私は目を見開いてふわりと笑いました。
「やっと無視するのをやめてくれたのね」
あなたは話しかける私を鬱陶しそうに遠ざけた。聞こえないフリをして、私の姿が見えると姿を消す。徹底した拒絶と無視が嘘のようね。
「私は私……ユースティティアよ」
「何ということだ」
カオスが頭を抱えてしまった。何かいけないことを言った記憶はないけれど。カオスは私の名を尋ね、私は答えた。彼が苦悩するような場面はなかったと思うわ。
カオスが私の肩を掴む。力の加減を忘れたのか、指の跡がくっきりとついた。
「僕のレティを返してくれ。まさか……いや、気配はあるね。消されてはいない」
ぶつぶつと後半は文句を言っているだけのカオスに、私は首をかしげた。返す? もしかしてこの体は、私のものではないのかしら。そういえば、黒髪になっていたわね。過去の私は純白の髪だったのに。
「ごめんなさい、どうやって出たらいいか。分からないわ」
体の持ち主が別にいるなら、その子に返してあげるのは当然よ。でもどうしたら出られるのでしょう。気づいたらこの体にいたし、私の元の体は……? ああ、そうだったわ。私は体を失ってしまった。だから戻る体がないの。
「王女殿下、ご無事ですか」
困って眉尻を下げた私に、知らない若者が話しかける。青年と呼ぶ年齢の彼は金髪碧眼で、整った顔をしていた。人間、みたいね。変ね、ただの人間が私に跪かずに話しかけるなんて。王女と呼びかけたから、この体の子が王女だったみたい。なぜ人間の中に?
「ええ、ありがとう」
当たり障りのない返答に微笑みを添えると、辛そうな顔で俯いた。目に涙が滲んでいる。彼の服に血が滲んだ跡があって、ケガを治したばかりのよう。まだ痛むのかしら。手を伸ばそうとした私の手を、カオスが強く握って首を横に振った。余計なことはするな、肌越しに冷たい響きで怒られる。
「昔の僕の行いを恥じています。こうしてお目にかかり、謝罪する機会を得たことは幸いでした。ご無事でよかった。どうぞ……お幸せに」
途中で膝を突いた青年は頭を下げて、年上の女性の方へ歩いて行った。顔が似ているから、母親ね。品のある親子だわ。見送る私に気づき、女性も優美な所作でカーテシーを披露した。
カオスが掴む手首が痛い。掴む強さが私への怒りと「余計なことを言うな」という圧力になり、この体を襲う。元は人間の体なら、大切にしないと壊れてしまうわよ。咎める私の眼差しに気づいたカオスが、眉を寄せる。腕の力を緩め、傷になった肌を見て、後悔の色を浮かべた。
以前より感情が豊かになったみたい。いい事だわ。くすくすと笑った私を抱き上げると、カオスは転移した。神々が住まう大地へ……次元を超えて調和の取れた世界は、かつての美しさで私を迎えてくれる。自然と表情が緩みました。




