第62話 心配なさらないで
学校はとても賑やかでした。朝から多くの学生が集まり、卒業する人々を見送る準備を整えたそうです。門から学校の中庭まで、たくさんの花が開いていました。鉢に植えた物を並べたようですね。
見上げた空は青く、暖かな日差しが降り注ぎます。私はピンクの花模様のドレスを選びました。騎士や文官と違い制服はないため、学生も先生も思い思いの服装でお洒落に装います。赤、オレンジ、青、緑。鮮やかさを誇る蝶のようでした。金や銀の刺繍が入った服を纏う者もいますね。
民の生活は豊かになったと思います。前の国王陛下の執政に落ち度があったのではなく、私が聖女であるため神々が力を貸してくれたのが原因でした。水の女神アクア様は洪水を減らし、適度に雨を降らせてくれます。大地母神ペルセ様も、豊かな実りを約束してくださいました。
風のフジン様は昨年、襲ってきた盗賊を吹き飛ばしてくれたのですが、少しやり過ぎたようで叱られたそうです。うふふ、神様でも叱られてしまうのですね。ヤクシ様から教わった予防の知識を広めたため、病に罹る者が減りました。手洗いやうがい、小さなことの積み重ねが大切だと知りました。
カオス様は天候を弄られたとか。嵐も必要があって巡るんだから! とアクア様やペルセ様がお冠でした。あの後拗ねていらしたのは、可愛かったですわ。いえ、最高神様に失礼でしょうか。
炎の化身のようなマルス様には、鉱脈の見つけ方をご指導いただきました。私では理解できず、お父様に頼んで国でも知識のある先生方をお呼びする騒動になりましたけれど。先日、掘っていた山の横穴から鉄鉱石が見つかったと報告がありました。神様の知識や力の一端をお借りして、私達は国を富ませてきたのです。
これは聖女である私の功績ではなく、国民が協力して努力した結果でした。その集大成として、学校は人々に知識を与えているのです。この頃は他国からの留学生も増えたと聞きました。素晴らしいことですね。
整えられた花道を歩いて、中庭に向かう私の横を子供が走っていきます。大人が慌てて窘めますが、子供は元気なのが一番でしょう。微笑ましく見守る私は、少し気が緩んでいました。穏やかな天気と心地よい空間、そして祝い事……なんて素晴らしい日でしょう。
「危ないっ!」
「王女殿下っ!」
「きゃああああ!」
悲鳴や私を呼ぶ声が聞こえた直後、私は突き飛ばされて転びました。頭を打ったようでひどく痛みます。意識はまだありますが、何が起きたのか分かりませんでした。
「なんて……こと」
このお声は……王妃様? いえ、今は先生でいらっしゃるから、お名前で呼ばなくては。そこまで考えたところで、私の目の前が真っ暗になりました。
カオス様、心配なさらないで。私は大丈夫ですわ。暗くなった視界で、泣き出しそうなカオス様のお姿を見た気がします。現実かどうか分からぬまま、私の意識はそこで途切れました。




